2017年05月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2017年05月の記事

春の雨

将門の御霊鎮めよ春の雨



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立派な神社である。大きな鳥居をくぐり、広い駐車場に車を停めた。さすがに平将門である。坂東の誇りである。この荘厳さは紛れもなく将門崇拝の現れである。小糠雨が降る中、感動を以って境内を進んでいった。まずは神社の由緒書きを読んでみた。大同4年(809年)社殿西方に筍が生え、数夜にして三又の竹に成長したとあり、すなわち神社が「三竹山」と称される所以であると書かれている。フムフム、なるほど。しかし、読み進むうちに疑問が湧いてきた。将門の守護神で水を司る一主明神を祀っているとパンフレットには書かれていて、将門が水を求めて彷徨っているときに現われた老翁の話が出てきたが、ここの看板にはその話は出ていない。本殿は将門の子孫が長禄3年(1459年)に再建したと書かれているだけである。
お守りを売っている巫女さんに聞いてみた。
「平将門に関するものはどこにあるのでしょうか?」
「あっ、それはここではないんですよ。よく間違われます(笑)」
「えっ!」
常総市の一言主神社と坂東市の一言神社。よく似た名前だが全く別の神社だったのである。「紛らわしい」と文句を言いたくもなったが、間違ったのは自分である。帰りの雨が妙に冷たく感じられたものである。

気を取り直して車を走らせ、しばらく行くと看板が現れた。「平将門の胴塚」と書かれている。「延命院」とある。
「えっ、延命院?延命寺じゃないの?」
カーナビに入れた目的地「國王神社」の隣にあるのが「延命寺」で、もちろんこれから見学しようとしていた場所である。その寺とまたよく似た名前の「延命院」である。
「おいおい、どうなっているの?また一字違い?」
そう言いたくなる気持ちも分かってもらえると思う。こうも同じような名前を付けたがるものだろうかと思いながらも胴塚となれば見逃すわけにはいかない。入って行くことにした。
結果は素晴らしいものとなった。絶対に見逃してはいけない場所だったのである。境内に不動堂がありその裏に円墳があった。将門の胴塚である(写真)。将門山または神田山と呼ばれているようだが、大きな栢(かや)の木がその塚を抱くように根を張っていた。敵の矢を受けて討たれた将門の首は京に送られ晒し首となったが、遺体の方はひそかに部下の手でこの場所に運ばれたというのである。この地は相馬御厨の神領だったことから暴かれることなく守られてきたという。誰もいない境内で静かにお参りをし、その日最初の将門ゆかりの地となったのである。
                                 (平成29年作)

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