2019年10月の記事 - ひこばえ
FC2ブログ
background movie
HOME プロフィール

日向 亮司

Author:日向 亮司
FC2ブログへようこそ!

最新記事 最新コメント
最新トラックバック 月別アーカイブ カテゴリ カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ひこばえ


2019年10月の記事

秋の夜

「消します」と云へば「どうぞ」と秋の夜



IMG_1757_convert_20191007211500.jpg



宿は名古屋駅前に予約しておいた。会社の総務担当者に「駅前ならどこでもいいから」と頼んでおいたのである。
「夜10時過ぎに到着するようでしたら、電話を一本入れておいてください」と出掛けに言われていたが、忘れていてホテルに着いてから思い出した。しかし事無くチェックインすることが出来、13階の部屋に無事に到着した(写真)。
名古屋駅前のホテルと聞き、夏目漱石の「三四郎」を思い出していた。明治41年の作品なので今から110年も前ということになる。九州から上京する三四郎が列車の中で知り合った未亡人と名古屋駅で降り、一緒の宿に泊まるというシーンである。列車は名古屋止りである。

<次の駅で汽車が留まった時、女は漸く三四郎に名古屋に着いたら迷惑でも宿屋へ案内してくれと云いだした。一人では気味が悪いからと云って、頻りに頼む。三四郎も尤もだと思った。>
<(宿の)上り口で二人連ではないと断る筈のところを、いらっしゃい、──どうぞ御上り──御案内──梅の四番などとのべつに喋舌られたので、已むを得ず無言のまま二人共梅の四番へ通されてしまった。>
<(一人で風呂に入っていると)例の女が入口から、「ちいと流しましょうか」と聞いた。三四郎は大きな声で「いえ沢山です」と断った。然し女は出て行かない。却って這入って来た。そうして帯を解き出した。三四郎と一所に湯を使う気と見える。別に恥かしい様子も見えない。三四郎は忽ち湯槽を飛び出した。>
<下女が床を延べに来る。広い蒲団を一枚しか持って来ないから、床は二つ敷かなくては不可ないと云うと、部屋が狭いとか、蚊帳が狭いとか云って埒が明かない。(中略)頑固に一枚の蒲団を蚊帳一杯に敷いて出て行った。>
夜が明けるまで一枚の布団の中でまんじりともせず過ごすことになる。(この辺りの描写が面白い)
翌朝、気まずい膳に向ったあと、勘定を済ませ宿を出て別れの時が来る。女は四日市の方へ行くという。
<女は「色々御厄介になりまして、……では御機嫌よう」と丁寧に御辞儀をした。三四郎は(中略)只一言、「さよなら」と云った。女はその顔を凝と眺めていた。が、やがて落付いた調子で、「あなたは余っ程度胸のない方ですね」と云って、にやりと笑った。>
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

スポンサーサイト



夜業果つ

鉄臭き油まみれの夜業果つ



20191001_convert_20191001211357.jpg



名古屋駅には午後1時50分に到着した。新幹線口に2時半集合の約束である。誰もいなかったので電話をしてみるとすでに到着していて一杯やっているという。蕎麦屋で冷奴などを注文して飲んでいた。
私「早いですね。何時に着いたのですか?」
A社長「12時半頃かな。もう新幹線の中から始まっているよ(笑)」
私「さすがに飲んでの訪問はマズイでしょ」
A社長「大丈夫だよ。顔が赤くなるタイプじゃないから(笑)。顔、変わってないでしょ」
私「顔は変わっていませんが、声の大きさには出ています(笑)」
A社長「声は生まれつきだよ(笑)」
B社長「日向さん、ハイボールでいいですか?それともビール?」
私「それじゃ、ハイボールでお願いします(笑)」
その後、ゾロゾロとメンバーが揃い、タクシーで訪問先の工場へと向かった。
工場はスチール製ロッカーなどの量産工場である。創業80年を迎えている。シモーヌ・ヴェイユが働いた年から85年経過しているので、その後に誕生した工場ということになる。「工場日記」の世界がいかに古いかが分ろうというものである。
いつも懇意にいてもらっている社長自らが工場案内をしてくれた。工場従業者の数は当社の3倍、敷地は8倍である。戦後まもなく豊田自動織機から土地建物を払い受けたというから相当なものである。歴史的建造物といっていい。そこで量産体制を構築している。写真はその社のホームページから拝借したものであるが、見事な設備、ライン、自動化の世界を作り上げている。一回りするだけでも1時間は要する広さである。社長の後を付いて回ったみなさん、肩で息をするようにして歩いていたが、決して顔は赤らんでいなかったことだけは確かである。無事に見学を終えて5時半になっていた。
その後、イタリアンレストランでの会食となった。
社長「今日は遠いところ、お越しくださいまして有難うございました。何も用意出来ませんが、ここのマスターとは古くから懇意にさせてもらっていますので何か美味しいものを出してくれるはずです。楽しんで行ってください」
A社長「このメンバーでイタリアンは初めてだと思います。特に拘りがある訳ではありませんが、ワインについてだけは注文があります。全員、質より量ですのでよろしくお願いします(笑)」
B社長「それはご自分のことでしょ。私は違いますからね(笑)」
楽しい名古屋の夜を過ごした。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

