薄暑 - 時候
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日向 亮司

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薄暑

江戸城の北の護りや橋薄暑



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今回は最初から「横山大観展」が見たくて出掛けたのではない。随分前に読んだ門井慶喜著「家康、江戸を建てる」に書かれていた<江戸城の石垣が見たい>がそもそもの始まりだったのである。小説の中で石切り現場から巨石が運ばれ、石垣として組まれていく様子が描かれている。<あの小説で描かれた石、大手門の鏡石が見てみたい>とずっと思っていたのである。大観展を見終って大手門とは逆の北桔橋門から入ることになった。
出掛ける前に歩くコースを調べておいた。メモ書きだが皇居東御苑の中の見所を書いておいたのである(写真)。その時のメモに「北詰橋門」と間違えて記載していた。橋を渡り、門から入ろうとした時に「北桔橋門」が正しいことに気付いた。しかもその読み方が「きたはねばしもん」だという。
「北に詰めるだとばかり思っていた!本当に桔梗の桔を『はねる』と読むんだろうか?」
歩きながらスマホでいろいろと調べたことは言うまでもない。しかし、<なるほど>と唸らせるような解答には出会えなかった。天守閣跡の大きな石垣を見ても、その上に登って江戸城全体の跡地を見ても<桔梗の桔>が頭から離れない。モヤモヤとした気持ちで登った天守閣跡での会話である。
妻「凄い広さだよねぇ。ここに本丸、二の丸、三の丸があったんでしょ?いつ取り壊されたんでしょ」
私「いつ?少なくとも『黒書院の六兵衛』の時はあったんだからなぁ」
妻「あれは無血開城の時でしょ。明治元年以降の取り壊しということになる」
私は浅田次郎の小説を日経新聞の連載で読み、妻は文庫本で読んでいる。
私「どうして壊す理由があったのかなぁ。明治政府になっても使えたはずなのに」
妻「さぁ……」
私「江戸城がいつ無くなった?……オッー!北桔橋門どころではなくなったなぁ(笑)」
知らないとは情けないものである。松の廊下跡を見ても、富士見櫓の前に立っても一向に気が入らない。大手門の鑑石の前ではさすがに驚いたものだが、やはり下調べは大切である。帰りの電車の中でようやく「北桔橋門」に辿り着いたものである。

① 「桔の漢字の意味」と入力し、
② 「漢字、漢和、語源辞典」が出て、
③ いくつかある中に「桔槹(きっこう)は、柱の上に横木を渡し、その一端に石を他の端につるべをつけて、井戸水を汲み上げる仕掛け」を見つけ、
④ 「桔槹」が「はねつるべ」のことだと分かる。
⑤ 「はねばし」と検索すると「跳ね橋、撥ね橋、跳開橋、桔橋、刎橋」と出た。
                                 (平成30年作)




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