2017年10月の記事 - ひこばえ
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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ひこばえ


2017年10月の記事

秋雨

秋雨や人のまばらな書道展



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10月12日(木)から17日(火)まで桜木町のゴールデン文具のギャラリーで群星会の書道展が開かれた(写真)。塾生は当番制で会場に出ることになっている。平日の当番は無理なので、私は祝賀会がある土曜日の午後に顔を出した。知った顔に挨拶してから作品を観て回った。もちろん自分の作品を確認してからである。受付に戻ると話が始まった。私と同じ時間帯に習いに来ている書道歴4年目の37才の男性S君と、顔は知っているがあまり話したことのない私より少し年上の女性Fさんである。
Fさん「日向さんの字は力強いですよね。会場に入ってすぐに目に留まります」
私「そんなことないですよ。始めたばかりですから、まだまだですよ」
S君「いや、本当にいいですよ。上手いですよ」
私「S君には敵いませんよ。何と言ったって柱ですから」
S君「柱?」
私「そう、私は衝立(ついたて)ですから(笑)」
Fさん「何ですか、柱とか衝立とかって?」
私「基本的に作品は壁に飾られますよね。先生の作品なんかは壁の中でも一番奥の床の間のような場所に飾られます。飾る場所には意味があるんですよ。実力者の作品はみんな壁です。見てください、壁に飾られた作品の素晴らしさを。そこに貼り切れなかった作品は次に柱になります。S君の作品は入口に一番近い柱ですから、柱の中でも申し分なしの良い場所です。それに比べ、私の作品は休憩所の入口を隠すための衝立です。凭(もた)れれば倒れてしまう衝立だから危なくてしょうがない(笑)」
Fさん「考え過ぎですよ。そんなことありませんよ。それにしても面白いことを考えるものですねぇ、驚きました(笑)」
当日、雨模様なので来客が多い訳ではない。それをいいことに3人で笑いっぱなしである。
私「来年の目標は壁です」
S君「えっ、柱でなくていきなり壁ですか!」
私「目標は高い方がいい。柱に飾られている作品をよく見てください。どの作品も小品です。文字数の少ないものばかりです。20文字あれば間違いなく壁です。来年は20文字に挑戦します。S君も20文字で行きましょう。7文字も20文字も大した違いはない(笑)」
S君「凄い!」
そのあとで大笑いしていたFさんの作品を見て驚いたものである。先生のすぐ近くに飾られていたのである。文字数40字。見事な作品である。よく知らないで冗談ばかり言っていたが、書道歴25年の大ベテランだったのである。Fさんに失礼の段を詫びたことは勿論であるが、却って気に入られたようである。祝賀会の丸テーブルでは私の隣に座り、その横にお仲間を座らせて全員を紹介してくれたものである。お陰で楽しく盛り上がり、我々のテーブルから笑い声が途切れることはなかった。
                                 (平成29年作)

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硯洗う

会心の作なし硯洗ひけり



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手本はいつも先生が私の目の前で書いてくれる。今回もスラスラと1分程で書いてくれた。よく失敗しないものだと感心する。字の出来も紙のバランスも1回で仕上げるのだから凄いものである。それを持ち帰って家で練習する。手本の「山」を真似て同じように書く。真似るのが一番である。何度も書いていると徐々に自己流になってくるのだが、自己流で書いたものは最後に見てみるとやはり作品にはならない。基本が出来ていないのだから手本に真似て書くのが一番だということになるのである。ちなみに私の自己流とは徐々に字が太くなるというものである。
7月の終わりから締め切りの9月までの2か月間、買って来た30枚の紙を書き尽くした。途中、会心の作と思えた作品が書けた時のことである。先生に見てもらうと、やはりその作品がいいと言ってくれた。「やっぱり!」と内心喜んだのだが、それも束の間、先生から意外なことを言われた。亮司の「司」の字が駄目だという。
「えっ、どういうことですか?」
先生いわく「この字に迷いが見える」と言うのである。「見る人が見ると、自信の無い字に見えてしまう」と言うのである。
「え~っ!」
塾に通って1年半近くになる。5級から始めて階級を上げ、今は準3段まで上がってきている。それがここに来て、肝心の自分の名前が駄目だと言われたのである。
「どこが駄目なのですか?」
「この最後の口のところを止めているだろう。ここは止めないで払う方がいい。普通はそうなんだよ」
「でも、口ですよね。口は止めるのでは……」
「止めても間違いではないんだが、普通は払うんだよ」
「そうですか。そういうもんですか。分かりました。直します。しかし先生、もっと早く教えてくださいよ。もう1年以上も通っているんですから……」
「ははは、まぁ、間違いじゃないから(笑)」
家で書き直すことにしたが、紙の残りは5~6枚になっていた。集中して書いたのだが最高と思ったものには遠く及ばない。「フー」と溜め息を吐いた。しかし、迷いの「司」を作品とする訳にはいかない。かと言ってまた紙を買いに行くのも面倒な話である。会心の作とはいかなかったが、諦めてその中の1枚を提出することにした。私の初作品に纏わるエピソードである。
                                 (平成29年作)

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この秋を籠りて筆を徒然に



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話は「山気玲瓏太白深」に変わる。10月に開催された書道展に出品した作品である。これを書くに当り、紙を買いに行くところから始めなければならなかった。いつも使っている半紙ではない。半切りの3分の1(34.8㎝×45.5㎝)という大きさである。「どこで買うのですか?」と先生に聞き、桜木町駅前のゴールデン文具に出掛けた。7月末の暑い盛りのことである。お客はあまり居なかったので、暇そうにして立っていた女性店員に声を掛けた。
「半切り3分の1というのが欲しいのですが、どうすればいいですか?」
「紙の種類は決まっていますか?」
「いや全然、何も決めていません。初めてなので見当も付かないんです。そんなに種類があるのですか?」
「こちらへどうぞ」
案内されたのが、写真の棚の前である。
「この中からお選びいただくんですけど」
「いやに一杯あるねぇ。ちょっと見せてもらっていいですか?」
「どうぞ」
いやに愛想のない女性である。笑顔が全くない。初心者相手なのだから、もう少し暖かく迎えてくれても良さそうなものだが、まるでその気がないらしい。一人で眺めてみた。見るとそれぞれに紙の特徴が書かれている。
「にじみが少ない」「にじみが多い」「にじみ易い」
にじむかどうかがポイントのようである。価格はピンからキリまであるようで、やはりここは店員に聞くしかないようである。今度は違う女性に聞こうと思い別の人に声を掛けたが、その姿を見てまたさっきの女性がやって来た。
「どうしますか?」
「全然分からないので、ごく普通の物を選んでもらいたいのですが……」
「じゃ、こちらへどうぞ」
また同じ場所に連れて行かれた。愛想の無さは同じである。
「これなんかがお勧めです。出してみますか?」
「お願いします」
テーブルの上に広げて「もう、あなたにはこれしかない」という態度である。
「いつもこの奥のギャラリーで書道展を開いている群星会というのがあるでしょう。そこに初めて出すんですけど……」
群星会と言っても反応なし。取りつく島も無い。面倒臭くなった。価格も手頃だし、にじみが少なく、擦(かす)れが出やすいというので、それに決めてカットしてもらうことにした。他の物を出してもらったところで良し悪しの判断が付きそうにないと思ったのである。文字を書く難しさより、この女性とコミュニケーションを取る方が余程難しそうな気がした。甲州産、手漉き「香蕉箋」という名前の紙を買って帰ってきた。
                                 (平成29年作)

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秋日

湯屋の湯に首まで浸かり秋日濃し



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休憩所でビールを飲みながら考えていた。
「結構キツい上りだったけど、前回の鍋割山の5分の1程度だったかなぁ。距離も短かったし、先が見えていたし……まぁ、この位がいいところだろう」
(教訓1)「過去の自分が偉大に見えた時、きっと今、手を抜いていると考えるべきである」

一息入れたあと、ケーブルカー乗り場に向かって歩き始めた。神社の境内からお土産屋の前を通り、宿坊の中を来た道を戻るコースである。ほとんどが下り坂なので楽チンである。途中まで来たところで道が分かれた。
「そういえばリフト券があったなぁ。乗ってみる?」
「そうよね。折角だから乗ってみようか。その方が楽チンだよね」
たった200円分のチケットだが、買ったものだから使わなければ損である。ケーブルカー乗り場へ向かう下り坂ではなく、リフト乗り場へ向かう上り坂を選んで歩き始めた。傾斜15度。さきほどの傾斜45度の急坂に比べれば、何ということのない坂である。しかし、これがとても大変だったのである。ダラダラと、かつ長々と続くのである。ハードな坂を一気に上った足の疲れもあってか、妙にバテバテになってきた。
「こんなに長い距離だったっけ?」
「……」
「いやに足に来るなぁ」
「……」
「まいったなぁ……」
(教訓2)「何事も気合を入れて取り組まないと、痛い目に遭う」

帰りに日ノ出インター近くの温泉施設に立ち寄った。山歩きの後のジェットバスは最高である。相当の運動量にも拘わらず筋肉痛というものを経験したことがないのはその効用だろう。「宿坊に泊まって邯鄲を聴くという当初の目的は果たせなかったが、それはまた来いということだろう」などと考えながら、身体中の至る所に出てくるジェットバスによる痒(かゆ)みに耐えている私であった。
(教訓3)「痒くなったからと喜んではいけない。日頃の血行の悪さの裏返しなのだから」
                                 (平成29年作)

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秋晴

秋晴や天狗岩より山下る



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左回りを選んだのは看板のすぐ脇に「七代ノ滝」を指す木の札があったからである。木の札の先には谷底へ落ちて行くような急な下り坂が見えた。一気に下りて行けば、あとは徐々に上って来なければならない。それよりも最後に急坂を一気に上って来る方がいいように思ったのである。運動量からするとどちらも同じだろうが、だらだらの上りはキツイ気がして避けたかったのである。
平坦な道から始まった。右も左も斜面に植えられた杉の木である。見下ろせばその数に圧倒され、見上げればその高さに驚きの声を発するといった具合である。こうもビッシリと植えたのはなぜだろう。いつ伐るのだろう。いや、伐らないのだろうか。歩き始めてすぐに誰もいなくなった。「綾広ノ滝」コースへと向かう人の声が我々の上の方からしていたが、それもすぐに止んだ。鳥の声がするばかりである。
「山気玲瓏太白深」(山気玲瓏として太白深し)
シーンとした山道を歩きながら、今習字で書いている漢文のことが頭を過ぎった。山の空気が冷たく冴え渡り、太白山は深々とした気配に包まれているという意味である。通っている書道塾で一年一度の作品発表会が10月にあり、私が出展するのがこの詩である。別に何か思い入れがあったという訳ではないが、先生が勧めた中から一つこれを選んだのである。太白山の姿と御岳山の山道は比べようもないが、ちょうど練習の最中なので考えるともなく思い出していた。
少し先に「天狗岩」という大きな岩があった。鎖を使って登るのだが、意外と子供も登っていたほどなので危険ではないらしい。岩の上に仏像か何かがあるようで写真を撮っているのが下からでも分かった。そこからは鉄階段を下って「七代ノ滝」まで下りて行った。ゾロゾロと大人数が登って来たのと擦れ違ったので我々と逆コースを選ぶ人の方が多いのかも知れないと思った。写真はその先にあった木の根が蔓延った場所である。滝は小さなものだった。滝壺も小さく、10名位で周囲を取り囲めるほどのものだった。そこでお握りを食べた。すっかりハイキング気分で初秋の頃を満喫した。
滝を出て元来た休憩所を目指すことになる。登り口から急に急勾配に変わった。上りと下りが擦れ違う時は、どちらかが譲らなければならないほどの道幅である。そこを上って行く。結構きつい。というより日頃の運動不足を実感する。昨年は毎朝自宅の周囲を歩いていたので何ということはなかったが、今は止めてしまっている。息が上がり、足に力が感じられない。上り切ったのは、ただの根性である。やはり足腰の鍛錬は必要である。この年になってからの鍛錬こそが重要と思い至った訳である。上り切って休憩所でビールを買ったことは勿論である。私の「山気玲瓏」である。
                                 (平成29年作)

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秋山路

人ごゑの絶えてこれより秋山路



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神社を出てしばらく進むと、山歩きの姿をした人達が屯する休憩所に到着した。いよいよ登山コースの入口のようである。ケーブルカー駅に置いていた簡単な地図しか持っていなかったので、まずはコースの書かれた看板の前に行ってみた(写真)。何も計画していなかったので歩き方が分からない。無難で安全なコースはどこだろうという目で眺めていた。鍋割山という名前が書かれていた。まさかあの鍋割山ではないだろう。1年前の遭難一歩手前のことが脳裏を過ぎった(平成28年12月16日、ひこばえ「冬近し」)。名前が名前だけにそのコースは大変なような気がした。距離もある。前回の山歩きと違い、今回は準備を一切していない。ハードなコースは避けるべきである。このコースは真っ先に除外された。
残るは「綾広ノ滝」へ進むコースと「岩石園」もしくは「七代ノ滝」のコースである。よく眺めてみると「綾広ノ滝」と書かれたそのすぐ上に「上り1時間50分、下り1時間20分」の表示がある。「えっ、この距離でそんなに時間が掛かるの!」まずはこの地図の縮尺を疑った。いやいや縮尺ではない、急斜面かどうかである。見ると緑色に塗られた部分に濃淡がある。緑色の濃さで難所かどうかが想像出来る。
「おー、ヤバイ、ヤバイ、凄いコースを選んでしまうところだった」
地図の上ではそれほどの距離に見えなくても、這い上るようにして進むコースもあるのだ。緑の濃いコースとはおそらくそのようなコースだろう。「綾広ノ滝」コースはそんな理由で除外された。そうなると「岩石園」と「七代ノ滝」を右に回るか左に回るかの選択である。
昔一人で大菩薩峠を歩いたことがあった。今から11年前のことである。会社に山登りの好きな人がいて、初心者向きだからと勧められたのだった。スポーツ用品店で山登りの道具一式を買い込んで準備万端整えた。行く前に言われたのが右回りと左回りのコースがあることである。右回りは最初に急坂を上り、あとはゆっくりと下りて来るコース。左回りはゆっくりと上って行き、最後に急坂を下ってくるコース。最初に苦しむか、ダラダラと苦しむかの違いのように聞こえた。私は最初に苦しむコースを選んだ。嫌なことは早く終わらせてしまいたい方である。現地に着いてすぐに上り始めた。初めての山登りである。いきなり崖面である。すぐに息が切れて想像以上の難所の前にたじろいだ。そこに雨が降ってきた。天気予報では晴れだったのだが、いきなりの雨である。買ったばかりの雨具を着たが、急坂ではそれが暑苦しい。崖を上る苦しさの前では雨具は着ても着なくても一緒である。泣きそうになりながらもようやく頂上に到達したのだった。
看板の前であの時のことを思い出していた。今回は左回りを選ぶことにした。
「よし、決めたよ。滝までゆっくりと降りていくコースだよ」
                                 (平成29年作)

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赤まんま

豊受の神の御前赤まんま



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何百段あるか数え切れなかった石段の先に、絢爛豪華な唐破風作りの社殿が見えてきた。
「おー、立派だなぁ!」
最後の石段の手前で、ベンチに腰を掛けお茶を飲みながら見上げていた。
紀元前91年というから創建2100年以上の神社である。どうしてこんなに立派なのだろう。講碑といい改修工事といい財政の豊かさ、神社の隆盛が分かる。御利益間違いなしという神社のようである。脇に宝物殿があり国宝の鎧などが展示されているようだったが、そこには入らずに外観を眺めるだけにした。
犬を連れた人を何人も見かけた。以前、筑波山に登った時も「こんな山の上まで犬コロを連れて来て」という会話があったが、この神社も意外と犬連れが多いようである。犬に纏わる謂れもあるのだが、まだその時点では分かってはいない。
「菊の御紋」のあしらわれた賽銭箱を前に、「御嶽山」の扁額を掲げた立派な拝殿にお参りした。「なぜ、ここに菊の御紋?」調べてみると明治に入り皇居の西の守り神と認められ、使用が許されたとある。その横を抜けて本殿のほうへと向かった。本殿は塀越しに仰ぐだけだったが、その先には夥しい数の摂社、末社が並んでいた。八幡社、八雲社、月乃社、八神社、春日社、座摩社、國造社と切りがない。その奥に天照大御神と豊受大御神を祀った神明社があった。また、菅原道真公を祀った北野社もあり、まさにオンパレードである。大口真神社というのが一番奥にあった。立看板に謂れが書かれていた。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の際、御岳山の山中にて狼に難を救われ、その際「この山に留まり、地を守れ」と命じたとのこと。以来「おいぬさま」と崇められ、病魔、盗難、火難除けなどの神として関東一円の信仰を集めているとのこと。「狼ジャン。犬じゃないジャン」と言いたいところだが、調べている余裕はない。その他にも徳川家康公を祀った東照社やイザナギ、イザナミを祀った二柱社などもあり、その多さには驚かされたものである。御岳山山頂929メートルから奥宮を遥拝してから戻ってきた。
神符授与所で「御嶽菅笠」という絵入りの草紙が売られていた(写真)。500円。面白そうなので買ってみた。江戸も後期の天保4年(1833年)、四ツ谷から御岳山までの参拝の様子を綴った道中記である。家に帰って読んでみたのだが、なかなか面白い。五七調で書かれているのが楽しい。「御嶽(みたけ)のみちの行程(ゆくほど)は、娘盛りの十六里、時得て咲(さく)や江戸の花」といった具合である。崩し字の練習にもなろうかと休みのたびに眺めているが、挿絵も面白く、200年前をのんびりと旅しているような気分である。
                                 (平成29年作)