初雪富士

初雪の富士見て名古屋までの旅



IMG_1765_convert_20191001211336.jpg



このところ名古屋に縁があるようである。所属する業界団体の集まりが名古屋で行われることになった。毎年、その会の集まりは<夏は銀座、暮れは箱根>と決まっていたのだが、どういう訳か今回は名古屋にあるメンバーの工場を訪問することになったのである。トヨタ生産方式の指導が当社で始まったばかりでもあり、名古屋との因縁を感じる。
向かう電車の中で読み始めたのがシモーヌ・ヴェイユ(1909-1943)著「工場日記」である(写真)。いつも読んでいる雑誌の中で次のように紹介されていた。
「1934年、哲学者・思想家である彼女は労働者の社会的抑圧を研究するために工場労働者となった。その日々の描写と考察の記録は、作業や製品、設備、人間関係を観察する客観性と、疲れ果てる肉体の中で研ぎ澄まされる感覚という圧倒的な主観を行き来する。政治、社会的な側面はさておき、工場管理の視点から興味を惹かれるのは、効率のために労働者が犠牲になり、作り直しによって品質を維持するという工場黎明期の実態である。今日に至る改善の道のりに思いを馳せる一方で、人間関係をめぐる感情や個人のモチベーションの源については今も共通点が多いことに驚かされる」
最初のうちは面白くなかった。
<火曜──7時半─11時15分。プレスで1181個を圧平。7時15分に事故。部品が1個、機械に引っ掛かり故障を起こす。調整工の落ち着きと忍耐。25個だけのオシャカで済む。私の落ち度ではないが、以後、その機械には注意すること。2時間45分。5フラン30(0.45パーセント)。>
このような記述が延々と続く。毎日の作業内容と完成個数、賃金、不良数などをメモしていく。労働に従事した内容のメモであり、それを後日、本にまとめて出版するなどとは考えていなかったような記述である。1934年12月から翌年35年7月(昭和9年、10年)までの記録であり、会社はフランスのアルストム電機会社、バス・アンドル鉄工所、ルノーの3ヶ所で働いている。ルノーとはあのルノーのことであろう。最初の会社に一番長く務めているが辞めた理由は書かれていない。2ヶ所目の鉄工所は解雇されている。どこの会社でもとにかく不良、オシャカ、機械トラブルが多い。当時の工場、生産現場の様子が伝わってくる。仕上げていくらの世界であり、不良の原因を云々するよりは与えられた機械をどう上手く操作して終わらせるかに集中している。<自分の打ち方が足りないのではないかと心配になる。しかも一方では、あまり強く打ってはいけないような気もする。それに注文分を仕上げようとすると、途方もないようなスピードを出してやらなければならないような気がする……>などと記述されている。
面白く読めるようになったのはルノー工場に勤めた辺りからである。<詰まらない文章も繰り返し読んでいると、それなりに読み方が分かってくるのだろうか>と思ったが、そうではなく、やはり彼女の記述が面白くなって来たのである。身体が労働に慣れてきたせいか、日記の内容が濃くなってくる。一緒に働く工員のことや工場内のトラブルについての記述が具体的になってくる。「工場のふしぎ」「のぞましい改革」「工場の組織」など、表題からして変わってくる。行きの電車では読み切れず、翌朝のホテル、帰りの新幹線の中でも読んでいた。<俺ならもっと面白く書けそうだなぁ>と思いつつも、85年前の生産工場に思いを馳せていた。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

稲づくり褒めて煽てて叱りもし



IMG_1683_convert_20190921185110.jpg



この9月から1年間、トヨタ生産方式を学ぶための指導を受けることになった。受けたいという思いは昔からあったが、<折角のいい教えも当社のレベルでは猫に小判ともなりかねない>といつも二の足を踏んでいたのである。そんな折たまたまダイレクトメールが届いた。いつもはゴミ箱行きのところだがその時だけはなぜか開封してみた。気まぐれである。東京で無料のセミナーがあると書かれていた。話だけでも聞いて来ようかと思った。所定の内容を書き入れてファックスを入れた。数日後、名古屋から電話が入った。
「社長様ですか。セミナーの申し込み、ありがとうございます。就きましてはその前に、一度お会いして話をさせていただきたいのですが……」
「早速の勧誘か。気が早いなぁ(笑)。大丈夫だよ、やる気はあるから。セミナーの後でもいいんじゃないの?」
「いえいえ、善は急げともいいます(笑)」
「名古屋人はセッカチだなぁ(笑)。いいよ、何時がいいの?」
「すぐにでも伺います(笑)」
それが6月末の話である。7月3日に来社し説明を聞き、10日に具体的な提案を持ち込み、22日にはトレーナーまで連れてきて工場診断もしてくれた。受講するメンバーも選定して8月には契約し、8月23日の東京のセミナーの時には全てが決まっていた。
「社長は結論を出すのが早いですねぇ(笑)」
「早いのはそっちだろ。間髪入れずにグイグイ来たんだから(笑)」
「決め手は何でしたか?」
「<人を育てる>だよ。俺には出来ないのでやってもらうしかない。しっかり頼むよ」
「大丈夫です。お任せください」
9月18日(水)キックオフの日、全員を集めて昼礼を行ない、実りある研修になるよう全員で協力してもらいたい旨を話した。
受講風景を横で見ていて思った。
<なるほど、導き方が上手い。単純に問題解決するだけでなく、一人ひとりの理解度を確認しながら進めようとしている。成長させようとしている>
受講料は高額だが、この中の一人でも大きく成長してくれるのであれば安いと思う。企業の成長は一人ひとりの成長に掛かっている。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

