2017年02月の記事 - ひこばえ
background movie

ひこばえ


2017年02月の記事

四温光

大いなる仲間を得たり四温光



20170111_convert_20170116050617.jpg



7人が必死に取り組んで合格を目指したのが「挨拶実習」である。10チームでの競争なので負ける訳にはいかない。1人が「気を付け」「礼!」と号令を掛け、全員で一斉に頭を下げ、ゆっくりと上げていくという動作である。これを全員で同じ動きをしてピッタリと揃えようというのである。1人でも角度が違ったり、タイミングがずれたりしてはいけない。心を合わせ、タイミングを揃えるのがポイントである。始めたのが初日の午後で、試験は翌日の朝9時である。初めは簡単に考えていた。たかがお辞儀。たった5秒の動作である。何度か練習すればすぐに揃うだろうと考えていた。ところがこれがなかなか上手くいかない。揃わないのである。
まず姿勢が出来ていない人がいる。「気を付け」と言った段階で揃っていない。上を向いている人もいれば、指先を揃える「密指」が出来ていない人もいる。肩は右左水平にと言っても大きくズレている人がいる。この基本が出来ていないと次のお辞儀に移った時に間違いなく「乱れる」。会社で活力朝礼を導入しているので分かるのである。しかし、それを伝えるのは難しい。「お前に言われる筋合いはない」と言われるかも知れない。しかし講堂の壁には大きな字で「責め心のない厳しさ、馴れ合いでない優しさ」と書かれている。叱るときは「責める」のではなく、本当に本人のためを思って言う。時には「殴るほど」の厳しさがあっても良い。また馴れ合いの関係は駄目である。出来ていないことを良しとするのは優しさではなく馴れ合いだ。ここは一言、言っておいたほうが良いと思い僭越ながら出来ていない人に指摘をさせてもらった。次はお辞儀である。30度である。しかしこれも揃っていない。深々とやる人は一様にやる気のある人だが、合わせる心を忘れている。そしていよいよタイミングである。こうも揃わないものだろうか。頭の下げ方も上げ方もバラバラである。「隣を意識して合わせることに集中しましょう」と言ってみたところで全く揃わない。
「よし、皆さん、私が手拍子をします。1、2、3、4と言いながら手拍子をしますので、1でサッと下げ、2で止め、3、4でゆっくりと上げてください。いいですか、1、2、3、4ですよ」
その日は風邪気味で、しかもエアコンが熱すぎて咽喉を痛めていた。加湿器は何の役にも立っていない。極力声を出さないようにしていたのだが、やむを得ない。やるしかない。
「1、2、3、4、はい、駄目、もう一回!」
徐々に声が擦れて限界に近づいていくのが分かった。
本番の試験では10チームのうち3チームしか合格しなかった。狭き門である。見ていると中の一人が少し揃わないだけで失格、やり直しである。何回チャレンジしてもいいのだが、偶然に揃うということはないようである。我々も何十回やっただろう。声掛け係の声も擦れ始めてくる。なんとしても合格したい。合格して達成感を味わいたい。7名の底力を見せてやりたい。チャレンジの前に練習する。横で見ていてくれた人が「揃っています。いいですよ。大丈夫です」と声を掛けてくれる。
「よし、もう一回、チャレンジだ!」
結果は不合格に終わった。どこかが駄目だったようである。しかし満足感があった。最高のチームワークだったことは間違いない(写真)。もう一回チャンスがあれば、合格していたようにも思う(笑)。
厳しい2泊3日ではあったが、深く倫理を学び、様々な体験をさせてもらった。また、いい仲間と出会うことが出来、充実した時間を過ごさせてもらった。「富士研バンザイ、倫理バンザイ」である。心から感謝している。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

