2019年05月の記事 - ひこばえ
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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ひこばえ


2019年05月の記事

夏来る

湧きたぎつ地獄の湯より夏来る



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旅館に一泊して連休の最後をのんびり過ごした。翌朝は帰るばかりである。折角の熱海だが特に寄りたい場所がある訳ではない。渋滞も気になるので9時半にはチェックアウトして帰路に就くことにした。しかし、やはり名残惜しい。
「伊豆山神社にでも寄って行こうか」
「近いの?」
「すぐそこだよ」
「何があるの?」
「全部で837段の石段。源頼朝と北条政子のデートスポットでもあったから、一度は見ておいても損はないと思うよ」
「石段はいいかな(笑)」
「それじゃ、お湯の噴き出し口を見に行こうか。源泉が噴き出している『走り湯』という場所が石段の下にある」
伊豆山神社には以前一度だけ上ったことがある。石段の上り口さえ見つければ、「走り湯」はすぐに見つかるに違いないとカーナビにも入れずに走り出した。そしてあっという間にその場所を通り過してしまった。
「ひゃー、見逃しちゃった。戻るのも面倒なので神社まで上がっちゃうよ」
車で上の駐車場まで上がることにした。階段を上がらないのだから楽である。駐車場から神社境内までは170段ある。837段の5分の1である。みんなで上り始めた。元気のいいのはカズ君である。スタスタと駆け上がってまた戻って来る余裕さえある。私はといえばやはり息切れがする。837段を上ったのは10年程前のことである。<衰えたなぁ>寄る年波を感じていた。
お参りをしてから再び「走り湯」を目指して車で降りることにした。海岸縁である。熱海ビーチラインの際まで下りて漁港の横に作られた駐車場に車を停めた。そのすぐ横に「走り湯」はあった(写真)。トンネルのような入口に入るとすぐに眼鏡が曇った。熱気がムッと襲い掛かる。入って10メートルほどの場所に吹き出し口がある。コンクリートのような囲いの中でゴボ、ゴボ、ゴボ、グワン、グワンと噴き出している。写真を撮ろうにも曇ってよく撮れない。
「凄~い!」
「スゲェ~!」
「熱~い!」
「ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ(笑)」
連休の最後を感動で飾ることが出来たのは嬉しいことである。
                                 (令和元年作)




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家康忌

湯けむりの熱海本陣家康忌



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シャブシャブ屋を出てブラブラ散歩しながら次に向かったのが「大湯」という共同湯である。ここは「徳川家康公ゆかりの湯」ということになっている。日光東照宮を参拝してきたばかりなので絶対に外せない見学スポットなのである。銭湯の周囲の塀に看板が掲げられていて「熱海本陣跡、徳川家康の熱海入湯」の文章が長々と綴られていた(写真)。それによると家康がこの本陣跡の湯に浸かったのは天下を取る前の慶長2年(1597年)3月と天下を取った後の慶長9年(1604年)3月の2回である。2回目には子供2人を連れて7日間湯治したと書かれている。看板の最後に「出世の湯」とあるのも頷ける話である。
隣の湯前神社にお参りをして、すぐ横にある間歇泉を見たりしていたが、ホテルのチェックインまでは1時間ほど時間があった。
妻「あとはどこか見たい所はないの?」
私「折角だからこの大湯に入ってみたい」
妻「これからホテルに行くというのに?」
娘「いいじゃない。入ろうよ。私も入りたい」
私が何か言うと軽くあしらわれる傾向があるが、娘が言うとすぐに頷くのだから困ったものである(笑)。
タオルを買って入浴料を支払い男湯と女湯に別れた。入ってすぐに思ったのが<もう少し家康公を意識した造りにしておけばいいのに……>である。所詮、昭和になってからの建物である。熱海本陣の風情などは望めるはずもないが、もう少しやりようがあるようにも思えた。普通の脱衣場で裸になり、普通の洗い場で身体を洗い、普通の風呂桶に身を沈めた。天井もただの共同湯の天井である。湯船の縁に頭を乗せてぼんやりと天井を眺めていた。
「春の夜の夢さへ波の枕哉」 
外の看板に書かれていた家康公が詠んだという連歌の発句である(「曙ちかくかすむ江の舟」「一村の雲にわかるる雁鳴きて」と続く)。読んだ瞬間は意味が分からなかった。<波の枕って何だろう?>である。しかし、すぐにスマホで<波枕>を検索すると<船中で旅寝をすること。船路の旅>と出た。<波を枕に寝る>というところから来た意味と書かれていた。<なるほど、なるほど、夢を見ながらも来し方を「旅」と見ているんだなぁ>と理解した。そしてすぐに東照宮の常世国に掲げられた「ミカン」と「鶴」と「波」を思い浮かべた(5月13日、ひこばえ「夏蜜柑」)。
隣に浸かっていた人が立ち上がったので寝ていた私の頭に湯が波立ってきた。
<波の枕かぁ……>
                                 (令和元年作)




