ひこばえ
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啓蟄

啓蟄の砂に埋もれて砂の風呂



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JTBが企画した今回のコース、実は4年前に同じようなコースを夫婦で巡っている。あまりにも行先が一緒なので一瞬参加を躊躇したほどである。前回は自分で見たいと思った場所を選び、それに沿って宿を決め、レンタカーで回ったのだが、ツアーコースがこうも一緒になろうとはと驚いたものである。私の企画力も満更ではないらしい。私が選んだコースというのが(1日目)空港でレンタカーを借り、霧島神宮に参詣し霧島温泉に泊まり、(2日目)黒酢の壺畑を見、桜島に登り、フェリーで鹿児島へ渡り、西郷隆盛に因んだ場所を巡り市内宿泊。(3日目)知覧、武家屋敷を見て指宿温泉宿泊という3泊4日のコースである。今回は2泊3日なので桜島も鹿児島市内観光も省かれ、その代わりにイッシーの池田湖と開聞岳、宮崎日南の鬼の洗濯岩の2か所が加えられたというものである。どちらかと言えばその2か所より鹿児島市内を選んで欲しかったのだが、歴史に興味のない人が立てたプランのようで完全に「せごどん」が外されている。
仙巌園のあと「熊襲亭」という料理屋で昼食を摂った。ビール、お燗、冷酒、焼酎と短時間であれやこれやと空瓶が並んだ。バスに乗り込んだ途端、グッスリと寝込んでしまい、目が覚めると池田湖畔である。トイレ休憩かと思いきや、そこで1時間の見学時間と取ると言う。ボーッとした寝起きの頭でイッシーならぬ大ウナギを見学し、ソフトクリームを舐めながら湖畔散策。開聞岳は美しかったが、ほかに見るべきものもない場所での1時間は何のためだったのかとプランを立てた人の気持ちを訝しく思った。

旅館は「白水館」。最高級の宿である。部屋の広さと豪華さには驚かされた。昨年の金沢の「加賀屋」以上に思えた。風呂はもちろん砂風呂である。着替える場所は別々だが、砂場に入ると男女一緒である。妻と並んで横になるとすぐに砂を掛けられた。その重いこと、熱いこと。係員の説明では「時間は10分か15分位です」と言うので「随分と短いものだなぁ」と思ったのだが、なるほどそんなに長くは入って居られないような重圧感である。入るや否や女性が「写真は如何ですか?」と声を掛けてきた。「えっ、写真を撮ってくれるの?お願いします」「一枚1000円になります」「あっ、サービスじゃないの?しっかりしているねぇ(笑)」砂から顔を出しただけの姿を撮ってもどうかとは思ったが、これも旅の思い出である。頭の下に枕を置かれ、撮影用の唐傘をバックに1、2枚写して「はい、オッケーです」といとも簡単に終了である。なんと商売上手であることか。砂に埋まっていては「手も足も出ない」。
                                 (平成29年作)

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春の旅

まつろはぬ熊襲の国へ春の旅



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昨年に引き続き、取引先の信用金庫が主催する「まなびの旅」に夫婦で参加してきた。今回は鹿児島の指宿温泉、霧島温泉を巡る旅である。その所々で「まなび」があるに違いない。まずは下調べとして「せごどん」こと西郷隆盛についての資料を漁っておいた。来年の大河ドラマである。地元は大いに盛り上がっているに違いない。池波正太郎や海音寺潮五郎などの本を読み、史跡などについても調べておいた。旅行に出掛ける前のいつもの私の行動パターンである。しかし、出掛けに行程表を見て驚いた。その中に「せごどん」に係わる場所がないのである。
「えっー!」
生家にも城山にも行かないというのである。辛うじて島津家の別邸「仙巌園」には行くようであるが、あとは幕末とは無縁の旅である。遥か以前に送られてきていた行程表をよく読みもしないで勝手に「鹿児島イコール西郷隆盛」と思い込んでしまった私も馬鹿であるが、「もう少しやりようがあっただろう……」と文句も言いたくなるのも分かろうというものである。大きく溜め息を付いた。しかもそれに加えて今回の旅に友人の落合社長ご夫妻が参加しないというのである。「どうしたのだろう、夫婦仲に何か問題でも生じたのだろうか?」と心配にもなってくる。品行方正な社長なので「浮気でもして……」などという推察は余計なことではあるが、「せごどん」といい、社長不参加といい、少し出鼻を挫かれての旅行となってしまった。しかし折角の鹿児島である。楽しんで来るしかない。

鹿児島に到着し初めに訪ねたのが仙巌園である。向かう車中でバスガイドさんが「三つのへ」のことを教えてくれた。
「鹿児島の方言には『へ』と発音するもの三つあります。一つ目は桜島が噴火した時に降ってくる灰のことです。灰のことを『へ』と発音します。二つ目はブンブン飛んでくる蠅です。蠅のことも『へ』と言います。そして三つ目がオナラです。これは全国共通で『へ』と言っているようです。『へ』(灰)が降っでけだ、『へ』(蠅)が飛んじょ、『へ』(屁)をひった、というように使います。これを鹿児島弁の『三つのへ』と言い、『なるほど、へぇー』とお客様が言いますと、これが四つ目の『へ』ということになります(笑)」
バスの中で笑い声が起こったかどうかは忘れたが、「なるほど」と勉強させられたことは確かである。さすがに「まなびの旅」だけのことはある。
(注)記紀神話などで国の平定事業に逆らい、抵抗し帰順しない者を「まつろわぬ者」と表現した。その「まつろわぬ熊襲の国」にのんびりと春の旅に出掛けようというのである。
                                 (平成29年作)

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春風

春風に四股踏む真似の泥着かな



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外に出て9時40分。中にいたのは正味10分程度である。これではカズ君が相撲嫌いになってしまう、そう直感した私は慌ててもう一つの荒汐部屋を訪ねてみることにした。こちらはガラス越しの見学なので睨まれることはない。車を走らせ大急ぎで駆けつけると、部屋の回りに力士達が出ていて自転車に乗ったりして帰るところであった。稽古が終わったようである。ちょうど10時になっていた。残念とは思ったが、部屋の側まで行ってみることにした。何人かの見物客が力士と写真を撮ったりしている。カズ君の様子を見ると娘にしがみ付いて離れようとしない。力士の姿を見ただけで怖がっているようである。写真どころではないように見えた。仕方ないと思ったその時に声が聞こえた。
「写真を撮りたがっているんじゃないか。撮ってやれよ」
兄弟子が若い者に指示するような言い方だった。私達の姿を見て、そう思ってくれたようである。
「写真、撮りましょうか」
一人の力士が近づいてきてくれて部屋の看板を背に記念写真を撮ってくれた。カズ君の表情は少し緊張気味に写っていたが、そのあと別の力士が来て抱き上げて宙に放ったりしてくれたので最後はご満悦になっていた(写真)。
「とても感じが良かったね。荒汐部屋、サイコー」とは娘である。
「あまり東関部屋を悪く言うなよ。稽古中はどこもあんなものかも知れないよ」と私。
「そうだろうか。稽古が終わって急に荒汐部屋のように優しくなれるんだろうか。考えられない」と娘。相当に印象が悪かったようである。

その後、浅草の蔵前神社にお参りし鰻を食べスカイツリーに上って来たのだが、家に帰ってカズ君と相撲を取ろうとしても一向にその気にはならないらしい。いくら私が「ハッケヨイ」と言っても知らぬ顔を決め込んでいる(苦笑)。
(注)泥着(どろぎ)とは稽古場などで廻しを付けた力士が羽織る浴衣のことである。
                                 (平成29年作)

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凍ゆるむ

押さば押せ押せば土俵の凍ゆるむ



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朝稽古が見学できる相撲部屋を探そうとインターネットで調べてみると、荒汐部屋、八角部屋、東関部屋の名前が出てきた。それぞれ前日の午後に連絡をしてから来てくださいと書かれている。土曜日の夕方に電話を掛けてみた。孫のカズ君には翌日曜日に稽古を見に行くことを話している。まずは八角部屋に掛けてみた。すると「明日は稽古をやっていない」という。しかも見学するにはインターネットで申し込んで下さいという。まさかやっていないとは考えなかったので少し慌てた。次に荒汐部屋に掛けてみた。こちらはやっているという。「いつでもどうぞ」と言ってくれた。しかし稽古はガラス越しでの見学になるという。「ガラス越しかぁ。迫力に欠けるなぁ」
次に東関部屋に掛けてみた。時間帯が悪いのか繋がらない。夕方、ドタバタしていたのでそれっきり電話をするのを忘れていた。寝ようとして布団に入った時に思い出した。少し遅いが仕方ない。
「もしもし、東関部屋ですか……」
電話をして驚いたのは茶の間にいた妻である。寝るものだとばかり思っていた私が、いきなり大きな声で喋りだしたのだから「急に大きな声を出さないでよ。心臓に悪いわよ」と叱られてしまった。