湯気立てる

湯気立ててゐるは小さな機械なり



IMG_1568_convert_20170116050736.jpg



リーダーの他にあと5名のメンバーがいた。年齢も出身も職業もみなバラバラである。共通点は倫理法人会に加入しているということだろうが、入会してまだ1か月という人もいた。税理士の先生である。「入会してすぐに研修と言われましたので何が何やらさっぱり分からずに参加しましたが、皆さんいい人ばかりなので安心しました」と超優等生的発言をする。1か月しか経っていないのに来る方も来る方だが、行かせる方も凄いものである。倫理に深く浸透している人達なのだろう。また今回が7回目というベテランもいた。しかも一番遠い広島からの参加である。「何度来ても感動させられます。ここに来るといつも新鮮な学びをします」といい、最長老でありながらとても控えめな物腰である。風呂場で剃刀を使い見事なスキンヘッドに磨きを掛けていたのには驚かされた。現在倫理法人会単会の会長をしている社長さんも参加していた。さすがに人当たりがよく会運営にも長けていそうな人柄に見えた。積極的に全員に話し掛けていい雰囲気を作り出してくれていた。苦労は買ってでもするというタイプである。もう一人、会計士の先生がいた。「よくこの人が税理士の勉強をしたものだなぁ」が第一印象である。およそ勉強しそうでない顔をしている。顔で勉強するのではないことを教えてくれた。終始和やかで皆を明るく笑わせてくれるムードメーカー的存在だった。もう一人はパン屋の専務さんである。長野県では有名なパン屋さんのようだが、次期社長ということで倫理を学び、いずれ来るその時に備えようというのであろう。寝る時にヘッドホンを掛けていたのだが、何を聴いているのかと思えば、「ももいろクローバーZ」だそうである。「ももクロ、最高っス」と一人悦に入っていた。まだ当分社長の座は回ってこないような気がした(笑)。
このメンバーで朝から晩まで行動を一緒にするのである。違う場所はトイレくらいなもので、ドラゴンクエストのゲームさながらリーダーを先頭にぞろぞろと付いて歩き、ぞろぞろと部屋に戻って来るのである。

写真は就寝時の様子である。10時就寝と決まっていたので風呂に入ったり会話をしているうちに、あっという間に時間が来てしまった。エアコンをつけて寝るかどうかで意見が分かれたようだったが、リーダーが上手く纏めていた。加湿器が一台あったが部屋の隅にあり、あまり効果は期待できない。電気を消してからのことは全く覚えていない。横になると5分で寝る性質なのである。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

寒に入る

「気を付け」の号令一下寒に入る



IMG_1573_convert_20170116050802.jpg



講義のあとは、それぞれの班に分かれてのミーティングである。まずはリーダーの選出。知らない同士ではあるがこれは一瞬で決まった。一番若い人が選ばれた。石川県金沢市の近江町市場で魚屋を経営している会社の専務さんである。周りの6人が一斉に推したので、いやと言えなかったのかも知れないが、あとで考えると本当に最適な人選だったのである。他の人がいい加減だった(笑)と言っているのではないが、一番几帳面で責任感が強く、緩みがちになりそうなチームを冷静に纏め上げたのである。適材適所とはこのことであろうか、見事な仕事ぶりであった。
他のメンバーに比べリーダーにはいろいろな仕事が回ってくる。10チームのリーダーが別の場所に集まり、倫理研究所の指導員から様々な指令を受けてくるようで「いついつまでにこれこれのことをしなければなりませんので、皆さん協力お願いします」と頻繁に言ってくる。結構細かい指示も来る。普段なら適当に済ませてしまいそうなことも、彼は完璧にこなそうとする。しかも率先して自らが行なおうとするので、それを受けてメンバーも動かざるを得ない。
「これから30分間、全員で話し合いを行います」
「靴は揃えるようにお願いします」(写真)
「風呂は〇時までですので時間厳守でお願いします」
「朝起きましたら、布団はマニュアル通りに畳んでください」
もし私がリーダーなら「とは言っていましたが、これくらいのところまでやれば大丈夫でしょう」などと手を抜いた所かも知れないが、彼にはそれは出来ないようで、あくまでも完璧を目指して率先垂範、自分から動いていたのである。

翌日の講義だったか、「幸せの黄金律」というのを学んだ。
① 「してもらうことを待つより、してあげること」
② 「愛されることを待つより、愛すること」
「どうしてあの人は言ったことをやってくれないのだろう」と不満を持つより、まずは自分がやってみることなのだ。今回、リーダーは進んで自分から動いた。その姿を見て全員が協力した。協力しなかった人は一人もいなかったのである。きっと彼は何か大きなものを掴んだに違いない。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

押しくら饅頭

人の世は押しくら饅頭にも似たり



IMG_1754_convert_20170128131613.jpg



皆さん、お早うございます。1月7日(土)参加してきました富士研の報告をさせていただきます。出掛けた日は当会モーニングセミナーの日でした。朝、A子さんから少しお小言をいただきました。初めて参加してくれた人や他会からの参加者の「おもてなし」が出来ていないというものでした。A子さんが気付いてくれてコートを掛ける場所や前の方の席までご案内してくれたそうですが、いつも出来ていることがその時はついウッカリしてしまったようです。専任幹事である私に一言指摘がありました。そのあと、モーニングセミナーが終わり、富士研へ出発しようとした時です。今度はB男さんが重要な相談があるとのことで私を呼び止めます。何事かと思うと、先程のA子さんが言ったことをそのまま繰り返します。「ああ、それは先程A子さんから聞きましたので大丈夫です。来週にでも皆さんにお話しします」と答えました。A子さんは私にだけでなく誰にでも言っているのだろうかと思いました。そのA子さんがまた私に近づいてきて、同じ話をしようとします。「また同じ話?一度聞いたら分かるので大丈夫ですよ」少し語調がきつくなっていたかも知れません。さすがに同じ話を3回も聞かされると、折角のいいアドバイスも違う意味に聞こえてきます。私の中に「責め心」のようなものが起きてしまったようにも思います。「来週みんなに話をしてお出迎えの在り方を見直してもらおう」と思いましたが、心の奥にちょっとした棘が刺さったような感じが残りました。
富士研に到着し2時からオリエンテーションが始まりました。冒頭、講師の先生が話してくれたのが「要物必与」です。「必要な物が必要な時に必要な形で与えられる」です。そしてその次の話が「変わる人」「変われない人」です。素直な心で相手を受け入れる。受け入れる心さえあれば、何でも解決できる。それが出来る人が「変われる人」であり「成長する人」であるという話です。話を聞いた時、朝の出来事が思い出されました。あの時に浮かんだ「責め心」を思いました。そして、心の奥の棘がストンと取れた気がしました。「同じ話を3回もしなくても分かるよ」と思うべきではなかったのです。「ありがとう。気付かなかった。いいアドバイスをありがとう。すぐに改めるよう、みんなに声を掛けます」と言えば良かったのです。
富士研ではたくさんの学びと感動、そしてチームワークの素晴らしさを学びました。おそらく教えられたものの10分の1も身に付いていないとは思いますが、この経験を日常に役立てていければと考えております。まだ参加されていない方には是非お勧めいたします。貴重な体験をさせていただき有難うございました。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

冴ゆる夜

冴ゆる夜の講堂に入る黙礼す



IMG_1589_convert_20170116050920.jpg



場所は東名高速の御殿場インターから車で15分ほどの富士山の麓である。集合時間2時の1時間前に到着して一番乗りである。一緒に行った会長はさすがに顔が広い。研修所の担当者と話をして受付をさせてもらい、割り当てられた部屋で待つように手配してくれた。会長と私の部屋は別々である。部屋に行くと7人部屋のようで知らない会社の人達の名前が張り出されていた。ドアを開けて入ると一間である。20畳くらいはあるだろうか。テーブルが1台あるだけで、あとは何もない。白一色、殺風景を通り越して妙な空間に見える。中で待つこと30分、一人二人と現われた。凄い荷物を持ってくる人もいる。広島県からだという。若い人もいる。石川県からだという。長野県からの2名と滋賀県からの2名が到着して計7名が揃った。自己紹介をしている間もなくホールに集合である。いよいよ研修スタートである。
最初に研修期間中のルールの説明があった。講堂は学びの場所なので、入室の時には「失礼します」といい、退室の時は「有難うございました」と言うこと。またそれぞれの部屋や食堂の出入りの際には手前で静止して黙礼をすること。靴を脱いだら手を添えて揃えること。トイレで手を洗った時は弾いた水滴を備え付けの雑巾で拭くこと。布団はシーツも枕カバーも端を揃えて畳むこと。食事の際はリーダーの唱える挨拶の言葉を復唱し、後始末に徹すること。時間には遅れないようにすることなどは当たり前である。

最初の講義で「要物必与」という言葉の説明があった。辞書に載っている言葉ではなく倫理法人会だけで使っている言葉のようである。意味は「必要な物は必要な時に必要な形で与えられる」である。ある人が倫理法人会の「万人幸福の栞」を読み、たまたま読んだその箇所が自分の悩みにヒントを与え解決方法を見つけることが出来たというような体験をよく聞くが、おそらくそういったことなのだろうと思って聞いていた。その次に、同じように倫理法人会で学んでいながら「変わる人」と「変わらない人」に分かれてしまうのはなぜだろうかという問い掛けである。確かに倫理法人会に入って急激に変化していく人がいる一方で、何も変わらない人もいる。「変わる人」とは澄んだ心で聴く耳を持ち、あるがままを見て、何事も自分のこととして受け止めることの出来る人。「変わらない人」とは自分は常に正しく、間違っているのは相手と決め付け、相手を改めさせることばかり考えて反省をしない人。どんな時でも相手を受け入れる素直な気持ちが大切であるという話である。
その話を聞いて私の中に響くものがあった。その日の朝に起きた出来事で少し気になっていたことがあったのだが、話を聞いてストンと落ちたのである。私にとってその話はまさに「要物必与」だった気がする。後日、その話を倫理法人会のモーニングセミナーの場で5分間にまとめて話してみたので次にその内容を記しておこう。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

寒晴れ

寒晴れの富士へと俄か行者かな



IMG_1863_convert_20170207205743.jpg



泊まり掛けの研修は何年振りだろう。30才の頃、BEC(ベーシック、エンカウンター)という箱根の山奥で行ったものに参加したことがあったが、それ以来である。あの時は「自分自身との出会い」がテーマだったように記憶している。少人数のグループが編成され、集団の中でどうあるべきかを考えながら自分自身と向き合っていくというもので、随分ときつかったことを覚えている。今回もそれに似たようなものかも知れないと思いながら参加した。今回の主催は倫理法人会である。
出掛ける前にいろいろな人から話を聞いていた。雪道を裸足で歩く、砂利の上に正座して座禅をする、声を限りに挨拶の練習を行なう、水に打たれる滝行もある。人の道を学ぶだけではなく、何やら人を極限状態に追い込んで修行のようなことをさせるらしい。しかも寝る時間、起きる時間が決められ、テレビも新聞もないという。お酒はもちろん駄目で2泊3日、相当に品行方正な生活を強いられるようである。「大丈夫かなぁ、付いて行けるかぁ」少々不安が残る。
事前に「受講申込用紙」が送られてきた。記入する内容は本人確認欄のほか家族構成、体調、受講目標、セミナーで学びたいことなどである。資料の中には「このセミナーで学んでいただきたいこと」という文章も入っていた。「実践力」「生命感覚」「純粋倫理の探究」「真のチームワーク」の4つを学んで欲しいという。滝行についての資料も入っていたが、これは過去にセミナーに参加したことのある経験者に限定していて、私の場合は初参加なので対象外のようである。残念でもあるが、気が楽といえば楽である。当会で参加するのは会長と私だけである。会長に話したところ、滝行は絶対にやるべきだという。
会長「絶対にやってください。滝行は最高です」
私「初回の人は駄目だと資料に書いていましたよ」
会長「大丈夫、大丈夫。去年も参加しましたけど、初参加でもやらしてくれました。頼めばやらしてくれますよ。ただし、血圧の高い人は計測があるので引っかかるかも……」
私「血圧は大丈夫です。しかし、フンドシが無い」
会長「フンドシだけは買っておいてください。無ければ出来ませんから」
ということで、体験出来るかどうかは疑問だったが万が一の場合を考えてフンドシを用意することにした。アマゾンで648円というものが売っていた。「いやに安いなぁ」と思いながらも買うことにした。届いた品物を見てみると、やはり薄い。水に濡れると透け透けになりそうである。「まぁ、いいか。風呂に入ると思えばいいや」
それにしても問題はこの頃の私のアマゾンでの購入履歴である。暮れの忘年会で使用するためサンタクロースの衣装を買ったのだが、普通の服の下に着込んでおいて突然全員の前で服を脱ぐという趣向だったので、薄手のものを頼んだ。「サンタクロース衣装、女性用フリーサイズ」というものだった。しかし、小さすぎて着られるものではない。仕方なく背中を割って紐で縛って使ったのだった。その一週間後の「フンドシ」である。アマゾンに履歴を担当する人がいるかどうかは知らないが、もしいたとしたら女性用コスチュームのあとのフンドシである。どう思われるか分かったものではない(笑)。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

木枯し

木枯しや彼女にはある咽喉仏



IMG_1639_convert_20170124201538.jpg



ソファに腰掛けると、すぐに女性がやって来た。いや女性ではない。ゲイのお姉さんである。ママとは馴染みのようで「この間はどうも」などとやっている。店はそれほど広い訳ではない。奥にカウンターがあって、そこにオーナーだという初老の男性がいるばかりである。
「あらっ、社長さんなの?それはそれはご苦労様でございます(笑)。こちらは工場長様?お酒を飲まない?ウーロン茶?人は見掛けに寄らないという言葉はこの方のためにあるんじゃないかしら(笑)」
お酒を作りながらも話は最初からノリノリである。確かに話術は見事である。初対面でありながら居心地の悪さを感じさせない。楽しい。派手な付け睫毛も口紅もだんだん自然に見えてくる。いい感じである。名前はレミちゃん。年の頃40代半ばと見た。途中からもう一人、背の高いのが横に座ってきた。少し若い。名前はミチコさん。しかし、これがさっぱり気が利かない。ただ、座っているだけである。レミちゃんのそつのなさとは好対照である。横に座ったかと思えば私の膝に手を置いてくる。その手の大きいこと。私の手より相当に大きい。そして何もしゃべらず笑っているばかり。ついつい、からかってみたくなる。
「会社に一人いるんだよなぁ、似ているのが……。仕事は抜群で、いい腕をしているんだけど、人と話すのが苦手で一日中誰ともしゃべらないでいるんだよなぁ。〇〇というんだけど、もしかして貴方の本名、〇〇って言うんじゃないだろうね?(笑)」
2時間位いただろうか。私の初ゲイバー体験である。
「また、来るよ」
「絶対よ。本当にまた来てね。忘れないでね」
暮れの寒風が吹きつける中で肩を出したレミちゃんが表通りまで出て見送ってくれた。
(注)写真は当社の工場長とレミちゃんである。お二人には写真掲載の許可を貰っている(笑)。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

煤逃げ

煤逃げや覗いて開くバーのドア



IMG_1730_convert_20170124201611.jpg



この店は30年来の付き合いである。ドアを開けるとママが一人でカウンターに腰掛けていた。
「あらっ、久しぶりですねぇ、ようこそ」
年の暮れだというのに他にお客もいないようで、三人で昔話などして盛り上がった。いつもなら歌でも歌って、ママの「ノラ」などを聴いたりするのだが、その日は話だけである。2時間も経っただろうか、途中でこんな話になった。
ママ「いいのよ、そんなにガツガツ働かなくたって。なにが楽しいという訳でもないし。たまにゲイバーに行って遊べるくらいのお金が稼げればいいと思っているんだから」
私「ゲイバー?そんなに面白いの?」
ママ「そりゃ面白いわよ。楽しませてくれるのが商売だもの。今度、連れてってあげるわよ」
私「近いの?」
ママ「すぐそこよ」
私「よし、行こう。これから行こうよ。連れてってよ」
ママ「本当!連れてってくれるの?店、締めちゃうわよ」
私「どうせ誰も来ないんだから、行こうよ」
ママ「ワー、嬉しい。じゃあ、待ってて。すぐ用意するから」
ということで、まだ9時前だというのに店を閉めることになり、その後三人でママの知っているゲイバーまで歩いて行ったものである。

歩きながら「あれっ?」と思った。向かっている方向が最近よく使っている餃子屋の方向だからである。そして本当にその餃子屋のビルの横を通ったのである。
ママ「すぐ、そこよ」
私「……」
ママ「どうしたの?」
私「いや、何でもない……」
実はその餃子屋は私が加入している倫理法人会の本部が入っているビルなのである。月に2、3回は来る場所である。そのすぐ目と鼻の先にこれから行こうという店があるというのである。
「場所が悪いなぁ……」
独り言ながら、癖になりはしないかと行く前から心配している(笑)。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

おでん酒

上機嫌すなはち梯子おでん酒



IMG_1677_convert_20170124205636.jpg



お酒は決して強い方ではない。かといって嫌いという訳でもない。一人で飲むというよりも誰かと楽しく話しながら飲むのが好きなのである。
暮れに歴代の社長の墓参りをした後、中華街で忘年会を兼ねて一杯やることにした。三人でコースを頼み、どうせならと飲み放題のコースも付けた。そのうちの一人は下戸なので飲み放題は二人分である。その飲み放題というのが曲者でビールで乾杯した後すぐに紹興酒に変わり、4時間も喋って終わってみれば二人で紹興酒を3本も空けていた。よく飲んだものである。口当たりがいいのでついつい飲んでしまうのである。午後2時過ぎに始めて6時半になっていた。
「じゃ、また」と別れた後、工場長の車に乗り込んだ。下戸とは当社の工場長のことである。これほど飲みそうな顔をした男もいないのだが、一滴もやらないというのだから分からないものである。かといってお酒の場が嫌いという訳でもなく、呑兵衛相手に楽しそうに何時間も付き合ってくれる。彼の家と私の家が近いということもあり、こういう時は好都合なのである。
車に乗り込んですぐに、私が「もう一軒、行きたい」と言い始めたそうである。6時半という時間があまりにも早く思えたのかも知れない。「もう結構飲んでいますから帰った方がいいですよ」と言ってくれれば「そうか」ということになったのだろうが「分かりました、どちらまで」と答えたようである。野毛の小さなバーに向かうことになった。
「軽く一杯だけ行こう」と上機嫌である(笑)。
                                 (平成29年作)

(お知らせ)先日、にほんブログ村の村長様よりこのブログの「拍手」欄について連絡がありました。それは「拍手」ボタンをクリックすると「拍手」がカウントされると同時に「ランキング」についても加点されるようになっているという指摘でした。ランキングについてはそれだけで加点させるようにして下さいという指摘のようです。
「あら、そうなの?それがなにか問題なの?」「それはFC2の機能の問題じゃないかしら?」「どうして今頃になって言ってきたんだろう?」「俺だけ?それとも全員?」というのが我々夫婦の会話です。
(こういうことに関しては妻に聞くしかないのです。私には理解しがたい問題にしか聞こえてきません)
3年9ヶ月にも亘って行ってきたことを今更なぜとは思いましたが、村長の意見には従わざるを得ません。
今まで23,700回以上の拍手を送っていただいた皆様には本当に感謝をしつつ、今回のこのブログから「拍手」欄を削除することに致しました。長きに亘る応援、誠にありがとうございました。これからは「俳句」ボタンだけとなります。引き続き応援をよろしくお願い致します。まずはお知らせまで。

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

悲しみをかたちに冬の礼拝堂



IMG_1524_convert_20170103183951.jpg



ホテルに戻る途中、娘が結婚式を挙げた「ルネッサンス・リベーラ教会」の横を通った。今から12年前の平成16年10月9日(土)、私が社長に就任した翌月にそこで式を挙げたのである。白いタキシードとウェディングドレスの二人が牧師さんの前で永遠の愛を誓う。どうして沖縄にしたのかは聞いていない。賑やかな二人なのでたくさんの友達を集めて横浜のホテルでやるのかと思っていたのだが、家族だけで行いたいと言われ少し意外に感じたのを覚えている。出席は二人のほか、先方のご両親と妹さん、私の方は妻と次女と北海道の母である。総勢9名、もちろんその場になっちゃんはいない。台風が来て出発が危ぶまれるほどだったが、到着してみれば沖縄は快晴。二人を祝福してくれるかのように晴れ渡っていた。レンタカーでホテルに到着するや、私だけは花嫁の父としてタキシードを着なければならないので大急ぎで着替え室へ向かった。式はすぐに始まった。私は娘と二人で入場し、中で待っている花婿に花嫁を引き渡すという役目。「うーん、これが娘を嫁にやる男親一世一代の晴れ舞台かぁ」と思ったかどうだったか。ちょっと真剣な面持ちで臨んだことは確かである。あとで「おーちゃん(私のこと)があんなに真面目な顔をして入ってくるのを見て、何だかグッと来てしまったよ」と言っていたのは妻だったか母だったか。無事に大役を果たした後は、讃美歌、誓いの言葉、接吻、指輪交換と順調に進み、二人の退場で式は終了。外に出て記念写真を撮ったりして二人は最後に真っ白なオープンカーでホテルまで乗っていったようだが、私は一人控室に戻り、着替えをして大急ぎでホテルに駆けつけたのだったが、いろいろと人知れず苦労をしていたことなど他の人は誰も知らない(笑)。
夕食の賑やかだったこと。花婿のお父さんは横浜市のお役人だったが、とても気さくな人でお酒好きだった。食事の後はカラオケに行こうと言い出し、タクシーを連ねて出掛けたものである。とても楽しい思い出になっている。あれから何回一緒に飲んだことだろう。5年前の平成23年8月に59才という若さで亡くなってしまったのだが、なんとも残念でしかたがない。年を取るということは別れを積み重ねていくことなのかも知れない。
「みんな元気に過ごしていますよ」と語りかけながら海沿いの道をホテルに向かって行ったのである。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

冬の草

祈るよりほかなき聖地冬の草



IMG_1710_convert_20170124201430.jpg



旅行を終えて家に帰ってからのことである。すぐにアマゾンでチビチリガマに関する本を取り寄せてみた。読み進むうちにチビチリガマでの出来事だけではなく、その後に起こる「平和の像破壊事件」や「日の丸焼き捨て事件」などに行き当ってしまった。戦後の沖縄が抱えた幾多の問題をそこに見るような気がした。
まずチビチリガマでの「集団自決」と呼ばれる出来事である。あまりにも悲惨な出来事で、ここに記せるような内容ではない。集団自決などというととても潔い言葉にも聞こえてくるが、実際には死ぬべきか生きるべきかの壮絶なやり取りがあり、一部の熱狂的愛国者による呼び掛けが引き金となり「いやだ」という一言が言えずに死んでいった多くの人がいたのである。また死者の半数以上が子供であり、親の道連れとされたことが分かる。事件の後、そのことについて誰一人語ろうとせずに38年という月日が過ぎ去って行くのである。長い年月を経てようやく調査が始まり事件が明るみに出てくる。生き残った人達の証言は凄まじく、事件から42年経った昭和62年4月2日にようやく「平和の碑」が建立され、除幕式が行われたのである。しかし、その年の11月8日に像は原形を留めないまでに破壊される。現場には「国旗燃ヤス村ニ平和ワ早スギル天誅ヲ下ス」との犯行文が残され、日の丸が立てられていたという。これはその直前の10月6日に地元で開催された沖縄国体のソフトボール会場で球場に掲揚されていた日章旗を知花昌一さん(当時39才)という人が焼き捨てたことに対する右翼による報復行為だったのである。なぜ知花さんは日の丸を焼くなどという行為に出たのだろうか。沖縄が本土復帰したのは昭和47年5月15日である。それまでの日章旗は米軍による占領支配からの解放の象徴だったが、復帰後も変わらず米軍基地は存在し、その不満が日本政府に対する反発となり、そのような行為へと繋がっていったようである。

このような文章では到底書ききれるような内容ではない。腰を庇いながらも出掛けた読谷村で導かれるようにして出会った沖縄の歴史である。本を読みながら本当に重い気持ちになっていった。まだまだ知らなければならないことがあるのだろうが、ひとまずこの2つのガマのことを胸に刻んだ。これから沖縄のニュースを見るたびに思い出すことになるのだろう重い出来事である。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

行く年

行く年をガジユマルの根に触れてをり



IMG_1491_convert_20170103183750.jpg



次はチビチリガマである。車に戻りカーナビをセットした。1000人が隠れたシムクガマからすると、140人のチビチリガマは相当に小さいに違いない。シムクガマよりもっと山奥かも知れないと思った。それにしても「チビチリ」とは面白い名前である。スマホで調べてみた。チビとは「尻」、チリとは「切る」の意味でチビチリガマに流れ込んだ川がどこへ流れ出るか分からない、「尻切れ」であるところからの命名らしい。記事には「集団自決」の文字が躍っている。心して行かなければならない。
車は大きな道路を走って行った。大通りである。商店街があり、大きなスーパーもある。目的地に近づいたが、シムクガマの山奥とは違うようである。海も見え、サトウキビ畑も見える。道路脇に大きな駐車場があり、大型バス専用のエリアもあった。車は1台も停まっていなかったが、こちらのガマは観光バスも立ち寄る場所になっているようである。公衆便所もあった。車を降りると心地よい風が吹いていた。看板がないので、ガマがどこにあるのか分からない。便所の側にガマに下りる階段があったのだが見過ごしてしまい、その先の畑まで行って戻ってきたものである。観光バスが訪れるというのに看板の一つもないということが不思議に思えた。にぎにぎしく人を招く場所ではないというメッセージなのだろうか。

階段を降りると、すぐに奇妙な形の碑が目に飛び込んできた(写真)。何だろう?怪獣が大きく口を開けたような形にも見える。近づいてみた。琵琶のようなものを持った像が一体据えられている。おそらく慰霊碑だろうが説明書きがない。作り物のたくさんのドクロが棚に載せられているので洞窟の中を表しているのかも知れないと思った。隣に洞窟の入り口があり、右手に千羽鶴が飾られ、その手前に看板が立てられている。チビチリガマ遺族会の名前で中へ入ることを禁じている。その左手に大きな石碑が立っていたので、まずはそれを読んでみることにした。「チビチリガマから世界へ平和の祈りを」という文章である。
「1945年4月1日、米軍はこの読谷村の西海岸から沖縄本島へ上陸した。それは、住民を巻き込んだ悲惨な沖縄戦・地上戦であった。その日のうちに、米兵はチビチリガマ一帯に迫っていた。翌2日、チビチリガマへ避難していた住民約140名中、83名が「集団自決」をした。尊い命を喪った。
あれから38年後、やっと真相が明らかになった。その結果、83名のうち約6割が18歳以下の子供たちであった。その他、2名が米兵の手によって犠牲になった。(以下略)」
読み終えて、ひとまず慰霊碑の前に行き黙祷した。集団自決もそうであるが、その後の発掘調査や碑の建立に係わる苦労も相当なものだったようである。このあたりのことは、きちんと調べておいたほうが良いと思った。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア