2019年08月の記事 - ひこばえ
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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ひこばえ


2019年08月の記事

海胆

海胆丼のこよなき女盛りかな



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クマに相当のエサ代を支払ったあと、向かいにある「有珠山ケーブルカー乗り場」に向かった。15分置きの出発のようで前のケーブルカーが出たばかりである。見ると数名が乗り込んでいる。雨は小止みになっていたが山頂には雲が懸っていた。モニターがあり、山頂の様子が映っているがガスが懸っていてよく見える状態ではない。
私「これじゃ、洞爺湖も何も見えたもんじゃないよなぁ」
娘「去年のトマムの山頂のようなもんね(笑)」
私「よし、諦めよう。上がってもしょうがない。違う所に行こう」
違う所といっても当てがある訳ではない。車に乗り込んで「洞爺湖の観光地」と検索してみるとすぐに温泉街の中に「火山科学館」があることを発見した。
私「おお、こりゃいいなぁ。行ってみよう」
妻「どこどこ?」
私「火山科学館だよ。有珠山の噴火の様子が分かるんだよ」
妻「えっ~、火山?」
科学館は洞爺湖ビジターセンターという建物の中にあった。まずはそのセンターに入り、展示物を見て回った。無料である。洞爺湖の自然について説明されている。ゆっくりと見ていると徐々に飽きてくる。ベンチに腰掛けたり外に出て行ったりして火山科学館に入る素振りもない。
私「中に入ってみるか?」
妻「私はいい」
私「ここでしか見られないかも知れないよ」
妻「火山には興味がない」
結局、誰も科学館には入らずじまいで出てきた。
私「メシ食いに行こう!」
妻「何、食べる?」
私「ウニがいいんじゃないのか?北海道に来てウニを食べない訳にはいかない」
娘「ワァー、ウニが食べたい。ウニ丼が食べたい」
娘がスマホで調べている。
娘「あった!ウニが食べられる店。アプタって場所にある」
私「変な名前だな。アイヌ語か。まぁ、いいや、行ってみよう」
洞爺湖から一山越えて太平洋側の漁港「虻田」にある「道の駅」の店だった。
娘「美味しい!最高!やっぱり北海道のウニは絶品だなぁ」
                                 (令和元年作)




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餌やりの収支計算熊牧場



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翌朝は雨模様である。早朝の散歩はホテルの傘を借りてということになった。北海道ならではの植物を探そうと歩いてみた。探したのは「蝦夷丹生(えぞにゅう)」である。どこかで何度か見たことあるような花なので見つかるかも知れないと考えて湖畔ではなく山の方に歩いてみたのだが結局は見つからなかった。しかし似たような花はあった。セリなのかシシウドなのか、エゾシシウドというのか分からないがたくさん咲いていた。名前はいまだに分からない。その他、サビタの花、まだ黄色いままのナナカマドの実、ハマナス、イタドリの花などを写真に収めたのだが、心の中では「蝦夷丹生、蝦夷丹生」と呟きながらホテルに戻ってきた。
朝食後、<どこへ行こうか>ということになった。晴れていればどこへでも行けるのだが雨である。
「よし、昭和新山に行こう。登れるかどうかは分からないが、駄目ならクマ牧場もある」
修学旅行のコースそのままであるが、その他のことが思い付かない。車で10分ほどなので雨なら戻って来ればいいと思いつつ出掛けてみた。
昭和新山は53年前と様子を変えていた。こんなに草木がなかったと思った。岩がゴロゴロしたような山肌を登って、白い煙が吐き出されている近くまで行ったような覚えがある。それが今は草木に覆われて山肌は見えず階段なども出来ている。
駐車場に着いたが雨風が強くなったり止んだりしていて登れるような状況ではない。
「まずはクマ牧場に行ってみよう」

入場料を支払うと隣でエサが売られていた。1袋100円。<いやに安いなぁ>と思った。見ると小さなクッキーである。10個くらい入っている。まずは2袋を買って入場した。入った途端、柵越しにクマに向けてエサを抛っている人たちが見えた。下を覗いてみるとたくさんのクマがエサを待ってこちらを向いている。抛られたエサを見事にキャッチするのもいれば、コロコロ転がるエサを追い掛けるのもいる。<なるほど、クマが一日どれだけの量を食べるかは知らないが、この小さなクッキーでは1頭が100や200はあっという間に食べてしまうだろうなぁ>と考えた。この小さなクッキーは決してクマのためだけではなく、運営側の大きな収入源になっていると見た。その証拠にものの10分もしないうちにカズ君は200円を投げ切ってしまった。
「エサ!」
カズ君の要求は正しくクマの要求であり、それはまた確実に運営側の要求となっている。いくら抛ってもクマが腹一杯になることはないと私は睨んだ(笑)。
(注)熊がなぜ「冬の季語」なのかは知らない。
                                 (令和元年作)




