2018年08月の記事 - ひこばえ
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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ひこばえ


2018年08月の記事

蚊遣香

川べりの古き宿なり蚊遣香



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私を除く全員は朝早くから出掛ける計画を立てていた。アスレチックなどで遊び、昼を食べてから宿に入るという。子供たちは夏休み中であり、何日も前から楽しみにしている。私は仕事があるので昼過ぎに会社を出て宿で合流することにした。車で1時間半の距離である。厚木市飯山温泉。宿の名前は「元湯旅館」である。宿の至るところに信楽焼のたぬきが置かれているので、我々は勝手に「たぬきの宿」と呼んでいる。2時半に会社を出て保土ヶ谷バイパスを走っている時に妻から「宿に到着しました」のメールが入った。
4時過ぎに到着し、案内された部屋には誰もいなかったので、まずは風呂に行くことにした。ここの温泉の湯は強アルカリ泉とやらで、入った途端に肌がスベスベする。肌で感じるという点ではどこの温泉よりも分かりやすい。「美肌の湯」「美人の湯」とか言われているそうで我が女性陣には人気の温泉質である。
建物は古い。しかし楽しい造りになっている。今回は3家族だったので3部屋を借りたが、下の2部屋の上に大きな1部屋が乗っかった形である。上のドタバタが下にいるとよく分かる。
みんなは風呂に行ったり、宿の側の川に出たりして遊んでいたようである。次々に現われては声を掛けて行く。大はしゃぎである。風呂を上がったなっちゃんが妻と一緒に私の部屋に来た。
私「誕生日、遅くなっちゃって悪かったね」
なっちゃん「ううん、楽しみにしてたから大丈夫だよ」
私「プレゼント、喜んでもらえるかどうか心配だよ(笑)」
なっちゃん「(笑)」
妻「なっちゃん、面白い本を持ってきたから読んでみて。なっちゃん向きだと思うから」
なっちゃん「そうなの?ありがとう」
受け取った本をペラペラと捲っていたかと思うとすぐに読み始めた。カバーがされていたので何の本だかは分からなかったが、相当に分厚い本である。それを次々に捲って行く。速い。速読の感がある。すごい集中力である。
<あーあ、あんなに厚い本なんか読み始めちゃって……「小学生日記」どころじゃなくなったなぁ>
川で遊んでいる子供たちの所に顔を出して、宿の周りを歩いて戻ってきた時には3分の2位の所まで来ていた。
<速っ!>
瞬く間である。なっちゃんの本好きは妻の血を受け継いでいる。
                                 (平成30年作)




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夏帽

トロピカルジュース夏帽文庫本



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アマゾンとバタバタやっている最中に妻からメールが入った。
「(なっちゃんの)お父さんのオッケーが出ましたのでキンドルを注文します。あなたからのプレゼントということで決定です」
<えっ!遅いよォ……もう日記帳も届いて、「小学生日記」待ちの状態になってるよォ……>
ひとまず「よろしく」と返信して、日記帳は内緒のプレゼントとすることにした。妻にも知らせず、当日ハプニングで渡すことに決めた。しかし、さすがにキンドルには敵いそうにない。キンドルを手に大喜びしているなっちゃんの姿が目に浮かぶ。その横に忘れられたように置かれている日記帳の姿も目に浮かぶ。

問い合わせのメールが功を奏したかどうかは分からないが「小学生日記」がそれからしばらくして届いた。なっちゃんの誕生会の前日である。一気に読むことにした。プレゼントに相応しいかどうかを判定するだけなので、斜め読み、飛ばし読み、走り読み、拾い読みの類いである。しかし読み始めてすぐに速読していない自分がいた。面白いのである。
<えっ!これを小学生が書いたの?>
<本当に小学生の文章?>
どれもこれも面白い。特に自分のお兄さんのことを書いた「モトイと日本語」など驚くべき文章力である。ウィキペディアで調べてみた。
『華恵(はなえ)1991年4月28日生まれ、日本のエッセイスト、モデル、アメリカ生まれ。父はアメリカ人、母は日本人。6才より日本で暮らし、10才よりファッション誌でモデル活動を始める。幼少時より読書好きで、小学校の時に読売新聞社主催の全国小・中学校作文コンクールで読売新聞社賞、文部科学大臣賞などを受賞。小学6年生の時にエッセイ「小学生日記」を出版する』
なっちゃんの誕生日プレゼントに最高の一冊となることはもちろんである。キンドルにも勝るとも劣らない最強の一冊のような気がした。なっちゃんの感想を早く聞いてみたい。同じ年齢の女の子の書いた文章をどのような思いで読んでいくのか、とても楽しみに思えた。
                                 (平成30年作)