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秋日傘

石段に邪鬼を踏みつつ秋日傘



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御嶽神社に向かう道は「御師(おし)の家」と呼ばれる昔からの宿坊の間を通って行く。江戸時代初期、1600年頃にこの山を拠点に修行していた山伏たちが定住して集落を作り、布教と参詣者を案内するための宿坊を営んだというのが始まりのようである。そもそも、その宿坊に泊まり、邯鄲の声を聞くというのが今回の話の発端だったのだが、インターネットで見る限りでは宿は一杯のようである。人気があるらしい。槇の垣根を回らした豪華な宿坊の横に普通の民宿のような建物もある。歴史を感じさせる茅葺屋根の宿もあれば、トタンの家も見える。観光客はすべて神社へと向かって歩いて行くようである。やはり御岳山に来た限りは泊まっておきたいと思った宿坊である。
参道を進むと土産物屋が並んでいた。休憩所であり食事処である。ムササビのぬいぐるみが売られていたが、孫もこれを喜ぶ年ではなくなっている。昔は迷いなく買ったものをと思えば、ちょっと淋しい気もする。手水舎の先に石段が続いていた。いよいよ神社境内へと進む石段である。初めに鳥居を潜りすぐに山門を潜った。中を覗くと仁王像ではなく右大臣、左大臣が据えられている。どうしてだろう。あとで調べなくてはと思いながらも先へ進むと、「講碑」と呼ばれる板碑が並んでいる。凄い数である。こちらの方が面白そうである。調べてみた。
山岳信仰から修験者が霊山への登山を勧めて全国を回り、各地に参拝講が作られていく。それに倣って神社や寺院へ参拝するための講も作られていく。講の全員が参拝に行ける時代でもないので、その中の数名が代表で参拝することになる。その参拝者を迎え、宿泊させ、案内するのが「御師の家」である。御利益があったのだろう。夥しい数の講碑が建てられている。1基いくらするものかは知らないが、およそ大きなものもある。信仰とは凄まじいものである。
石段の一つに鬼の絵が彫られていた(写真)。
妻「わっ、かわいい!」
私「何だろう、これ?」
妻「邪鬼のようなものじゃない?」
私「仁王様が踏みつけている天邪鬼みたいものかなぁ」
妻「邪鬼を踏んで邪鬼を祓うということだよ、きっと。それにしても苦しそう……」
                                 (平成29年作)

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蓮華升麻

師を恋へば蓮華升麻の花盛り



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翌朝、早めに宿を出て御岳山の上り口のケーブルカー乗り場へ向かった。駐車場が心配だったが空いていた。靴を登山靴に履き替えて、リュックを背負った。
「あれっ、俺のストックは?」
「いらないと言ったでしょ。家に置いて来たわよ」
「え~、いらないなんて言ったっけ?」
「自分の発言には責任を持ってください」
「……」
ケーブルカーで上り、まずは群生しているというレンゲショウマを観に行くことにした。一緒にケーブルカーを降りた人達は違う方向に歩いて行くが、きっと花に興味がないのだろう。駅でもらったパンフレットに書かれている群生地の方へ向かって歩いて行った。いきなり上りである。本当に間違いないのだろうかと思ったが、少し上り始めるとレンゲショウマが見えてきた。
「おお、これがレンゲショウマか。道川先生が一度は見ておけと言っていた花なのだ。可憐な花だなぁ」
斜面一杯に咲いている。今週で終わりと書いていた情報は間違いだったようである。今を盛りのように咲いていた。花を見ながら上がって行くとリフト乗り場が見えてきた。券を買う時にこのリフト代もセットになった料金を支払っていたのである。
「みんな違う方向に歩いて行ったのは、このリフトに乗るためだったのだ。いやぁ、乗り損ねたなぁ」
「帰りに乗ればいいじゃない。登山の後は足が疲れているから、きっと楽チンだよ」
「そうするか」
レンゲショウマを見終わったあと、すぐ傍にあった源頼朝の創建によるという「産安社」なるお社にお参りし夫婦杉などを渡ってみた。二叉に分かれた杉の間を手をつないで抜けると夫婦円満になるという(写真)。何年振りかで手をつないだ。妙に嬉しい。これからも仲良しでいたいと思った。その先にあった展望台で関東方面を見下ろしながら一休みして、武蔵御嶽神社に向かうことにした。標高929mの御岳山山頂に鎮座している神社である。
                                 (平成29年作)

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落鮎

ときをりは落鮎釣りの竿動く



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途中うどん屋に入って遅い昼食を摂り、3時過ぎに宿に到着した。風呂に行く前に宿の周辺を歩いてみることにした。邯鄲がいるかも知れないし、近くには川原もある。手に捕虫網を持ってロビーに向かった。係の女性が「お出掛けですか?」と聞いてきた。
「バッチシ、捕まえてくるから(笑)」
網を見せて答えると「頑張ってきてください(笑)」と笑顔を返してきた。私が何を狙っているかを彼女は知る由もない。「あんな小さな網で何の魚を掬うつもりかしら?」と思ったかも知れない。まさか、小さな虫を探しているとは思わなかったはずだ。
宿の周りは雑木林で草原もあったが、それらしき声は聞こえてこない。いやに蝉がうるさく、虫はもう少し遅くなってからのようである。すぐに川原に出た。流れは速く、滔々としていたが、やはり秋の気配が感じられた。向かいに鮎釣りの人がいた(写真)。しばらく見ていたが一向に釣れない。15分ほどして部屋に戻ってきた。風呂は小さく、誰も入っていなかった。朝早く起きて勉強会をこなし、2時間の車の運転で疲れていたのかも知れない。部屋に戻り横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。湯上りの浴衣姿で1時間も眠っただろうか。クーラーの寒さで目が覚めた。
「寒すぎだよぉ」
「途中でクーラーは止めたけど」
「死ぬかと思った」
「大袈裟ねぇ。そんなに寒かったら、起きて何か掛けるとかすれば良かったじゃない」
「寝ている間は寒いと気付かなかったんだよ」
「普通は分かると思うけど……そろそろ、夕食の時間よ。大丈夫?」
「なんだか、食欲がないなぁ。さっき、あれだけ食べてしまったからなぁ。寝起きだし……」

夕食は「すき焼き食べ放題コース」となっていた。
「どうして食べ放題なの?凄いのを選んだね」
「そうよね。考えないで選んでしまった。ゴメン、ゴメン。無理しないで食べてね」
大皿に盛って肉が運ばれてきた。見た瞬間、これは無理だと思った。しかしこれ以上言う必要もない。急に頼んで宿を見つけてもらったのだからこんなこと位で文句は言ってはいけない。これが大人の対応というものである。あらためてメニューを見てみた。すき焼きのあとにウドンとご飯と書かれている。
「えっ、うどん?さっき、うどんを食べてきたばかりジャン」
思わず口を衝いて出てしまった。どうしても素直に口から出てしまうタイプなのである(笑)。
                                 (平成29年作)

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秋草

秋草を活けて主を待つごとし



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朝の勉強会を終えて自宅に戻ったのが9時半だった。10時半に来客があったので家を出たのは11時15分である。カーナビに目的地の宿を登録すると100㎞、所要時間2時間と出た。どこかで昼食を摂り、早めに宿に着いて邯鄲を探そうということになった。前日の朝に思い立ち、宿を取り、早朝勉強会を終えて2時間を走る。思い付きとはいえ結構な行動力である。好きなことには一生懸命になるタイプなのである(笑)。
保土ヶ谷バイパスから東名高速に入り、圏央道で奥多摩方面へと向かった。土曜日なので渋滞を覚悟したが意外とスイスイと走ることが出来た。日ノ出インターで高速道路を下り、一般道に入った。細い道である。山道と言っていいかも知れない。カーナビは間違わないだろうと信じて走って行くと「日の出山荘」の看板が出た。
「何だっけ、日の出山荘って?」
「中曽根総理の別荘でしょ。レーガン大統領と会談した場所だよ」
即答である。群馬県出身の妻にとって総理大臣の多さは誇りである。4人もいる。取り分け「大勲位」の称号を持つ中曽根康弘総理には思い入れが強いのかも知れない。
脇道に矢印が出て山荘を指している。聞くまでもなく矢印の方へと車を進めた。中が見られるかどうかは分からないが、もし駄目でも外観だけは見てこようと思ったのである。駐車場に停めて坂道を上り始めた。「秋日和だなぁ」と思った。天気も良く、風もなく、爽やかな山の景である。受付に女性がいた。
「いらっしゃいませ。大人の方お二人でよろしいでしょうか?」
「子供二人には見えないと思いますが……(笑)」
「まぁ(笑)」

昭和58年11月11日、アメリカ合衆国レーガン大統領をお迎えし日米首脳会談がこの地で行われた。囲炉裏端でお茶を点てている中曽根総理の姿が印象深い。青雲堂、天心亭、書院という建物を見て回り庭を歩いてみた。「中央政治の喧騒から離れ、沈思黙考、自らを見つめ直し、明日の英気を養った」とパンフレットに書かれていた。
出口でさっきの女性と話をした。
「先生はお見えになるのですか?」
「ここしばらくはお越しになっておりません。なにしろ、もう99才ですからねぇ。奥様を亡くされてからは一段と……」
「4、5年前になりますが、東京のミュージカル劇場で先生をお見かけしたことがあります。サウンド・オブ・ミュージックをご覧になっていましたが素晴らしいですよね。感性豊かな方なんですね」
「その時は車椅子でしたか?」
「いいえ、普通に歩いていましたよ」
「先日の白寿のお祝いの席ではご挨拶の時にはお立ちになりましたが、あとは車椅子でした。いつまでもお元気でいられることを願っているんですよ」
女性に見送られて外に出たが、とても良い場所に立ち寄ることが出来たと旅の幸先の良さを思った。
                                 (平成29年作)

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邯鄲

うたた寝や野に邯鄲を聴きし夢



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9月8日(金)朝、トイレにぶら下げているカレンダーに「邯鄲」の文字を見つけた(写真)。
「邯鄲(かんたん)、東京都青梅市、御岳山(みたけさん)」と発想が浮かぶ。
道川虹洋先生が亡くなる前年だったと思うが「御岳山の宿坊に泊まって邯鄲を聴きに行こう」という話が出ていろいろと調べたことがあった。取り止めになった理由は忘れたが、お陰で邯鄲と聞くと御岳山を思い出すようになっていた。会社に行って調べてみると、邯鄲は9月一杯でも大丈夫なのだが、御岳山の「蓮華升麻(れんげしょうま)」の見頃が今週一杯だと書かれている。可憐な花である。この花を見ずして御岳山はないと思い込んでしまった。すぐに妻にメールを入れた。
「御岳山の宿坊に今週土曜日に一泊しよう。探して、お願い!邯鄲が聴きたい。レンゲショウマが見たい」
「こんなメールをしている間に自分でいくらでも調べられるのでは?」
「宿がなかなか無いんだよ。お願い!」
「今週って、明日だよ」
「そう、レンゲショウマが枯れてしまわない内に行きたい」
しばらくしてメールが入った。
「御岳山界隈の宿坊は空いていないみたい。離れた場所でもいいの?」
「どこでもいい。宿坊なら最高だけど今日の明日だから贅沢は言えない」
「オッケー、取れたよ」
「ありがとう。楽しんで来よう!」

決まってから私が取った行動は100円ショップに行って小さな捕虫網を買ってくることだった。小さな捕虫網をと思ったがそのような物はなく、金魚コーナーに並んでいた網を買って来た。邯鄲を捕えるにはこの大きさで充分だろう。
妻からまたメールが入った。
「登山用のストックを買いに行くけど、あなたもいる?」
「登山はしないだろう」
「御岳山に登らないの?」
「登れるの?調べていない」
「みんな歩いているよ。初心者コースみたい。ストックはいるの、いらないの?」
「お願いします」
私が捕虫網を思い浮かべ、妻はストック。同じ山でも考えることはこうも違うのである(笑)。
                                 (平成29年作)

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身に入む

身に入むや野に捨てられし欠け茶碗



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倫理を学んで本当に経営に役立つのだろうかと言う人がいる。実際に今学んでいる人の中にもそう思っている人がいる。こればかりは本人次第のようである。先日、ある講師が同様の質問を受けた際に次のような実話を紹介していた。なるほどと思ったのでここに載せておくことにする。

Kさんは中小企業の社長である。社員の定着率の悪さに悩んでいた。なかなか人が集まらないところに、今いる社員も何か文句を言うとすぐに辞めていってしまう。辞められると困るので言いたいことも言えずに悶々としていた。紹介されて倫理法人会に入会した。しばらく経った時に倫理指導という個別相談を受けてみることになった。どう社員に向き合えばいいのかを相談したかったのである。指導員は倫理研究所の先生である。Kさんが会社での悩みを話し始めると先生は家庭の中のことをいろいろと聞いてきたそうである。
「いえいえ、先生、私の悩みは家庭のことではありません。会社のことなんです」
それでも先生は家庭のこと奥さんのことばかり聞いてくる。「これではいくら相談しても意味がない。私の悩みと全く違っていることしか答えてくれない。もういい。帰る」と席を立ったそうである。
「そうですか、それでは仕方ありません。しかしKさん、ご自宅に戻られましたら奥様にこれだけは聞いてみてください。俺に言いたいことは無いかと」
家に戻ったKさんは何となく先生から言われたことが気になって、奥さんに聞いてみたそうである。
「俺に何か言いたいことがあるかどうか聞いてみるように言われたんだけど、何も無いよなぁ」
すると奥さんは「そうですか。それでは折角ですから言わせていただきます」と言ってそれから2時間、延々とKさんへの不満を並べたそうである。驚いたのはKさんである。人並み以上に頑張り、お金を稼ぎ、いい家に住んで、何ひとつ文句などあろうはずがないと思っていたところでの2時間である。呆然として聞いていたそうである。自分の湯呑茶碗がよく変わることには気付いていたが、それは奥さんがKさんに不満を言えずに自宅の塀に向かって湯呑を投げ付けて割っていたせいだったことも判明したのである。
そのことでKさんは如何に人の話を聞かずに身勝手に過ごして来たかを気付かされたのである。一番身近にいた奥さんのそうした思いも知らずに、なぜ他人である従業員のことが分かるか。気付いたKさんはすぐさま従業員の前で反省の弁を述べ、全員に向かって頭を下げたそうである。従業員との会話が始まり、前向きになり、それ以降は一人の従業員も辞めていないという。
しばらくしてのこと、ある従業員が定年で退職していった。その翌日、見知らぬ若者が入社を希望して会社を訪ねてきた。採用予定はなかったが話を聞いてみると前日退職していった人の息子さんである。「父から言われました。いい会社だから頼んで入れてもらって来い」と。Kさんは大いに泣いたそうである。あれほど人が辞めて困っていた会社がこうも変わってくれたかと泣けて泣けて仕方なかったそうである。
倫理法人会ではたくさんのことを学ぶ。人それぞれに学び方は違っているかも知れない。そしてその教えを生かすかどうかもその人次第である。「気付いたらすぐに行動」ともいい、「実践してこその倫理」とも言われる。悩んでいない人はいない。悩んでいてもその正しい解決方法が分からないという人がほとんどである。全ての人を幸福に導く素晴らしい教えが倫理である。
                                 (平成29年作)

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