夜長

ランニングマシン組立て夜長かな



IMG_1680_convert_20190921185049.jpg



その2日後、一杯飲んで帰ると玄関にルームランナーが届いていた。
私「おお、随分とデカい箱に入ってきたなぁ(笑)」
妻「二人掛りで運んでくれたけど大変そうだった(笑)」
私「よし、運ぶか」
妻「大丈夫?相当に飲んでるみたいだけど」
私「大丈夫、大丈夫。大川栄策ほどじゃないけど、力はある(笑)」
数日前のテレビで大川栄策の箪笥担ぎの映像を見たばかりである。古い映像だったが大きな箪笥をヒョイと肩に担ぎ上げた姿は見事だった。デビューした頃の若い大川栄策だった。廊下を傷つけてはいけないと片側を持ち上げたがやはり重い。少しずつ動かして部屋に運び込んだ。
私「よし、風呂に入ってくる」
妻「えっ、何言ってるの。もう、いい加減にしてよね」
私「冗談、冗談。怒らない、怒らない(笑)」
妻「詰まらない冗談はやめて早く終わらせましょうよ」
箱から出してビニールを破り、バーを持ち上げて終わりである。
私「いやに簡単だなぁ」
妻「ちゃんと動くかしら?」
私「そりゃ、動くだろう。電源を入れてよ」
妻「はい、入れました」
私「よし、スイッチオン!あれっ、動かない……」
妻「どれどれ。あっ、安全装置を付けていない。これをセットしないと動かないみたい」
私「へぇ~、凄いもんだなぁ。これが外れると自動的に止まるようになってるんだ」
ということで無事に動くことが確認された。

翌朝のことである。家人はもちろん寝ている。買って来たばかりのランニングシューズを履き、準備運動も抜かりなく、マシンの上に立った。グ~ン。
スピードメーターを時速1キロから2キロ、3キロと上げて行き、軽くジョギングするスピードを確保した。1分、2分、3分と経過するごとに異変を感じていた。
<随分と違う……>
何が違っているかといえば、身体が重いのである。1年前に家の周りを走った時の感覚と随分と違っている。腹が出ていて揺れているし、体重も増えているので負荷が大きい。
<去年、この感覚はなかったなぁ……ヤバイ>
ひとまず5分で止めた。ちょっと考えよう。作戦を立てて臨もう。漫然と始めては挫折する可能性がある。今の体調に合わせたメニューを考えなければならない。汗を掻く前にちょっとした冷汗を掻いていた。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

登高

より軽き靴を選びて登高す



IMG_1675_convert_20190921185026.jpg



その日はたまたま妻の誕生日である。
「何か欲しいものはないの?」と何日も前から聞いていたが「何もないから気にしないで」と言われていた。欲しいものを聞いて「あれが欲しい、これが欲しい」と盛り上がったのは昔の話である。「じゃあ、何か美味しいものでも食べに行こう」でひとまず合意を得ていたが、そこにランニングシューズが持ち上がったのである。
「上大岡のスポーツオーソリティに行こう。あそこで靴を買って、そのあと何かを食べて来よう」
娘たちも一緒について来ることになった。
店に着くと「2足目、半額」の広告が至るところに貼られていた。
「おお、ちょうどいいなぁ。半額ならいいのを買おうよ」
すぐに店員が声を掛けてきた。
「靴をお探しですか?」
「そう、2足目の靴を探しに来た」
「???」
「冗談だよ。室内で走るので新しいのが必要になって」
「ああ、スポーツジムでご使用ですね。旦那様と奥様、お二人で」
二人でジム通いを始めると考えたようである。ルームランナーを買ったとは言いづらい。選んでもらうことになった。
「それにしても2足目が半額とは随分と靴の原価も安いもんだなぁ。半額にしても儲けがあるんだから原価は20~30%くらいか?」
「すみません、原価の方は聞いていません」
「同じような靴が片や5000円、片や12000円と随分違うもんだなぁ。何がそんなに違うの?」
「見た目は似ていますが、靴底のクッションなどが違います。走ると分かってきます」
「そうなの?それじゃ高けりゃ高いほど走りやすいってことだ。別にオリンピックに出る訳じゃないから、手頃なところにしておいてよ(笑)」
「はい、それでは奥様の足のサイズから測らせていただきます」
30分ほど掛けて選んでもらった。妻の靴が13000円、私のが6500円である。それに消費税である。
「随分と値段に差がついたなぁ。会計は女房の方を2足目ということにしておいてよ(笑)」
「あのォ、お客様、こちらの商品はどちらも割引の対象にはなっておりません。申し訳ございませんが」
「なにィ!嘘だろう。2足目半額って書いてあったじゃないか。それじゃ、まるで囮(おとり)広告みたいもんだよ。誰だってあれを見れば半額だと思うよ」
「スミマセン」
「まぁ、いいけどさ。誤解を招くようなやり方は良くないと思うよ。あなたの将来のために言っておくけど、最初に説明しておけばいいんだよ。そうだろう?」
「はい、スミマセンでした」
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