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紙魚

手に取れば青春紙魚の一書あり



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有隣堂なら平積みになっているだろうと思った。角川文庫のコーナーに行って平積みを見て、ないので棚を探した。しかし見つからない。<どうしたのだろう?>店員に聞いてみた。すぐにパソコンで調べてくれたがその結果、絶版で増刷の予定もないという。<えー!>
会社に戻ってアマゾンで探してみた。あった。あった。1円の中古本があった。状態の「良い」と書かれているものを選んで注文することにした。何よりも重要なのが到着日である。誕生日会を過ぎてしまっては意味がない。前日までには到着すると書かれたものを選んで注文した。もちろん日記帳もアマゾンで注文した。それが木曜日の午後6時頃のことである。
翌日、見てみるとメールが届いていた。日記帳の方である。すでに発送しましたとのこと。夜の11時17分の時間が記されている。<どうなっているのだろう?夜中に何をやっているのだろう?>配送業者がやっている訳もなく、この時間の意味が分からない。しかし、品物はその日の夕方に到着した。ビックリである。丸1日を要していない。速い。
片や文庫本の方はその時点で発送もされていない。「注文を受け付けました」のメールは即刻届いたが、それは自動送信だろう。同じ日に注文したものが片や品物が到着し、片や発送もされていないのである。大丈夫だろうか。間に合うだろうか。念のために発送先に問い合わせてみることにした。しかし届いたメールには「このEメールアドレスは配信専用です。このメッセージに返信しないようお願いします」と書かれていた。
<なるほど、直接のやり取りはトラブルの元だよなぁ>
そこで注文したアマゾン側に問い合わせする場所がないかと見てみると、ちゃんと用意されていた。暗証番号やパスワードなどを入力してから問い合わせするようになっていた。
「〇月〇日まで入手したいのですが、大丈夫でしょうか?」と入れた。
すぐさまアマゾンからはこのメールを発送先へ転送した旨が送られてきた。
<なるほど、なるほど、第三者として介在して推移を見守るのだな>と理解した。
しばらくして発送先からもメールが届いた。しかしその内容は紋切り型のものだった。このような問い合わせに応えるためにあらかじめ用意されたものである。「〇月〇日まで大丈夫ですか?」の問いには答えられていない。
すぐさまアマゾンからは「これにより問題は解決されましたか?」のメールが届いた。
型に嵌った文章より「いついつ発送します」「発送しました」のメールが欲しかったところである。しかしこれ以上「1円の本」のことでやり取りしては違う意味で誤解されると思い「解決」と答えて終わりにすることにした。
                                 (平成30年作)




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何をもて十二の夏を祝ひけむ



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なっちゃんの12才の誕生日がやって来た。7月16日だが、その日はみんなの都合が合わない。なっちゃん自身もバスケットボールの試合があったり、練習があったりと子供ながらになかなか忙しい。前後の土日の都合が付かないので、いっそのこと8月になってから温泉にでも行って誕生日会を開こうということになった。本人もそれでいいと言い、宿もすぐに決まった。
誕生日会が近づいてきてプレゼントのことを考えていた。本好きのなっちゃんである。何か読み応えのある本はないだろうかと考えたが小学6年生の女の子の読む本など考え付くはずもない。そこで考えたのが今流行の電子書籍である。
<あれなら読みたい本が何でも読める>
さっそく妻に相談のメールを送ってみた。
私「なっちゃんの誕生日プレゼントに考えているものがあるんだけど、相談に乗ってくれる?」
妻「おっ!何?」
私「キンドレペーパーホワイト」
妻「これはお父さんに相談が必要かな。ダウンロードするたびに課金されるし、クレジットカードの番号も必要になる」
私「だけど、本だよ」
妻「本でもクレジットカードは必要」
私「専用のものを作ってやればいいじゃん」
妻「まだ早いと思う」
私「えー」
妻「親の管理を離れちゃうものはまだ早いと思う。部屋で何をしているかが分からないものはダメ」
私「だって名作とか読むんじゃないの?」
妻「名作ばかりとは限らない」
私「フムフム」
家に帰ってからもその話になったが、やはり時期尚早という妻の意見は変わらない。<フー>振り出しに戻った。

次に考えたのが日記帳である。小学6年生なら日記を書いても不思議はない。早速アマゾンで商品を選んだ(写真)。それと同時に日記の書き方の手本になるような物がないかと検索して見つけたのが華恵著「小学生日記」だった。小学生が作文コンクールで賞を獲ったと書かれている。女優でありモデルでもあるとも書かれている。内容が見てみたい。たまたま横浜まで出掛ける用事があったので有隣堂に寄って買ってくることにした。
                                 (平成30年作)




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夏風邪

夏風邪の髭も虚ろに当たりけり



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北海道から戻った翌日、朝起きてすぐに風邪であることを確信した。会社に行って仕事を処理しながら、近くにある耳鼻咽喉科に予約の電話をした。風邪は引き始めに正しく処置をしておくに限る。善は急げである。
最近は風邪を引くと内科ではなく耳鼻咽喉科に掛かることにしている。咽喉をやられ、声が出なくなることが多いので、咽喉の炎症を抑える薬が欲しいのである。それには耳鼻咽喉科が手っ取り早い。電話をするとインフォメーションが流れる。
「はい、こちらは〇〇医院、電話受付です。左下の*ボタンを押してから始めてください。受付をされる方は1を、受付の内容を確認、または取消しされる方は0を押してください」
<1>
「受付される人数をお入れください」
<1>
「今、受付すると午前の〇〇番前後、午後の〇〇番前後となります。現在、午前の〇〇番の人が診察中です。受付される場合は診察番号と♯を押してください」
<ピピピピピ♯>
こんな感じで入力していく。受付番号をもらい、自分の番号が何時頃の診察になるかを予測して病院に向かうのである。初診の人もいるので誰もいないということはないが、予約人数の割にはいつも空いている。この予約制度のお陰で長い待ち時間とは無縁の病院である。今回もほとんど待たずに診てもらうことが出来た。
前回のカルテを見ながら症状を聞かれ、鼻からカメラを入れられ、咽喉の様子を確認してもらい「風邪の引き始めで、咽喉が赤くなっている」と言われた。吸引装置のようなもので薬を吸わされ、処方箋を書いてもらって出てきた。
<これで大丈夫!>
やることをやったので、すぐに治るに違いないと妙に自信を持っている。薬をもらってすぐにその場で飲んだ。最初は多めに飲むことにしている。安心感がある。しかし実際にはそれから2週間も熱が下がらず、寝汗、咳、鼻水という症状に苦しめられることになってしまった。
<夏風邪はしつこいなぁ>
あの先生が良かったかどうかは分からないが、いつも嗄れてしまう声が潰れなかったのだから、やはりいいと信じている私である。
                                 (平成30年作)




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馬鈴薯の花

馬鈴薯の花よ母ゐる故郷よ



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山から下りてすぐに朝食である。32階にあるレストランに出掛けた。バイキングである。窓際に席を取って好きなものを運んでくるのだが、私は決まって和食である。ご飯と味噌汁と納豆さえあればいい方である。さっさと運んできてみんなが揃うのを待っていた。娘は食べたいものがあるという。前もって調べてきたらしい。フレンチトーストである。
「今、焼いてくれてるんだけど、焼けるとすぐに他の人が持って行ってしまうので、なかなか回って来ないのよねぇ」と文句を言っている。
「そんなに美味いものなの?」
「この前、テレビでやっていたんだけど、とても美味しいと言っていた」
「そうなの?取って来てやろうか?」
「よろしく」
行ってみるとなるほどコックさんが一人で焼いている。焼き始めたばかりなので時間が掛かるという。コックさんに話しかけてみた。
「相当に時間が掛かりそうだねぇ」
「いえ、すぐですよ。しかし、並んで待っていただくのはお遠慮いただいております」
「そうなの?それじゃ、タイミングが悪いといつまで経っても食べられないね」
「すぐに焼き上がりますのでお待ちいただきたいのですが……」
見ていられるのがいやらしい。
2回、3回と見に行って娘がようやくもらってきた。普通の食パンのようにも見える。
「厚切りなのに中まで卵黄がしっかり浸み込んでいてフワフワに焼けている。すごく美味しい。これを食べないではトマムを語れない」
「ええっ……」
雲海も見られず、フレンチトーストも食べず……。

帰りは歌志内まで私が運転した。実家で仏様を拝んだあと、母に見送られて出発した。
「身体、気を付けてね」
「ありがと。お前もあんまり無理するんじゃないよ」
いつも目頭が熱くなる別れのシーンである。
千歳までは交代して娘が運転した。熱いので車内のクーラーは強目にしている。ついウトウトとし、途中から爆睡してしまった。朝が早かったのだから眠たくなるのは当然である。目が覚めた瞬間、風邪を引いたと思った。寒気がする。熱っぽい。咽喉が痛いような気もしてくる。<やってしまったなぁ>お茶をガバガバと飲み始めた。出来ることは水分補給しか思い浮かばない。
「風邪引いちゃったよ。昨日の夜はこうならないようにとパーカーまで買い込んだのに、まさか昼間の車の中で引いてしまうとはウッカリだったよなぁ」
誰一人、同情してくれる人はいない(トホホ)。
                                 (平成30年作)




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雲海

雲海を待つ雨雲の中にゐて



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そういう時の早起きは目覚まし時計などなくても大丈夫である。きっちりと3時半に起き出して買ったばかりのパーカーなど着込んで準備万端である。娘も4時前には起きてきた。ロビー4時10分集合なので5分前に到着したが、すでに長蛇の列が出来ていた。ホテルに泊まった全員が集まったのではないだろうかと疑うほどの人数である。時間になるとバスが次々とやってきた。3台目のバスに乗り込んだ。リフト乗り場までは5分ほどである。他の棟のお客もいるので乗り場はごった返していた。勢いよくリフトが回ってくるので進みはするが、早朝からの順番待ちはかったるい。「雲海を見せて商売にしよう」と最初に言い出した人の発想力に敬意を表する。順番待ちをしていると「本日この時間、雲海は出ておりません」とアナウンスされた。それと同時に「山頂には雨雲が懸かっていて、霧雨のような雨が降っています」という情報である。それでも誰一人として帰る人はいない。列の進むのに任せ、次々とリフトに乗り込んでいく。
「雨雲かぁ」
<雲海と雨雲とは違うものだろうか。雨雲を上から見たら雲海というのではないだろうか。それとも雲海とは雨を降らさない雲を言うのだろうか>調べる間もなく、そんなことを考えながら順番を待っていた。4人掛けのリフトに見知らぬアベックと向かい合わせに座り、妙に気まずい10分間を過ごしながら頂上に到着した。アナウンス通りに雨が降っていて雲海は見られない(写真)。備え付けの青い雨具を借りて、しばらく様子を眺めていた。
私「一句出来た!『雲海を待つ雨雲の中にいて』。どう、分かる?」
娘「分かるけど、何だかダジャレみたい。そのままのことじゃない(笑)」
私「まぁ、なぁ……」
しばらくテラスにいて天候の変化を待っていたが、すぐには変わりそうにないので周囲を歩いてみることにした。
山頂登山道という道があったので登り始めたが、すぐに後悔した。<朝からこれは心臓に悪い>である。息が切れそうになり、戻ろうかと思ったところで「クラウドプール」という遊具に到達した。雨雲も去り、遠くの山に懸かる雲海らしきものが見える。眼下に迫る雲海ではないがこれもまた良しである。娘と二人でクラウドプールの上で写真を撮り、空中散歩を楽しんだ。
                                 (平成30年作)




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成吉思汗鍋

成吉思汗鍋を囲めば蝦夷思ほゆ



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夜はジンギスカンを食べに行った。北海道に来てジンギスカンを食べないで帰るのは東京見物に来て東京タワーを見ないで帰るのと同じだという意見に娘が同意した。混雑しているという情報もあったが、意外とスンナリと入れて手際よく料理も運ばれてきた。
「ウメー!」
カズ君もご満悦である。
食べながら話は「雲海」に及んだ。何と言ってもトマムと言えば雲海である。前日、富良野で十勝連山に懸かる雲海を見ているので、あれが明朝トマムの山に懸かればいいだけの話である。何となくその気になっている。雲海発生確率が発表され、翌日は30%だという。
私「30%とは低いなぁ。見られないかなぁ」
妻「行くの?」
私「行くよ。トマムに来て雲海の句を作らなかったら何しに来たか分からないよ」
ボーイさんが来たので聞いてみた。
私「明日、雲海は見られそうですかね?」
ボーイ「どうですかね。あまり見たという話は聞きませんからねぇ」
私「そうなの?明日の確率は30%という発表だから見られるんじゃないの?」
ボーイ「発生確率はいつも30%です。それ以外の発表は見たことがありません」
全員「えっー!」
娘が行くと言い始めた。
私「おっ、行こうよ」
娘「ロビーに4時10分に集合だよ。起きられるかなぁ」
私「大丈夫、大丈夫。3時半には起こすよ」
娘「いやいや、そんなに早くなくても大丈夫。4時でお願いします(笑)」
その後、防寒着の話になった。
私「夏とは言っても相当に寒いだろうなぁ。長袖は持って来てないよなぁ」
妻「持って来てない。薄手のジャケットがあるだけ」
私「買おう。食べ終わったら買いに行こう」
8時を回っていたので専門店は閉まっていた。わずかに一軒だけがパーカーを扱っていた。
娘「わー、高いなぁ。もったいない」
私「いいよ、風邪引くことを考えたら安いもんだよ。トマムって書いているパーカーだけはやめておこう(笑)」
娘「そうだね」
カズ君「ソダネー」
                                 (平成30年作)




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夏山

夏山が囲む壺中の天に入る



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星野リゾート「トマム」のチェックインは3時からである。富良野から車を走らせて途中どこかで食事をしようと思ったが適当な場所が見つからず、そのままホテルに到着してしまった。まだ1時である。<いくら何でも早過ぎる>と思ったが、周囲に何もないのだから仕方ない。部屋に入れなくても荷物だけ預かってもらってどこかへ食事に行こうということになった。到着したのがトマム・ザ・タワーである(写真)。荷物を下ろし家族を下ろして少し離れた駐車場に到着したところで娘から電話が入った。このタワーではないという。再び戻って荷物を積み込み、向かったのが隣に建っているリゾナーレ・トマムである。似たようなタワーが2棟並んでいた。いずれにしてもチェックインは出来ないだろうと思っていたが、話をするとすぐに入れるように手続きしてくれるという。さすが星野リゾートである。いやな思いをさせない心配りは徹底している。部屋に入って驚いた。広い。寝室が2部屋。ジェットバス、シャワールーム、サウナ完備。それがまたオシャレである。
「スゲェー!」
荷物を置いたあと、まずは何か食べに行くことにした。食べる場所はいろいろあるようだが、散歩がてら探検してみようとトマム・ザ・タワーの方へ歩いてみることにした。車で2,3分の感覚だったが連絡通路の長さには驚いてしまった。しかも暑い。通路内がサウナ状態になっている。北海道にしては暑い日だったのかも知れない。お腹が空いていたためか相当に草臥れてしまった。辿り着いた店が変わっていた。「エビとアボガドのタルタル」「ソフトシェルクラブのスパイシーフリット」「カニいくら丼」「カリフォルニアロール」「海老の天ぷら」などを注文していたが、私にはいまだに何の店だったかよく分からない。
そのあと、バスで移動して世界最大級という大型プールに入ってきた。大波が寄せてくる中で久し振りにビーチバレーなどして遊んだ。ボールを取ろうと身体を横に跳ばしたあとの水中での無音はとても懐かしいものだった。部屋に戻ってベッドに横たわると瞬時に寝に落ちたものだった。
「1泊だけじゃもったいない。3泊はしたい!」の声が聞こえてきた。
(注)「壺中の天」薬売りの老人が市場での仕事を終えると店先に吊された薬壺の中に入っていく。頼んで一緒に入れてもらうとそこには立派な御殿が建ち、美酒佳肴が用意された極楽の地であったという中国の故事。
                                 (平成30年作)




