汗 - 人事
FC2ブログ
background movie
HOME プロフィール

日向 亮司

Author:日向 亮司
FC2ブログへようこそ!

最新記事 最新コメント
最新トラックバック 月別アーカイブ カテゴリ カレンダー
03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

大君の汗し腰掛石に座す



IMG_6647_convert_20180430182759.jpg



生品神社のあとに回ったのは矢太神湧水地である。小説「新田義貞」の冒頭部分が水争いだったので見ておきたかったのである。そのあと反町館跡と言われる照明寺に回った。義貞の旧居跡とも言われている寺である。義貞が軍議を開いた時、あまりに蛙の声がうるさかったので一喝したところ蛙が鳴かなくなり、以来「鳴かずの池」と呼ばれているというので見に行ったのだが、どういうわけか池は干上がっていた。これでは鳴くわけがない(笑)。昼食後、向かったのが金山城跡である。1469年築城で1590年廃城なので義貞には関係ないのだが、その山頂付近にある新田神社だけは見ておきたいと思ったのである。この神社も義貞の頃にはなかったのだが、義貞直系という人が起こし、明治政府が許可したというのだから認められた神社である。車を中腹の駐車場に停め歩き始めた。ゴールデンウィーク初日ということもあり、家族連れのハイキング客で一杯である。立派な石垣や見晴台がありハイキングには格好のコースのようである。
神社は頂上にあった。樹齢800年という大ケヤキがあり、幅の広い石段が格調の高さを思わせた。お参りをして境内を回ってみると写真の御腰掛石が4つ並んでいた。それぞれに看板が立てられている。右から
明治25年10月17日 大正天皇
明治42年11月 7日 秩父宮殿下
明治42年11月 7日 昭和天皇
大正 4年11月 7日 高松宮殿下
大正14年10月26日 三笠宮殿下
大正天皇ご一家全員である。すぐに1つ足りないと思った。5人で4つである。別に全員が一緒に登ってきた訳ではないのだから5つ用意する必要もないのだが、なぜかそう思ってしまった。汗して登って来たご一家が笑いながらこの石に腰掛けている様子が目に浮かぶ。
それにしてもなぜこうして天皇ご一家が揃って登って来たのだろう。あとから調べて、なるほど皇室とのゆかりの深さが分かってきた。金山城主だった横瀬氏というのが新田義貞直系である。また義貞の裔孫という新田俊純という人が明治6年に神社創立の許可を得て、明治8年には社殿を建築し、現社号の神社を創建したとある。明治9年に県社に列せられ、明治18年と19年には明治天皇の皇后が参拝されたとある。社殿そのものには傷みも見えたが、由緒正しき神社であることに有難味を感じた。
                                 (平成30年作)




にほんブログ村

スポンサーサイト



検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア