落椿 - 植物
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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落椿

獄門の首の行方や落椿



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墓参りを終えてさっそく新田義貞の旧跡めぐりに向かうことにした。カーナビに二体地蔵塚のある太田市世良田町1578番地を入れた。ここは義貞が鎌倉幕府打倒の決意をする切っ掛けとなった幕府の使者を斬った場所である。
元弘3年(1333)執権北条高時は西国(近畿地方)の反乱を鎮めるため、弟泰家を大将として10万の兵を京へ向かわせようとしていた。その戦費を調達するため関東の国々に臨時の税金を掛けることになった。この世良田は長楽寺の門前町として栄え、裕福な者が多いので二人の使者が遣わされた。出雲介親連と黒沼彦四郎入道である。二人は大勢の家来を連れて乗り込んできた。そして5日のうちに6万貫の税金を差し出せと迫ったのである。これを聞いた義貞は法を超えた仕打ちであると怒り、「我が宿」に雑人の馬蹄を懸けさせたのは無念であると、すぐさま出雲介を捕え、黒沼彦四郎の首を刎ねて晒し首にしてしまった。すなわちこれがその遺跡である(写真)。季節はもう夏になろうというのに塚にはたくさんの落椿が汚れて積み重なっていた。
二体地蔵のあとに向かったのは新田館跡に建てられたという総持寺である。ここは義貞居館説もあるようなので立ち寄ってみたかったのである。「我が宿」と義貞が怒ったのがこの場所だという説もあり必見だったのだが、実際に訪ねてみると見るべきものが見つからなかった。
「悪いねぇ、引っ張り回しちゃって」
「いいえ、いつものことですから気にしないで(笑)」
「この太田は新田義貞の生まれ育った場所なんだけど、その一生はほとんどが鎌倉と京、あとは戦いばかりなんだよ。だからあまりこの太田に史跡がある訳じゃないんだ。小説でも初めのあたりに出てくるくらいで、これから行く生品神社を出陣してからは、ほとんど出てこないんだ。だけど一度は見ておきたかった場所なので悪いけど付き合ってね」
「全然大丈夫だよ。でもこれからいい場所に出会えるんじゃない?いつもそうだから(笑)」
「ま、早目に回って今日はゆっくり温泉に浸かろう。義貞ゆかりの湯だから、絶対にいい句が出来るよ。こればかりは自信がある(笑)」
                                 (平成30年作)




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