桜 - 植物
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新皇を今に称へし桜かな



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「一言神社」を出てその日最後に向かったのが「将門公苑」すなわち平将門が生まれ育った「豊田館址」である。今回、坂東の地を訪ねるきっかけとなった場所である。取引先の岡村製作所つくば事業所の場所にほど近い。時刻は1時半を回っており少し空腹を覚えていたが、公苑が分かりづらい場所にあるようにも書かれていたので、まずは探し当てようと先を急ぐことにした。結構な距離を走った。広大な畑が続いていた。この広い坂東の地を駆け抜ける将門の雄姿を想像しながら走っていた。
場所は意外と簡単に見つかった。「平将門公本拠豊田館跡」と書かれた碑が建っていた。その向かいには将門公のレリーフがあった。しかし一番凄かったのは「豊田館址と平将門公事蹟」と書かれた大きな顕彰碑である(写真)。
「随分と長い文章だなぁ」と思いながら読み始めた。読みながら驚いていた。これは単に史跡を解説したものではない。本当に平将門のことを慕い、郷土の誇りと思いながら描いた一代記である。碑の大きさもさることながら、その切々とした文章に胸打たれるものがあった。民衆と共にこの地を開拓した英雄「平将門」への讃歌が綴られていた。

この文章を読みながら考えていたことがあった。実は海音寺潮五郎「平将門」3巻、文庫本1847ページを一気に読んだのだが、最後の辺りにある「勝風負風」の章を読めずにいたのである。これは将門が最後の戦いに臨み、討ち取られる場面を描いた章である。一番大切な場面なので本来はしっかり読まなくてはならないところなのだが、描かれた将門像に肩入れし過ぎたためか、悲しくて読めないのである。次の章「流人」、最後の章「祟り」は平然と読めたのだが、この章だけは読みたくないのである。ペラペラとページを捲り、書かれている内容の把握をしただけで次の「流人」へと進んでしまった。吉川英治「平の将門」で同じシーンを読んでいるので、あえて悲しい場面を読む必要はないと自分に言い聞かせたようである。1847ページの中の最も重要な最後の30ページを読まないで終わる私の将門への想いをこの顕彰碑を読みながら思い出していたのである。

帰りの道を走りながら「坂東太郎」を探していた。「この地に来た限りは坂東太郎だろう」と勝手に決めていた。お腹が空いていた。「そういえば将門煎餅というのがあったなぁ」などとお土産のことも考えたが、事前に場所も確かめずに来てしまったので売っている場所はとうに過ぎていた。道は谷和原インターに向かって進んでいたが、途中からいつも得意先に行った帰りに通る道を走っていた。3時を過ぎているためか、いくつかの店が看板を下ろしていた。坂東太郎は見当たらない。最終的に入った店はいつも営業担当と一緒に入るラーメン屋である。この広い坂東の地を走り、新しい発見を求めた旅の最後がいつものラーメン屋である。我ながら呆れてしまった。旅は計画的であるべきである。
「何にいたしますか?」と聞かれ、これまたいつもと同じラーメンを選んでしまったのだから笑うしかない。
                                 (平成29年作)

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