年寄りの日

年寄りの日の年寄りに意地もあり



IMG_1688_convert_20190921201226.jpg



観るものがない時のテレビは止めればいいのだが、無意識にチャンネルをパチパチやったりしている。3連休を持て余してボンヤリ過ごしていた時なので、その時もチャンネルをBSに変えたりしてパチパチとやっていた。9月15日、敬老の日である。<ジャパネットたかた>の妙に元気のいい声にリモコンが止まった。ランニングマシンを勧めている。
「番組をご覧の皆様に今だけの特典。大幅値引き。このチャンスをお見逃しなく!」
一瞬で閃いた。
<よし、やろう!これしかない!>
番組なのかCMなのかは分からないが随分と長々とやっている。そのセールストークにまんまと騙されているのかどうかは分からないが、<今申し込めば23000円が値引される>には確実に反応した。
<よし、買おう!>
隣で本を読んでいる妻に聞いてみた。
「どう?ランニングマシン。一緒にやろうよ」
「やりたかったら一人でどうぞ」
「運動不足解消にはこれしかないよ」
「続かないと思うけど」
「バカだなぁ。俺の早朝ランニングを知っているだろう。半年は続けたよ。雨の日も風の日もやり続けたからなぁ。止めたのは冬になってお前から身体に悪いから止めなと言われたからだよ。あれがなければ続けていたかも知れない。ましてや、これが室内となれば止める理由が見つからない。絶対に続けられるよ」
「どこに置くの」
「どこでもいいよ。俺の部屋でも」
「じゃ、買えば」
「頼むよ。手続きしてよ」
「自分でやってよ」
「無理だよ。住所とか何とかを登録したりするんだろう。俺には無理だよ。頼むよ」
結局は拝み倒して手続きをしてもらった。
「よし、ありがとう。スポーツの秋だ、減量、減量(笑)」
しばらくして気付いた。
「そうだ!ランニングシューズが必要だ。室内だから新品じゃないとマズイだろう。一緒に買いに行こうよ、行こう、行こう」
「もう、勝手なんだから(笑)」
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

冷まじ

冷まじや列なす防災器具売り場



IMG_1829_convert_20191013060247.jpg



「耳の水」の話をしている場合ではない。先月9日に襲来した15号より更に強い勢力の台風19号が会社に迫ろうとしている。15号の時は600メートル先にある堤防が決壊して工業団地に海水が流れ込んだ。そのため多くの会社、工場が被災したが、当社は奇跡的に道路1本挟んで被害を免れている。しかし今回は15号よりもはるかに大きい台風だという。もし海水が工場内に入り込めば大型設備の電気系統がやられて機能が止まることになる。何とかしなければならない。あれから1ヵ月も時間があったにも拘らず行動しなかったのはお粗末の一言である。本気で考えていなかったことを反省するとともに速やかな対応を迫られた。考えていたことを行動に移した。9日(水)夜のことである。
私「工場1階部分には13ヶ所の入口がある。そのうちの5ヶ所にはブロックを積む。モルタルを買ってきて3段積みしてくれ。やり方はユーチューブで見る限り簡単だ。素人にも出来そうだ。必要数を計算して明朝一番ホームセンターで買ってきてくれ。4ヶ所のシャッターについては塗料缶を並べてビニールシートで被い池を作る。万が一海水が入った場合でもポンプで掻き出せば大丈夫だと思う。どこの会社も土嚢を積んで対策しているが完全でないような気がする。すぐにポンプを5台買って来てくれ。残りのドアにはプレートを作る。構造はこうだ。台風が来るといっても所詮1日だけのことだ。何人か泊まり込んで人海戦術を取ったとしても、たかが知れている。すぐに取りかかってくれ。全員で会社を守ろう」
10日(木)昼頃から始めたブロック積みは夜には終了していた。11日(金)にはポンプが届き、工場周辺に設置されている機械の高さを50センチ嵩上げした。社有車などは全て工場内に入れ準備を整えた。
<ここまでやれば大丈夫だろう>と思ったが、やはり不安は残る。夜勤担当と数名が残り台風襲来を待つことにした。
12日(土)早朝、寝ていると会社から電話が入った。
「お早うございます。社長、2階の入口から浸水しました」
「なにィ!2階?そうか、海水のことばかり考えていた。すぐに処置してくれ。それにしても相当に強い台風だなぁ。まぁ、雨の吹き込みぐらいなら大丈夫だ。しっかり頼むぞ。俺もこれから会社に向かう」

