2016年12月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2016年12月の記事

年の暮

よく食べて寝て泣きもして年の暮



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今年最後のブログということになってしまったが、ここは「妖怪しりぬぐい」で締めることとする。落選作品ではあるが、お読みいただけると有難い。
近年、いじめなどによる悲惨なニュースをたびたび聞かされる。人生経験の少ない年頃での辛い体験はすぐに死ぬことへと飛躍しがちである。「人生、生きていればこそ」なのだが、苦しみから抜け出す方法を知らない若者には分かろうはずもない。来る年はすべての人達に幸多きことを祈って締めとさせていただきたい。

「妖怪しりぬぐい」
とても気が小さくて、みんなと一緒に遊べない一人ぼっちのオバケがいました。
教室の隅にいてもみんなから馬鹿にされるので、ひとりで廊下に出てポツンとしています。
みんなが廊下に出てくるとまた馬鹿にされるので、そっとトイレに隠れることにしました。しかし、それでも誰かがトイレに入ってくると同じように馬鹿にされてしまいます。とうとう便器の中に隠れることにしました。すると、どうでしょう。誰が入ってきても便器の中のオバケに気が付くものはいません。ようやくいい場所が見つかり、とてもホッとしました。
何度もいろんなオバケが来てお尻を出していきます。しかし、誰も気が付くものはいません。そのうち、たくさんのお尻を見ていると、なんだかイタズラをしてみたくなりました。ちょっとお尻に触ってみます。すると触られたオバケはとても驚いて飛び上がります。お尻を出したまま飛び出していきます。次に来たオバケもお尻を触られて「キャー」といいながら逃げていきます。
気の弱かったオバケは今ではとても元気になって「妖怪しりぬぐい」として、みんなに怖がられています。(おわり)
                                 (平成28年作)

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年用意

落選通知ポイと丸めて年用意



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「えほん大賞」選考結果のお知らせ
拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
この度は第11回「えほん大賞」に作品をご応募いただき、誠にありがとうございました。
お預かりした作品につきましては、慎重かつ丁寧に拝読しましたが、厳正なる審査の結果、残念ながら選外となりましたことをご報告申し上げます。(以下略)

先に応募していた「えほん大賞」の落選通知が届いた。予期していた事とはいえ「通知すなわち落選」と分かっていたので、届いた封書そのものを開封するのもイヤな気持ちがしたものである。当選するはずはないと知りつつも「もしかして……」の思いがあったようである。少々誇大妄想癖の嫌いがあるようで、何事もいい方へいい方へと考えてしまう癖にはホトホト弱っている(笑)。
先日、幼稚園の園長先生と一杯飲んだ時のことである。「妖怪しりぬぐい」の話をしてみた。「どんな内容ですか?」というので語ってみた。お尻を触るシーンなどでは「キャー」とか「ヒ、ヒヤー」などと擬音交じりでやったので先生も大喜びである。先生曰く「面白いですねぇ。最高ですよ。絶対、合格ですよ。子供はお尻やウンチが好きですから、大喜びですよ」と絶賛である。
「いやいや、先生、選ぶのは子供でなく大人の審査員ですから」と言ってはみたものの「こんなに受けるのであれば、もしかして……」と思ってしまう辺り、すでに妄想癖に取りつかれている。
                                 (平成28年作)

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冬ざれ

冬ざれや閉ぢることなき駝鳥の眼



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美術館を出て上野精養軒に向かった。その途中に上野動物園の入口があり何列にも亘って長蛇の列が出来ていた。明治15年に開園した日本初の動物園である。開園以来の人気は続く。上野といえば動物園であり、西郷さんの銅像と共に上野にはなくてはならない存在である。その列の後ろを通り過ぎると遊園地があり、小さな看板が立てられていた。
「閉園のお知らせ、70年間ありがとうございました」と書かれている。動物園の向かいにある「上野こども遊園地」閉園の挨拶である。内容は次の通りであった。
「この度、地主である東京都から『動物園の魅力を高めることを目的とした正門前広場の整備工事』の支障となると許可を取り消されましたので、やむを得ず8月31日(水)をもちまして廃業いたしました。70年間という永きにわたり営業を続けることができましたのも、ひとえに皆様方のご愛顧の賜物とスタッフ一同、心より感謝申し上げます」
なんとも切ない文章である。動物園の魅力を高めるための工事に「支障となる」と言われてしまったのである。「許可を取り消され」に悔しさが滲み出ている。70年間、上野動物園と共に子供達を楽しませてきたはずなのに、最後の最後に「支障となる」と言われてしまったのである。何があってこのような文章を書くことになってしまったのだろう。否が応にも、さまざまなやり取りのあったことが想像されてしまう。決してどちらがどうと非難するつもりはないが、ふと高村光太郎の「ぼろぼろな駝鳥」という詩があったことを思い出したので載せておくことにした。

「ぼろぼろな駝鳥」
何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。
動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股過ぎるぢやないか。
頸があんまり長過ぎるぢやないか。
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。
腹がへるから堅パンも食ふだらうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。
(略)
これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。
人間よ、
もう止せ、こんな事は。

本来は次に上野精養軒、鈴本演芸場の話を書く所であるが、年も詰まってしまったので、後日機会があればということになってしまった。年が明けてすぐ、あの「薔薇の絵」を購入した話を書かなければならない。書けなかったことの多さよ。年の瀬は何かと慌ただしい。
                                 (平成28年作)

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美術展

絵の前に人静かなり美術展



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上野駅公園口を出ると、よくもまぁ、こんなに朝早くからと思うほどの人でごった返していた。みんなどこへ行くのだろう。世界遺産に登録されたばかりの国立西洋美術館もあれば、ゴッホとゴーギャンの展覧会もある。家族連れもアベックも何の集まりか分からないような一団もいる。もちろん上野動物園へ向かうのだろう子供連れもたくさんいる。みんながみんな、文化的に日曜日を過ごしているように見えてくる。
一年振りの東京都美術館である。昨年は水墨画展を観たあと、永井荷風の日和下駄よろしく清洲橋を渡り深川のあたりを散策し下町風情を楽しんだのだったが、今回はまずは油絵を観るところから始まる。上野は私を文化人に変える場所のようである。

入場無料なので軽い挨拶程度で受付を通った。出品リストが書かれたパンフレットをもらって回り始めた。凄い数の作品である。迷路のように会場内が仕切られていて、リストが無ければ作品に辿り着けないと思うほどである。ぐるぐる回って、ようやく目的の作品の前に立った。「おっ!」まずは目を瞠った。驚いた。凄い大作である。母から聞いて想像していた域を遥かに超えた迫力である。一目見てその凄さに圧倒された。大きさは100号にも見えたが実はあとから聞くと60号であった。壺に活けられた薔薇を描いている。しかも薔薇の緋色と背景の黒の2色だけで表現している。実家に飾られた端正な百合の花とは全く違った作風に見える。上手いなぁと思った。これは趣味という範疇を遥かに超えて、芸術のレベルに達していると思った。作者の気迫のようなものを感じた。
どれくらいの時間を観ていただろう、途中から「この作品は展覧会のあと、どうするのだろう?」と思い始めていた。「もし、行き先が決まっていないのなら売ってもらえないだろうか?」と考えた。「飾る場所は社長室にしよう」と考えは先走りする。しばらく眺めたあとは他の作品を観る気力を失っていた。一つの作品をじっくり眺めたのは久し振りである。ラウル・デュフィや中川一政の作品を前にした時のような気分である。他を観る気はなくなっていた。展覧会場には賞を受けた作品や力作と思われるものがたくさん並んでいたが、それらの作品よりも薔薇の絵のほうが遥かに優れているように見えた。
会場を出ると、違うブースで「ゴッホとゴーギャン展」が開かれていて長い列が出来ていた。そのポスターを見た。ゴッホが描いた「ゴーギャンの椅子」という作品である。
「……」
心の中を薔薇の絵が占めていたようで、その前を素通りして外に出た。
                                 (平成28年作)

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冬ぬくし

妻と絵の話などして冬ぬくし



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北海道の実家に油絵が何枚か飾られている。10号ほどの大きさのもので百合の花や風景画が描かれている。丁寧なタッチで描かれていて、部屋の雰囲気に似つかわしくない妙な存在感を放っている。「誰が描いたの?」と聞いたことがあった。母の話によると、むかし歌志内住友炭鉱で一緒に仕事をしていたことのある女性から送ってもらったという。「お前よりいくつか上だったと思う」と言っているのでおそらく今は60代半ばの人かと思う。昭和48年の炭坑閉山の前後に上京して以来、電話や物のやり取りを続けているという。「45年近く会っていないので、お互い炭鉱の事務所で制服を着て働いていた姿しか覚えていないと思う」と母は言っている。凄い関係だなぁと思う。その彼女の趣味が油絵だという。
先日、母から連絡があり、上野の東京都美術館で開催される「都展」に彼女の作品が展示されるので観に行ってほしいという。「都展」とは「東京都民美術展」の略である。今回が第52回ということなので歴史のある公募展である。「分かった。行ってみるよ」と答えて日曜日に出掛けてみることにした。

妻に話をすると初めは難色を示した。「油絵ねぇ……」という反応である。ここは一呼吸を置こうと作戦を練り直した。何事も急いては事を仕損じる。一日、間を空けて翌日会社からメールを送った。
「日曜日、美術館のあと上野精養軒、鈴本演芸場というのはどう?」
すぐさま返信があった。
「いいねぇ」
妻の好みは心得ている(笑)。
「精養軒は要予約だよ。メニューなど見ておいてよ」
しばらく経っても連絡がない。無言の圧力を感じる。
「予約しておいたよ。料理はその時でもいいというので選ばなかったよ。11時に席を確保」
「ありがとう。うれしい。よろしくお願いします」
たくさん絵文字や幸せマークが添付されていたので作戦大成功のようである。ついつい物で釣るという比較的安易な方法に陥りがちではあるが、妻と行動を共にしようとする時のコツを最近ようやく習得したようである。
日曜日は素晴らしい好天に恵まれた。絶好のお出掛け日和である。
                                 (平成28年作)

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行く秋

行く秋や山下りてはや山を恋ふ



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車を停めた場所に戻ったのが2時である。山小屋を出発したのが10時半なので、実に3時間半歩いていたことになる。小丸尾根を下りれば1時間と思っていたので、どこでこんなに時間が掛かったのか時計を見て驚いたものである。すぐさま温泉に向かった。秦野の「湯花楽」、ここだけは事前に調べておいた。もちろんジェットバスも完備されている。約1時間の温泉タイムで疲れを癒し、東名の渋滞に掴まりながらも無事に帰宅したのが5時半、朝の5時半出発から丸12時間の旅だったことになる。

ここで、今回の鍋割山登山での教訓をまとめておこう。
① 「地図は最新版を用意しよう」
実は今回使用した「クルマで行く山歩き(関東周辺)」は10年前に大菩薩峠に行った時に買ったもので、2007年版のものである。小丸コースが閉鎖されていることも駐車場が「二俣」まで行けないことも書かれていない。情報は最新版で確認しておかなければならない。
② 「電子辞書は持参しよう」
スマホの通じない場所があることが分かった。調べたい物が調べられない苦痛は予想外に大きい。それは時として山登りの苦痛より大きく感じたりするものだ。少々荷物にはなるが、これからは電子辞書を持参することにしよう。
③ 「山登りの小説は読んでおこう」
あまりにも山の怖さを知らな過ぎたようだ。経験する前に知識だけは得ておこう。立ち入り禁止区域に入り込むなどという初歩的なミスをそこでは教えてくれるに違いない。もちろん、シャーロックホームズは必読である。いざと言う時のために推理力を養っておかなければならないことは言うまでもない。
④ 「妻を大切にしよう」
一歩間違えれば山岳救助隊という騒ぎにもなりかねない事態に巻き込んでしまった罪は大きい。相当に不安だっただろうに、一言も責めることなく付き合ってくれたのには感謝の言葉もない。これからの山歩きはもちろんだが、日常生活においてもしっかりと良きパートナーとして歩んでいけるよう愛情一杯で接していきたい。もちろん、ストックの10本や20本、次回登る山の選定権など言を俟たない。
                                 (平成28年作)

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冬近し

冬近し尾根に日の射すひとところ



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さすがに近道である。いきなり急勾配の下りが始まった。辛うじて道はあるが落ち葉に埋もれていて人が歩いた形跡が見えない。落ち葉の下には瓦礫のような小石があり滑りやすい。何度も何度も曲りくねりながら下りて行くが、道なのか崖なのか分からない場所もある。
「足を滑らさないようにね」と私。
「大丈夫」
「ゆっくり行こう」
「そうね」
下り始めて5分もした辺りで不安が過ぎった。本当に人が通った場所だろうか。8月まで人が歩いていたというのは本当だろうか。気を抜くと一瞬で足を滑らせる。
「あっ!」
「大丈夫?」
「大丈夫……」
「腰を打たなかった?」
滑ったのは私である。危ない、危ない。気が抜けない。
曲りくねった道が終わると、木の根が蔓延る場所に出た。どっちだろう?右にも左にも行ける。はっきりした道が分からない。迷いそうだ。
「ちょっと待って。考えさせて……よし、真っ直ぐ行こう、右でも左でもない。尾根に沿って行くのが正解だ」
しばらく行くと道が二手に分かれているように見える場所に行き当った。
「ここは右だ。左は我々が登った道と違う道に下りてしまう。右に行けば、たとえ間違えても朝歩いた川の辺りには出るはずだ」
迷うシーンが5回位はあったような気がする。その都度考えて方向を決めていった。「大丈夫、絶対に間違いはない」と言いつつも、もし間違っていたらという不安は拭えない。妻もさぞかし不安だっただろうが信じていてくれたようである。遠くに立て看板が見えて「小丸まで1000m」の文字を見た時はホッとしたものである。上ってくる人のために書かれた看板だが、正しい道であることを証明している。
次の看板「小丸まで1500m」の辺りで森林伐採のブルドーザーが見えた。「これで迷わずに帰れる」と思った。しかし、ブルドーザーのお陰で本来あるべき登山道が寸断されて道がさっぱり分からなくなってしまっていた。人気のない森の中で立ち止まってしまった。
「どっち?」と妻。
「ちょっと待って、考えさせて……」
シャーロックホームズ張りの推理である。
「遠回りにはなるけど、ブルドーザーの登って来た道を伝っていこう。登山道は近道だろうけど、探していると迷いそうな気がする」
何度も曲りながら轍の道(写真)を下りてきた。そしてようやく遠くに登山者の姿を発見した。
「よかったぁ……」心底ホッとした。
「今回のことは決して武勇伝にしないでよね」という妻の声にもホッとした明るさが戻っていた。
                                 (平成28年作)

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野山の錦

まだ歩き足らぬ野山の錦かな



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うどんを食べていると隣の人の会話が耳に入ってきた。
「小丸尾根のコースは工事中で通れないんだって。今来た道を戻るしかないみたい」
工事中?なんの話だろう?今来た道を戻る?それでは面白くないなぁ。
食べ終わって情報を得に、その辺りをぶらついてみると看板が出ていた。森林伐採工事で8月4日から通行不可になっているというのだ。「ああそうか、だから来る途中の左回りコースの入り口が分からなかったのだな」と得心した。何人かが同じく看板を見に来た。それでも進もうとする人がいる。
「あのォ、通行止めじゃないですか?」
「いつも通っているから大丈夫ですよ」
男性3名が当然のように下りて行った。「そうか、大丈夫か」と思ってしまった。
戻って妻にその話をした。
「同じコースを戻っても仕様がないよ。通行止めとは言っているけど、みんな行くみたいだからそっちの方がいいんじゃない?」
「いいよ、どっちでも」
ということで、予定通り「小丸」の先の「二俣分岐」を目指し、分岐から一気に「二俣」へと降りるコースを選んだのである。写真の地図では「訓練所尾根」と記されている。出発は10時半だった。道は最初の下りを終え、徐々に上りへと変わって行った。あまり人はいない。軽い尾根伝いを想像していたが、すでに3時間歩いてきた我々にはハード過ぎる上りとなっていた。
「どこまで行くの?」
「もうすぐだよ」
「戻るのだったら、今だよ」
「いや、どうせだから小丸までは行ってみようよ」
そして、とうとう小丸の先の二俣分岐に到着した。ロープが張られていた。通行止め。事故が起きても責任は持てない旨が書かれている。
「……」
「……」
「行こう。1時間15分で下りられる。尾根伝いだから早いよ。今来た道を戻ったら上りありの2時間だよ」
「そうね」
「慌てずに行けば大丈夫だよ、ゆっくり下りて行こう」
                                 (平成28年作)

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ストーブ

山小屋のストーブに湯の滾りをり



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山小屋に到着したのは10時ちょうどである。駐車場から3時間、水の運搬を呼び掛ける看板があった場所から2時間半掛かったことになる。筑波山の90分コースを130分掛かって登っているので、あの時よりも長時間コースだったようである。富士山がきれいに見えていた。雲一つない姿が美しい。
名物だという鍋焼きうどんを頼みに山小屋に入っていくと、道の途中で写真を撮らせてもらった青年がいた。
「おっ、先程はありがとう。ようやく辿り着いたよ」
「お疲れ様でした」
「鍋焼きうどんはどうやって頼むの?」
「カウンターに紙がありますので、名前を書いてください」
カウンターの前は人でごった返している。名前を書く人、お金を払う人、うどんを貰う人、お盆を返す人達である。名前を書いたあと、中で待たせてもらった。青年が働いている。
「しんちゃん、お湯を沸かして」
「はい」
山小屋では「しんちゃん」と呼ばれているらしい。私の目の前でストーブの上の薬缶を下ろしたり、新たな薬缶に水を入れたりしている。
「しんちゃん、あの荷物は何キロくらいあったの?」
「1ケース20キロですから、40キロありました」
「40キロとは凄いね、この仕事をやってもう長いの?」
「いや、僕はまだ1年です」
「冬も登ってくるの?」
「はい、でもお客さんが減りますので呼ばれた時だけになります」
「どれくらいの時間で登って来たの?」
「水を置いていた場所から1時間10分です」
「へぇ!それじゃ、俺の半分以下だ。ゆっくり登っていたように見えたけどなぁ」
小屋の中にはうどんを待つ人がたくさんいたが、それほど待つこともなく名前を呼ばれた。
「美味しそう!」
鍋割山の名物「鍋焼きうどん」、どこにでも商売に長けた人はいるものである。
                                 (平成28年作)

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蝮草の実

蝮草山の日陰に実となりぬ



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坂道は少しの休みもなく上へ向かっていた。もちろんゆっくりと登って行ったが、延々と続くのには閉口させられた。途中、妻との会話である。
「ストックは必要だよ」と妻。
「そぉ?」
「ストックがあるのとないのとでは随分足の負担が違うよ」
「まぁなぁ……」
「一度経験しているのだから、学習しても良さそうなものだけど」
「あれは長いから邪魔になる時があるんじゃないかと思って……」
「何言っているの。折り畳み式でしょ。今度来るときは絶対に2本持ってくる!」
相当にストックに惚れ込んだようで、道中4回くらいは語っていたものである。確かに急な階段が続くと手摺がないので足の力だけで上がることになる。すぐに足がパンパンになってくる。ストックがあれば両手両足に力を分散することが出来るのかも知れない。
「休もうよ」
「そうね」
ここだけは意見が合う(笑)。行けども行けども頂上は見えてこない。朝、コンビニでおにぎりを買ったが食べないで来ている。
「おにぎり、食べようかな」
「どうぞ」
時々、道端で見掛ける赤い実を付けた植物の名前はまだ知らない。「蝮草(まむしぐさ)の実」(写真)だと分かるのは山を下りてからのことである。その実の横に腰を下ろしておにぎりを食べていると、あとから来た中年男性に声を掛けられた。
「おっ、おにぎり、美味しそうだなぁ!」
「鍋焼きうどんまで待っていられません。山小屋まで遠過ぎます(笑)」
「俺も食べようかなぁ。鍋焼きよりおにぎりの方が美味そうに見えてきた(笑)」
山で出会うとみんな友達である。冗談を言うと必ず笑いが返ってくる。
                                 (平成28年作)

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鍋焼

鍋焼の具に腰入れて歩荷行く



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道はすぐに上りとなった。称名寺の裏山とは訳が違う。いきなり休みのない急坂である。筑波山の果てしない上りを思い出していた。
「ゆっくり行こう。急ぐと後半にバテる」と心で思っていた。確実に経験は活きている。妻はまずまずの足取りである。しかし、ウォーキング3ヵ月と1ヵ月の違いは必ず出るはず。途中で「歩けない」と言われるのが怖い。
「大丈夫?」「チョコレート食べる?」「水飲む?」「休憩する?」「足は大丈夫?」
こんなに妻に声を掛けたことがあっただろうか。「思いやりの心とは話し掛けることである」と感じながら、日頃のぶっきら棒な態度を反省したりもしていたのである。
坂の途中で妙に目立つ赤い実を見つけた。
「何だっけ?ちょっと休もう。この実の名前を調べたい」
登ってくる人達もいるので、道から少し離れた倒木に腰掛けて休むことにした。スマホで検索しようとしたが、接続不可となっていた。
「あれっ、通じないよ。筑波山では通じたのに……」
電波が届かない場所のようである。植物図鑑は持ってきていない。歳時記の秋の植物を一通り眺めてみたが、それらしき物は見つからない。妻は「ヘビ科か何かの実だよ」と言っている。ヘビ科というのがあるかどうかは判らないが、確かに茎の柄がマムシ草、浦島草の類に見える。すぐに判らないというのは気持ちの悪いものである。写真を撮ってあとで調べることにして、そろそろ出発しようかと思ったところに荷物を背負って登ってくる男性が現れた(写真)。すぐさま声を掛けた。
「あれっ、山小屋の人?」
「はい、そうです」
「鍋焼きうどんを運んでいるの?」
「そうです」
「ワァー、いい所で会ったなぁ。写真を一枚撮らせてよ」
「はい、いいですよ」
パチッ!
「悪いねぇ、もう一枚、笑顔でお願いします」
「はい」
パチッ!
「ありがとう、あとで山小屋で会おう」
「はい、お待ちしています」
いい青年である。ゆっくりとした足取りに見えたが、あっという間に視界から消えて行った。
                                 (平成28年作)

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朝寒

川沿ひのまだ朝寒の一合目



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11月6日(日)手の痛みは引いていた。湿布の効果かも知れないし、抑々さほどのことではなかったのかも知れない。嘘のように気にならなくなっていた。
朝4時に起き5時半に家を出た。コンビニでおにぎりを買い、高速を飛ばし東名の秦野中井インターで降りた。目的地は「二俣」という所だが、車でそこまでは入れないようなので手前の公園にある駐車場を目指すことにした。カーナビには「みくりや病院」と入れておいた。インターネットによる情報では車を停める場所に名称がないので、そう入力するように書かれていたのである。親切な人がいるものである。カーナビ通りに病院に辿り着き、その脇の細道を更に道なりに進み、しばらくして無事到着した。7時になっていた。すでに20台ほどの車が停まっていて私の後からもすぐに車が続いていた。いい場所は取られていたので、ガードレール脇に寄せて車を停めた。さあ、いよいよ出発である。妻も初めての登山靴でニコニコしている。天気も上々。紅葉には少し早いようだが、登山日和のようである。朝の空気が清々しい。
鍋割山に登るには右回り、左回りがあるとガイドブックに書かれている。急勾配は左回りなので初めに辛い方を済ませておくのがいいと思いそのコースを登ることにした。10年前に出掛けた大菩薩峠でも私は急勾配の道を選んでいる。
「二俣」という分岐点まで30分ほどの道である。のんびりと話しながら歩いて行った。数名のグループの人達と前後しながら進んだ。細い流れに木橋が渡されていて、その手前に看板が立てられていた。体力に自信のある人に山小屋までペットボトルに入った水を持ってきてもらいたいと呼び掛けている。余力があるとは思えないので無理はしないことにした。木橋を渡って、さぁ、いよいよ始まりである(写真)。
「あれっ?これって右回りのコースだろうか。左回りのコースの分岐点は通り過ぎてしまったのだろうか。そんな分かれ道ってあったかなぁ。気が付かなかったなぁ」
登山者がみな同じ道を歩いて来たので心配はしていなかったが、分岐点に気付かずに来てしまったことは意外だった。なにか勘違いをしたのかも知れないと思ったが、すぐに上りが始まったのでそのことはすぐに忘れた。
                                 (平成28年作)

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露の世

露の世を転んではまた立ち上がり



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妻の登山靴を買いに出掛けたのは11月3日(木)の「文化の日」である。金沢アウトレッドのスポーツ用品店でズボン、シャツ、靴下の類まで揃えることになった。買う気満々の妻にピッタリと店員がつく。あれこれ品物を出したり引っ込めたりしてようやく靴を選んだと見るや、すぐさま靴下を勧めてきた店員の販売技術は見事である。お蔭で山一つ登るだけだというのに思わぬ買い物の山である。ついでに夕食まで付き合わされたのだから山登りとはお金の掛かるものである(笑)。
行先は丹沢の「鍋割山」と決めていた。私が昔買ったガイドブック「クルマで行く山歩き(関東周辺)」に初心者向けコースとして載っていたのである。しかも丹沢は日本百名山の一つに数えられている。たとえ、その山が百名山でなくても同じ丹沢である。経験だけはしておきたいと思ったのである。その気持ちに迷いはない。
「この間、〇〇さんが金時山はいいよって一生懸命に説明してくれていたのに貴方は全く聞こうともしないんだから。驚きだよね、ああいう態度って。よく出来るよね」と妻。
「仕方ないよ、鍋割山って決めてるんだから」
「それって百名山だからでしょ。別に百名山じゃなくてもいいと思うけど」
「いや、折角登るんだから、まずは有名な山から登りたいよ」
「金時山だって有名だよ」
「いや、有名なのは金時山ではなくて金太郎のような気がする」

そんなことを話していた翌朝である。4時起きウォーキングにこの頃は軽いジョギングを交えている。40分以上歩かなければ効果がないと妻に言われ、それならばと走りを入れたのである。その日も家を出て、最初の300mの途中から走り始めた。軽い下りである。下り終わって、それからが上りの300mである。どこまで行けるかはその日の気分次第だが、馬力を付けてまずは登り始める。と、そこで蹴躓いた。一瞬にして転倒である。車道ではあるが車は来ない。誰もいない。左膝を付き、転びざまに両手を付いた。そして横向きから仰向けに転がった。
「痛ててて……」
前を向いて走っていたのが、その3秒後に寝転がって星空を眺めていた。膝は大丈夫のようだった。手の平が傷だらけである。右手からは血が出ていた。それでも立ち上がってみると、さほどのダメージは受けていないことが判った。ゆっくりと歩き出して右手の出血を気遣いながらも家まで辿り着いた。風呂に入って汚れを落とした。何でもないと思っていた。症状が出たのは会社に行ってからである。両手首が痛くなった。転んだ時に突いたようで、時間が経つに従って痛みは増していった。
「マズイよ。日曜日に丹沢だよ。ヤバーイ!」
11月4日(金)の出来事である。
                                 (平成28年作)

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