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端午の日

背比べの孫の背伸びや端午の日



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連休最後の土日は熱海温泉に宿を取っていた。行く間際に予約したのだからそれほどの宿ではないと思いつつも、本ばかり読んでいたのでは家族からも見限られること必定である。新幹線でもいいかと思ったが、どこかに立ち寄るとなった場合は不都合である。渋滞を覚悟して車で出掛けることにした。家を出たのが朝9時。横浜バイパスあたりは混み合っているだろうと思いきや意外とスイスイと走ることが出来、熱海到着が11時半。ほとんど渋滞なしに辿り着いた。
泊まるホテルの駐車場に車を停めさせてもらい、駅前の方に昼食の店を探しに出掛けた。どこも列を成している。蕎麦屋ばかりは空いていそうだが、わざわざ熱海まで来て蕎麦では味気ない。あちこちと歩いて見つけたのがシャブシャブ屋である。
私「熱海でシャブシャブもないだろう」
妻「別にいいじゃないの。ほかに食べたい物がある訳じゃないんだから……」
入るとすぐに2階の個室へと案内された。意外と寛げる。
私「いいじゃないか!」
妻「ほらね(笑)」
おしぼりとお茶を届けてくれた仲居さんがカズ君を見て話し掛けた。
仲居さん「ぼく、何年生になったの?4年生?5年生?」
カズ君「1年生」
仲居さん「ええっ、大きいわねぇ」
私「いえいえ、小さい方です。1年生といっても中学校の1年生ですから(笑)」
仲居さん「ええっ???」
妻「また、冗談ばっかり言って……」
仲居さん「まったく、もう、驚きましたよ(笑)」
料理はもちろんシャブシャブということになる。朝も適当にしか食べていないので<シャブシャブ定食4人前でいいんじゃないか>ということになった。
仲居さん「お客様、さすがに4人前は多いかと思いますよ。ぼくちゃんが1人前を食べるとしても3人前もあれば充分かと……もし少ないようでしたら、その時に言ってもらえれば大丈夫ですから……」
定食にはウドンも付いていたので仲居さんが言った通り、3人前でちょうど良い量となった。
娘「もう、お腹一杯(笑)」
妻「私も(笑)」
娘「夕食の時間は遅くしてもらおう(笑)」
妻「そうしよう(笑)」
                                 (令和元年作)




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春の夢

春の夢覚めて今日より令和の世



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連休2日目の4月29日(月)のことである。<ラーメンでも食べに行こうか>ということになった。車で10分ほどの専門店である。ラーメン、餃子、ツマミ、チャーハン、ビールと注文していく。カズ君が選んだのが<令和ラーメン>である(写真)。
「これ、食べた~い」
「便乗商法だなぁ(笑)」
座った席のテーブルに大きく写真が貼られていて否応なく子供の目にも飛び込んでくる。令和になる前だが、日本国中が令和一色となっている。広告の<令和ラーメン>には紅白のカマボコのようなものが載っていて<お祝い>の文字を書いた海苔も載せられている。
「縁起物だからいいんじゃないの」
「よし、じゃ、令和ラーメンひとつ」
「かしこまりました」
「ビール、先に持ってきて」
「ハイ、かしこまりました」
娘の運転なので一杯飲める。しばらくして注文した品が次々と運ばれてきた。専門店だけあって出来上がる時は一斉に出来上がってくる。厨房では手際よく作業しているのだろう。ビールが来てツマミが来てジュースが来る。餃子が来てラーメンが来てチャーハンが来る。しかしカズ君が注文した<令和ラーメン>だけがなかなか来ない。他の全品が来てもカズ君のラーメンだけが来ないのである。大人が先で子供が後では切ないものがある。
「先におーちゃんのラーメンでも食べてるか?」
「いい!」
「チャーハンでも食べてるか?」
「いい!」
「すみませ~ん、注文した令和ラーメンはまだですか?」
「少々お待ちください、すぐにお持ちいたします」
なるほど、すぐに運ばれてきた。
「おお、紅白の餅じゃないか。美味そう!」
「いただきま~す」
遅くなった分、美味しさは格別である。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
そこに店員さんが何か品物を持ってきた。てっきり子供用のオモチャかと思った。
「令和ラーメンをご注文されたお客様にプレゼントです」
「なになに?」
「なに、これ?」
受け取ったカズ君もそれが何なのか分からないでいる。ラベルに<令和>と書かれている。冷酒のミニビンである。
「………」
<いやいや、子供に冷酒はないでしょう>とは思ったが、確かに広告には<先着100名様限定。オリジナル日本酒プレゼント!>と書かれていた。
                                 (令和元年作)




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黄金週間

黄金週間部屋に籠りて本の虫



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世に言う「10連休」となった今年のゴールデンウィーク。当社も昨年末に決めた休日をあちこちと振り替えるなどして「9連休」を作り上げた。<仕事が山積みしているというのに……>と言ったところで詮無い話である。今の我が社のテーマは「働き方改革」。休むべき時には休むしかない。「平成から令和に変わる変り目をしっかりと噛みしめよう」と挨拶して休みに入った。
初日の日曜日は早くに起き出して撮り溜めたビデオを消化するところから始まった。連続テレビ小説「なつぞら」2週間分3時間を一人で泣きながら観た。<広瀬すずちゃん、最高~!草刈正雄、渋すぎ~!>などと感激しながらティッシュで洟をかんでいる。一呼吸置いて、次は「三国志」である。これもまた2週間分3時間である。司馬懿が病に倒れたように見せかけて味方をも欺き、政敵を追いやる場面である。毎回毎回ハラハラさせられながら楽しんでいる。それが終わってようやく本を手に取った。高橋克彦著「炎立つ」全5巻である。
<ゴールデンウィーク中、何か長い歴史小説を読みたいなぁ>
<東北を舞台にした小説がないだろうか>
そう思ってインターネットで検索して最初に出てきたのが「炎立つ」である。あの平将門の乱の100年後のあたりの東北だという。平安時代から始まり、源義経とともに滅び行く平泉の鎌倉時代までを描いている。150年の歴史である。<東北旅行をするのには最高だなぁ>と思いながら読み始めた。何事もやはり目的があったほうが良い。この本で東北の歴史を学び、その舞台となった名所旧跡を訪ねる旅を思い描いている。まさに至福の時である。連休9日間の2日目に第1巻を読み終え、3日目に第2巻、4日目に第3巻、1日置いて6日目に第4巻、7日目に第5巻を読み終えた。私の9連休がどういったものであったかはこれでお分かりいただけると思う。習字の練習をしたり、散歩に出掛けたりはあったもののほとんど「炎立つ」に明け暮れたようである。
私「悪いね。続編があるみたいなので買ってもらいたいんだけど」
妻「何ていうの?」
私「高橋克彦著『天を衝く』全3巻」
妻「あった。プライムで頼めば明日にも届くよ」
私「早いなぁ。連休中でも仕事してるんだなぁ。追加3巻お願いします(笑)」
妻「了解」
連休の最終日、布団に入りながらも「天を衝く」の第2巻目を読んでいた。夢中になって深夜12時を回ってしまった。
妻「電気、消してもいいの?」
私「自分で消すからいい」
<10連休でも良かったかなぁ>と思ったと言えば嘘になる(笑)。
                                 (令和元年作)




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パンジー

「思慮深くあれ」パンジーの花言葉



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キャンセルの手続きをしてくれようとした井上さんだったが、すぐに「社長、メールが開けません」と言って来た。
「えっ!」
その瞬間、悪質な詐欺サイトに引っ掛かってしまったことを理解した。真夜中のメールといい間際のバタバタといい、<やられたなぁ>と思った。
「オッケー、了解。仕方ないよ。悪い所に引っ掛かってしまったようだなぁ」
「スミマセンでした」
「井上さんが謝ることじゃないよ。大丈夫。すぐに申し込まないとチケットが手に入らなくなると思って慌てて進めてしまった方が悪い。何千万円も騙された訳じゃないから、安い授業料で済んだと思うことにしよう。大丈夫、大丈夫、気にしないでね」
そのあと、Viagogoについてインターネットで見てみると、様々なトラブルが書き込まれていることが分かった。読むのもいやになるくらい、いろいろな苦情が寄せられている。<こんなことと知っていれば……>と悔やんだところで後の祭りである。引き落とされたであろう金額は諦めることにした。
しばらくしてまたViagogoからメールが届いた。
「Viagogoはチケット仲介サイトであり(中略)、より一層努力してまいります。しかしながら、ごく稀に販売者は(「の」と間違えている)都合により、チケットのご提供ができなくなります。この度のご注文に関しましては誠に勝手ながら、このチケットのご提供ができなくない(「り」と間違えている)、キャンセル処理とさせていただきます。大変に申し訳ございませんが、代替のチケットがご用意できなかったため、ご注文をお受けすることができません。心よりお詫びを申し上げます」
何やら怪しい日本語で書かれた文章のあとに返金についても書かれていたが、<どうせこれが手口だろう>と思い込んでいるので読みもせずに閉じてしまった。
それにしても妻には残念な思いをさせてしまったものである。<探し物は何ですか>などと歌っている場合ではない。コンサート当日は何事もなかったかのように無言のままに過ぎて行った。事が急変したのは連休明けである。
妻「Viagogoからお金が戻ってきたわよ」
私「えっ、嘘!」
妻「本当よ。全額戻ってきている」
私「本当!悪徳業者じゃなかったんだ……絶対に戻らないと思っていた」
お金が戻ってきたことにより根底が崩れた。悪い業者ではなかったようである。またまた勝手な思い込みで全てを判断するところだった。反省すべきは私自身かも知れない。
私「よし、今度の東京オリンピックのチケットはViagogoに頼むことにしよう!」
妻「……」
                                 (令和元年作)




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春陰

春陰や夢が知らせる身の不幸



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人が死ぬ夢などあまり見たことがないので、驚いて目を覚ました。夢の中には死んだ人と、それを教えてくれた人が出てきた。真夜中なので目は明いていないと思う。頭の中で考えていたのだろう。<どうしてこんな夢を見たのだろう?もしかして二人に何か起きたのだろうか?>あまり身近とも思えない二人なので驚きつつもその意味をしばらく考えていた。<???>思い付くことは何もなかった。朦朧としながらも<今、何時だろう?>と思ってスマホを開いてみた。1時10分である。寝たのが10時頃だったので<3時間しか寝ていない>と計算していた。スマホを見るとメールが一つ届いていた。<何だろう?>と思って開いてみた。<Viagogo>と書かれている。見たことはあるがすぐには思い出せなかった。<Ryoji様>が頭に付いている。<お客様がご購入された井上陽水、22April2019のチケットについてのご連絡です>と続いていた。<ああ、チケットを発送したというお知らせか>と思った。次に続いている長々しい文章は読もうともせず、そのまま寝に落ちてしまった。朝起きても忘れていてメールを開くこともなく出勤した。会社に着いて思い出した。<そういえば、何か届いていたなぁ>読んでみて驚いた。チケットが手に入らないと書いているのである。<えええっ!!!>18日(木)朝の出来事である。コンサートは22日(月)である。土日を挟んでいる。<日がないじゃん!どうなるの?>
内容は次のようなものだった。
Viagogoではチケット売買のマーケットを運営しているらしい。今回どういう理由からか、提供予定者(個人のチケット販売者らしい)の手元にチケットがないことが分かったという。Viagogoとしてはすぐに「代わりのチケット」を探し始め、見つけるように最大限の努力をするとし、「もし今すぐキャンセルし、全額返金を希望される場合はその旨をお知らせください」とも書かれていた。<???>暗雲が垂れ込めてきた。

それにしてもViagogoからメールが送信された時刻が夜中の1時02分である。<深夜に働いているんだろうか?><運営しているのは日本?><どこの国でやってるの?><本当に大丈夫?><キャンセルしてご破算にしてしまった方がいいのでは?>
それと同時に夢の意味が分かったような気がした。普段、絶対に目が覚めない夜中の1時10分と8分差の1時02分である。何かが起こったことを知らせるための「予知夢」だったようである。<別に夜中に知らせてくれなくても良かったのに……>
死んだ人とそれを知らせてくれた人のことは当分意識の隅に置いておくことにして、まずはチケットをキャンセルすることにして井上さんに手続きを頼むことにした。
                                 (令和元年作)




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遠足

遠足の山遠しとも近しとも



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前回の俳句「いまだ出て来ぬ探し物」とは、もちろん井上陽水の「夢の中へ」の「探し物は何ですか?」から浮かんだフレーズである。そのフレーズが頭にあったせいか、会社の会合の最中に一人思い出し笑いをしてしまったものである。「たしか、この辺りにあったはずだが……」などと書類を探している今の会社のレベルを思い浮かべたのである。
会合は現場の図面管理に係わるものだった。設計部の発行する加工指示書には図面が添付されるケースとされないケースがある。繰り返し注文のある製品については原則現場に図面が常備され、初めて来る製品に図面を添付するという決め事のようである。しかし、偶に来るようなものには添付されたりされなかったりが起こる。
「何回もやっているから分かるだろう」
「俺はやってないから分からない」
「前回は誰がやったんだ?」
「そんなの分かるわけないよ」
そういったやり取りである。全てに添付してやれば良さそうなものだが、一日に発行される加工指示書の量が半端ではない。設計部にすれば「全部なんかコピーしていられない」であり、現場にすれば「図面で確認したい」である。日に何度となく現場から問い合わせの電話がある。このやり取りがムダなのでタブレットを設置し、現場が図面を見たい時にいつでも見られるようにしようというのである。加工指示書にバーコードを印刷するとか、図面番号を採番するとか、いろいろな意見が出された。結構、細かい所に拘る人もいれば、面倒なことはやりたくないという人もいる。前向きな人もいれば、新しいこととなるとすぐに反対したくなる人もいる。しかし、目的は明確だ。「現場が困っていることはなんとかしてやろう」である。話し合いの結果、いくつかの問題点はあるが実現出来そうである。
私「今、我々は富士山の登り口にいる。まだ登ってもいないうちから頂上までは無理じゃないかという人がいるが、それはナンセンスな話だ。まずは登り始めることが大切だ。問題が起きたら起きた時に考えればいい。やってみることである。まずは業者と相談して疑問点を解決する所から始めてくれ。間違いなく解決出来る。解決したら一挙に終わらせてしまおう。図面添付のない世界は夢のような世界だぞ」
私が心の中で<夢の中へ夢の中へ行って見たいと思いませんか、ウフッフ~>と口ずさんでいたことを知る人は誰もいない。チケットが取れたことで気持ちがハイになっている(笑)。
                                 (令和元年作)