その後、丸一日、会社に待機して台風がもたらすであろう高潮、浸水に備えたが、結果、海水に襲われることもなく無事にやり過ごすことが出来た。駆けつけてくれた従業員には心から感謝するばかりである(写真)。地球温暖化がもたらす異常気象を「異常」と捉える時代ではないことは明らかである。あらゆる状況を想定して会社を守るレベルを上げておこうと決意した一日となった。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

やや寒

やや寒や耳の水抜く誘ひ水



IMG_1836_convert_20191013055255.jpg



先日、風呂場で髪を洗っていると左耳の奥に水が入ってしまった。風呂から出てトントンと片足跳びなどして出そうとしたが、なかなか出てこない。綿棒を奥まで差し込んでみても届く場所ではないようである。鼓膜が張ったような感じがして相当なる違和感である。
私「参ったなぁ、耳に水が入って出てこない」
妻「そのうち、出て来るんじゃない?」
妻の血液型はO型である。
<そりゃ、そのうち出てくるだろうが、いつまでもこんな風にしておきたくない>
A型の私はすぐにでも何とかしたいと思うタイプである。
私「スマホで検索してみてよ。いい方法が書いてあるんじゃない?」
妻「自分で調べればいいでしょ。何でも人にやらせようとして……」
文句を言いながらも調べてくれる。
妻「あった。いい?簡単そうだからやってみて。手の平に水を溜めて、頭を傾けて水が抜けない耳に水をそっと入れる。耳たぶの上を触って、入れた水を耳の奥まで届かせる」
私「なんで、反対の耳に入れるの?おかしいジャン!」
妻「反対の耳じゃないわよ。水の入った耳の方だよ」
私「水を出したいって言っているのに、なんで入れるの?」
妻「しょうがないでしょ。そう書いているんだから。入れたら頭を反対方向に傾ける。すると水が抜けてスッキリすると書いてある」
手の平に水を溜めて耳に当て、頭を反対に傾けて水を入れると顔まで垂れて来る。耳たぶを押して反対に思い切り頭を振る。水は出てこない。2、3度試してみたが、上手く行かず、そのうち頭が痛くなってくるばかりである。
私「他の方法はないの?」
妻「ドライヤーで乾かすというのもある。温風を当てていると乾いてくるそうよ」
私「それがいいなぁ。頼むよ」
妻「もう、世話が焼けるんだから。洗面台のところでやろう。こっちへ来て」
ということで、妻がドライヤーを持って温風を吹き込むことになった。
妻「いい、やるわよ」
私「いいよ」
<ブワ~~ン>
私「アチッ、アチチチ。熱すぎるよ」
妻「ああ、ゴメン。『強』になってた(笑)」
私「笑いごとじゃないよ。火傷するかと思ったよ」
ドライヤーは時間ばかり掛かってしようがないので止めにして、結局は最初の方法で取り出すことに成功した。妻の読み上げる文章を生半可な理解でやってみたのが良くなかったようで、自分でスマホの文章を読んでその通りに数滴入れただけで簡単に出てきたのであった。65年間生きて来てこんなに奥まで入った水は初めてである。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

晩秋

晩秋や描くは生きとし生けるもの



IMG_1237_convert_20190924214935.jpg



水彩画を始めたそもそもの切っ掛けは富弘美術館での詩画作品募集である。これに応募しなければ何をやっているのか分からなくなる。締め切りが9月30日だったので23日の「秋分の日」を丸一日使って完成させた。軽く考えていたせいか思った以上に悪戦苦闘して描くことになってしまった。水彩画の基本を知らないがための失敗を何度も繰り返した。油絵と同じように考え、何を描いてもグチャグチャになってしまい<俺には無理かな>と諦めそうにもなった。最後に助けてもらったのが「かじがやごろぉ」先生の手法である。先生と同じように筆ペンで思いっきり殴り描きしてようやく作品らしく仕立て<これならまずまずかなぁ>の域に達した。先生には感謝しかないのだが、もちろん当の先生はこの作品を見たことすらない(笑)。
出来上がるまでの悪戦苦闘を書いておこう。まずは画用紙を買いに行くところから始まった。F4サイズが規定なので近くの文具店に行くと「バラ売り、あります」と書かれていた。4~5枚もあればいいだろうと店員に枚数をいうと「1枚の大きな紙を切って使ってください」という。いちいち切ってなどいられないのでスケッチブック形式のものを買ったが15枚綴りである。1枚描くだけなのに15枚とは……と思ったが、最終的には残り1枚となっていたのだから悪戦苦闘振りが分ろうというものである。テーマと構図は決めていた。詩もすでに出来ていた。有珠山を背景にして、母が登った火口原展望台の看板のあたりを描いたのである。まずは空を描くところから始まった。上の方を青くして下に来るに従って白くするグラデーションなのだが、用紙7~8枚はこれのために無駄にした。紙を濡らして描くものだと書いていたので、刷毛で濡らしたのだが上手くいかない。裏側も濡らすなどいろいろと工夫してみたがダメなので紙全体を風呂の水に浸けたりもした。ようやく上手くいっても次に描く山が失敗するので、また空から描かなければならなくなる。グラデーションは水を滲ませて仕上がりを信じて待つのがいいようである。それに気付くまで何枚もの紙と時間を無駄にしてしまった。
山も難しい。茶色で描こうとすると小学生の絵になってしまう。岩肌の具合、草木の生えた場所、砂地の部分など拘れば拘るほど絵具が混ざって無茶苦茶になってしまう。ペーパーナイフで傷つけて山肌を表現しようともしてみたが絵になるものでない。手前にある草も難しい。山を描いたタッチと草のタッチが違い過ぎると違和感がある。同じように描くと草に見えない。最初に出来上がった絵を妻に見せた時、「何だかモワッとしているなぁ。貴方ならもっと上手く描けるはず」と一蹴されてほとんど自信を失いかけてしまったことを妻は知らない。
<空は上手くいったけど山も草木も駄目だなぁ>と思った作品に筆ペンで思いっきり線を描き入れてみた。ごろぉ先生の描き方を真似たのである。先生の描き方は一度しか見ていないが、勢いのいいことだけは知っている。墨を描き入れてみて<オオ、まずまずだなぁ>と思った。迫力が出た。妻の反応はイマイチだったが、娘は絶賛である。
「ワー、素敵な絵になったわね。いい、いい。これホントにいいと思うよ」
今回は娘の反応を信じることにした(笑)。
審査結果は10月下旬にハガキで知らされることになっている。作品の写真を載せたいところだが、未発表作品とのことなので掲載しない方が良さそうである。テーマとした火口原展望台近くのスナップ写真を載せておくことにする。杖を使って歩いている母の姿が写っている。今回の作品の題名が「母」である。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

美術の秋

弟子入りを果し美術の秋来たる



20190917_convert_20190921184926.jpg



大きな画用紙と筆ペンを渡されて「室内でも外でもいいですから」と言われた。そこまで言われては観念するしかない。目の前の物を描こうか、それとも外に出て風景を描こうか。しかし迷っている余裕はなかった。ごろぉさんがテーブルで何かを描き始めたのだから、墨を貸してもらう私にはそこで描くしか選択肢はないのである。おのずとテーブルに腰掛けて周りの人が描くのを見ることになる。隣の少年が「蜂」の絵を描いている。上手い!そして、いやに詳しいところまで描いている。見るとスマホの画像を写しているらしい。<なるほど……>
自分もスマホの画像の中から描けそうなものを一枚選んだ。妻の部屋から写した向かいの建物の写真である。マンションなので線ばかりである。詳細となると面倒だがラフでいいというのだから描けるような気がした。ごろぉさんに倣って大胆かつ大雑把に描き始めた(笑)。
ごろぉさんはと見れば、ものの5分位で描き上げてどこかへ行ってしまった。向かいに座った少年をスケッチしたのである。上手い!見事である。また速い。一瞬である。さすがである。私もサッサと描き上げて終わりにしようと思ったが1時間ほど掛かってしまった。ごろぉさんの姿が見えない。どこに行ったのだろうか。外に出てみると案の定、縁石に腰掛けて描いている。この会館を描いているのである。
「一枚、写真を撮らせてもらっていいですか?ブログに載せたいと思いまして」
「いやいやいや、緊張するなぁ(笑)」
「そもそも、ごろぉさんは美術学校か何かを出ているんですか?」
ほとんど個人情報に近いところから聞き始めている。妻が心配する<行動的になると時にトラブルを引き起こす>場面である。高校の辺りの話から始まって、車内スケッチ、ブログ開設、このスケッチ会のことなどを教えてもらった。
<なるほど、年季が違うなぁ>筋金入りである。
「フムフム、だからしっかりした絵になっているんですね。これからいろいろと教えてもらうことになりますので師匠と弟子ということでお願いいたします」
「いやいや、そんなに大袈裟に考えないでいいから楽しく描いていきましょう(笑)」
「ハイ、基本から覚えていきますのでよろしくお願いします」
ごろぉ先生(ここからは「さん付け」ではなく「先生」となる)は明言しなかったが、私は勝手に弟子にしてもらった気になっている(笑)。
描いた絵を見てもらい、構図のまずさを指摘されたが納得した。
<いい人に出会ったなぁ>
来月また会いに来ることを約束して別れたが、とてもいい気分である。見上げた川崎の空はまさに「天高し」である。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

爽やか

一心に運ぶ絵筆の爽やかに



IMG_1654_convert_20190915164940.jpg



駐車場を出る時に家族にメールを入れた。
私「会えなかった」
妻「残念っ」
娘「残念!」
張り切って出掛けた私を見ているので、二人には残念だった気持ちは伝わったようである。
私「メッセージを残してきた───毎日『一心不乱』を楽しく眺めています。『ひこばえ』の作者日向と申します。初めて原画に触れることが出来て感動しています。実際に描いている所が見られればと思いましたが、またのチャンスを楽しみにしています。今日は有難うございました」
後ろ髪を引かれるような思いとはこのようなことである。帰ってきた。
その後の数日間はブログ「一心不乱」を見ながら<残してきたメモに何か返信があるはず>と期待していたが、一向に何もない。<どうしたのだろう?一言ぐらいあっても良さそうなものだが……>と考えていた。

日曜日がやってきた。午後1時からその展示会場で「スケッチ大会」を催すことになっていた。もちろん行ってみることにしていた。たとえ返信をくれないタイプの人であっても、一度はお会いして話がしてみたいと思ったのである。
12時に家を出て1時ちょうどに到着した。すぐにこの人が<かじがやごろぉさん>だと分かった(写真)。挨拶させてもらった。
「日向と申します。作品はいつもブログで見させてもらっています。今日は実際に描いている所を見たくてやってきました。よろしくお願いします」
「どうぞ、どうぞ。一緒に描いてみましょう」
「『ひこばえ』というブログを書いています。いつも見に来てくれてありがとうございます」
「ああ、あの『ひこばえ』さんかぁ。あれはよく書けていますよねぇ。いつも読ませてもらっています」
一通りの挨拶が済んだ後、会場内を見て回ると前回来た時に置いた私のメモがそのままの状態で置かれているのを見つけた。<えっ、誰も見ていなかったんだ。返事がなかったのはそのためか>投函箱がなかったのでアンケート用紙の置いてある場所にクリップ留めしておいたのだが誰も気付かなかったようである。そっと回収してポケットに入れた。
「道具は持って来ましたか?」
「いえ、今日は見学です。どうやってあの絵を描くのか見たいと思いまして……」
「駄目、駄目。道具は僕のを使えばいいから何か描いてください。紙はこれを使って……墨はこれです。何でも自由に描いてみればいいんですよ(笑)」
「無理ですよ。描けないから、上手く描く人を見に来たんです」
「いいから、いいから、はいはい(笑)」
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

秋日

秋日濃し卓に広げしスケッチ帖



IMG_1587_convert_20190915164841.jpg



翌9月9日(月)は台風一過である。深夜に関東地方を直撃した台風15号は至る所に爪痕を残していた。会社には被害がなかったが、周辺の工場では海水を浴びたりして大きな被害が出ていた。川崎の展示会に行こうと張り切っていたが、それどころではない。半数近くの従業員が遅刻して、休む者も数名出て工場がごった返していた。しかも高速道路が不通になっている。横浜横須賀道路も湾岸線も一日中復旧の目途が立たない。帰宅するにも難渋したくらいなので川崎になど行けるはずもなく、その日の見学は取り止めることにした。
翌日は全て復旧していた。天気も良く川崎まで渋滞情報も出ていない。昼を済ませてすぐに向かうことにした。<会ったら何と言おう>いつも何かが起き、何かをしでかしてしまうタイプの人間である。<落ち着いて挨拶しよう>
9月だというのに台風の後なので気温は35℃を超えている。会場の東高根森林公園に到着し駐車場に車を置いて外に出た途端、立ち眩みしそうな感じがした。1時半になっていた。「スケッチブック展」の幟はすぐに見つかった。入るといきなりトイレである。<???>裏口から入ったようである。受付の女性の後ろ姿に声を掛けた。
「作品を見に来たのですが、よろしいですか?」
「どうぞ、ゆっくりご覧になってください」
誰もいなかった。テーブルの上にたくさんのスケッチブックが置かれていて、自由に手に取って見ることが出来る。かじがやごろぉ氏のスケッチブックが何冊も並んでいる(写真)。ブログ「一心不乱」で見たばかりの作品で<勝手に触らせてもらっていいものだろうか?>と、ちょっと心配にもなってくる。
一つひとつ丹念に見て行った。やはり凄い迫力である。墨を塗りたくっている。線に迷いがない。力強い。圧倒的な筆力である。人物像が多いが、建物や風景を描いたものもあった。デッサン力は言うまでもなく、デフォルメした構図や切り取り方が面白い。<凄いなぁ>やはり、この一言に尽きる。私に作品を云々する力はない。ただただ圧倒されただけである。
30分くらい見ていただろうか。誰も現れない。受付をしている女性がメンバーかも知れないと思ったので聞いてみた。
私「スミマセン、これは全部、墨で描いているものなんでしょうか?」
女性「えっ、墨なんですか。よく見てませんでした(笑)」
読んでいた本を伏せて私の方へ来てくれたが、「本当ですね、墨ですね」というばかりであまり絵に興味がない人のようである。
私「この展示会の関係者ではないんですか?」
女性「はい、違います(笑)」
待っていても仕方ないようである。かじがやごろぉ氏とは会えずじまいである。
来館者名簿があり、感想などを書くようになっていたので一言お礼を書いて帰ってきた。
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

野分後

滲ませて野分のあとの山河描く



IMG_1562_convert_20190915164756.jpg



富弘美術館でもらったパンフレットにあった「詩画公募」の応募期限は9月30日である。描けるかどうかは分からないが、まずは道具を揃えなければならない。油絵の道具は山ほどあるが、水彩画は何も持っていない。近くの文具屋でスケッチブック、絵具、筆などを一揃え買ってきた。何を描くかは凡そ決めている。有珠山に登った母を描くことにしていた。美術館の動画で母のことを語っていた星野富弘さんの姿が忘れられず、自ずと私のテーマも母なのである。
初めはその母を描こうとしたが人物像ほど難しいものはない。今の実力では到底作品にならないことはすぐに分かったので有珠山の火口原展望台の様子を描いてみることにした。<それくらいなら描けるだろう>まずは写真を見ながら描いてみた。しかし全く絵にならない。水彩絵の具の特徴も知らないので、どんどん塗りたくって飛んでもないものになってしまった。
「まるで小学生の絵みたい(笑)」
妻に言われるまでもなく、これでは駄目だと思った。ユーチューブで「水彩画の描き方」を検索して改めて基本となる所を覚えようとした。そんな時に偶然出会ったのが「一心不乱」というブログである。9月7日(土)の朝、私のこの「ひこばえ」に訪れてくれるブロガーの作品を見ている中で偶々目に留まったのである。
<おー、これは何だろう。墨か水彩か。自由奔放で強烈なインパクトがある。俺もこんな絵が描きたい>
いつも訪ねてくれていた人であるが、目に留めたのはその時が初めてである。
<墨はいいなぁ!>
そのブログを最初の辺りから眺めて行き、<なるほど上手いもんだなぁ>と感心しつつ、参考にして描き上げたのがこの絵である(写真)。出来上がって少し満足していた。自画自賛である。下絵を軽く鉛筆で描き、墨で細く輪郭をなぞっていき、全体が描けたところで割り箸に墨を浸けてポイントとなりそうな場所に置いていったのである。細かいところには気にしない。「一心不乱」の作者「かじがやごろぉ」氏もおそらく細かいことには拘っていないだろうと勝手に決め込んでいる(笑)。日曜日のことである。
私「凄い人だよ、この人。この人と同じような絵が描きたい」
妻「よかったね、いい人が見つかって(笑)」
私「明日から一週間、たまたま川崎で作品を展示するらしい。見てみたい。明日、行ってくる!」
娘「明日!こういう時のおーちゃんって行動的だよね(笑)」
私「だって、建物なんかをスラスラって描いていくんだよ。素晴らしいよ。見てよ、この絵。これがスラスラ描けるんだったら、たくさんの人が見ている中でも堂々と描いていられる」
娘「幸せそう(笑)」
妻「行動的になると、時にトラブルを引き起こすこともあるから気を付けてね(笑)」
私「大丈夫、大丈夫。明日会ったら、弟子にしてくれって申し込んでみる(笑)」
二人「ヒャー」
                                 (令和元年作)




にほんブログ村

枝豆

枝豆を食べつつ思ひごと一つ



IMG_1512_convert_20190903052244.jpg



風呂を上がると広い食堂が待っている。家族より早く上がったので、まずは場所取りと生ビールの注文である。ツマミはひとまず「枝豆」ということになる。枝豆を嫌う人はいない。誰もが食べる。飲む人も飲まない人も大人も子供も誰もが食べるのだからいい食材である。迷うことなく注文した。
この句は平成9年の作である。俳句を始めて間もない頃の何の工夫もない一句である。「思いごと」といえば「想いごと」すなわち色気のある話を考えがちだが、「思い煩う」の方のイメージが強い。役員になり、張り切っていた反面、常に問題を抱えてあちこちに不満を持っていた時期である。ビールを飲みながら枝豆を食べ、考えるでもなく鬱々としていたあの頃を思い出す。
花田英三(1929-2014)という人に「豆」という詩がある。
『豆を喰いながら
なにかかんがえるつもりでいたが
ふと気がつくと
おれはいっしんに豆を喰っていた』
枝豆というと自分が作ったこの句が口を衝いて出て、この詩のことを思い浮かべる。

注文はタブレットにタッチして選ぶというハイテクなものである。いちいち店員を呼ばなくてもいい。食べたい物を選んで送信すると「注文を受けました」のメッセージが表示され、品物が出来上がると「出来上がりました」のメッセージが届く。自分の頼んだものを取りに行くのだから、テーブル札を持ってカウンターに向かうのさえ楽しく思うようである。省人化の最たるものであり、遊び心もある。
「あれも食べたい、これも食べたい」とカズ君。
「そんなに食べられる訳ないでしょ」と娘。
「残したら誰かが食べればいいんだから、頼めば」と妻がいい、
「カレーライスと寿司とはいい根性だなぁ(笑)」と私が言う。
タブレットを操作するのもカズ君なので少々危ない一面もあるが、誤操作はなかったようである(笑)。
サウナで流した汗よりも遥かに多い分量を詰め込んで腹一杯になって出てきた。まさに「お風呂の王様」である。
                                 (平成9年作)




にほんブログ村

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア