冬の月 - 天文
FC2ブログ
background movie
HOME プロフィール

日向 亮司

Author:日向 亮司
FC2ブログへようこそ!

最新記事 最新コメント
最新トラックバック 月別アーカイブ カテゴリ カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

冬の月

泣きながら帰る夜道や冬の月



IMG_2972_convert_20191231043500.jpg



ホテルは飯能の駅前に取っていた。3時半に到着し9階にある部屋ですぐにうたた寝をしてしまった。夕方6時になって目が覚め食事に行こうと考えた。折角の旅なので美味しいものを食べようと「飯能、料亭」と検索すると川べりにある店が出たが、行った人のコメントに「店員の態度が良くない」などと書かれていたので二の足を踏んだ。
<昼間の鰻屋と同じように一人の膳はつまらないことになりそうだなぁ>
繁華街に出て居酒屋あたりで軽く一杯飲んでくることにした。通りに面してやっている居酒屋があったので中を覗くとカウンター席でタバコを吹かしながらホッピーなどを飲んでいる男性がいた。<この店に入るとあの男性の横に座らされることになりそうだなぁ。知らない酔っ払いの隣の席はいやだなぁ>そう思うとどこの店も同じように見えてくる。いつもは考えることもなく入って行く店の前で酔っ払いの中でポツンと座っている自分を想像してしまいなかなか入る気になれない。Uターンして駅ビルまで戻って来てしまった。<どこに入るにしても週刊誌くらいは持って行った方が良さそうだなぁ>と思いビルの中の本屋に入ってみた。別に読みたいものがある訳ではない。フラフラと店内を歩き、目に留まったのが「妻に捧げた1778話」という本である。ベストセラーのコーナーに置かれていた。「余命一年と宣告された妻のために毎日一篇の話を書き続けた」とある。新書なので読みやすそうでもあり、迷っている時間もない。買ってエレベーターに乗るとそのビルの中にある「山内農場」という店の広告が目に入った。入ったことはないが駅ビルの中でもあり、少しは高級感もあるように思えた。
「いらっしゃいませ」
足を踏み入れてすぐに後悔した。他の居酒屋と変わりがない。酔っ払いの声が飛び交っている。止めようかと思ったところへ「お一人様ですか?」と女の子が声を掛けてきた。咄嗟に聞いていた。「一人なんだけど個室はあるの?」「少々お待ちください」と言ってすぐに戻ってきた。「こちらにどうぞ」個室があるようである。付いていくと角部屋に案内された。本来3人掛けの部屋ではあるが使わせてくれるようである。<言ってみるものだなぁ>と思った。馬刺しや鳥ワサなどを注文して店員さんと冗談を言いながら気楽に始まった。ビールを飲んでしばらくしてから買った本を捲ってみた。著者眉村卓。作品に「なぞの転校生」「ねらわれた学園」などと書かれている。<ああ、あの人か>
──妻が退院して1ヶ月後、本好きの妻のために出来ることを考え「毎日1話ずつ短い話を書くけれど、読んでくれるか?」と聞くと「読む」と言う。始めて3ヶ月くらいして妻が「しんどかったら、止めてもいいよ」と言ってくれたが「お百度みたいなもんやからな」と言って続けた。その辺りから少しウルウルしてくる。「これほど長く一緒に暮らしているのに、自分には妻のことがろくに分かっていなかったのではないか──と、たびたび思い知らされた」とある。グッとくる。「妻が永眠した。最初の入院・手術の日から数えて五年に十五日足りない。私は遺体と共に家に帰り、『最終回』という話を書いた」──本文を読んでいないというのに涙が流れた。皿を下げに来た店員が私が泣いているのを見て「ど、どうかしましたか?」と聞いてきた。「ワサビが……」と応えるのがやっとだった。
ホテルの部屋に戻ってその夜のうちに全部読み終えたのはもちろんである。
<どうして一人で来てしまったのだろう。これからは必ず一緒に来よう>
妻のことをこうも恋しく思った夜はない。
                                 (令和2年作)




にほんブログ村

スポンサーサイト



検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア