ひこばえ
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父の日

父の日を好きなことして一人なり



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池袋の駅に降り立った。久し振りである。40年以上経っているかも知れない。学生だった頃、先輩に連れられて飲みに来て以来だと思う。思い出す場所などもなく駅の近くの「東京芸術劇場」に到着し受付場所を確認した。開場まで30分ほどあったが、喫茶店に入るほどの時間もなかったのでロビーのソファーで人の行き来を眺めていた。
「果たして、京劇、理解できるだろうか?」
1年ほど前に観た「オペラ座の怪人」がさっぱり理解出来なかったので、ある意味トラウマになっているようである。来る前に「通訳のイヤホンでもあるのだろうか?」と妻に聞き、舞台の両サイドに字幕が出ることを調べてもらっている。読んだばかりの「項羽と劉邦」なので、どの場面が演じられようときっと分かるはずだと思っているが、やはり不安は残る。
席は後ろから3番目で、しかも端の方である。申し込みが間際だったので仕方ないと思いつつも、折角なのでもう少しいい場所だったらとも思っていた。開場から開演まで30分しかなかったが、あっという間に席が埋まっていった。私の両隣も着席し、いよいよ開演である。第1幕「桟道を焼く」である。
<ああ、劉邦の左遷のところだな>と分かった。
秦朝末期、楚の懐王が項羽と劉邦に咸陽攻略を命じ、先に咸陽に入った者を王とすると約束する。劉邦が先に咸陽入りを果たしたが、圧倒的な軍事力を誇る項羽の怒りを買うこととなり、劉邦はその軍門に伏す(鴻門の会)。与えられた地は辺鄙な漢中である。3万の軍勢を率いて移動して行くが、その厳しい道のりに多くの者が脱落する。桟道とは千丈の谷に掛けられた橋のことである。その桟道を焼くとは帰り道を絶ち、西の項羽の警戒心を解く漢軍の計略である。
<本を読んでいないと分からないだろうなぁ>
一つ一つを理解出来ることに満足感を覚えつつ、いい感じでスタートした。
                                 (平成30年作)




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柳絮

柳絮飛ぶ虞姫の声音の甲高き



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読み終えた「項羽と劉邦」の余韻に浸る間もなく、その京劇「項羽と劉邦~覇王別姫」が東京で開かれることを知った。たまたまである。「2018年、東京、名古屋、大阪で開催決定!!」と書かれている記事を読んだのである。しかも6月9日から17日までと開催日時が迫っている。
<おー、何と言うタイミングだろう。これは行くしかない。チケットは取れるだろうか>
妻に調べてもらおうとすぐにメールした。
「もう一杯かも知れないけど調べてみて。お願い!」
しばらくして返信が来た。
「6月14日以降だったら、取れるみたいだよ。因みに私は結構ですが……」
「6月17日の昼でお願いします。日曜日、一人で行ってきます」
「取れたよ。楽しんできてね」
6月4日のことである。

実はこの京劇、17年前に一度観ている。平成13年5月に社員旅行で北京を訪れた時のことである。2日目の夜、上海雑技団によるショーの中で京劇が演じられ、その演目が「項羽と劉邦」だったのである。小説を読んでいたので直前まで楽しみにしていた。しかし奇術や梯子のショーまでは覚えていたが、肝心の京劇の時には居眠りをしてしまった。紹興酒や53度の強い酒を飲んだと社内報に書かれている。最前列での観劇でありながら、酔ってしまっていて何も覚えていない。朦朧としながら外に出たことだけは覚えている。あれから17年である。
<懐かしいなぁ>と思いながら17年前の社内報を捲ってみた。記事の初めに李白の「対酌」という詩を載せている。私の趣味丸出しの社内報である。

両人対酌山花開  両人対酌して山花開く
一杯一杯復一杯  一杯一杯復た一杯
我酔欲眠卿且去  我酔いて眠らんと欲す 卿(きみ)且(しばら)く去れ
明朝有意抱琴来  明朝 意有らば琴を抱いて来たれ
 (注)虞姫(ぐき)とは覇王項羽の愛人。虞美人とも言う。中国四大美人の一人。   
                                 (平成30年作)  




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梅雨寒し

鶏ガラの灰汁を掬ひて梅雨寒し



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昨年暮れから大型機械導入の計画を進めてきた。決算の6月末までに設置という条件で3月に契約した。機械の名前は「アキエス」。ラテン語で「最先端」の意味だという。ここ数年の会社の設備投資額は優に10億円を超える。投資が失敗すれば大変なことだが、今まで失敗したことがない。今回も成功するだろう。
設備は年々新しくなり、やり方が変わる。昔プレスでコツコツと加工していた物が、今はパンチレーザー複合機という機械が無人で24時間加工してくれる。時代は大きく変わった。

機械職場の棚の上にプレスの金型が置かれていた(写真)。埃が被って使われた様子がない。担当者を呼んで聞いてみると、たまに使うことがあるがほとんど使っていないという。
「なんで要らない物を取っておくんだ?」
「お客さんから預かっているという金型もあるようです。また今はほとんど来なくなっていますが、たまに注文の来る物もあります。もしその時に無かったら大変です」
「しかし、もうほとんどプレスで作業することはなくなったんじゃないか。みんな複合機に変わっているだろう」
「はい……」
「『鶏肋』という言葉を知ってるか?」
「いいえ、知りません」
「鶏のあばら骨のことだ。役に立ちそうもないが、捨てるには惜しい気がするってやつだ。要るか要らないか分からないという物はほとんど要らないと考えた方がいい。月曜日、関係者全員集めて結論出させるから、全部棚から降ろして台車に載せておけ」
「はい」

回りくどい話をしたが、この「鶏肋(けいろく)」についてである。大学生の頃だったか、働き始めた頃だったか記憶が曖昧だが、懸命に中国のことわざを覚えようとしたことがあった。意味を調べることは勿論、漢字の練習もして全部覚えてしまおうと思ったのである。しかし、あれから40年も経って肝心の三国志を読んでいないことに気付いた。三国志演義の簡単な説明書は読んだ気がするが本格的には読んでいない。吉川英治著「三国志」全8巻を読むことにした。そしてその前に、昔一度読んだことのある司馬遼太郎著「項羽と劉邦」を読み直しておこうと思った。読んでからもう20年以上も経っている。中国の歴史の順番に沿ってもう一度読み直すという辺りは私の変質的な性格とも言える。本の山の中から<上中下3巻>を探し出して読み始め、約1か月掛かってようやく読み終えた。
                                 (平成30年作)




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父の日

浪曲を唸りて父の日なりけり



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「どうして、こんなことになったのだろう?」
妻は戸惑い顔である。
「どこで間違えてしまったのかしら?浪曲歌謡なんか頼んでないのに……パソコンでも見たことすらないというのに」
「取り替えてもらえばいいだけだよ。電話してみた?」
「土日は休みで繋がらないから、月曜日に掛けてみる」
「よくあることだよ」
「そもそも、注文する前に貴方にメールを送ったよね、確認してって。よく見てくれたの?」
<えっ、俺?>急に雲行きが怪しくなってきた。確かにメールが送られてきて<これでいい?>と確認してきている。あの時、よく見ないで<オッケー、オッケー>とやってしまった。間違うはずはないと信じ切って、よく見なかったのである。妻はそこを突いてきた。
「最悪、返品出来ないとなっても大したことじゃないよ」と私。
「もう……」

月曜日、帰宅すると笑顔の妻である。
「品物の交換となると手続きが面倒で、新しいのが来るのに随分日数が掛かるということだったので、まずは返品ということにしてもらった。まだ請求前だったので、その方が早いんだって」
「良かったじゃん。そもそも、どこで間違えたの?こっちのミス?向こうのミス?」
「私のミスだったみたい。あの商品しか見ていなかったので<カゴに入れる>の時にまさか違う商品を選んでいるとは気が付かなかったのよねぇ。どうしてその商品を選んだのかは今も分からないけど」
「誰にでもミスはあるよ。結果オーライで良かったじゃん」
「それにしても電話で何回も浪曲、浪曲と言わなければならなかったから恥ずかしかったわよ。何で私が年寄臭い浪曲を連呼しなければならないのか悲しくなったわよ。しかも商品の発送が随分と先になりそうなことを言うので<父の日のプレゼントに間に合わせたい>と言って早めてもらったんだけど、面倒なので貴方のことを自分の夫ではなく、父ということにしてしまったわよ」
「……」

それから数日して到着した。今度は正真正銘の「浪曲名人選」である(写真)。間違いない。
「妻は夫をいたわりつ~、夫は妻を慕いつつ~、頃は六月なかのころ~、夏とはいえど片田舎~、木立の森のいと涼し~」(浪花亭綾太郎「壷坂霊験記」の一節より)
                                 (平成30年作)




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扇子

正座してラヂオの前の扇子かな



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浪曲との接点と言えば子供の頃まで遡る。以前このブログにも書いたことがある親戚の中島松次郎こと「じっちゃん」(平成28年9月28日、ひこばえ「花アカシア」)がよく寝る前にラジオで聴いていたのである。遊びに行く。夕飯をご馳走になる。じっちゃんは日本酒を飲むが8時には布団に入る。我々はテレビを見ているが、襖一枚隔てて浪曲が流れて来る。イヤホンなどある訳もなく枕元のラジオから聞こえて来るので、子供心にも<うるさいなぁ、浪曲の何が面白いのだろう>と思っていたものである。
自分も大人になり、ようやくその良さが分かってくる。車の中などで聴いて、いいフレーズなどは唸ってもみる。先日も昔買ったCDの中に「沓掛時次郎」などを見つけて聴き入った。
「おもしろい!」
今更ながら、じっちゃんが寝ながら聴いていた理由がよく分かったものである。
そう思っていた時に新聞で「浪曲名人選、愛蔵版CD全12巻」の広告を目にした。
「これ、欲しい!」
隣で妻が「何、何?」と覗いて来たが、浪曲と知って「な~んだ」ということになった。
それから2ヵ月も経った頃である。急に妻が「あれ、本当に欲しいの?」と聞いてきた。
「何のこと?」
「以前、言っていた浪曲のCD、まだ欲しいの?」
「おっ、買ってくれるの?欲しい、欲しい。お願いしますよ(笑)」
「じゃ、父の日のプレゼントということでね」
「お願いします」
その日、会社にいるとメールが入った。<これでいい?>見つけてくれたようである。
<オッケー。オッケー、よろしく!>と返信した。しばらくして<注文完了>のメールが入った。

その数日後、帰宅すると大きな箱が届いていた。
「おっ、届いたの?ありがとう」
「どういたしまして」
風呂に入り、食事をし、寝る前になってその箱を開けてみた。
「???」
三波春夫や村田英雄の顔が写ったパンフレットが入っている。<サービス品かな?>と思った。<浪曲12巻の付録に歌まで入っているとは気が利いているなぁ>と思った。しかし、中味を見て驚いた。「浪曲歌謡の世界、全10巻」となっている。妻は入浴中である。ドアを開けて言った。
「違う商品が入ってた!」
「えっ、嘘!」
久し振りに妻の裸を見た。
                                 (平成30年作)




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