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夏嶺

向き合つて夏嶺と交はす酒一献



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朝9時には「チロルの湯」を出て母を迎えに行ったが、あれやこれやとやることがあるらしく家を出たのは正午近くになっていた。「まずは昼飯をどこかで食べよう」ということになり、車を走らせてしばらく行った芦別のレストランに入ることになった。ポスターに「星の降る里」とあった。「どうして芦別が?」と思ったが、町おこしに懸命なのだろう。子供達が小さかった頃に来たカナディアンワールド「赤毛のアンの家」も芦別だった。誰も居ない広大なテーマパークを我々だけで歩いたことを昨日のことのように思い出す。芦別から富良野は相当に遠いイメージだったが、走ってみればそれ程でもなく、3時前にはホテルに到着していた。新富良野プリンスホテルである。部屋からは十勝岳連山が見えた(写真)。
「おお、雄大だなぁ!」
雲が懸かっていて全景だけを写すことが出来ない。そのうち、流れていくだろうと待っていたが、ほとんど動くことなく棚引いている。周囲の雲はどんどん流れていくのだがあの雲だけは動かない。風呂に行って戻ってきても変わらず、12階にある和食レストランに行っても同じである。ボーイさんが自慢していた。
「この景色に勝る風景はありません。北海道のどんな有名な景色もこの雄大さには敵わないと思います。特にいいのが雪を被った冬の景色とこれからの夏の景色です。今日は雲が懸かっていますが、雲のない青空の下の連山に感動しない人はいません」
「随分と売り込むねぇ(笑)。そんな風に言われると一度は見てみたい気がするよ。明日の天気はどうだろう?」
「お客さま、明日の天気は分かりませんが、もし見られなかったとしても大丈夫です。何度もお越しいただければいいだけですから、次回もお待ちしております」
調子のいいボーイさんだと思った。我々の席には一度しか来なかった。私の頼んだお銚子を運んできてくれた時だが、そう言えばあの時、私のお猪口にお酌までしてくれたのを今思い出した。

日が落ちてからホテルの横にある「ニングルテラス」という場所に出掛けた。森の中に出来たショッピングエリアで一つ一つの店がログハウスになっていて木の通路で繋がっている。木彫り細工や革製品、ガラス、紙、銀細工などの店が15、6軒並んでいて、どの店もずっと見ていたくなるような楽しさである。通路は灯が点されているが、やはり暗い。母の手を引いて歩いてくれたのが妻である。部屋に戻ってから母がしみじみとそのことを話していた。
「いやぁ、ずっとみどりちゃんが手を引いて歩いてくれたぁ。一番嬉しかったぁ。離れて暮らしていると人の心が分からなくなる時ってあるもんだぁ。なんぼ電話で話したって分からなくなる時ってあるもんださ。今日は分かったぁ。ほんとに心優しい子だぁ。嬉しかったぁ……お前、余計なこと、またブログさ書くなよ。こんなこと言ってたなんて書いたら駄目だからね」
                                 (平成30年作)




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木下闇

慟哭や木下闇なる母校の碑



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いつもは実家に泊まるのだが、今回は大勢なので家の近くにある「チロルの湯」に泊まることにした。温泉もあるし、レストランもあるので事前に予約しておかなければ泊まれないこともあるという。14年前、ちょうど50才になった時に中学校の同窓会が行われたが、会場はこの「チロルの湯」の大広間だった。35年振りに会う友達の顔が分からずアタフタしたものだったが、あれから早や15年が経過してしまった。みんなどうしていることだろう。チロルに来るたびに、あの日のことを思い出す。
翌朝、早く目が覚めたので一人起き出して周辺を歩いてみた。どこに向かうともなく歩き始めると自然と思い出深い方向へ足が向いていく。「加納理髪店」の前を通る。中学生になる時に丸刈りにしてもらった床屋である。50年以上続いている。「二抗橋」を渡る。小学生の時、この橋の上から誤って習字道具を川に落としてしまった。流れていくカバンを随分下流まで追いかけて拾い上げたことを思い出す。橋の先に「酒井商店」がある。私たち家族が歌志内に初めて来た時にあったのだから60年は優に越えている。その横に雑草の生い茂るばかりの空き地がある。「美山寮」という炭鉱従事者の寮があり、初めて私たちが住んだ場所である。その空き地を見下ろす舗道に立つと「かまいたち」のことを思い出す。その場所で右膝の肉を持って行かれた。痛くもなく、急に肉を失い、白い骨が見えたことを覚えている。50年以上経った今も右膝にその跡が残っている。
そこから坂を上がり、神威小学校のあった場所へ向かう。今もコンクリート製の校舎が建っているが、私が通った校舎とは違うものである。神威小学校は昭和54年に廃校となり、その跡地に歌志内中学校が移転してきて校舎を新設したが、平成19年に廃校となった建物である。私にとっては無縁な建物である。その横を通っていった奥に神威小学校の碑が建っている(写真)。雑草が生い茂り、歩きにくいが見ておかなければならない場所である。碑には校歌が書かれ、裏に「昭和54年11月30日 輝かしい75年の歴史を閉ずる 卒業生総数1万2681名」と書かれている。その中の1名が私である。

