2015年12月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2015年12月の記事

日記果つ

妻や子へ感謝記して日記果つ



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私は平成6年から毎年同じ手帳を使っている。商工中金という銀行からもらう小さめの手帳である。この手帳の良さはワイシャツの胸ポケットに収まるというところにある。小さな鉛筆も付いていて22年間の愛用に充分応えてくれている。人が見ると随分小さな手帳だと思うかも知れない。しかし、この一冊でスケジュールはもちろん、必要事項はすべて事足り、思い付いた俳句などもたくさん書き込まれている。自宅の書棚に並ぶ手帳を引っぱり出すと、その当時の自分がどうであったかが分かる大切な手帳になっている。
この手帳、元々は緑色をしていた。それがどういう訳か平成21年から黒色に変わった。商工中金の担当者には文句を言ったものである。
「何だって急に色を変えるんだ。緑だからこそ長い間使ってきたんだ。俺の女房の名前がみどりだから使ってきたのに、これからは女房の名前を黒って変えなきゃならないことになる」
毎年、手帳を受け取るたびにこの話をする。すなわち人知れず、商工中金の担当者だけは私の妻の名前を知っているということになる(笑)。

今年も12月初めに来年の手帳を受け取った。手帳の中のカレンダーに会社の休日を赤鉛筆で塗りつぶし、1月2月のスケジュールを書き写す。そして1ページ目の大きな余白に自分の来年の目標を記入する。
「売上20億、経常利益1億5000万、改善100件必達」
自分の一年を記していく大切な手帳である。
                                 (平成27年作)


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襟巻

襟巻と音楽堂に待ち合わす



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県民ホールで開かれた「長谷川きよしコンサート」に出掛けてきた。私にそれほどの思い入れがあるわけではなく、妻が行きたいというのに付き合った形である。平日の午後2時の開演である。私にとっては仕事を抜け出して聴きに行くという少々後ろめたさの残るコンサートであった。
デビュー46年、現在66才だという。2才の頃の病気がもとで視力を失い、壇上にはエスコートされての登場である。軽妙な語り口、超絶なギターテクニック、張りのある歌声で2時間を楽しませてくれた。代表作「別れのサンバ」は私が高校生の頃の曲であるが、特に思い入れがあるわけではない。「黒の舟歌」にもさして心に残る何かがあったわけではない。途中、私があるシャンソン歌手と比較して印象を語ったところ、隣の妻が「何を言っているの?」と怪訝な顔をした。誰彼と比較する対象ではないと言い切る。「長谷川きよしは長谷川きよしだよ。余計な感想はいらない」と、にべもない。そう言われてみると、なるほど会場に詰めかけた300人ほどの誰もが根強い彼のファンのようである。それぞれの思い出を懐かしみながら聴いているように思えてきた。長谷川きよしのコンサートでしか味わえないものを聴きに来ているようである。
公演の中で彼自身が次のように話していた。
「私の中でコンサートというのは夜に行うものと思ってきましたが、この頃は平日の昼にもこんなにたくさんの人が来てくれるようになりました。私自身はどちらでもいいのですが、皆さんの方が昼にでも充分に時間が作れるようになってきたようです(笑)」
団塊の世代というのだろうか。現役を離れた人達が往年を懐かしんでいるように見え、自分だけはもう少し現役でいたいという気持ちを強く感じたものである。
                                 (平成27年作)


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年忘れ

頓服の水も所望し年忘れ



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句会が終わると磯子の駅前でタクシーを拾い、笹堀にある「鹿島」という寿司屋に移動する。いつもそこが忘年会の会場と決まっていた。初めて行った時にとても驚いた。なにせ、その寿司屋の社長に会社でとてもお世話になったばかりだったからである。会社で社葬を行った際、精進落しをお願いし、総務担当だった私がその社長と何度も打ち合わせを行なったのである。一階のカウンターで寿司を握っていた社長に挨拶すると、先方もとても驚いて「その節はお世話になりました」とお礼を言われ、忘年会の席にも挨拶に見えたものである。あれから毎年のように利用してきたが、年々歳々記憶は遠ざかるばかりで声を掛けることもなくなっていったのは仕方のないことである。

忘年会とはいえ、高橋主宰を囲んでの席であり、アルコールが適度に進むまでは多少の緊張感が支配する。中央に主宰と道川先生が並び、横に年長者が座る。他の席は司会者を除き籤引きで決めることになっていたが、いつの頃からだろうか、主宰の正面の席が私の定位置になっていった。「リョーちゃん、頼むよ」の一言である。「えー」と嫌そうに言いながらも、実は両先生からいつも薀蓄のある話を聞かせてもらえるのだから、とてもいい席だったのである。
たとえば、こんなことを聞いたことがある。
「毎月発表する句の数はすごいですよねぇ。ご自宅の近くに句を詠みに出掛けるような場所があるのですか?」と私。
「どちらかと言うと今は外に出掛けるより、自宅で作ることのほうが多いかなぁ」
「それじゃ、想像の句になりませんか?」
「長くやっていると引出しも多くなって、いろいろと引っぱり出せるんだよ。しかし、作句の基本は飽くまでも物をよく見て作ることにあるのだから、歳時記に書かれたものを実際に一度は見ておく必要がある。初心者が想像で作っても俳句にはならない(笑)」
日頃、道川先生からも「実際に物を見て感動を詠め」「頭で考えたものは人を感動させない」などと教わっていたので、なるほどと思ったものである。いつでも必要な時に引き出せる知識の量が大切なことを知らされた一幕である。

主宰は途中で退席される。タクシーが呼ばれ手土産が用意され、何名かでお送りする。主宰がお帰りになると会場の空気は一変する。急にみんな元気になる。大声になり、笑い声が飛び交う。「よし、二次会は上大岡だぁ」と誰かが言い出すまで続く寿司屋「鹿島」での楽しいひと時であった。とても懐かしい。
(注)写真前列中央の赤いネクタイが高橋主宰、その右のループタイが道川先生である。平成18年「鹿島」にて。
                                 (平成19年作)


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冬ざれ

冬ざれや一打に曲る釘の腰



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この句は初学の頃の思い出の一句である。
私が道川虹洋先生に師事して15年間学んだ浜風句会は俳句結社「海」に所属していた。「海」の主宰は高橋悦男先生である。毎年12月の句会には東京から主宰をお迎えし忘年会を行うことを恒例としていた。いつもの句会とは違い、全員少し早めに集合し会費などの徴収は済ませておく。句会の進行、忘年会場での手順などの打ち合わせに抜かりはない。駅までの出迎え担当はとうに出掛けている。女性陣は着物などを着込んで一段と美しい。緊張した面持ちで準備を済ませ、出迎えの態勢を整える。別に気難しい人ではないのだが、句会に臨む姿勢や句を判定する力に圧倒されてしまうのかも知れない。否が応にも緊張感が高まる。
主宰の到着を全員起立してお迎えする。いつもの和やかな雰囲気とは違い、水を打ったような静けさの中で句会は進行する。清記用紙を回したり披講や名乗りのタイミングに、もたつきは許されない。我々にとってはとても偉い人であり、決して機嫌を損なうようなことがあってはならない人なのである。

平成12年の句なので、入会して3年目ということになる。その時の句会で、なんと、私のこの句が主宰の特選に選ばれたのである。しかも主宰は講評で次のように言い放ったのだ。
「句に厳しさがある。こういう句を作れる人は、俳句の何たるかが分かっている人だ」
天にも昇る気持ちとは、あの時のようなことを言うのだろう。俳句の何たるかなど分かるはずもない初心者であるが、主宰が言ったのだから間違うはずはない。以来「俳句の何たるかを知りたければ私に聞いてください」と一杯飲んでは上機嫌でみんなを笑わせたものである。
                                 (平成12年作)


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帰り花

帰り花散るや音なき夜の雨



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その週、最悪の体調で過ごした。夜は悪寒と寝汗に見舞われ、昼は微熱と悪寒の繰り返し。病院では風邪の引き始めだと言われ薬をもらったが、一向に良くなる気配はない。いつも風邪を引くと声が嗄れるので、もちろん咽喉の炎症予防の薬はもらっている。1週間苦しんで迎えた忘年会当日も症状は変わらず、しかも少し咽喉の調子が悪い。最悪だなぁと思いながらも杉田まで出掛けた。最初に挨拶が回ってくるので、マイクを口元に近づけて声を潰さないようにしようと決めていたが、会場に着くとマイクがないことが判明。70名に声が届くように張り上げなければならない。少し不安になった。しかし案ずるより産むが易し。場の雰囲気も良く、しゃべりながら調子を取り戻していくのが自分でも実感できた。その時の挨拶を載せておこう。

「皆さん、お疲れ様でした。今日は一年で一番盛り上がらなければならない日ですが、タイミング悪く風邪を引いてしまい、声に元気がないことをお許しください。私が大人しい分、皆さんで盛り上がってもらい、楽しいひと時にしてもらえればと思います。
さて、一年間本当にお疲れ様でした。この一年を振り返りますと、まずまずの年だったのではないでしょうか。
6月の決算ではリーマン以降、最高の数字を計上することが出来、臨時の賞与をみなさんにお配りすることも出来ました。また、7月からの新しい期も今までにないほどの数字を重ねて順調にきております。これも偏にみなさんの努力の賜物と心から感謝しております。
新聞紙上では上場企業の業績の良さばかりが伝わってきますが、その下にいる我々中小企業がみんな一律に良くなっているわけではありません。まだまだ厳しい環境が続く中で、こうして良い業績を上げていられるのは本当に頼もしい限りです。これから行う塗装設備の大改修もこの業績を以ってすれば何の問題もなく成し遂げることでしょう。
昨年の忘年会は温泉に一泊して楽しく過ごしましたが、今年はその大改修のこともあり、あえて少し控えめな形で行うことにしました。業績からすれば、昨年以上のことをしなければならなかった所ですが、そういった事情ですのでご理解ください。来年のことを言えば鬼が笑うとも言いますが、来年は今以上に利益体質を強化して心に残る忘年会を開きたいと思っています。
料理を前にしての長い挨拶は喜ばれないようです。ここまでとさせていただきますが、是非、今日は大いに盛り上がっていただき、日頃の疲れを癒してもらえればと思います。全員で楽しく過ごしていただくことをお願いして簡単ですが私の挨拶とさせていただきます」
(注)写真はその店のコースターに書かれていたものである。面白いと思い、一枚持ち帰った。
                                 (平成27年作)


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年忘れ

年忘れ余芸なき身の置きどころ



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従業員の中には、忘年会などの行事に参加したがらない人がいる。また参加しても一向に盛り上がらない人もいる。人さまざまである。この句は私が役員に就任した年、今から20年も前の忘年会のことを詠んだものである。あの頃は会社の業績もあまり良くなかったので、今のように全員ではやっておらず、職場ごとに参加人員分の補助金を出すというやり方をしていた。事務所では23名が参加し近くのホテルで行っている。営業を中心に元気な連中もいて、賑やかに過ごしたと思う。
その中に私の部下として総務部に入ってきた新人がいた(当時の私の役職は総務部長)。人当たりも良く、まずまずの人物と思ったのだが「何か一曲歌えば」というと「いや、私は……」と意外と消極的である。「人がいいだけでは総務は務まらないよ。こういう時こそ、いつもと違う自分をアピールしておくのもいいと思うけど」などと言ったかと思う。考えてみると余計なお世話だったかもしれないし、アドバイスというよりもただの強要だったのかも知れない。自分の部下として少し物足りなさを感じての一言だったと思う。しばらくして、彼から総務部を離れたい旨の申し出があった。というより、私の下から離れたかったといった方が正しいかもしれない。他の職場に移したが、大人しい人柄は退職するまで変わらなかった。忘年会などのように全員が揃って騒ぐ席では一人一人の意外な一面が見られたりして面白いものだが、中にはポツンとしている人もいて、ハラハラさせられることがある。

今年の忘年会は昨年の河口湖一泊旅行から町の居酒屋に場所を変えた。年末年始にかけて大きな工事を予定しているので、業績はまあまあながら自粛しておいたのだ。しかもその場所が先日私の初チャレンジしたバーの徒歩1分の場所である。いやに近場が選ばれたものである(笑)。私自身は風邪気味で本調子ではなかったが、ポツンとしている人は幸いにも見当たらず、全員参加のいい忘年会になったようである。
                                 (平成8年作)