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行く春

行く春やいまだ出て来ぬ探し物



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この1、2ヵ月、サザンオールスターズのチケットを求めてローソンの機械の前に何度立ったことだろう。ローチケというらしい。発売時刻10時の5分前に到着し、操作方法を書いてもらった紙を手に入力を始めるといつも予期せぬメッセージが表示されて「???」の状態になってしまうのだ。どういう訳か、いつも土曜日か日曜日だった。
「どうでした?」
「だめだったよ」
「どうしてですかねぇ」
「本当にこの方法しかないの?」
休み明けに会社の女性事務員井上さんと交わす会話である。普通にどこかの窓口で「キップ2枚、お願いします」という感じで買えないものだろうか。いつもそう思っていた。

4月10日、会社で新聞を読んでいると井上陽水のライブツアー「光陰矢の如し」の広告が目に飛び込んできた(写真)。見ると4月22日に神奈川県民ホールでライブがあると書かれている。
<2週間先じゃ、チケットは完売だろう>
そう思ったが、念のためパソコンで調べてみると<チケット残りわずか>と書かれている。<本当に取れるのだろうか?>すぐにクリックしてみた。<ただいま在庫を確認しておりますので、しばらくお待ちください>1分ほど待たされた。<やったね、井上陽水のチケットまだあります>が出た。<オー、取れるかもしれない!>すぐに井上さんを呼んだ。
「悪いね、仕事は大丈夫?このチケットを取ってもらいたいんだけど」
「あれっ、サザンじゃないですけど」
「大丈夫、同じようなものだから(笑)」
「わかりました。やってみます(笑)」
パソコンで操作し、自分のスマホで操作し、私のスマホもいろいろ操作してくれた。横で見ていると神技である。パスワードを設定したり、メールアドレスを入れたり、住所登録、引落し口座登録などを手際よく進めていく。到底、私などには出来るレベルではない。30分ほど要した。
「取れました」
「ワー、嬉しい!ありがとう!感謝、感謝」
すぐに妻にメールした。
「取ったドー!井上陽水。探し物を見つけに行こう!」
「会場はどこ?」
「神奈川県民ホールだよ」
「いいね!楽しみ!」
                                 (令和元年作)




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夏蜜柑

夏蜜柑買ひて家路の遠きかな



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最後に「ミカン」のことを書いておこう。カラオケから戻って歯を磨き、寝支度を調えてベッドに横になったところでメールが届いていることに気付いた。9時41分のことである。孫のなっちゃんから「日光だ!ナツも学校で行ったよ(笑)」と入っている。家族のラインに日光の写真を何枚か送っていたのでコメントしてくれたのだ。すぐさま、この猿の写真を送信して「人生の最悪を覗き込んでいる猿。ひゃー、重い!」と入れた。
なっちゃん「見ざる、言わざる、聞かざる」
私「そう、そう!」
なっちゃん「あと、子供を生んでる猿とかもいるよね」
<ムムム>確かに連作の彫刻の中に猿の人生(?)のいろいろが描かれているのだから出産もあったかも知れないが、よくは覚えていない。話題を転じて「ミカン」の彫刻の写真を送信した(5月1日、ひこばえ「春の風」)。
私「今回、おーちゃんが探し求めた彫刻、ミカン。意味、深いよ!」
なっちゃん「えっ!探し求めたの?どんな意味?」
私「これぞ、東照宮。この向かいに眠り猫がいる。メッチャ、すごい!亡くなった徳川家康が神となって戻ってくるシーンが表されているんだよ。エヘン。大権現だからね」
なっちゃん「へ~、すごい意味深……」
私「今度、お話するよ。すごいよ。おやすみ」
なっちゃん「うん、楽しみ。おやすみなさい」
私「ミカンはすごい」
私「東照宮の彫刻の数5,173。そのうち、ミカンは1つだけ」
おやすみと言っていながらも、しつこくメッセージを入れている。相当に酔っている(笑)。なっちゃんのためにもこの「ミカン」については解説しておこう。