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花火

バイキング料理の後は花火なり



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宿泊したホテルは「洞爺サンパレスリゾート&スパ」ではない(笑)。洞爺湖といえば2008年に行なわれた洞爺湖サミットであり、ホテルは「サンパレス」ということになる。
残念ながら今回はもう少し温泉街寄りにある「乃の風」というホテルが宿泊先である。部屋は5階の角部屋でベランダも付いたいい部屋だというが、入ってすぐに「狭いじゃん!」と文句が出た。前日の浦臼の宿のことがある。しかしよく見てみると反対側にあと2部屋あるという贅沢なものだった。眺望もまずまずである(写真)。
「夜は花火大会があるというから楽しみ~」
まずはカズ君と風呂に出掛けた。9階の大浴場である。ジェットバス、ミカン風呂、流れる風呂、寝湯などに入り、屋上の露天風呂にも入った。洞爺湖、中の島が一望である。1m50cmの深さの風呂はカズ君の足が着かない。しかし泳ぎが出来るので平気である。
「(バチャバチャ)」
「あっ、おーちゃん、泳いだ。泳いじゃいけないんだよ」
「泳いでない。浮いてるだけ(笑)」
「じゃ、オレも浮こう。(バチャバチャ)」
他に誰もいないというのは楽しいものである。

食事はバイキングである。私の最もいやな形式である。何でも食べる人間だが、どれを見ても食べたいと思うし食べたくないとも思う。出された物を何でも食べると教えられて育ったためか、自分からあれを食べこれを食べとはならない。決められた料理が目の前に出てくるのが一番好きである。お燗を頼んだ。「北の誉」である。昔からある北海道のお酒で、じっちゃんが飲んでいたようにも思う。じっちゃんとは我が家が何十年にも亘ってお世話になった親戚の長老である。
母はといえば目の前にいろいろな物を持って来てもらっている。前日のジンギスカンで食の良さを知っているので、あれこれと選んでくれたようである。それを次々と平らげて行く。ご飯を食べながらなので相当な量である。圧巻はステーキである。
母「あんまり火が通ってないみたいだけど……」
妻「レアっていうんだけど、もっと焼いてもらってくる?」
母「いや、いい。これでいい。美味しい」
娘「それにしても、おばあちゃん、よく食べるよねぇ(笑)」
母「普通に3食、食べてるだけだぁ。人間、3食食べられなくなったら終わりだぁ(笑)」
娘「お肉もよく食べるし……」
母「噛み切れない。歯が思うようになんないもの(笑)。だけどこれは美味しい。もっと食べれる……」
娘「ヒャ~(笑)」
                                 (令和元年作)




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ボート

白鳥のボートが隙を過ぎ行けり



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1時半、洞爺湖のホテルに到着した。チェックインは3時なので食事などして時間を過ごすことにした。食事処を探しながらキョロキョロしてみたが、思い出すような場所はもちろん見当たらない。53年振りの洞爺湖である。6年生の修学旅行の時は登別にある「第一滝本館」に泊まっている。旅館などというものに泊まったことがなかったのでその名前だけは忘れないでいる。歌志内から相当の距離を走ってきたはずなので、まずは登別の地獄谷を見たりしてから宿に入ったのではないだろうか。そして翌日、洞爺湖に回り、遊覧船に乗り、昭和新山、クマ牧場を見学して帰ってきたと思われる。記憶を辿ってもはっきりしたことは思い出せないが、洞爺湖に浮かぶ「中の島」の姿だけは覚えている。フ~。<白駒の隙を過ぐるが如し>である。

食事を終わってボート乗り場の方に向かった。特に乗る気があった訳ではないが湖畔の散策もいいと思ったのである。お兄さんが寄ってきた。
「ボート、如何ですか?」
「いいよ、疲れそうだから」
「足で漕ぐのじゃないですよ。モーターが付いてます」
「モーターボートじゃ、免許がいるだろう(笑)」
「いや、大丈夫です。誰でも乗れます。あの向こうに浮かんでいるのもウチのものです」
中の島の近くにスワンが浮かんでいる。
「ヘェ~、あんなに遠くまで行って大丈夫なの?」
「全然、心配ありません」
「よし、乗るか」
「有難うございます」
30分3000円。乗ってみることにした。最初は怖がって「乗りたくない」と言っていたカズ君も走り出せば面白くなってくる。「運転したくない」と言っていた操縦も一旦座って走らせてみると簡単なことに気付く。
「もっと遠くまで行こう!」
「いや、近くがいい」
いやに慎重だが、やっているうちに徐々に大胆になってきて、時間まで走りまくって「ああ、面白かった!」ということになった。翌日、私が他の場所に出掛けている間も娘にせがんで同じスワンに乗ったというのだから余程気に入ったようである。
「宿題の絵日記はこれでいこう!」
娘も喜んでいる。
                                 (令和元年作)




