2017年08月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2017年08月の記事

冷房

冷房のこれは致死量かと思ふ



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8時にバスに乗り込み、離れた場所のもう一つのホテルに別の二人を迎えに行った。バスは朝からギンギンに冷えている。ちょっと寒い。風の出口を調整したがそれでも寒い。これはやり過ぎだろうと思うくらいの冷やし方である。他の人もいるので我が儘は言えないが車内サービスとしてはやり過ぎだと思った。その中でのハンさんとの会話である。
「ベトナム語ってアルファベットみたいだけど、いろいろな記号が付いているよね。あれは何?」
「アルファベットは何文字ありますか。26文字ですよね。その中のF、J、W、Zの4文字は使いません。しかし、ベトナム語にしかない7文字があるので全部で29文字あります。ベトナム語の複雑な発音を表現するために6種類の発音記号を作りました。上がったり下がったり、調子を変えたりする記号です。ちょっと複雑です。マーという言葉もイントネーション一つで意味が大きく変わります。同じマーでも墓になったりお米になったり、お母さん、馬、幽霊にもなったりします。難しいです」
「日本語よりも難しそうだねぇ」
「いや、日本語の方が難しいです(笑)」
あとの二人を乗せて最初に向かったのが車で2時間ほど離れたホアルーという町である。西暦1010年にベトナム王朝がハノイに遷都するまで都が置かれていた古都である。マイクロバスの中では運転手の横の助手席にハンさんが座り、座席の一番手前に我々夫婦、2番目に女性、3番目に男性が座っている。これは最後まで変わらなかった座席位置である。中では私がハンさんと話し、その話をみんなが聞いているという構図である。私の質問はあちこちに飛ぶ。ベトナムの人口、民族構成、社会主義、教育、産業、社会問題、仕事、年収、徴兵制度などなど。他の人にも興味のありそうな質問を考えるのも大変だが、それを助けてくれたのがハンさん(写真)のおしゃべりである。よくしゃべる。なるほど、ガイドはこの人の天職だと思った。
「ハンさんは日本人だけのガイドをしているのですか?」
「いえいえ、いろいろな国の人が来ますよ。韓国、中国、イギリス、フランス、アメリカ、中南米」
「へぇー、英語がペラペラなんだ。フランス語も出来るんですか?」
「いいえ、フランス語は少しだけです」
「多いのはどこの国の人ですか?」
「1番がフランスです。日本は2番ですね(笑)」
「そうか、昔はフランスの植民地だったからね」
「そうです。フランス領でした。しかし、私は少しフランス人は苦手です。フランス人は人の行かないような場所に行きたがる。山奥の少数民族を見たいとか、何日間にも亘って山登りをしたいとか。日本人はその点は大丈夫です。決まった所にしか行きたがらない(笑)」
                                 (平成29年作)

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朝涼

朝涼や白磁の皿に音立てて



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朝食はバイキングである。受付で部屋番号を言うとボーイさんが席まで案内してくれた。プールが見える窓際の席である。ここでいいかと聞いているのだろう。サンキューと言いながら席に着き、ここは覚え立てのカムオンだったと反省する。ベトナム語の「ありがとう」である。すぐに女性がやってきて聞いてきた。
「コピー?」
コピー?ああコーヒーね。発音が違うんだよね。
「サンキュー」
ああ、またサンキューと言ってしまった。この言葉しか思い浮かばないんだよね、日本人の私としては。妻が真向かいでクスッと笑っている。食後でもいいんだけどと思いながらも、淹れてくれたコーヒーを一口啜り、さて何を食べようかと考えた時、前の日に調べてきた「ベトナム料理ベスト10」のことを思い出した。手帳を見てみると1位はフォーである。まずはフォーだろう。どこにあるのだろう。女性に聞いてみた。「フォー?」すぐに案内してくれた。聞くまでもなくフォーは入り口のすぐ脇にあり、一番目立つ場所に置いてあった。やたら聞いてもいいことはない。よほどフォーが食べたかったのだろうと笑われてしまったかも知れないと思った。係の男性が麺を茹で器に入れたあと、何かを聞いてきているが何を聞かれているのかは分からない。ああ、どっちをトッピングするのかと聞いているようである。こっちと指を指すとなるほどそっちを載せてくれた。身振りだけでも通ずるいい例である。フォー(写真)の他にお粥やおかず、野菜などを持ってきて食べ始めた。美味しい。本当に美味しい。特にフォーは最高である。何杯でもいけそうな感じがする。さすがに第1位だけはあると納得した。
第2位はバインセオとある。「お好み焼き、レタスに包み食べる。ハーブがいい」とメモされている。どれだろう。2位なのだから無い訳がない。ウロウロして見てみたが見つからない。聞いてみた。
「バインセオ」
「???」
「バ、イ、ン、セ、オ」
「ノー」
聞かれた女性は遠く離れていってしまった。通じなかったのか、はたまた本当になかったのか。後々、ツアーで一緒だった女性に教えてもらったところ、今回の旅行ではバインセオには一度も出会わなかったそうである。彼女は観光としては初めてだが、仕事ではハノイに3回も来ているというベトナム通の人である。なんでそのバインセオが第2位と書かれていたのか、旅行を終えた今でも意味が分からないでいる。
                                 (平成29年作)

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暑さ

何としてでも生きていく暑さかな



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深夜に到着し、時差2時間を調整し、休んだと思う間もなく朝5時には起きていた。さすがにまだ辺りは暗かったが5時半を過ぎた頃から明るくなってきた。ホテルの周囲を歩いてみることにした。ホテルの9階から見える池はトゥーレ公園という。その池と周辺の町並みを歩いてみようと思ったのである。ホテルを出るとすでにオートバイが走っていた。まだ早朝である。勤め先に向かうのだろうが、二人乗り、三人乗り、大きな荷物を山盛りにしたバイクがクラクションを鳴らしながら走っている。夜中にも凄かったバイクが朝から走っているのである。休む間もなく活動する町である。
公園を目指して歩いていたが左側一体が工事中で柵がされていた。仕方なく公園を諦めて町並みに入ってみることにした。すでに店先には椅子を並べて食事をしている人がたくさんいた(写真)。椅子は風呂場で使うようなプラスチック製。大きな椅子では場所を取って邪魔になるかも知れないが、これは手軽なものである。尻を乗せるだけなので姿勢としては良くないが、その使い勝手は申し分なさそうである。ハノイの全ての店先に採用された椅子ということになる。
細い路地に入ると暗い中にも様々な店が動き出していた。野菜を刻んでいる店、肉を並べている店、揚げ物をしている店、朝から店先にしゃがんで煙草を吹かしている人もいる。独特な臭いがする。水を撒いたりしている。通りに出るといろいろな店が準備に忙しい。道に果物を並べ、早くもお客を待つ構えの人もいる。帽子屋もあれば仏壇屋もある。そこをバイクが勢いよく通り抜ける。いやはや、バイタリティーに富んだ町である。太極拳をしている人を見ながらゴックカイン湖の周囲を回りホテルに戻ったのがちょうど7時である。
「もう、早く帰って来てよね。朝食にも行かなければならないんだから」
「ちょっと待って。シャワーを浴びさせて」
「えっ、これから?」
「凄い汗なんだよ。歩いた途端に流れてくる。朝からこれだから日中は凄いことになると思うよ。心して行こう」
大急ぎでシャワーを浴びて、着ていたTシャツを水洗いし、準備が整った時には7時15分になっていた。
「もう……」
                                 (平成29年作)

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暑熱

一寝入り終えて暑熱の国に立つ



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片道5時間の旅は快適だった。乗り込んですぐに夕食が用意され、ビールなどを飲んだのですぐにグッスリである。妻との会話も一言二言である。
「それにしても4人しか申し込んでいない旅というのも珍しいよなぁ」
「最小催行人数かも知れないね」
「どんな人達だろう、あと二人は」
「さぁねぇ、いい人達ならいいけど、こればかりはねぇ……」
ハノイ空港には夜中に到着した。グッスリと寝込んだので少し朦朧としている。機内の冷房から出るとムッとする暑さである。開高健は「暑熱」という言葉を使っている。預けた荷物を受け取って出口を出たところで旅行会社の看板を持った男性に声を掛けられた。
「ヒナタさんですか?よろしくお願いします。あと2名を待ちますのであの辺りでお待ちください」
現地訛りはあるものの、しっかりとした日本語である。年の頃30代前半と見えた。現地添乗員である。しばらく待っていたがなかなか他の二人は出てこない。我々が出てきてから10分くらい経っただろうか。ようやく添乗員が動いた。男性1名である。
「さぁ、皆さん揃いました。バスの方へどうぞ」
「???」
3人ではないかと思ったが、もう1名はすでに到着していた。私のすぐ横にいた女性である。年の頃40代半ばと見えた。この4人なのか。テッキリ我々と同様、年配の夫婦がもう1組と思っていた。蓋を開けるまでは分からないというが、この組み合わせだけは全く想定外だったのである。バスはマイクロバスで日本語の分からない運転手さんが後ろに荷物を載せてくれて出発した。バスの中で添乗員の自己紹介があった。年齢33才、名前はハイさん。大学で日本語を学び、3才の娘さんの父親である。
「日本には一度だけ行ったことがあります。東京、京都、奈良を見てきました。観光です。印象?印象はとても人が一杯いて驚きました(笑)」
空港からハノイ市内のホテルまでは40分くらいである。とてもゴミゴミした通りにあるホテルに到着した。
「えっ、ここ?」と思ったが、「ヒナタさんはここではありません」とハイさん。男性と女性が降り、チェックインの手続きを済ませハイさんが戻ってきた。
「お父さん達はあと30分くらい掛かります」
お父さん?この旅では終始ハイさんからは「お父さん」と呼ばれた。確かに親子ほど年が離れている。
妻はこの旅行を申し込むにあたり、最初に泊まるホテルを1ランクアップさせていたようである。このあたりはチャッカリしている。到着したホテルは超豪華な造りをしていた(写真)。先程のホテルとは相当にグレードが違う。
「明日、朝、8時に迎えに来ます。ゆっくり休んでください。お休みなさい」
笑顔のハイさんである。
(お知らせ)このベトナム旅行の記事は数が多くなってしまったので日曜日もアップすることにしました。以降、2日に一度のペースでアップしていきます。お付き合い下さいね。
                                 (平成29年作)

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白靴

白靴の妻と出発ロビーゆく



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車を駐車場に預け、空港までのマイクロバスに乗り込んだ。
「現地の天気はどうなの?」
「晴れみたい」
「良かったねぇ。スコールもあれば最高なんだけどどうかなぁ」
「それはどうかなぁ。南国特有のものだから急に来るかも知れないね」
嬉しいことを言う。旅行すなわち俳句モードに入っている私にとってはとても嬉しい一言なのである。バスはあっという間に空港に到着した。「第1ターミナルの方はここで降りてください」と運転手が案内し、降りる人を降ろし荷物を下ろしている。
「俺たちはどこ?ここじゃないの?」
「私たちはJALだよ」
「あっ、そう。次か」
バスが動き始め、しばらく行ったところで次に降りる場所がANAだと分かる。
「あれっ、間違えたなぁ。さっきの場所だったよ」
「えっ、間違えちゃったの?」
「まずい、まずい。最初からやっちゃったなぁ」
「あれだけ舐めるようにパンフレットを見ていて乗る飛行機を知らないんだからねぇ」
私だけが責められる場面でもなさそうだが、ここは言われておこう。そのあとに難関が待っている。運転手さんには戻ってもらうことにして無事に出発ロビーに到着した。
「早すぎたなぁ」
「いいのよ。早めに手続きして中で待っていればいいんだから」
ここは妻の言う通りにしておこう。なにせ、中に入るまでの手続きはすべて妻にお願いするしかないのだから。どんな手続きがあり、どんな書類を出し、どうやって飛行機に乗り込むのかを全く覚えていない私である。とても苦手な分野なのである。
「お願いだから少しは自分でやってみてよね。何でも私に頼っているのは良くないよ」
「そりゃ、そうだよ(笑)」
「じゃ、両替をお願い」
「えっ、そりゃ無理だよ」
「なに言ってるの。それ位は簡単よ」
「無理無理、やってくれよ」
「ドルに換えるだけなんだから出来るよ」
「えっ、ベトナムはドルじゃないだろ?」
「ドンだよ。だけど直接円からドンには換えられないんだって。一度ドルにして、それをドンに換えるんですって」
「手数料が2回分取られるジャン。仕様がないなぁ。いくら換える?」
「3万円でいいんじゃない。出来るだけ細かいお札にしてもらってね」
「オッケー」
無事に役目を終えてホッとしたところで、別の両替所に「ベトナムドン、取扱中」と書かれているのを見つけた。
「???もしかして直接両替できたかも……」
しかし妻には余計なことを言わないでおいたことはもちろんである(笑)。
                                 (平成29年作)

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炎暑

炎暑来る開高健に旅はじまる



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二ヶ月も前から予定していたベトナム旅行出発当日の私の様子である。早朝から起き出してパソコンに向かいいろいろと調べ出していた。随分と日があったにも拘わらず、その日になってから勢いよく調べ始めるのである。私の性格である。とっくの昔に届いていた旅行会社からの「旅のしおり」を見始め、4泊5日を図式化し概略を思い描いていく。現地到着第1日目はチャンアン、ホアルーという観光地を回り、ハノイ旧市街を見学する。2日目は市内の観光のあとハロン湾へと向かう。相当に遠いらしい。車で4時間と書かれている。3日目、ハロン湾クルーズをしてまたハノイへと戻り、市内でのフリータイムのあと夜中に飛行機に乗り込んで帰ってくるというコースである。さすがにチャンアン、ハロン湾が世界遺産であり、今回の旅の目的地であることは事前に調べていたが、あとのことはほとんど調べていない。ベトナムの食べ物は何だろう?何も分からないで食べていても仕様がない。調べてベスト10を書き出してみる(写真)。咲いている花は何だろう。バンランや火炎樹というのが美しいようだが季節が少し外れている。見られるだろうか。ハノイ観光の目玉は何だろう?伝統芸能「水上人形劇」がオプションと書かれているが、妻は申し込んだのだろうか?「どうする?」と聞かれ「申し込んでおいて」と答えたような気もする。ベトナムの歴史、ベトナム戦争の概略、ベトナムについて書かれた小説などを調べていく。朝3時に起き出してのことなので時間はたっぷりあるように見えるが、いろいろやっているとほとんど時間が足りない。途中、妻が起き出して来たので聞いてみた。
「水上人形劇は申し込んだの?」
「何を今頃言ってるの?申し込んでと言ったのはあなたでしょ」
「確認、確認(笑)」
やばい、やばいと思いつつも一安心である。もう一つ、見つけておきたい物が現われた。開高健の「輝ける闇」という小説である。作者がベトナム戦争で現地取材した出来事を書いた小説だという。
「読んだこと、ある?」
「ない、ない。何なのそれ?」
読書家の妻もさすがに読んでいないらしい。10時になってから近くの本屋に電話をして、ようやく在庫のある店を見つけ買ってきたのが出発1時間前のことである。読み始めて数ページのところで「そろそろ出掛けようよ」と言われる。今回の旅はこの小説を読みながらのこととなった。みごとにベトナム旅行に相応しい一冊である。
                                 (平成29年作)

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暑気払ひ

暑気払ひ華はアンノン族世代



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「東京音頭」発祥の地である日比谷公園のすぐそば、銀座6丁目のレストランで業界の集まり「鋼製家具懇話会」の暑気払いが行われた。日比谷の百貨店とはどこだろう、銀座三越だろうかなどと考えていたタイミングでの銀座である。「引き寄せの法則」とでもいうのだろうか、まさに絶妙なタイミングで出掛けてきた。
この懇話会、実に長い歴史を有しているのだが、この頃はあまり新しい会員を増やすこともせず、決まったメンバーで一杯やるのを楽しむための会となっている。都内の人が多いが、宮城県、愛知県、そして私が神奈川県からと集まってくる。全員が製造業の社長、しかも作っている物が似たような物なので情報はほとんど行き渡っている。大メーカーからの引き合いも一様に声が掛かるので、「あの物件はウチでやりました」などという話になる。設備投資などしようものなら本人が話すよりも早く全員が知り尽くしているという間柄である。
今回は11時半に集合した。夕方に別の会合が予定されている人が3人もいるので店の開店時刻に合わせたようである。昼間ではあるがすぐにシャンペンの封が切られ、ワインが次々と注文されていく。それぞれに近況を語りつつも話題はあちこちへと飛んでいく。私がいつも関心して聞いているのが、どんな話題にも即答していくメンバーの博学ぶりである。スポーツの話から芸能界、食べ物、どこどこの店の何が美味いとか、あそこの何々が安いとか何でも知らないことがないのではという位に話題を変えていく。その日の朝のニュースで流れていた芸能人の不倫話、手のつなぎ方が「恋人つなぎ」か否かを芸能リポーターのごとく解説していくのである。
「この人逹、本当に今朝出社したのだろうか?」
余程テレビを観ていないと語れないだろうという域に達した話しぶりである。
ワインの選び方も様になっている。値段はいくらいくらのクラスでスペイン産かチリ産を持ってきて欲しいと言う。値段の割には美味いのだという。肉は霜降りは良くない、あれは脂が多いのでサーロインがいいなどと言っている。健康志向かと思いきや、150グラムでは少ないから300でお願いしますなどとやっている。最後の飲み物もコーヒーではなくグラッペを頼んでいる。私自身、あまり興味の持てない分野ではあるが、自分が出来ないことをやってのけているところには正直感動する。人生を楽しんでいる達人に見えてくるのである。
紅一点は年齢不詳ということになっている。我々が団塊の世代でも全共闘世代でもないのでおそらくアンノン世代だろうということで話は纏まった。まだまだ若いと言いつつ、一昔前に比べると酒量は少し減っているようで昨年のワインの本数6本から5本へと落としてしまったと悔しがっている。楽しいひと時である。
                                 (平成29年作)

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踊唄

踊うた悲しき昭和初期の唄



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船戸与一著「満州国演義」の中に「東京音頭」について書かれている箇所があり「あれっ」と思った。昭和9年あたりの記述である。
「ラジオからは『東京音頭』が流れて来ている。小唄勝太郎と三島一声の唄声は実に心地よさそうだった。西條八十作詞・中山晋平作曲のこの唄は熱河侵攻後内地で爆発的に売れたらしい。だれもかれもが『東京音頭』に合わせて踊りまくる。それは幕末のええじゃないかの狂騒に似ているという説も出たと聞く」(第4巻「炎の回廊」より)
昭和6年に満州事変が起き、7年に満州国建国、9年には溥儀が皇帝となる。「熱河侵攻」とは満州国を樹立した関東軍が昭和8年に熱河省へと領土拡大のために起こした軍事作戦である。国内では昭和7年に五・一五事件が起き、海外では8年にヒトラーがドイツ首相に就任している。
「そんなに昔からある歌だったのかぁ……」
調べてみると昭和7年に作られた曲で、もともとは「丸の内音頭」という名で日比谷公園での盆踊り大会で披露されたそうである。永井荷風によると、その盆踊り大会は日比谷の百貨店の広告であり、その百貨店で浴衣を買わなければ参加できなかったそうである。みんなで浴衣を買いに行ったかどうかまでは書かれていない(笑)。

土曜日、妻からメールが入った。
「なっちゃん達が来るよ。盆踊りに行きたいんだって」
昼間、仲間と打ち合わせをしていたがメールを見て速攻帰ることを決めた。
「悪いねぇ、急用ができてしまった」
「また、お孫さんが遊びに来るなんて言うんじゃないでしょうね」
「ま、まさか……」
妙に勘の良い人がいるものである。「そ、その通り」とはちょっと言いにくい。
一旦家に帰って習字に行き、大急ぎで何枚か書いて戻ってきたが、どこにも3姉妹はいない。
「あれっ、なっちゃん達はまだ来てないの?」
「あっ、連絡するのを忘れてた。今日は用事が出来てしまって来られないんだって」
「……」
                                 (平成29年作)

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半ズボン

悪童のごとき大人の半ズボン



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その日、家族は旅行に出ていた。一人で外食しなければならない。会社を終え、プールで一歩きしたあと、家の近くの「ガスト」へ出掛けた。3年振りくらいの「ガスト」である。店内は混み合っていて、入口は順番待ちの人でごった返していた。私は一人なので、中に入って勝手にカウンターに座らせてもらった。店員が来たので「ビールとつまみと〇〇定食」を注文した。しばらく待っていたがなかなかビールが来ない。忘れられているかも知れないと思い、近くに来た店員に声を掛けさせてもらった。
「お姉さん、ビール頼んだんだけど、忘れてない?大丈夫?だいぶ経ったよ」
「すみません、すぐにお持ちします」
その時だった。私の横を通り過ぎた男がいた。K君である。
私「おっ!どうした!」
K君「あっ、社長!」
私「どうしたんだ。なんでここにいるんだ?」
K君「いま、家族で食事に来ています」
私「奥さんも一緒にいるのか?」
K君「はい」
プール帰りの私はと言えば、とんでもない格好をしている。Yシャツに半ズボン、サンダル履きに髪はボサボサ。プールを終えて着替えるのに背広、革靴では鬱陶しいので半ズボンとサンダルを用意していたのである。まさか、ここで誰かに会おうとは思ってもいなかったので、人に見せられる格好ではない。しかし、K君の奥様には挨拶しない訳にはいかない。初対面でもあり、日頃お世話になっている。
「初めまして。いつもお世話になっています。社長の日向です。いつもはネクタイを締め、ズボンを履き、髪もピシッとしているのですが、事情があってこんな恰好をしています。決してだらしのない男ではありません(笑)」
こんな偶然があるだろうか。K君を社長室に呼んだそのすぐあとに、いつもは来ない「ガスト」に来る。そこに家族連れのK君。ここで会うかなぁ。あまりの偶然に驚きながらも、長居は無用と早々に食事を済ませ退散したのだった。
翌日、朝一番でK君は私のところへやってきた。
「社長、研修に参加させていただきます」
「それはいいけど、奥さん、あれから何か言っていなかったか……」
                                 (平成29年作)

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道をしへ

高みへとまた遠くへと道をしへ



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いきなり社長室に呼ばれたので戸惑った様子のK君だった。
「折り入って相談したいことがあって来てもらったんだが、あまり緊張しないで聞いてもらいたい。今、俺が倫理の会に入って勉強しているのは知っていると思う。活力朝礼を取り入れ、従業員のみんなが挨拶などしっかりと出来るようになり、会社も随分と変わったと思う。この素晴らしい倫理の教えをこれから社員の一人一人に深く学んでもらおうと考えている。俺一人じゃもったいないと思っている。ついては一年に一人ずつ、その会の研修会に出てもらって倫理を勉強してもらおうと思っているんだ。その初っ端を君にお願いしたいと思って来てもらったんだが、どうだろうか」
「どんな研修会なのですか?」
「この10月からスタートして、毎月1回ずつ一泊二日の泊り掛けで10回行うになっている。メンバーは各企業から1名ずつ出て十数名で行うことになると思う。詳細はまたパンフレットなどあると思うので見てもらうが受けてくれないだろうか」
「場所はどこでやるんですか?」
「湯河原で8回、富士山で1回、三重県の伊勢で1回」
「随分と遠いですねぇ。何を学ぶんですか?」
「人の道。人が最も大切にしなければならないものを学び、リーダーとしての心構えをしっかりと身に付けてもらうことになると思う。きっと君のためになり、それが遂には会社のためになると信じている」

「検討させて下さい」と言ってK君は出て行ったが、あまりに急な話で事情を理解していないかも知れないと思った。
「また明日、もう一度話をしなければならないようだなぁ」
                                 (平成29年作)

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紙魚

満州の山河を渉る紙魚ひとつ



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最近、倫理法人会の集まりで講話をすることが多くなった。先日も横須賀で話をしてきた。30名ほどの集まりだったが、まずまずの話だったと思う。その中に顔馴染みの田中さんが交じっていた。
私「お早うございます。今日はまたどうして?私の話は以前聴いてくれていますよね」
田中さん「日向さんの話は何度聴いても面白いんだよ。自分の体験に重なるところがあって、ついつい足が向いちゃうんだよ(笑)」
私「田中さんにそう言われると光栄です(笑)」
田中さん「船戸与一の残りを持って来たよ。まだ読み終えていないだろ?」
私「今、6巻目です」
田中さん「良かった。8巻目と9巻目、これで全部だよ」
私「有難うございます。感謝しています」
『満州国演義』全9巻(写真)の話である。
田中さん「実は日向さん、お願いがあって来たんだよ。私の担当している倫理塾に日向さんの会社から1名参加させてもらいたいんだけど、お願い出来ないだろうか。本当に素晴らしい勉強会だから、必ず会社のため、また本人のためになるので検討してもらいたいんだけど」
私「わぁー、ここで頼まれるかなぁ。田中さんに頼まれて断る勇気なんか私にはありませんよ(笑)。少し時間をください。考えてみます」
田中さん「ありがとう。本当にありがとう。やっぱり日向さんは素晴らしい人だ」

講話を終えて会社に戻る道すがら考えていた。
「確かに倫理を学ぶ若手社員が増えれば会社は変わっていくに違いない。倫理経営への基盤を築いていくために毎年1名ずつ受講してもらうというのもいい方法かも知れない。まずはやってみることだ。よし、やってみよう、決めた!」
前から考えていたことではあったが、きっかけがなかった。そのきっかけを田中さんが作ってくれたのである。会社に戻り、早速人選に取り掛かった。20代、30代の若手社員。まずは現場から出そう。しっかり趣旨を理解し、受け止めてくれそうな人。3、4人の候補を挙げてその中からK君に声を掛けてみることにした。工場長を呼び、話をし、すぐにK君を社長室に呼んだ。
                                 (平成29年作)

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大暑

水風呂に水溢れしめ大暑かな



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プールから帰って洗濯物の中に水着を放り込んだ時、強烈なカルキ臭を感じた。プールの中では当たり前に思っていた臭いも改めて嗅いでみると凄いものである。身体に悪いと思った。というのもその数日前に倫理法人会の早朝勉強会でカルキの話を聞いたばかりだったのである。あの講話のあとでのプールのカルキ臭。あまりのタイミングの良さに驚きを禁じ得ない。
講師は小星重治さんという方で54才の時に紫綬褒章を受け、科学技長官賞や全国発明賞などを受賞している人である。話の内容は「重炭酸温浴法のすすめ」である。
「戦後、日本人の平均体温は1℃近く低下しています。環境の変化や化学物質、ストレスなどが原因のようです。それにより糖尿病だのガンだの……最近では鬱病だの花粉症だのと戦前には聞いたこともないような病気が蔓延しています。体温が36.8℃あれば、ガンも予防出来ると言われています。その証拠にわずかに体温が高い心臓や脾臓という臓器はガンに罹りません。薬の飲み過ぎ、化学洗剤、シャンプーなどによる洗浄、お風呂の中の残留塩素さえも身体にはストレスとなり、交感神経を緊張させ、血流を下げ体温低下の原因になっているのです。すべての病気の原因は低体温、低血流です。血流を上げ、体温を昔のように36.5℃以上に上げることが大切です」
勉強会では重炭酸湯タブレット(写真)が無料で配布された。早速、家で使用してみたところ妻も娘も絶賛である。
「これ、いいねぇ。肌がツルツルする」
ぬるめのお湯で15分。講話では40分とも言っていたので急にみんなが長湯になった。
「えっ、まだ入ってるの?」
お陰で生活リズムがここに来て大きく変化してきている。
                                 (平成29年作)

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シャワー

我が五体所詮借り物シヤワー浴ぶ



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初めは歩きにくかったが徐々に慣れてきた。ウォーキングの仕方もユーチューブで見た通りの動きが出来るようになってきた。身体を前傾しそのままにしておくと溺れそうになる。そのタイミングで足を大きく前に出すのである。腹筋に力が入る。しかもその時、足は大きく外側の水を掻くようにする。瞬時に力が入る。これはいい。腹回りを減らすには最高の方法だと思った。身体に掛かる浮力のお陰で膝にも踵にも負担が掛からない。それでいてお腹に力が入るのである。よし、これを続けよう。まずは92センチを85センチ辺りまで持ってこよう。いいことを知ったと一人喜んだ。
およそ30分ほど歩いて疲れてきた。違うレーンで少し泳ごうかなとも思ったが止めておくことにした。人が多すぎるのである。25メートルを泳ぎ切れない中途半端な平泳ぎしか出来ない私は回りでバチャバチャとやられると溺れそうになるのである。調子に乗ってはいけない。あれはもう15年以上前のことである。調子に乗って溺れた時のことを思い出していた。
妻と二人で金沢文庫にあるスポーツクラブに通っていた。水泳を覚えようとしたのである。初級コースから始まり、徐々にレベルを上げて行った。ボビング、ビート板、息継ぎの方法など段階を追って練習していた。「ハワイのプールを二人で泳ごう!」などと盛り上がっていたのである。初めて2ヵ月位した頃である。少し自信の付いてきた私はその日の練習を終えたあと、一つ上のコースにフリー参加したのである。軽い気持ちである。「あれ位は出来るだろう」である。他の人に続いてやってみたところ、いきなり水を飲んでしまった。慌ててその場に立とうとしたが足が底に届かない。更に慌てる。バチャバチャと水を漕ぎプール際には辿り着いたが、なぜか呼吸が出来ないのである。息をしようと思っても空気が入って来ない。ギヤー!奇声を発したようである。プールじゅうが注目する大きな声だったようである。死ぬかと思った。係員が駆け寄って手当してくれたが、恐ろしい体験だった。「過呼吸」だという。あれっきりスポーツクラブは退会した。もちろん、泳ぎは成長していない。40年前に覚えた自己流の平泳ぎは水面に顔を付けることが出来ない中途半端な泳ぎである。
嫌な記憶を思い出しながらもプールを出た。長いスロープを上がってくる時に意外なことに気付いた。水から出た途端、身体が重く感じられたのである。いつもは何も感じていなかった自分の身体の重さを実感した。浮力のせいで軽く感じていたとはいえ、こんなに重い身体を普段は普通に歩いたり走ったりしているのだ。もっと負担の掛からない標準の軽さに近づけるべきである。もっとスリムになろう!堅い決心である。

終って移動した風呂場は至ってシンプルだった。バブル湯も何もない。出来て20年以上経つ施設なので、今どきのスーパー銭湯のようにはなっていないのである。ただの風呂である。これから会社の帰りに寄ってウォーキングをするにしても、ここの風呂には入らないでも良さそうな気がした。
                                 (平成29年作)

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プール

過去のある身を見張られてプールかな



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いやぁ、混んでるの混んでないの。どうなっちゃってるの!と言いたいくらいの混み具合である。
駐車場の前で車の列が出来ていた。待っていても仕方ないので、脇のスペースに車を停めて建物の中を見に行った。浮き袋を持った子供達や親御さん達で溢れていた。プールの様子を見たいと思い、係の女性に頼んでみた。すると2階からなら様子が覗けるという。階段を上がると休憩所のような場所があり、そこも一杯である。ちょっと上がらせてもらってプールを覗いてみた。いやはや芋を洗うとはこのことである。休みの日は避けた方がよさそうである。早々に退散することにした。

次の日曜日である。朝9時からなので8時45分には到着していた。駐車場にはすでに何台か停まっていたが、入口のドアは閉ざされたままなので誰もいない。前のベンチに腰掛けて待っていた。5分前にゾロゾロと集まってきた。浮き袋を持った子供達を連れた家族連れが一斉に集まってきた。9時ちょうどにドアが開き、あっという間にホールは人で埋め尽くされた。私はすぐに2階へと上がり、誰もいないプールの写真を撮った(写真)。人の水着姿を写すのは禁止行為のようなので、無人のプールを撮らせてもらったのである。
入場券は自販機である。プールと風呂がセットになった800円の券を購入し入場した。ロッカールームで着替えを済ませ、娘に言われたキャップも忘れずにプールへと向かった。まだ15分も経っていないのに結構な混み具合である。係員の「ピッ!」という笛の音も聞こえる。私にとっては久し振りのプールである。
早速、歩行用と書かれたコースへ入って行った。深さ140センチと書かれている。胸の深さである。来る前に家でユーチューブを見てきている。「必ず痩せる!水中ウォーキングのダイエットに効果的な歩き方」というもので、丁寧に歩き方の方法を教えてくれていた。「なるほど、なるほど……」と頷きながら覚えてきたので、あとは実践あるのみである。水の中に入り、歩こうとしたが最初はコツが掴めない。お腹に力が入ることを意識しながら歩き始めた。少しコツが分かってくる。向きを変え、戻って行くと見張り役の女性が懸命に手振りをしている。私の方を見ているようにも見える。
「何だろう、誰に言っているのだろう?まさか、俺ではないだろうな。ちゃんとキャップもしてきているし……」
そう思いながら歩いて向こう側に着いたところで、黄色いメガホンを持った若い男性が駆け寄ってきた。
「スミマセン、プールの中では眼鏡は外してもらうことになっています」
「なになに、俺?あっ、そうなの!知らなかった」
                                 (平成29年作)

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