『仰げば高し神威岳
めぐる山脈陽に映えて
尽せぬ宝埋れるところ
我が学舎に光あり』

尽せぬ宝とは何だろう。石炭のことを言ったのだろうか。まさしく歌志内は炭鉱の町であり、石炭の尽きることなどあってはならない町だったのだ。誰も居ない碑の前に立ち、校歌を低く口ずさめば、それはもう慟哭にしかならない。
                                 (平成30年作)




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曝書

曝す書の中に心の一書あり



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畑から戻るとすぐに砂川に買い物に行くことになった。何を買うにもセイコーマート1軒しかないので、車があるときはまずもって買い物なのである。砂川には生協も農協もあり、ツルハドラッグもある。トイレットペーパーなどの日用品を山と買い込んでいた。
私「買い物が終ったら、ちょっと寄りたい本屋があるんだけど」
妻「どこ?」
私「いわた書店といって、この間テレビで紹介されていた」
母「ああ……いわたの旦那さんもこの頃有名になったからねぇ」
私「知ってるの?」
母「文房具、買いに行くもの。この前も老人クラブの会計の帳簿を買いに行ったんだ。ここいらじゃあそこしかないんだから。行けば話もするし、本の話にもなる」
本屋の駐車場に車を停めて真っ先に私が入っていった。入り口のカウンターにテレビで見た社長さんが立っていた。
私「こんにちは。この間テレビで見ました。どんな人かと思って会いに来ました(笑)」
社長「いやぁ、うれしいですねぇ(笑)。ようこそ、お出で下さいました。奥の方まで見てってください。今日はどちらかですか?」
私「横浜です。歌志内の実家に戻ってから来ました。高校が南校だったんで、いつも道路の向こう側を通っていました。もう50年近くも前のことになりますが……」
すぐに母も入ってきた。
母「あら、旦那さん、この間はどうもね。助かったわ」
社長「いやいや、あれで良かったですか」
急に親しげな会話が始まったので、店の中を見て歩くことにした。
先日、NHKテレビ「プロフェッショナル仕事の流儀」で「1万円選書」というタイトルで社長さんが取り上げられていた。父親から本屋を引き継いだ当時は仕入れた本を店頭に並べるだけで売れていたのだが、時代の流れと共に売上は減少し、何度も廃業の危機に見舞われることになる。身体を壊したことを切っ掛けに問屋から送られてくる本を売るだけの商売に疑問を持ち、自分が読んで面白いと思える本を店頭に並べることにした。それでもなかなか売上は上がらず、本当に店仕舞いすることを考えていた時に、友人から「この1万円でオレに合った本を選んで欲しい」と頼まれ、それが切っ掛けとなり「1万円選書」が始まったという。始めて10年経ち、今では3000人待ちの人気だという。「儲けにはなりませんけどね(笑)」と言いながら、その時も1人分の本を揃えて包装するところだった。
一緒に写真を撮ったあとで、何冊かまとめて本を買った。母も欲しい本があるという。佐藤愛子著「九十歳。何がめでたい」と今話題の「万引き家族」を選んでいた。
「いやぁ、寝る前の楽しみが出来たぁ(笑)」
89才にして、まだまだ読書欲は衰えていない。
                                 (平成30年作)




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てんと虫

逃げ足の速きお前もてんと虫



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千歳空港でレンタカーを借り、真っ直ぐ歌志内に向かった。昼前に到着した。およそ2年振りである。少し小さくなったように見えたが、話しぶりは相変わらずの母であった。
「まず仏さんにお参りしてくれ。みんな来てくれて喜んでいるわ。腹減ったしょ。ボタモチを作っておいたから、食べてね。カズマ君、見ないうちに大きくなったねぇ。メロン食べるか?食べるんだったらいくらでもあるから。切るか?ビール?いやぁ、それは用意してなかったわ。日頃、飲まないもの、買うことないしょ。お前のことはさっぱり考えないでいてしまった(笑)。セイコーマートさ行けば売ってるけど、買って来るか?」
着くなり母のペースである。どんどん食べ物が並べられ、すぐにお腹いっぱいになる。
「畑さ、行ってみればいいしょ。雨ばかり降っていたから、ここに来てようやく畑が出来るようになったぁ。少し日が出ると何でも勢いよく伸びていいんだけど、雑草も一緒に伸びるので草取りが大変だぁ」
ということで、皆で畑に出ることになった。ジャガイモ、人参、アスパラ、枝豆、かぼちゃなどぎっしりと植えられている。茗荷などもこれからだという。

カズ君が草取りを頑張っている間、畑の写真を撮って歩いた。この写真は芋の葉に付いたテントウムシである。たくさんいた。これを今回は留守番役の長女にメールで送った。夕方になって見てみると返信が届いていた。
長女「変わったテントウムシだなぁと、なつがつぶやいていた」
<そういえば確かに黒の斑点が多いなぁ>と思った。スマホで調べてみるとこれはテントウムシではなく、テントウムシダマシという虫であることが分かった。
<ダマシ?>
こう書かれていた。
『テントウムシダマシは「ダマシ」という名前が付いているものの、テントウムシ科に属する昆虫です。テントウムシ科の昆虫は日本国内に200種前後いると言われていますが、そのうちの8種が「テントウムシダマシ」と呼ばれており、害虫として扱われています。テントウムシはアブラムシを捕食する肉食性の昆虫で体内に毒(アルカロイド)を畜え、天敵からも身を守ることが出来ますが、テントウムシダマシは草食性の上、そのような毒も持ち合わせていません。そのため、テントウムシに体を似せることで天敵から身を守っているのです』
すぐになっちゃんにメールを送った。
「テントウムシに似ているけど、テントウムシダマシという虫であることが判明。騙されないでね」
しかしメールしたあとで考えた。この文章、テントウムシダマシにしてみると随分な書かれようである。テントウムシが善でダマシが悪のように書かれている。本当にそうだろうか。好き好んでダマシになった訳でもあるまい。形を似せると言うのであれば、テントウムシと同じ7つ星にもなれたはずである。ちょっとの違いである。どのように分かれていったのかは神の領域とも言える世界である。
                                 (平成30年作)




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帰省

帰省して母の小庭にまづは出ん



豁契convert_20180709185005



歌志内市は北海道の中央部に位置する。
「歌志内って、どのあたりですか?」と聞かれると「札幌と旭川のちょうど中間あたり。滝川市のすぐそば」と答えることにしている。滝川を知っている人は「ああ……」ということになり、知らない人でもおおよその場所は分かってくれる。歌志内といえば「日本一人口の少ない市」として有名であるが、それは私が歌志内出身だから思うことであり、そうでない人には「日本一人口が少ない市」であることにどれほどの意味があるだろうか。
「市って、5万人以上の人口があってなれるんだよね」とは知識のある人なら分かることだが、3,362人(平成30年6月現在)の歌志内市がなぜまだ市でいられるかを知っている人はあまりいない。町や村が市になる時のことは地方自治法で決められているそうだが、市が町や村に降格する時の法律がないのである。すなわち歌志内市が市であり続けようとする限りは人口がこれ以上減ったとしても市でいられるのである。平成の大合併の時には隣の滝川市あたりと一緒になる話もあったようだが、財政赤字を抱えた歌志内と一緒になるメリットがあるとも思えず実現しなかったようである。
昔、炭鉱で栄え、戦後間もない昭和23年には4万6000人の人口を記録した。昭和40年代に入り石炭産業の不振から閉山が相次ぎ、町は過疎化の一途を辿った。私の通った小学校も中学校も今はない。人口減少と共に65才以上の割合が49.9%となり高齢化が進んでいる。ズリ山も緑に覆われ、山ばかりなる歌志内市である。
昔は母もよく一人で横浜に遊びに来たものだが、89才ともなればそう簡単には出掛けて来られるものではない。今回は家族で遊びに行くことにした。
「歌志内にじっとしていてもしょうがないのでお母さんをどこかに連れてってあげましょうよ」と妻に言われ、娘がすかさず「賛成!」と畳みかけ、私に反対する理由もない。「どこにしようか?」と言われても私には層雲峡、神居古潭くらいしか思い浮かばないので二人でいろいろ当たってくれることになった。その結果、1日目は歌志内にいて、2日目が富良野、3日目をトマムとすることになった。
「トマム?それ、どこ?」
                                 (平成30年作)




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