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夏の朝

白樺の湖畔を一人夏の朝



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朝4時半に起き出して宿の周りを歩いてみた。浦臼に来たのは初めてである。高校の同じクラスに浦臼から通っていた女の子がいたが今はどうしているだろう。宿の隣には「鶴沼公園」がありキャンプ場になっていた。小1時間ほど掛けて一周し、宿のある場所に戻ってきた。それでもまだ6時前である。部屋に戻って財布と本を持ってきた。家族はもちろん寝ている。向かいにある「道の駅」でお茶を買い、ベンチに座って本を読み始めた。「しあわせのパン」という本である(写真)。

今回の帰省では母を連れて洞爺湖に行くことになっていた。妻が計画した。2ヵ月ほど前の会話である。
妻「洞爺湖にしたいんだけどいい?」
私「洞爺湖?随分と遠いなぁ。歌志内からは相当な距離があるよ」
妻「他にどこかいい所ある?」
私「う~ん、特にない。洞爺湖でもいいかな」
特に行きたい所がある訳でもなく、提案されると反対する理由も見つからない。
それでいて、一旦決まると洞爺湖についていろいろと調べ始めるのはいつものことである。有珠山、昭和新山、クマ牧場──小学6年生の修学旅行以来の洞爺湖である。実家にその時の写真が何枚かあるが、それ以上に私の記憶に残っているのがその旅行のことを書いた作文が学校の新聞に載ったことである。もちろん今その新聞は無くなってしまっているが作文を褒めてもらった嬉しさだけは忘れないでいる。53年振りとなる洞爺湖で何を感じることが出来るか楽しみである。
あれこれと調べている中でこの「しあわせのパン」という本に出会った。洞爺湖の畔に東京から逃れてきた男女がパン屋を営み、そこに訪ねてくる様々な人に安らぎを与えるというメルヘンチックな物語である。大泉洋と原田知世の主演で映画化もされている。早速アマゾンで取り寄せ、飛行機の中でも読んでいたのだがまだ途中である。誰もいない「道の駅」のベンチで続きを読み始めた。時折、車が到着し、トイレに行ったり自販機で飲み物を買ったりして出て行く。とても静かである。<誰もいない浦臼の「道の駅」で「しあわせのパン」を読んだことは忘れないだろうなぁ>と思っていた。
ポツリポツリと雨粒が落ち始めた7時頃まで読んでいた。
                                 (令和元年作)




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黴の宿

さもあらばあれ寝るだけの黴の宿



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8時を回った。浦臼の宿に向かわなければならない。9時までは到着してくれと言われている。レンタカーを飛ばして15分ほど掛かった。娘は母を実家まで届けなければならないので、そのまま車を走らせて歌志内へ向かった。カウンターで女性が待っていた。
私「日向といいますが……」
女性「はい、聞いてます。4名様ですよね。まずこちらに名前と住所の記入をお願いします。『さくらの間』になります。こちらが鍵です。お風呂は9時までとなります。タオルは部屋に置いていますので忘れないで持っていってください。翌朝の食事は7時から8時です。これが朝食券です」
妻「すみません。もう一人、あとから来るんですけど……9時を回ってしまうと思うんですが」
女性「玄関の鍵は9時になったら締めることになってます。それ以降に来る時はお客様が内鍵を開けてやってください。手で回ります。開けたら必ず締めてください」
妻「お風呂は入らせてもらいたいんですけど」
女性「9時になりましたら電気を消すことになっています。宿泊代は5000円になります」
私「5000円?全部で5000円ですか?一人5000円じゃなくて……」
女性「さっき連絡もらってますので、全部で5000円で大丈夫です」
私「ヘ~、そうなんだ」
鍵を受け取って「さくらの間」に入った。布団が敷いてある(写真)。
「ワ~!」
「セメ~!」
「サイアク……」
9時10分に到着した娘は風呂にも入れず憤然としている。
                                 (令和元年作)




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生身魂

生身魂斯くもよく食べよく喋る



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6時過ぎにチロルを出て、車で15分ほどの滝川に向かった。ジンギスカンを食べようというのである。
「北海道に来てジンギスカンを食べない訳にはいかないだろう。チロルでの夕食もいいけど、やっぱりジンギスカンがいいよ。『災い転じて福と為す』だ(笑)」
しかし、車の中でカズ君が「ジンギスカンは食べたくない」と言い始めた。<どうして食べたくないのだろう?食べたことがあっただろうか?>と思った。昨年のトマムで食べていることが分かった。<記憶力がいいなぁ>と思った。「ジンギスカンは美味しいよ。もし、いやでも他のものもあるから大丈夫」と娘が説明している。
久し振りの松尾ジンギスカンである。奥の個室のような場所に通された。いろいろと注文してカズ君にも「美味しいから食べてみて」と勧めている。しばらくして「美味しい!」が出た。「どうして食べたくないと思ったの?」「前に食べた時、美味しくなかった。ここのジンギスカンは美味しい!」
<おいおい、そんなに味が分かるのかよォ>と思ったが、確かにこの美味しさは子供でも分かるかも知れない。
90才になる母も食べる。「まだ誕生日前だから90にはなっていない」と言いつつも凄い食欲である。
娘「おばあちゃん、よく食べるねぇ(笑)」
母「したって、こんなトコに来ることないっしょ。一人で肉焼いたって美味くもなんともないもんだァ(笑)。昔からここの味は変わってない。肉にタレを浸み込ませてるから美味いんだァ」
初めに注文した分はすぐに食べ終えたので同じ量を追加した。本当によく食べる。
妻「お母さん、デザートを頼むけど何がいいですか?」
母「何でもいい。みんなと同じものでいい」
完食である。肉はもちろん、ご飯、うどんと平らげて最後にソフトクリームを食べている。この食欲が長寿の秘訣のようである。
                                 (令和元年作)




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帰省

廃坑の山に宿あり帰省せり



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7月25日(木)、昼のフライトで羽田を発ち、歌志内の実家に着いたのが夕方4時である。仏壇に線香を上げたあと、お寺にお参りし、予約している「チロルの湯」に5時半に到着した。(予約が取れずに上砂川の「パンケの湯」を取ったのは最終日のことである)
車から荷物を降ろして受付で名前を言った。
「予約している日向です。よろしくお願いします」
「ヒナタ様?え~と、今日こちらの予約で間違いありませんか?」
女の子である。カウンターの下に名簿があるらしく、次のページを捲ったりして慌てている。
「あの~、予約は受けていないと思うんですけど……。今日はもう満室なんですが……」
「あら、そうなの?……予約、入ってないってよ」
妻を呼んだ。
「うそ~、〇〇で予約してますよ。ちょっと待ってください。控えがあります」
〇〇とはインターネットの予約サイトのようである。すぐに紙を取り出して予約していることを証明してみせた。
「あらっ、ホントだ。ちょっとお待ちください。係の者に聞いてみます」
相当に慌てている。誰かに電話をしている。すぐに来てくれと言っているようである。
「あの~、すみません。ここを経営している者がもう一つ経営している場所がありまして……そちらで良ければ、部屋を取れるんですけど……」
「この近くなんですか?」
「浦臼です」
「浦臼?どこだろ、知らない。近くですか?」
「砂川のもう少し先です」
とんでもないことになったものである。そろそろ6時になろうとしている。あちこちのホテルを調べてみたが、どこもかしこも平日だというのに満室状態である。男の人が現れた。
「本当に申し訳ございません。こちらの手違いでした。浦臼なら部屋が取れますのでどうでしょうか?」
「仕方ないよな。お願いしよう」
「有難うございます。そこでは食事の用意が出来ないのですが……」
「大丈夫です。滝川で食事してから向かいます」
「有難うございます。代金は5000円ということでお願い出来ないでしょうか?」
「いいよ、いくらだって。この際、泊めてもらえる所があっただけでも有難い」
「有難うございます。本当に申し訳ございません」
男性は駐車場まで付いて来て深々と最敬礼して見送ってくれた。
                                 (令和元年作)




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蝦夷菊

蝦夷菊は知らずその名を恋ふるのみ



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ミュージカル・スポット「TAPTIPS」
開店前
窓ガラスを拭いている中込竜一(二十歳)の顔。
語り(竜一の声)「去年の春まで悲別(かなしべつ)にいたンだ。
北海道の砂川って町から南に入った炭坑町でね。
昔は良かったけど今はもう駄目さ。
炭坑はつぶれる寸前だし、国鉄だってひどい赤字でもうじきなくなるっていう噂がある」

店内
働く若者たち。
語り「悲別ってのは元アイヌ語でね、ケナシベツからきたって説と、カナウシベツからきたって説と───どっちでもいいやそんなこと。
そこの高校を出て東京に来たンだ」

楽屋
ユニホームに着替えている竜一。
語り「今この店で働いている。
働きながらタップを習ってる」

昭和59年に放映された倉本聰脚本のテレビドラマ「昨日、悲別で」のシナリオの冒頭部分である。
当時、私は30才になっていたがこのドラマが放送されていたことを知らずにいた。歌志内に帰郷して初めてそんなドラマがあったことを知るのである。
今回、帰郷するにあたりいつも宿泊する歌志内の「チロルの湯」が予約出来ないということになり、急遽、上砂川にある「パンケの湯」を予約したと聞いたので、改めてこのシナリオ本を買って読んでみたのである。DVDなどはないようなのでインターネット動画でシーンの一部を見てみたりした。主演の雨宮良や石田えりが若い。私自身が18才で上京した47年前のことが思い出されて、少し胸が苦しい。
                                 (令和元年作)




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極暑

ひとしきり笑ひ極暑をやり過ごす



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7時半になり、いよいよモノマネのスタートである。会場が暗くなり、奥に設けられた階段の上の方がスポットライトで照らされた。加山雄三の「君といつまでも」の曲が流れる。
司会「それでは登場していただきましょう。『ゆうぞう』さんの登場です。盛大な拍手でお迎えください」
≪二人を~ 夕闇が~ つつむ~ この窓辺に~≫
堂々たる歌いっぷりである。
「おお、上手いなぁ。見た目は加山雄三って感じじゃないけど(笑)」
「似てる、似てる、声はそっくりよ(笑)」
ゆったりと階段を降りながら、客席を通ってステージへと上がった。
「みなさん、こんばんは。加山雄三です(笑)。いえいえ、加山雄三のモノマネをしている『ゆうぞう』と申します。今日はお招きをいただきまして有難うございます。これからいくつかのモノマネをご覧になっていただきますが、見る時の心構えを最初にお話ししておきます。まず最も大切なことは『じっくりと見ない』ということです」
一瞬の沈黙の後、会場は大爆笑となった。見に来たお客に向かって見ないようにと言うのだから、笑わない人がいるだろうか。
「次に大切なことは『思ったことを口にしない』ということです。『ダレ?』『ビミョ~』『似てない』などは、たとえ思ったとしても決して声に出さないようにお願いします(笑)。そして何よりも大切なことは気楽に見てもらうことです。モノマネを真剣に見ていますと腹が立ってきますので是非気楽に楽しんでもらいたいと思います」
軽妙な語り口と変装、オーバーな身体の動きでほぼ誰のモノマネをしているのかが分かる。しかも上手い。似ている。見れば見るほど似ているように見えてくる。<プロだなぁ>と感心させられる。しかも面白い。会場の全員が笑いに包まれる。小学1年生のカズ君が大笑いしているのだから笑わない人などいなかったはずである(写真)。加山雄三の他に井上陽水、松山千春、小林旭、近藤雅彦、前川清、細川たかし、武田鉄矢など次から次へと変わって行く。何曲歌ったか分からない。最後にアンコールを強要して加山雄三の「サライ」を歌って終了となった。ちょうど1時間である。

帰りの車の中での会話である。
私「面白かったなぁ。明日、Oさんにお礼の電話を入れなきゃ」
妻「そうよ。こういうのって勧められないと絶対に来ないからね(笑)」
私「だけど、面白かったからって、これって誰かに勧める?」
妻「う~ん、微妙ねぇ。人に勧めるとなると話は別かな(笑)」
                                 (令和元年作)




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納涼

まず「納涼」と書き「飲み放題」と書く



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6時半スタートなので、その10分ほど前に到着した。「ソシア21」は結婚式場なのでとても豪華な建物である。案内があるまで1階のロビーで待つように言われた。20人ほどがソファに腰掛けて待っている。みんなモノマネを見に来た人のようである。知っている人がいないか見て回ったが誰もいない。時間になると係の人にエレベーターまで誘導され、4階の会場に案内された。受付を済ませて中に入ると指定席となっていて舞台の最前列の席に座るように言われた。
「おー、特等席ジャン!こりゃあ、見やすくていいや(笑)」
すぐにビールが運ばれてきた。好きな飲み物を自由に飲んでくれという。食べ物もバイキングなので自由に取って来てくれという。他の客もゾロゾロと入って来て、あっという間に席が埋まった。
「今日の出演者の『ゆうぞう』ってどんな人だろう?」
「知らない。聞いたことない」
「加山雄三のモノマネみたい」
「古いなぁ(笑)」
芸能タレントについて私より遥かに詳しい妻も娘も知らないというのだから、期待はしない方が良さそうである。Oさんからも「期待しないで」と言われている(笑)。
しばらくして「鏡割り」が行なわれた。壇上に上がってやってくれる人はいないかと声を掛けている。
「カズ君、やってみたら」と私。
その声を聞いて係の人が声を掛ける。
「ボク、やってみて。お母さんと一緒でいいから。おいで、おいで」
何をさせられるのかも分からないまま壇上に登った。度胸がいい。
「それでは、おじさんの掛け声『せーの』に合わせて振り下ろしてください。せーの!」
1発で上手くいき、会場から拍手が沸いた。汲み上げたお酒はコップに注がれ「みなさん、どんどん飲んでください」とアナウンスされる。カズ君まで手を出そうとしたので、慌ててジュースが運ばれてきて手渡された(写真)。
モノマネは7時半スタートである。1時間の間、飲むや食べるやの大忙しで、空いた皿やコップを片付ける係の人も大忙しである。
                                 (令和元年作)




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尺取虫

この頃はとんと尺取虫を見ず



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メモワールの経理部長Oさんは20年来の友人である。いろいろな会合で一緒なので気の置けない仲になっている。黛まどかさんの講演会を教えてくれたのも彼である。私が俳句をやっていること、まどかさんファンであることを知っていたので「いついつ、どこどこで講演会がある」と連絡をくれ、お陰で一番前の席で講話を聴くことが出来たのである。メモワールの葬祭場の仕事も斡旋してくれた。ん千万円の仕事を紹介してくれ、受注出来るように働きかけてくれた。今でも継続的に仕事をいただいている。お酒もよく飲む。集まりがある時はいつも一緒である。そのOさんから1ヵ月ほど前に声を掛けられた。
「日向さん、うちの夏のフェスティバルに付き合ってよ」
「フェスティバルって何?」
「ものまねショーをやっているんだよ。従業員を連れて飲みに来てよ」
「いいですよ。場所はどこ?」
「新横浜」
「新横浜!また遠いね。電車を乗り継ぎ、乗り継ぎだよ。遠すぎるよ」
「付き合い、付き合い(笑)。パンフレットがあるから検討してみてよ」
「ハイ、ハイ」
一杯飲んでいる時の会話だったので、パンフレットをもらったことさえ忘れていた。しばらくして電話が入った。
「もしもし、日向さん、例の件、検討してくれた?」
「なに、例の件って」
「ものまねショーだよ」
「ああ、あれか。本気なんだ?」
「本気だよ。頼みますよ(笑)」
「そうなんだ。じゃあ、悪いけど、パンフレット失くしたのでもう一度送ってよ(笑)」
「従業員が駄目なら、日向さんの家族だけでも大丈夫だからね」
「あらっ、そうなの?何十人規模の話じゃないの?」
「いいよ、2、3人でも。多いに越したことはないけど、仕事に影響させちゃ悪いから(笑)」
送ってきたパンフレットを見ると、あまり有名そうでもない「ものまねタレント」が1日1組出演するバイキング形式のショーのようである。しかも平日である。<まずはどんなものだか分からないので家族で行ってみることにするか>
カズ君が夏休みになった日を選んで申し込むことにした。
「いやいや、ありがとう。悪いね」
「まずは4人だけど、いいの?」
「充分、充分。あまり期待しないで楽しんで来て(笑)」
「了解です(笑)」
                                 (令和元年作)