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冬の灯

冬の灯のひとつに今日も帰りけり



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その店は駅前のタクシー乗り場から100メートルほど先にあり、タクシーで通るたびに見ていた店である。窓から覗くとカウンターに座る3人の客の後ろ姿が見えた。入口の傘立てに傘を入れドアを引いた。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「そう」
「こちら、カウンターの席でよろしいでしょうか」
若いイケメン風のボーイがカウンター越しに声を掛けてきた。
「お飲み物は?」
「ハイボールを」
「もしご指定がないようでしたら、当店では〇〇を使用してのものになりますが、よろしいでしょうか」
よろしいも減ったくれもない。そもそもハイボールなど飲んだことがない。妻がこの頃、晩酌にたまに飲んでいるのを横目で見ているだけで、口にしたこともない。しかし、酎ハイを頼む場所でもなさそうだし、水割りでは月並み過ぎる。ビールは飲んできていたので、ここはハイボールあたりが無難に思えたのである。
「今日はどちらかで飲まれての帰りですか?」と聞かれる。
「東京で集まりがあって少し飲んできたんだけど、いつも気になっていたので今日はちょっと寄らせてもらった」
名刺をもらうと店長だった。3人で経営しているという。私が何者かを聞き出そうとしていたが、カウンターに別の客もいたので詳しくはまたの機会にすることにして、たわいない話に終始した。
壁に掛けられたスクリーンでは外国の白黒映画を無言で流していた。字幕が目に入るので見るでもなく見ていたが、なかなか店のインテリアとしては粋なものに思えた。音楽は静かにジャズのようなものが流れていた。いつも誰かとワイワイ話をしながら飲む酒ばかりなので、たまにはこういう静かな場所で一人というのもいいもんだなぁと思った。常連客が多そうである。新たな客が来て賑やかになりそうだったので1時間ほどで帰ることにした。ハイボール2杯で2200円。「次回もまた、お待ちしております」帰りは店長がドアまで送ってくれた。
「とおとお はいってしまいました」のなっちゃんに感謝しながら雨の中を帰ってきた。
(注)この句は4年前、仕事に疲れ切っていた頃に杉田駅から自宅に帰る道すがら詠んだものである。写真は2回目に寄った時に注文した「ペッパーマティーニ」というカクテルである。
                                 (平成23年作)


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冬ぬくし

難敵の文字は「下のを」冬ぬくし



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娘からメールが返ってきた。
「(笑)正解は『髪切る蛸』でした。蛸が髪を切りに床屋に行く話だよ」
翌日その絵本を見せてもらいに行った。折り紙に書いたものをテープで留めて、絵本のように捲れるようにしたものだった。あまりの可愛らしさに、ちょっと借りてきて写しを取り、後日、油絵にして額に入れたのである。今でもその油絵は家に飾られている。

1 かみきるたこ
2 むかし たこのみみといゆ たこがいました
3 みみわ そこにいきたくてたまりません
4 そして とおとお はいってしまいました
5 そして かみを きってもらいました
6 そして うちにかえりました
7 そして よる ゆめで とこやに もういちどいった ゆめおみました
8 おわり

さぞや床屋はいい所だと思ったのだろう。髪の毛のあろうはずもない蛸を女の子にしたところも面白いが、床屋に行ってみたいという熱い思い、そしてそれを行動に移す実行力、そしてその夜、それを夢の中で再現する執念も相当なものである。5才児にして、すでに「女、恐るべし」の魔性を秘めている(笑)。

いつもこの絵を見ると、なっちゃんの行動力、実行力を思い、見倣わなくてはと思っていた。
杉田に一軒、どうしても入ってみたいバーがあり、気になっていたので行ってみることにした。なっちゃんの勇気を借りて、東京での集まりの帰りに「とおとお、はいってしまいました」
                                 (平成27年作)


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小春

大袈裟に負けて小春の指相撲



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もう4年も前のことになる。当時5才だったなっちゃんがダジャレに夢中になっていたことがあった。私が一つ考えると、すかさずなっちゃんも考えてダジャレの応酬となる。
私「悪いことをしたので、ブタがブタれた」
なっちゃん「ビッグマックでビックリ」
私「甘えたがって、ネコがネコろんだ」
なっちゃん「ジュースをジューと飲んだ」
私「食べられる餅のキモチがよく分かる」
なっちゃん「えっ!モチ?……あっ、そうか」
私「分かった?」
なっちゃん「分かった。じゃあ、えーと……アメがアメになった」
私「えっ!何、それ?」
なっちゃん「降ってくる雨が、食べる飴になったんだよ」
と言った具合である。

それからしばらくたったある日、娘にメールを打った。
私「亀がカメラをカシャ。布団が吹っ飛んだ。まだ、やってる?最近遊びに来ないけど……」
娘「ダジャレ、最近はサッパリだねぇ。今は絵本作りにハマってる。今日の作品は『かみきるたこ』です」
亀も布団もなっちゃんの作ったダジャレである。なかなかなものである。
かみきるたこ?噛み切るたこ?髪切るたこ?なんだか、これもダジャレっぽい。
「かみきるたこって何?」とメールを送ってみた。(つづく)
                                 (平成23年作)


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