2016年11月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2016年11月の記事

毒茸

毒茸のかくあらざるを得ず生える



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日向山、稲荷山、金沢山といういずれも100mに満たない称名寺の裏山三山。小説「帰来草」の中で鎌倉時代にタイムスリップした魔利伽という女の子が隠れ潜んだと思われる場所である。今の世までその姿を留めていてくれたのは嬉しい限りである。17才の高校生の魔利伽は茶髪。タイムスリップした先で「赤髪の天狗」と噂されることとなる。山道を歩きながら魔利伽に因んだ物はないかと探していたが、これといった物も見当たらない。ただ、このキノコだけは目を惹いた(写真)。猿の腰掛だろうか。それにしては倒木に生えている。倒れていては腰掛にはならないだろうとどうでもいいことが頭に浮かぶ。家に帰って調べてみたが何のキノコか判定が出来ない。昔の人は図鑑もないのに、よく食べる食べられないの判定をしたものだと、これまた詰まらないことばかりが気にかかる。
北条実時の墓所や八角堂やらを見て下りてきた。主人公魔利伽が気を失った金沢文庫へのトンネルをくぐり、称名寺とゆかりの深い「忍性上人生誕800年展」を見学してきた。中の展示物を見ながら「よし、今度は古文書の読み方を勉強しよう」などと考えるのだから、私の向学心も衰えていない。外に出てもう一度庭園を回り、妻に「これからボランティアガイドを頼んでもいいかなぁ」と聞いてみたが、案の定「それなら私は帰る」であった。鰻屋の「隅田川」までは距離があるので、来るときにアケビを見た向かいの蕎麦屋に入ることにした。店の名前「ふみくら茶屋」は「文庫」の読みである。なかなかセンスがいいと思った。それぞれ天丼とせいろを注文しビールで乾杯した。
「今日は楽しかったよ。ありがとう。次は本格的な山歩きをしようよ」
「いいけど、それには登山靴が必要」
「いいよ、すぐ買いに行こうよ」
「リュックもいるなぁ」
「それがあるじゃん」
「これは私のじゃない。借り物」
「結構、高く付きそうだなぁ……(笑)」

書店の社長にいただいた「帰来草」のお陰で山歩きという夫婦共通の趣味を見つけたようである。その一週間後に丹沢の「鍋割山」に登り、あやうく遭難ということになるのだが、その時点ではまだその恐ろしさを体験していない。まずはきっかけを作ってくれた社長に感謝したい。
                                 (平成28年作)

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秋の山

崖下に迫る民家や秋の山



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阿字ヶ池に架かる反り橋と平橋を渡り、正面の本堂、釈迦堂、鐘楼の前を通り、すぐさま裏山ハイキングコースへと入って行った。コースは二手に分かれていた。いきなりコース中央を目指す道もあったが、あえて遠回りして最初の入口から入る道を選んだ。民家の横を通り、上り口に向かった。道は整備されていた。筑波山のような木の根っこだらけ、石ころだらけのようなことはなさそうである。「チチチチチチチ……」と鳥の騒ぐ声ばかりが聞こえる。「鳥語こぼるる」とでも言うのだろうか。山里を離れて急に静かな異空間に入り込んだような気がした。
「大丈夫か?」
「大丈夫……」
筑波山を上った経験は私をプロ登山家にしている。山歩きが初めての妻を気遣う余裕さえある。一気に上り切って散策路のような道に変わった。少し呼吸を整える。早朝ウォーキング連続90日の私でさえ、少し乱れた息遣いである。妻は相当に苦しいに違いない。
「大丈夫か?」
「大丈夫だってば……」
意外と平気そうである。いやに頑張っているなぁと思いながらも、もう歩きたくないと言われるよりはマシである。黙々と上がり下がりを繰り返して最初の休憩所まで辿り着いた。そこで聞いた訳ではない。聞かされたのは帰りの車の中である。実は妻もウォーキングを始めていたのである。「始めようかな」と言っていたのは聞いていたが「始めた」とは聞いていなかったので聞かされた時は驚きであった。しかも随分と科学的なことを言う。
「歩いているのは貴方とは違うコース。広場を横切って、階段を下り、左に曲って階段を上る。そこを右に行って、そこの階段を下りる。またその階段を上り、〇〇団地のところへ出る……(略)」
「凄い距離だなぁ。30分じゃ、歩けないだろ?しかも階段が多い」
「大体50分は掛かる。脂肪の燃焼が始まるのは歩き始めて40分経ってからというから、効果のあるのは10分程度なのよねぇ。だからあと10分は距離を延ばそうかと思っている」
「道理で腹が全然引っ込まない訳だよなぁ。40分も歩かないと駄目なの?俺の25分では脂肪は減らないってことか?」
「そう、短かすぎ。効果なし。それから歩いている間の呼吸の仕方も大切だよ。鼻から吸って、口から吐く」
「えっ、考えたこともない……」
いつの間にか、妻はウォーキングのコーチになっていた。自称プロ登山家が一気に崖下に突き落とされた瞬間だった。山道を歩きながら一向にスピードが落ちず、私より前を歩いていた(写真)。その訳がようやく分かったのである。相手がその気ならとファイトを燃やしたことは勿論である。よし、それなら筑波山クラスの山に挑戦だ!
                                 (平成28年作)

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秋の池

反り橋の褪せし朱色や秋の池



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参道を行くと仁王門にぶつかる。正面から写真を撮り、近づいて金網越しに左右の金剛力士像の姿をカメラに収めた。今から700年も前に作られた像というのだから立派なものである。その横にボランティアガイドの人が4、5人屯していた。普段なら話し掛けて案内などを頼むところなのだが、今日は目的をウォーキングに置いているので素通りである。頼んだりすると、やる気を出している妻の気勢を削ぐことにもなりかねない。要注意である。しかし、向こうから寄ってきてパンフレットを手渡された。お礼を言ったことは勿論であるが、そのついでに「ガイドをお願いします」と言ってしまいそうな自分を抑えるのに必死であった(笑)。
門を回って最初に目にするのが阿字ヶ池に架かる朱塗りの反り橋である。見た瞬間「あっ!」と驚いた。随分と色が褪せていたのである。以前来たのは、いつだっただろうか。子供たちが小さかったことだけは確かである。あの時は鮮やかな赤で極楽浄土を思わせる華やかさだったのだが……。随分と劣化しやすい塗料を使ったものである。塗り替えの予算が付かないのだろうか。この褪せた色合いをもって浄土庭園と称していいのだろうか。なんとも意外なものを見せられた思いがしたものである。妻も感じていたようで、その後に金沢文庫を訪ねた時に建物の様子が変わったことに驚き、あれはいつだっただろうかと同じようなことを呟くのである。もうかれこれ30年は経とうか。随分と遠い昔のように感じられる。
「帰来草」の突飛なタイムスリップに驚いたのは事実だが、考えてみれば我々も常にタイムスリップを願っているのではないだろうか。30年前といえば私が32才で妻が27才。娘達も6才と4才である。あの時に帰ることが出来ないのはもちろんであるが、あの頃の4人の姿を空の上からでも眺めてみたいと思ったものである。
いただいたパンフレットの中に「浄土庭園」のことは次のように説明されていた。
「浄土の世界をこの世に再現しようとした庭園様式。阿字ヶ池を中心に此岸と中之島を結ぶ反り橋は過去から現在までの苦労を表し、中之島から平橋は仏の教えを守れば彼岸(弥勒浄土)に安らかに行けることを示しています」
                                 (平成28年作)

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通草

参詣の客の行き来や通草棚



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称名寺に専用の駐車場はないということなので少し離れた場所に車を停めた。生憎の曇り空である。少し肌寒さを感じながら赤門通りを歩いた。下着は正解だったようである。赤門をくぐった所に紫色の実(写真)が生っているのを見つけた。何だろうと思い、柵を跨いで近づいてみた。私が立ち止まったので、妻も近づいてくる。
「何なの、それ?」と妻。
「ムベかなぁ」と私。
「ムベ?」
「確か、ムベと言ったと思うんだよなぁ」
「聞いたことない……」
「自信はない……」
「スマホで見てみたら?」
「あっ、そうだな……」
写真を見ると、そっくりである。
「ほら、ムベだろ?」
「ホントだ。私はアケビかと思った。アケビの写真も見てみてよ」
「アケビ?……」
写真をみると、そっくりである。
「あっ!アケビだ。どっちも似ている。ムベかな?アケビかな?どっちだろう?」
向かいの蕎麦屋の女将さんのような人が、こちらを見ている。開店準備のようである。チラッ、チラッとこちらを見ている。何をしているのだろうと不審に思っているのかも知れない。
「アケビだ。口の割れたのがぶら下がっている。ムベは割れないと書いてある」
「割れた中身が写真とそっくり。アケビだったね。分かって良かったね」
塀の向こう側にぶら下がっている実に手を伸ばして触ったりしていたが、あくまでも確認のためであり、決してアケビ泥棒ではないことを女将さんには分かってもらいたかったのですが(笑)。
                                 (平成28年作)

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冬シャツ

冬シャツや着るは着慣れしものばかり



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一旦は断られたが、メールでもう一度誘ってみた。
「朝、称名寺を回って、隅田川で鰻を食べてくるっていうのはどう?」
「称名寺は全然興味はないけど、鰻はいいねぇ~」
釣糸を垂れているだけでは魚は釣れない。針先に魚の好きそうな餌をぶら下げなければ釣れないのである。隅田川というのは金沢にある鰻屋の名前である。
その週の土曜日の夜の会話である。
「明日は8時には出掛けようよ」
「そんなに早く出ても昼まで時間があり過ぎでしょ」
「だって、裏山を歩くんだよ。早めに行かなくちゃ」
「えっ、山歩き?なんでそれを言わないの?お寺を見るだけだと思っていた!いつも貴方は一言足りないのよねぇ」
一気に表情が明るくなった。どうしたのだろう?実は最近、妻はウォーキングを始めたのである。私のウォーキングに触発されたようで、私のウォーキングウェアを買ってきてくれたのと同時に自分の分も買ってきたらしい。私が出勤したあと、家の周囲を歩いているという。リュックサックまで用意している。やる気である。本気である。大丈夫だろうか。山と言っても標高100mにも満たない裏山、低山なのである。

翌朝は少し曇っていた。妻は上下ともウェアを着込んでいる。格好いい。私はと言えば、裏山を歩くのに本格的なウェアはいらないと思い、普通の格好をしている。普通のシャツに普通のセーター、普通の綿パンである。その姿を見た妻が呆れたように言い放った。
「貴方、そんな恰好で出掛けるつもり?それってただの普段着でしょ。これから山を歩くんでしょ」
確かに、これでは酷過ぎると思った。自分でも可笑しくなった。好い加減過ぎる。しかも妻の入れ込みようを見ているので、妻の呆れるのがよく分かる。可笑しくなって笑いが止まらなくなってしまった。涙が出るほど笑った。妻も釣られて大笑いしている。
「しようがないなぁ。これを着なさい」
妻が出してきたのはアンダーウェアである。
「随分と小さいなぁ。これ、子供用じゃないのか?」
「こういう物なのよ。着てみれば分かるから……」
「首が入らないよ。いやに苦しい。腹が締め付けられる、苦しい……」
「白い下着は脱ぎなさい」
「いや、これは脱ぎたくない。寒いよ」
「下着を着たままで、これを着る人はいないよ」
「大丈夫、暑くなったら脱ぐから……」
大騒ぎしながら出掛けたのであった。
                                 (平成28年作)

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広重忌

称名の鐘の余韻や広重忌



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私の読むジャンルに「ラブコメ」というものはない。過去一度として読んだことはない。しかし「帰来草」(写真)を読み終えて、妙に微笑ましい、暖かい気分になったものである。
「これをラブ・コメディというのだろうか」
時空を超えて現代の少女と北条実時が結ばれた時、私の胸の中には二人が出会った場所「金沢文庫、称名寺」に行ってみたいとの思いが沸いていたのだから不思議である。恥かしくて妻には言えたものではない。妻には「読んでみたら」と一度は勧めてみたものの「是非に」とは言えない。無理に勧めることもあるまい。「すべては称名寺に行ってからのことにしよう」と心に決めたのである。

物語は剣道の道場に通う高校生の女の子が「金沢海の公園」で開かれる花火大会に向かう途中、称名寺のトンネルで地震に見舞われる場面から始まる。気を失い目が覚めると鎌倉時代の実時の時代にタイムスリップしているという展開である。海の公園といい称名寺といい、私の会社から5分10分の場所にあり妙に親近感が湧く。
北条実時(1224~1276)は第3代執権北条泰時の甥にあたる。実時は父実泰が若くして幕政から引退したため、わずか11才で小侍所別当の要職を継ぐ。幼少の頃から利発であったと言われ、伯父の泰時に目を掛けられ、のちに執権となる孫の経時の相談相手も務め、そののち何代にも亘る執権に仕え常に側近として活躍した人である。
金沢の地は父実泰が鎌倉に接した六浦の地頭となったところから始まる。金沢の地に居宅を設け、称名寺を建て金沢文庫を創建していくのである。
「よし、称名寺に行ってみよう!」
私は行く気満々である。
「私は行かない」
妻はお寺に興味はないようである。もちろん「帰来草」も読んでいない。
(注)浮世絵師安藤広重は安政5年(1858)9月6日、陽暦10月12日に61才で亡くなっている。
                                 (平成28年作)

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蚯蚓鳴く

古文書も元は平易や蚯蚓鳴く



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倫理法人会で書店の社長さんと親しくさせてもらっている。最近は出版や浮世絵の販売などにも力を入れているという。「ひこばえ」の話をしたところ、土日に掛けて読んでくれたようで、すぐさま連絡をもらい会社にまで訪ねてきてくれた。
「面白かったです。最初から最後まで全部読みました。内容も良かったですが、とにかく文章が素晴らしい。一つ一つにオチもあり、ユーモアもあり、楽しませてもらいました。一気に読みました。あのBCGには参りました(笑)」
「BCG?」
「美人の俳人の方ですよ。ノースリーブの肩に痕があったんですよね」
「ああ、そこですか!そこに食いつきましたか(笑)」
黛まどかさんのことである。「他にもっと違う所があるでしょう」と言いたかったが、こればかりは本人の捉え方である。褒めてもらって文句を言っている場合ではない。とにかく絶賛である。加えてこちらは褒められると舞い上がる方である。その後、2時間ほども引き留めてしまい、長々と話をさせてもらうことになったのである。別れ際に社長は自分の会社で手掛けたという書籍をプレゼントしてくれた。私の会社がある「金沢区」を紹介した小冊子と、金沢のマップ(写真)、それに「帰来草」という地元作家の文庫本の3冊である。

早速、次の休日に「帰来草」を読んでみた。副題に「かねさわ かまくら時超え奇譚」とある。作者は松崎雅美さん。1970年生まれと書かれているので45、6才の方である。プロローグが置かれている。読み始めて少し違和感を覚えた。まずは主人公の名前が篠原魔利伽(まりか)である。何だろう、この名前は?凄い名前を付けたものだなぁと思った。最近の当て字による命名にも随分慣れてきたように思っていたが、それにしても魔利伽とは……。
次に称名寺のトンネルから突然発見されたという鎌倉時代の古文書の文体。作者自身も「実に読みやすい」と書いているのだが、あまりの平易文なのには驚いた。ムムムムム……あり得ない……。
「どうしよう、読もうか、読むまいか……」
しかし、社長の顔が浮かんだ。「ひこばえ」をあんなに読んでくれたのである。頂いた本を読まないというわけにもいかない。読まなければ次回お会いした時に話が出来ない。意を決したが、まずは本文に入る前に「あとがき」を先に読んでみることにした。そこには、こう書かれていた。
「私は子どもたちに伝えたいことが山ほどある。だから『帰来草』を書いた。この物語さえあれば、私はいつ死んでも大丈夫。母として子どもたちに伝えたいことも織り込んだ」
子供さん達へのメッセージかぁ、ロマンチックだなぁ、だから平易文なのか……。
                                 (平成28年作)

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文化の日

演壇の花大きかり文化の日



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土曜日は忙しい。朝3時に起き、家の周りをウォーキング。5時に家を出て、関内のホテルで勉強会。8時半に終わるが、何やかやと話などしていると9時を回る。それから会社に出社し、昼になる。その日は3時から新横浜のホテルで「日本会議」の集まりなので、家に戻って車を置き、2時には家を出た。電車の中で本を読むがついウトウトする。朝起きは健康のためと思いつつも、眠たさは付いて回る。
10分前に到着し受付を済ませ会場に入ったが人は疎らである。3時と言われていたが間違いだっただろうか。仲間の姿も見えない。メールが入る。会の一人が席を取っておいてくれている。「ヤアヤア」と言いながら席に着く。「随分と人が少ないみたいですねぇ」と聞くと、「総会があるみたいだから、終わったら一斉に出てくるんじゃないですか?」という。その通りだった。別の会場で行われていた総会とやらが終わると一挙に人が会場になだれ込んできた。知った顔が見える。「ヤアヤア、ここでお会いするとは……」という人もいる。「あれっ、昨日お会いしたばかりで今日もまた……」という人もいる。支部長の顔も見える。「今日はわざわざありがとう」とお礼を言われる。何百人いるのだろう。凄い人数である。我々の会のメンバーも到着した。定刻となり予定通り講演会が始まった。講師は百田尚樹氏。「誇りある日本の再興とカエルの楽園」という演題が掲げられている。司会者の合図で入口から颯爽と現われて壇上に上がる。会場の拍手が治まる間もなく話が始まった。えらい早口である。関西弁のようだ。どこかの新聞社の話をして会場の笑いを取る。少し風邪気味のようだが、話の勢いは良い。本題に入る前の四方山話に30分は要したようである。聴いていて途中からウトウトしてきた。電車の中の居眠りでは足りなかったようである。知らないうちに眠ってしまい、2時間の講演の大半を聴き洩らしてしまった。笑い声で目が覚めた。「日本をどう守るかである」と話している。「そうだ、日本を守らなければならない」と思いながら意識を取り戻していった。しばらく聴いてすぐに時間が来た。講演は終了した。数名の挨拶があり、懇親会へと移っていった。寝ていて肝心の話が聞けなかったのは不覚である。きっといい話だったに違いない。入口で配られた資料の中にパンフレットやDVDが入っていたので、後日それで勉強することにしよう。それよりも何よりもまずは乾杯である。眠気覚ましの一杯で調子を取り戻し、会が終わってみんなでカラオケに流れて行ったというのも実に平和な話ではある。
                                 (平成28年作)

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秋思

新聞をめくる音にもある秋思



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『第二次安倍政権を生む原動力となった「草の根の保守」を支える保守系団体「日本会議」。憲法改正が現実味を帯びるなか、安倍晋三首相を支持し、改憲を促す国民運動を展開する。政権の「黒幕」との分析まで出るほど注目を集めるが、実際の影響力はどうなのか』(10月9日「日本経済新聞」の「日曜に考える」より)

「日本会議?あれっ、何だったっけ?聞いたことあるなぁ。あっ、そうだ!ついこの前、講演会のキップを買わされたヤツだ。そうだ、そうだ、思い出した。10月22日(土)に新横浜プリンスホテルで行われるヤツだ。タイミングが良いなぁ。読めと言わんばかりにして載っている」
所属する倫理法人会の会長から日本会議の講演会に付き合うよう誘いを受けたのである。日本会議の支部長が会のメンバーである。ドレドレ、読んでみるか。記事は上下に分かれているので2週に亘って読むことになる。フムフム、政治の話か。イヤイヤ、日本の在り方についてのようだ。憲法改正の話や靖国神社参拝、自衛隊、尖閣諸島、中国や韓国、北朝鮮との問題、そもそも平和とは何ぞや、とも書かれている。ナルホド、ナルホド、無関心ではいられない話なので、この際しっかり勉強しておくことにするか。
このブログ上で私の考えを述べるつもりは毛頭ないが、しっかり考えを持つということの大切さには誰も異論はないはずである。勉強することが人生そのものなのだ。記事を読んだことにより、当日、何がどう呼び掛けられるのか、とても楽しみに思えてきた。ただの付き合いと思っていたものが勉強の場となったのである。面白いものである。興味を持つと持たないとでは何事にも大きな差が出てくる。
                                 (平成28年作)

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さやか

決めるたび「ナイスシュート」の声さやか



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寝物語をしたあの頃からもう5年も経ってしまった。時の速さに驚かされる。
この頃はなっちゃんもみやちゃんもバスケットボールに夢中で我が家に遊びに来る時間もないほどである。
「なんだってそんなに一生懸命やっているのだろう」と思ったこともあったが、二人とも頑張っているようなので余計なことを言って嫌われることもない。「ひと言多い」と家族からいつも非難されているのでここは堪えどころである。バスケを始めて2年経つが、先日初めて娘から試合を見に来るよう招待を受けた。4年生と2年生が一緒の試合に出る最後のチャンスだったらしい。5年生になると上のクラスになるということのようだ。山手にある小学校の体育館に出掛けてきた。私が初めて観戦するというので、なっちゃんは緊張したらしい。娘からメールが入った。
「おーちゃんが来るというので、なつ、緊張してガチガチ(笑)」
「大丈夫だよ、本番に強いから」と私。
とはいえ、以前、食事をしながら「なつはボールが来るのを巧みに逃げる」というお父さんの話を聞いていたので、私の中には何となくそんなイメージが出来上がっているのである。
「ドッジボールみたいなものじゃないの?」
道々、妻とはそんな会話をしていたのである。妻も初観戦である。
試合開始10分前に到着した。私達のために最前列の椅子を用意しておいてくれた。ピー。試合が始まった。大丈夫だろうか。みやちゃんも一丁前に5人の中の一人に入っている。すぐさまなっちゃんにボールが回された。ドリブル。えっ!すごい。ボールを見ないでドリブルしている。相手選手にフェイントを掛ける。かっこいい。ランニングシュート。入った。えっ!これって現実?凄い、上手すぎる。なんだろう?想像していたレベルと全く違ったものを見せられていた。みやちゃんも凄い。すばしっこく回り込んでパスを受ける。ドリブルも見事である。何、何、何?えっ!シュート?みやちゃんがシュート?凄すぎる。小学生のレベルには見えない。天才だと思った。ドンドン点数が重ねられ、大差がついていく。楽勝である。何だろう、夢でも見せられているのだろうか。
見ているだけで熱いものが込み上げてきた。いつまでも子供だと思っていたが、二人とも凄い成長である。これからもどんどん成長し、自分たちの世界を広げていくことだろう。寝物語をしなくなったことぐらいでガッカリしてはいけない。遊びに来なくなったことを一々ぼやくのはよそうと思ったものである。
(注)写真中央がなっちゃん、左から二人目がみやちゃんである。
                                 (平成28年作)

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長き夜

長き夜や明日へと続く千一夜



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一時期、なっちゃんに来る日も来る日も寝物語で童話を話して聞かせたことがあった。娘が三人目を懐妊し、家に戻っていた時期である。平成23年6月9日から8月13日まで、お医者さんの許可が出て帰宅するまで続けられた。
私が帰宅すると「あっ、おーちゃんが帰ってきた」と言いながら、なっちゃんとみやちゃんが廊下を走ってくる。「ただいま」と言いながら抱っこする。なっちゃん(写真右)が5才、みやちゃん(写真左)が2才半の頃である。翌日幼稚園があるのでなっちゃんは9時には寝るのだが、必ず私と寝ることなる。「今日もおーちゃんと寝る!」が決まり文句である。日曜日にお父さんが来て、その話を聞き「えっ、なつ、お父さんと寝ないのにおーちゃんとは寝るんだ?」と聞かれ、「お話してくれるから」となっちゃんは答えている。話は10分程度のもの。遊び疲れているのか、とても寝つきが良く、最後まで話を聞いているのかどうか分からない時もある。途中で寝てしまっている時もあれば、私の「おわり」を聞いて「じゃあ、寝るね、おやすみ」という時もある。毎晩必ず布団に入ってきて話を聞いてくれたので、こちらも準備に怠りがあってはならないと大わらわである。さまざまな童話を読んで頭に入れていく。有名な作品もあれば、そうでないものもある。間に合わない時は創作となる。かえって創作の方が面白い時もある。とにかく一日一話は絶対なのである。

何を話したかを忘れないために題名をメモしていた。メモ魔である(笑)。44作あったので列記してみよう。
①アンパンマン②トトロ③金太郎④パイナップル島⑤ウサギとカメ⑥カチカチ山⑦イナバの白ウサギ⑧カッパの雨乞い⑨金のガチョウ⑩象の子供が見た夢⑪月と白鳥の子⑫光の二重丸⑬ネズミの相談⑭バナナとワニ⑮子牛とモグラ⑯海の底の石臼⑰西郷さんのサツマイモと馬⑱モグラの嫁入り⑲モグラの目が見えないわけ⑳羅生門の鬼㉑マッチ売りの少女㉒悲しいフクロウ㉓冒険したリス㉔100匹と3匹のヒツジ㉕カメの遠足㉖人魚姫㉗5の呪文㉘くねくねおばけ㉙吸血鬼㉚ハンスとカエルの嫁さん㉛おくびょうウサギ㉜かしこい大臣㉝風車小屋の話㉞走れメロス㉟蜘蛛の糸㊱杜子春㊲アリババと40人の盗賊㊳ライオンとメスウシ㊴笛吹き岩㊵金の糸と虹㊶乞食の手拭い㊷男の子と子ダヌキ㊸金の指輪㊹星の子
この44作の間に私の創作が入り込んでくる。創作した話の題名は記録されていない。「妖怪しりぬぐい」がこの中に入っていないので、きっと創作に違いないと思う由縁である。
                                 (平成28年作)

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竜淵に潜む

竜淵に潜み天下を狙ひをり



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10月20日締切の「第11回えほん大賞募集」の広告がブログ村に掲載されていた。開いてみると大賞賞金50万円とある。俄然、やる気になった。絵を描く時間はないが、ストーリーを考える時間はある。思い浮かべたのは、以前なっちゃんに寝物語で聞かせ、なっちゃんを大喜びさせたオバケの話である。
「たしか、こんな話だったよなぁ」と思い出しながら、パソコンに打ち込んでみた。少々短い。「こんなに短くて大丈夫だろうか」と思った。しかし枚数に制限はないと募集要項に書かれている。世の中には文字のない絵本もあるくらいなので、存外、長さは関係ないのかも知れない。10分ほどで書き上げた作品の題名は「妖怪しりぬぐい」、植物「ママコノシリヌグイ」から取っている。
実はこの話、出所が定かではない。自分で考えたものなのか、どこかで読んだものに私が手を加えたものなのか記憶がないのである。しかし、記憶がないからといって逡巡している場合ではない。調べる方法も思い付かない。たとえ、どこかの作品の改ざん・盗用の類であったにせよ、当落は先方の決めること、プロの目がそれらを見逃すはずはないと都合のいい他力本願を決め込んだ。選者の方々には誠に申し訳ない限りの話ではある(笑)。それよりも何よりも私にとって大切なのは応募してみるという行為そのものなのである。早速、必要事項を記入し応募要件を整えた。ペンネームはひらがな「ひなたりょうじ」である。何度か読み直してみて「これで良し」というレベルまで書き直してから送信した。果たして童話作家誕生となるかどうか、12月下旬の結果が待ち遠しい。作品の内容については、当落がはっきりするまで明らかにすることは出来ないのは勿論である。万が一、落選した場合はブログ上での掲載もあるかも知れないと思っている。
(注)中国後漢時代の字典「説文解字」に「竜は春分にして天に昇り、秋分にして淵に潜む」とあり、「秋の深く澄んだ静謐な水には竜が潜んでいそうな神秘的な印象がある」ということを言っている。その竜が天下を狙っている。
                                 (平成28年作)

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そぞろ寒

やがて来るものに死もありそぞろ寒



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10月7日(金)、帰宅すると妻から言われた。
「今朝、ニカが死んだよ」
ニカとは我が家で飼っていたハムスターのことである。
「そうかぁ、やっぱりなぁ……つらいなぁ」
数日前から、そんな話をしていたのである。
朝、ニカの走る回し車の音を聞いて「随分ゆっくり走っているなぁ」と妻に告げたところ「この頃、急に元気がなくなり、めったに巣からも出て来なくなったのよ。回し車で走ったのも珍しい」といい「あまり食べていないようで餌も減らないし、背骨の形が見えるほどに痩せてきてしまった」ともいう。
ハムスターの寿命は3年ほどのようだが、我が家に来た日から数えるとまだ2年も経っていない。どこか病気にでも罹っていたのだろうか。
初めに飼おうといったのは私だが、世話をしたのは妻である。何もしなかった私がこんなに暗い気持ちになるくらいなので、世話をしてきた者の気持ちは察するに余りある。
我が家で初めてハムスターを飼ったのは15年ほど前のことである。娘達が20才頃のことで、NHK朝ドラ「すずらん」の主人公の幼馴染み「竹次郎」から名前を付け「たけ」と呼んで可愛がっていた。仕事から帰った長女に死んだことを告げた時の号泣は今も忘れられない。2匹目はその数年後、次女が連れてきた。名前を「もみじ」と付けて可愛がったが、これも死んでしまった。飼う時から死ぬことは分かっているのだが、初めは可愛らしさが勝って最後の死を本気で考えてはいないようである。もう3回も繰り返してしまい、これが最後となるに違いない。
「もう飼わないよ」と妻。
「うん、分かった、悪かったな……」と私。
                                 (平成28年作)

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