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梅雨の蝶

行き交ふは黄泉比良坂梅雨の蝶



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お参りを終えると、あとは何もなかった。隣の「神輿殿」というのも古いだけの建物にしか見えない。
<折角来たというのに……>
横に絵看板があった(写真)。見てみると社殿のすぐ上に「二の鳥居跡」と「平嘉久社現存」と書かれている。10段ばかり上る石段のその先らしい。何もありそうにないが傘を差しながら上がってみることにした。
祠があった。これが「平嘉久社」らしい。タイラノヨシヒサではあるまい。タイラカクシャか、ヒラカクシャか。何を祀っているのだろう?分からない。雨でぬかるんでいるので歩くことは出来ないが、その横に男坂、女坂の矢印も立っている。
横に高麗山全体を描いて写真を何枚か張り付けた看板があった。見ると神輿を担いで山を登るようなことが書かれている。<面白そう~!>毎年4月に行なわれている「山神輿」とある。<フムフム、なるほど、なるほど>
『4月17日午後6時、山神輿を担いだ男たちが一番急な男坂を登り始める。脇には提灯を持った人たちが道を照らしている。神輿は前棒を2人、後棒を4人で担ぎ、神輿棒に結びつけた綱を坂の上の大木に括りつけて左右4~5人が一緒になって引っ張り上げていく。午後8時頃、女坂との合流点に到着。大休止をとる。神輿の屋根を平手で叩く。御神酒、水、おにぎり、香の物が振舞われる。8時半過ぎ、上宮(大堂)に到着。神輿を平手で叩きながら境内を練り歩く。神主が祝詞を挙げる。18日はそのまま山に神輿が安置され、社人2人が夜通しお守りする。19日正午、女坂を降りて午後2時頃、下宮に到着する』
写真には急な崖を担ぎ上げている男達の姿が写っていた。奇祭である。<見てみたい!>来年の4月17日の夜、絶対にこの場所にいようと心に決めた。境内にあった龍神、水神にお参りしてから神社を後にした。

後日、インターネットで「平嘉久社」と検索すると偶然にも「水石の美を求めて」というブログに辿り着いた。いろいろと調べている。いやに詳しい。「平嘉久社」は「比良加久社(ひらかく社)」とも表記すると書いている。「新編相模国風土記稿」に「山麓にあり、祭る所庚申なり、是を地主神と云、高良明神疱瘡神等を相殿とす」とあるが、これでは何のことか意味不明なのでもう少し考えるとも書いてある。「白髭神社の猿田彦は天武天皇の勅旨により比良明神の号を賜わっている。猿田彦=比良明神。猿田彦は境界の神で、比良はあの世とこの世の境界(黄泉比良坂)を意味する」などと思索を巡らしている。最終的には「高麗の王族若光を祀っているのではないだろうか」と結論付けているのだが、私などには分からない世界である。<フムフム、フムフム>と頷きながらも分かっていない私がいる。どこのどなたかは知らないが、教えていただいたことに感謝するばかりである。
                                 (令和元年作)




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五月雨

五月雨や小さくも見え力石



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晴れていれば高来(たかく)神社にお参りしてその後ろに聳える高麗山(こまやま)にも登ろうと思っていたのだが、翌朝もやはり雨である。女将さん達に見送られながら「翠渓荘」を後にして、まずは高来神社に向かうことにした。
私「高麗山の高麗って、朝鮮半島の高句麗から来ているようなんだ」
妻「ふ~ん」
私「高来神社も以前は高麗寺(こうらいじ)というお寺だったらしく、高句麗が唐と新羅に滅ぼされた時にそこの王族が移住してきて住み着いて作った寺らしい」
妻「ふ~ん」
私「高句麗が滅んだのが668年、高麗寺創建が717年と書いてあった」
妻には興味のない世界のようである。そもそも興味を持つようなことでもない。興味を持つ私の方が少しおかしいのかも知れない(笑)。
「駐車場あり」と書いてあったので交差点「高来神社入口」から入り、鳥居をくぐり、参道の脇の道を進んでみたが見当たらず、またまた元の通り(国道1号線)に戻ってしまった。再び侵入して鳥居をくぐり、キョロキョロしたがやはり見つからない。高来神社の横に大きな寺があり、そこの駐車場は「参拝者用駐車場」となっていてポールなどを立てている。<高来神社の参拝客はお断り>とも読める。<確執があるかも知れない>などと勝手な想像はしてみたものの、他にないのだから仕方ない。雨が降っていて誰もいないことなので、一時そこに停めさせてもらうことにした。山門も新しいし本堂も真新しい。「慶覚院」と書かれていて高来神社とは明らかに違うようである。急いでお参りすることにした。雨の参道は厳かなものである。時折、鳥の声が聞こえる。<雰囲気あるじゃん!>
参道の奥に神社が見える。雨に打たれて力石もある(写真)。
と、その横に駐車場があるのが見えた。<えっ、こんな所に!>
私「ちょっと待ってて。車を持って来るから」
車を移動して後ろめたさを解消してから改めて本殿にお参りした。天正19年(1591年)に徳川家より朱印地百石を与えられ、寛永年間に東照大権現が祀られたとある。参勤交代の殿様が籠から降りてお辞儀をして通ったというのも頷ける話である。
                                 (令和元年作)




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鱧食べて雨の夜道を戻る人



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一人でゆったりと檜風呂に浸かり、扇風機の風で汗を押さえたところで6時半である。所長もちょうど到着してメンバーが揃った。
私「また呼んでもらえると思っていなかったので本当に感謝してます(笑)」
所長「いえいえ、こちらこそお世話になり本当に有難うございます」
まずはビールで乾杯である。飲めない所長のノンアルコールビールが話題になる。
私「よくも飲まないでここまで偉くなりましたね(笑)」
所長「飲まない替わりに食べるんです(笑)」
私「全然飲めないんですか?」
所長「はい、昔、救急車で運ばれてから一度も口にしたことがありません。おそらく一口でも飲むと大騒ぎになると思います(笑)」
飲めない人が呑兵衛を相手に長時間付き合ってくれるのだからご苦労な話ではあるが、酔っていく私を冷静に観察されるのだから一面恐ろしい状況でもある。ビールの後の飲み物を聞かれた。
妻「ハイボールをお願いしようかな」
Sさん「おっ、いいですね。私も同じものにします」
私「ハイボール?う~ん、そうしようか」
別に同じものを頼む必要もないのだが、人と合わせたくなるタイプである。一口飲んでとても濃いような気がした。
私「これ、濃くない?」
Sさん「そうですか?……そうでもないですよ。こんなもんですよ(笑)」
妻「美味しいわよ。少しずつ、いただけば?」
私「そうか……」
あの時「薄目でお願いします」と言っておけばよかったと思ったのだが、後の祭りである。6時半から始まって9時過ぎまで上機嫌で飲み、酔ってしまったようである。
翌朝の会話である。所長は夜、帰っている。
私「何を話したか、覚えていない」
妻「あらっ、そうなの?そうは見えなかったけど(笑)」
私「なか卯の話をしたのは覚えている」
妻「名店『なか卯』のうどんの話ね(笑)。よくもあんな風に面白く話せるもんだわね」
Sさん「昨日は私もよく飲ませてもらいました。どうやって寝たのか覚えていないくらいです(笑)」
私「あのハイボールが濃過ぎたんだよ。3杯目までは覚えているけど、あとは覚えていない」
Sさん「う~ん、私も何杯飲んだか覚えていない。何を話したかも覚えていない」
妻「大丈夫です。おかしな話はしていませんでした。二人ともご安心ください(笑)」
                                 (令和元年作)




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神輿

鎌倉の道堰き止めし神輿かな



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7月13日(土)、会社には午前中だけ顔を出し、一旦家に戻って3時半に大磯に向けて出発した。「5時半まで来て下さい」とのことだったので、2時間もあれば大丈夫だろうと思ったのだが、鎌倉を甘く考えていたようである。朝比奈峠を下った所から渋滞が始まった。<事故でもあったのだろうか?>いつもは混むような場所ではない。少しずつ進んでようやく「岐れ道交差点」まで辿り着き、八幡宮前の道は避けて裏道に入ったが、そこもまた渋滞である。あっという間に4時半となり、カーナビが示す到着予定時刻がすでに5時半を回ってしまった。
「夕食は6時半と言っていた。1時間は風呂にでも入ってという意味だろう。最悪6時半に遅れなければ良しとしよう」
妻に語りかけながら自分に言い聞かせていた。遅刻するのがとても嫌いなタイプなのだが、渋滞に嵌まってしまっては諦めるしかない。<江の島あたりまでこの調子かなぁ>
途中で電話を入れた。「6時半にはならないと思うけど、遅れます」
渋滞の原因はお神輿だった。道路を堰き止めていたのである。しばらくして急に動き出した。遠くに見える赤信号に向かってドンドン車が進んでいく。<どうなっているのだろう?>交差点に進入すると法被姿の男たちが神輿を担いでワッショイ、ワッショイとやっている。<夏祭りかぁ。気が付かなかった>お陰で「翠渓荘」には20分遅れの5時50分の到着となってしまった(写真)。
昨年同様、女将さんや着物姿の女性が待っていてくれた。
「遅れまして申し訳ありません」
「とんでもございません。お時間はたっぷりとございますので、どうぞごゆっくりお寛ぎください」
10ヵ月前にお世話になった女将さんと久しぶりの対面である。
「社長、大丈夫です。ウチの所長がまだ横浜にいます。6時半には間に合うと思うんですが、その間、ゆっくりと風呂にでも入っていてください(笑)」
営業担当のSさんが笑顔で迎えてくれた。
「なんだ、そうだったのか。言ってくれればもっとゆっくり走って来れたのに。江の島から大磯まで信号無視の時速100キロだったよ(笑)」
「ヒャー(笑)」
                                 (令和元年作)




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