昔の人は海の向こうに理想郷「常世国(とこよのくに)」があると信じていた。そこには不老不死の力があると言われる橘(たちばな)、すなわち「ミカン」が成っていた。徳川家康の墓がある奥社の入り口に「ミカン」を置いたのは、奥社をその「常世国」と見立てていることを意味する。奥社は墓地ではない。家康は死んだのではなく「常世国」に渡ったのだとしている。「ミカン」の裏側に「鶴」と「波」の彫刻を置いた。「鶴」は神様の乗り物である。すなわち、家康はいったんこの世を去って海の向こうの「常世国」に渡ったが、東照宮に神として祀られるために「鶴」に乗って戻ってきたのである。「鶴」と「波」と「ミカン」はそのことを表している。
なっちゃんはこれで分かってくれるであろうか。分かってくれたとしたら、とてもうれしい。
(注)「蜜柑」は冬の季語。「夏蜜柑」は春。「蜜柑の花」「夏蜜柑の花」がともに夏の季語である。
                                 (令和元年)




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春愁

春愁を断つ一杯となりにけり



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翌朝は目覚ましを掛け忘れて6時半まで寝てしまった。慌てて風呂に行き、7時半に朝食会場に向かった。バイキングである。最上階の13階なので見晴らしが良い。前日登った「御富士山」も見える。食べ終わって部屋に戻ろうとすると、エレベータの手前でAさんと会った。
「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」
「日向さん、会長には話してもらえましたか?」
「いや、今日はまだ会ってませんので話してません」
「そうですか、お願いしますね」
「ハイ、ハイ、大丈夫です(笑)」
本当に心配しているようである。荷物をまとめ、下のロビーに降りたのが集合時間10分前の8時50分である。Aさんが駆け寄ってきた。
「日向さん、まだ話してませんか?」
「まだ話してません……ああ、あそこにいるじゃないですか。今、話してきますのでちょっと待っていてください」
「お願いします」
会長に挨拶した。
「おはようございます。昨日はお疲れ様でした。あれから何人かでカラオケに流れてしまいました。大した金額じゃないと思いますが、会の方でお支払いお願いします」
「はいはい、わかりました」
「ありがとうございます。みんな喜びます」
戻ってAさんに伝えた。
「今、了解をもらいました。お礼を言っといてください。行った人には会で持ってもらうことを言っといた方がいいかもしれませんね」
一件落着である。案ずるより産むが易し。そう思ってバスに乗り込んだ。全員揃ったところで昨日私が誘った不動産屋の社長が声を掛けてきた。
「日向さん、昨日のカラオケ代、一人いくら?」
いやに声が大きい。バス全体に響く声である。ここは踏ん張り所だと思った。コソコソやってはいけない場面である。私も大きな声で返した。
「今、会長にも相談したんですが、会で持ってくれることになりました。大丈夫です(笑)」
「あらっ、そうなの?それならもっと飲んでおくんだったなぁ(笑)」
Aさんは後ろの方の席に座っていた。このやり取りを聞いてホッとしたことだろう。

教訓1 二次会は初めからスケジュールに折り込んでおくべきである。
教訓2 酔った人に二次会を仕切らせてはいけない(笑)。
                                 (令和元年作)




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行く春

行く春をみなカラオケに興じをり



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締めの挨拶があったかどうかも覚えていない。宴会場の近くのクラブに案内された。誰が来るのかも確認していないが、ゾロゾロと何人か付いてきた。
「10人いる?いない?えっ、8人?あと2人?よし、ちょっと待ってて、誰か連れてくる」
廊下に出ると不動産会社の社長が歩いていた。
「〇〇さん、カラオケやりましょうよ、1人足りないんです」
「おお、いいねぇ。やろう、やろう」
「日向さん、あと1人」
「あと1人?いいよ、あんたで。面倒臭いよ、探すの。ハイ、これで決まり、10人。さあ、始めよう!」
添乗員の清水さんを加えて10人揃った。始まりである。
「上海の花売り娘」と最近覚えた長渕剛の「RUN」を歌った。次から次へと舞台に上がって行く。みんなカラオケ好きである。盛り上がっているところにAさんが私の側に寄ってきた。大手企業の副会長でこの会の副会長でもある。
「日向さん、ここの勘定、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫って何が?会で払ってもらえばいいじゃないですか、二次会なんだから」
「でも……」
「大した金額じゃないですよ。一人1000円なんだから(笑)」
「でもコンパニオン代もありますし……」
「大したことないって。明日、会長に話しておきますよ。大丈夫、大丈夫(笑)」
「そうですか。じゃ1時間で終わりましょう。会長には日向さんが話しておいてくださいね。お願いします」
「はい、はい」

全員が2曲ずつ歌ったようである。締めは添乗員の清水さんが歌った田原俊彦「抱きしめてtonight」である(写真)。ヤンヤの喝采を送っている中、伝票が回ってきた。
「Aさん、サイン、お願いします」と私。
「えっ、私ですか!」
「そうですよ。副会長なんですから、重みがありますよ」
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫ですよ。明日、話しておきますから、心配しない、心配しない(笑)」
                                 (令和元年作)




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春の宵

戯れの口説き文句や春の宵



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一風呂浴びてすぐに宴会である。席は自由だが、おのずと気の合った人の隣に座ることになる。冠婚葬祭会社の経理部長と昼食の時も一緒だった広告会社の参与の間に座る。この二人、よく飲む。底なしのビール好きと冷酒党である。会長の挨拶と幹事の乾杯の挨拶が終わると、すぐさまコンパニオンが入ってきた(写真)。
「〇〇で~す。よろしくお願いしま~す」
「おっ、美人だね。茨城で一番の美人じゃないの(笑)」
「ありがとうございます。でも、ここは茨城じゃありませ~ん。栃木で~す(笑)」
「茨城でも栃木でもいいけど、この両側の人の飲み物だけは切らさないでね。二人とも大酒飲みだから(笑)」
「ハ~イ、わかりました(笑)。お兄さんは?」
「ビール。そのあと日本酒にしようかな、お燗して」
「あとと言わず、もう持ってきちゃいま~す(笑)」
ビールもお酒もどんどんと運ばれてきた。飲み放題になっているらしい。本来ならここで<よし、セーブしておこう。飲み過ぎちゃマズイ>と自制心が働くところだが、朝から飲んでいるためか調子良くなっている。何をしゃべって何を笑ったのかを覚えていない。あっという間に宴会の2時間が経過した。
「お兄さん、カラオケに行きましょうよ。連れてってください(笑)」
「おっ、いいね。カラオケね。このあとはどうなっているんだろう?添乗員の清水さんを呼んできて」
「は~い」
すぐに清水さんがやってきた。
「どうするの、このあと。カラオケに行ってもいいの?」
「少々お待ちください。聞いてまいります」
聞いてきた結果、カラオケは10人集まったら1人1000円だという。
「1000円とは安いなぁ。10人くらい集まるだろう。よし、行こう!」
「ワ~イ。ありがとう」
コンパニオンのお姉さんが大喜びしている。
                                 (令和元年作)




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春の空

「御富士山」越しに富士見て春の空



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宿泊は「ロイヤルホテル那須」である。4時に到着した。到着する寸前までバスの中で寝ていたので夕食の時間も場所も聞いていない。慌てて確認して部屋のキーを受け取った。宴会は6時からだという。10階の部屋の窓から那須連山が見える。眼下にはホテルの広い駐車場も見え、その横を男性が一人散歩に出て行くのが見えた。自動車部品会社を経営している中村社長である。<よし、風呂に行く前に「御富士山」に登って来よう!>
事前の調べでホテルの近くに「御富士山(おふじやま)」という標高497.3メートルの山があることを知っていた。頂上から本物の富士山が見えるという。翌朝、早く起き出して出掛けてみようと思っていたが、中村社長の姿を見かけたので触発された。すぐに降りていった。
私「散歩ですか?」
中村社長「やぁ、日向さん。ちょっと時間がありましたのでホテルの周りをブラブラしていました」
私「この先に御富士山という山があるんですよ。頂上から219キロ先にある本物の富士山が見えるというので登ってみませんか?」
中村社長「山?この格好で大丈夫ですかね」
私「上り口から180メートルと書かれていましたので大丈夫ですよ」
中村社長「そうですか。それでは行ってみますか」
こんもりと盛り上がっている場所が「御富士山」だと見当をつけて畑の中の道を歩き始めた。太鼓の音が聞こえる。
「お祭りの練習でもしているんでしょうか」
音がする近くまで行くと「八島大権現」の幟が立っていた。豊臣秀吉が「豊国大明神」で徳川家康が「東照大権現」である。本を読んだばかりなので<大きく出たなぁ>と思ったものである。ロープが張られ中には入れないようになっている。門の内側には金色の像が建てられている。<金色とは、また……>
御富士山の上り口に到着した。<御富士山180メートル>の看板が立てられている。一気に登ってしまおうと勢いよく上がり始めたが、やはり息が続かない。中村社長も「なかなか、キツイもんですねぇ」と言っている。頂上に到達してまずは山祠にお参りした。富士山はと見れば立札が方角を指し示している。しかし雲が懸っていて見えるものではない。そういう時のためであろう、写真が飾られている。
「この写真を見て、富士山を見たということにしておきましょうか(笑)」
一休みしたのち、来た道を下って一般道に出ると新興宗教らしい名前が書かれた看板が出ていた。
「もしかしてあの金色の像はそこのものでしょうか?」
「そこが八島大権現の幟を立てているんでしょうかねぇ?」
「富士山といい大権現といい、大きく出る土地柄ですね(笑)」
道々、いろいろと想像を巡らしながらホテルまで戻ってきた。
                                 (令和元年作)




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山葵

名物や山葵効かせて湯葉の膳



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ガイドさんからバスの中で「ゆば」の字をどう書くかという質問があった。日光の名物料理らしい。正解は京都あたりでは「湯葉」と書き、日光では「湯波」と書くとのことだった。昼食は東照宮の近くの湯波料理店が予約されていた。バスの席が前の方だったので、係の人に付いて歩くのも前の方になる。向かい合わせの10人掛けのような席の一番端に座り、その狭いこと。
添乗員「ここでは飲み物は各自のご負担になります。飲まれる方は銘々でご注文お願いします」
バスの中で飲んできたとはいえ、ツマミばかりのような料理を目の前にしては注文するしかない(写真)。
「ビール2本、お願いします」
即座に運ばれてきた。
「1300円です。現金でお願いします」
「えっ、現金払い?」「私が出しますよ」「いや、私が……」などと、やり取りが起こる。現役の私が支払う。私の向かいに座ったのが大手製造業の元社長でしばらく相談役をしていたが、昨年から無役になった男性。右隣が広告会社で役員をしていて、今は参与となっている男性。いずれも70才を超えている。
「私なんかは今、たまに会社に顔を出すだけですから気楽なもんですよ」
「私もアルバイトみたいなものですから、用事のある時だけ行ってます」
「日向さんはいいじゃないですか、まだまだやれる訳ですから」
いろいろなことを言っている。そのうち、会社の前を走っている金沢シーサイドラインの話になった。
「金沢八景の駅が繋がったので楽になったでしょうね」
「あれっ、繋がったんですか?」と私。
「たしか、先月だったと思いますよ。会社で話題になってましたから」
「知らなかった」
「ということは、日向さんには話が行かないようになっているんだぁ(笑)」
「………」
「1か月経っても知らないということは相当なワンマンですなぁ、日向さんは。強烈にやってるでしょう(笑)」
「いえいえ………」
「日向さんの月曜日の朝礼はシーサイドラインの話になりそうですなぁ(笑)」
「笑いごとじゃないですよ。勘弁してくださいよ(笑)」
                                 (令和元年作)




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春の風

甚五郎作なる猫や春の風



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表門をくぐり、そのすぐ横にある神厩舎の前で「三猿」の説明を聞き、その後全員で記念写真を撮る。その先の陽明門では「逆さ柱」や彫刻の意味などの説明を受ける。全て本で読んだことばかりである。家康が遺言として日光に祀るように言ったことも、日光が江戸城の真北に当たることも全て本に書かれていた。いつもは聞き流しているはずの女官さんの話が耳に入ってくるのだから如何に予習が大切であるかを身に染みて感じたものである。陽明門から進み、拝殿に上がる途中に「眠り猫」があった。たくさんの人がカメラを向けている。私だけは「蜜柑」の彫刻を探していた。
私「たしか、眠り猫の近くにミカンの彫刻があるはずなんですけど……」
たまたま隣にいた女性に話し掛けた。
女性「ミカンですか?」
私「そう。東照宮には5173個の彫刻があります。その中にたった1つだけミカンがあるんです。私は今日、そのミカンを見つけるためにやってきました(笑)」
女性「たった1つなんですか、ミカンは」
私「そうなんですよ」
女性「へぇ~、どこにあるんでしょ」
キョロキョロと探してくれた。
女性「あった!ありました。日向さん、これでしょ(写真)」
私「ありましたか。どれどれ……そうです。これです。そしてこの裏に鶴と波の彫刻があるはずです」
女性「あらっ、ホントだ。ありました。鶴と波。凄いですね、日向さん……これにはどんな意味があるんですか?」
私「それはですね……」
謎解きを始める名探偵のように、私がちょうどその説明を始めようとした時に女官さんが「すみません、みなさん、こちらにお集まりください」と声を掛けてきた。行くしかない。話は中断した。廊下を渡って拝殿に上がり、本殿をお参りし、再び戻って今度は祈祷殿でお祓いをしてもらう。彼女と話す機会がない。長い廊下を下りて客殿に移り、直会の席となっても遠く離れていて、バスに戻っても離れた席に着いてしまった。私としては「ミカン」の写真が撮れたので大満足であったが、彼女に説明してやれなかったことだけは心残りとなっていた。
                                 (令和元年作)




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