翌朝8時半に家を出た。向かうは東関部屋である。電話応対の感じも良く、土俵のすぐそばで稽古を見せてもらえるという。9時20分に到着した。玄関ドアを押して入るも誰も出てこない。稽古場から声が聞こえる。まず私が入って稽古場の戸を細く開き、中を窺った。外人客が座っている。その向こうでこちらを振り向いたのが高見盛である。
「おっ、高見盛だ」今は髷を落としたので親方になっている。「なんだ?」というような目付きをして私を睨んだ。「スミマセン、昨日電話で予約しておいた者です。4人、大丈夫でしょうか?」すると高見盛、外人の座っている間の座布団を指差して目で合図する。「座れ」ということらしい。振り返って妻に「オッケー」の合図を送る。高見盛が無言なので、こちらもついつい無言になる。外人は全員女性で10人くらいいた。私達のために座布団を用意してくれたが「サンキュー」とも言えない。声を出してはいけない雰囲気なのである。妻は入ってきたが、カズ君が入って来ない。いきなりの裸の稽古風景に驚いたらしい。入りたがらないのを娘が無理やり抱っこして入ってきた。少しざわついた。高見盛が振り向いて「ちょっと、困るんだよなぁ」と低い声で注意する。「スミマセン」と娘。小さな座布団に座って見始めたが、ものの2、3分でカズ君が愚図つき始めた。途端に振り返る高見盛。目がキツイ。堪らずに娘は外に出る。我々もそれから10分程して外に出た。
「もう、雰囲気悪いよ。怖すぎだよ。あんなに睨まなくたっていいのにねぇ」と娘。
「集中して稽古しているから、ちょっとした物音でも怪我の元なんだよ、きっと」と私。
                                 (平成29年作)

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寒明け

寒明けの稽古相撲を見に行かむ



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取り寄せた文庫本を速攻で読み切った。どれも面白く甲乙付けがたいところだが、どれか一冊といわれれば「貴ノ花散る」ということになるだろうか。知った力士が実名で登場し、土俵の上では見えないその裏側のあたりを容赦なく書き立てているのだから、面白さこれに勝るものなしである。
「二子山親方(四十五代横綱若乃花)の末弟、花田満は初土俵以来、十六場所を負け知らずの快進撃で新十両に昇進した。十八歳の十両は当時史上最年少である。細身で均整のとれた体格と甘いマスクから角界のプリンスと騒がれ世間の目が一斉に注がれる。贔屓筋からは引っ張り凧で毎夜遅くまで引き回され朝帰りとなる。その日、花田が稽古場に出てこない。怒り心頭に発する二子山。「あの野郎」全身怒りの火の玉となった二子山に蹴倒されて、現れた時の花田は竹箒の柄で叩かれ全身はみみず腫れで血が吹き出ている。「満、四股を踏め」二子山の声が腹から絞り出された。花田は真一文字に口を結び衆目の中で四股を踏み始めた。その前へ右手に竹箒を持ち、左手を腰に当てた二子山が両足を踏ん張って突っ立っている」(本文より)
土俵の鬼といわれた兄若乃花に徹底的にしごかれる貴ノ花の姿を描いた表題作「貴ノ花散る」を始め、体力の衰えを抱えながら年寄株が手に入らず引退出来ずにいる横綱北の湖を描いた「北の湖凍る」。師匠二子山の長女と結婚し名実ともに部屋の後継者と目された横綱二代目若乃花が、結婚ののち家に寄り付かなくなり苦悶の末に離婚、引退への道を辿る「若乃花墜つ」。その後の二子山部屋の後継の一番手と思われた大関若島津が、二子山の二人の娘のどちらをも選ばず、歌手の高田みづえとの結婚を選ぶ「若島津翔ぶ」。その他、「輪島沈む」「朝潮引く」などタイトルを読んだだけでも面白さが伝わってくるものばかりである。
本を読んで久し振りに相撲が見たくなった。稀勢の里の横綱昇進できっと角界も沸き返っていることだろう。両国に行ってみよう。力士の姿をテレビでしか観たことのない孫のカズ君を連れて行こう。
「よし、今度の日曜日は相撲を見に行こう。朝稽古は面白いぞ!」
                                 (平成29年作)

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