如月 - 時候
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如月

如月や遺書も遺品も玻璃の中



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翌日は雨模様だった。朝から降っていたが、目的地に着くと上がっているという不思議な雨だった。知覧特攻隊の記念館に着いた時も上がっていた。傘なしで歩いて行くことが出来た。前回も訪ねているので中の様子は分かっていた。
今回はひとつの遺書を探して歩いてみた。旅行に来る前に読んだ「知覧からの手紙」(水口文乃著)に書かれた穴沢利夫少尉という人の遺書である。図書室に勤める中央大学の学生だった青年が自ら志願して陸軍航空隊に入隊する。その恋人だった女性が戦後60年を経て綴った手記である。
「あなたたちは、命は尊いものだと教えられているでしょうけれど、あの時代は、命は国のために捨てるべきものだったの」と彼女は語っている。国を挙げての戦争に多くの若者達が命を捧げていったのである。
「〈この人は日本男子だったんだ〉学生でも兵役を免れる特権をいつまでも持っていられたわけではありませんが、徴兵前に志願する必要はありません。それでも利夫さんは自ら志願したのです」とも綴られていた。
戦争とは死に直面することである。戦地に赴く者にも銃後を守る者にも死が身近に感じられた時期である。その中でも特攻は特別である。最初から生還の可能性を排除し、死を必然としたのである。遺書には様々な思いが綴られていて万感迫るものがある。穴沢少尉の遺書はすぐに見つかった。婚約しつつも最後は結婚を諦めることになった二人だが、そこには永遠の愛が綴られているかのようだった。展示コーナーのガラスケースの中に飾られた手紙を前に、しばらくはその場所から離れることが出来なかった。

記念館では語り部の話を聞くことも出来た。何百回、何千回語ったのだろう。たくさんの遺書の文面を諳んじていて鬼気迫るものがあった。バスの時間があり途中で席を立つことになってしまったのは残念である。後ろ髪を引かれるとは、あのようなことを言うのだろう。記念館の出口あたりで前を行く安藤夫妻が急にトイレに寄っていくと言って中に入って行った。待っている間、わずかな時間が出来た。カウンターに並べられた書籍が目に入った。20種類ほどあっただろうか。その中の1冊を手に取った。「いつまでも、いつまでもお元気で」という本である。
バスに戻ってすぐに読み始めた。中には遺書がたくさん綴られていた。読み始めてすぐに泣けてきた。自分の母親や家族に向けて書かれたものが多い。決意を綴る一方で悲しさが伝わってくる。私が泣いていたことをバスの中で知る人は誰一人いない。後ろの席では安藤社長の笑い声がいつまでもいつまでも続いていた。
息子と娘に宛てた29才の久野正信さんという人の遺書を載せておこう。幼い子供達に宛ててカタカナで書かれている(写真)。

正憲 紀代子へ
父ハスガタコソミエザルモ イツデモオマヘタチヲ見テイル。ヨクオカアサンノイヒツケヲマモツテ オカアサンニシンパイヲカケナイヨウニシナサイ。ソシテオホキクナツタナレバ ヂブンノスキナミチニスゝミ リツパナニッポンヂンニナルコトデス。ヒトノオトウサンヲウラヤンデハイケマセンヨ。「マサノリ」「キヨコ」ノオトウサンハカミサマニナツテフタリヲヂツト見テヰマス。
フタリナカヨクベンキヨウヲシテ オカアサンノシゴトヲテツダイナサイ。オトウサンハ「マサノリ」「キヨコ」ノオウマニハナレマセンケレドモ フタリナカヨクシナサイヨ。オトウサンハオホキナヂユウバクニノツテ テキヲゼンブヤツツケタ ゲンキナヒトデス。オトウサンニマケナイヒトニナツテ オトウサンノカタキヲウツテクダサイ。父ヨリ
マサノリ キヨコ フタリヘ
                                 (平成29年作)

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