2015年09月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2015年09月の記事

秋風

秋風や凡そ沈思の人と見ゆ



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集合場所の万葉会館に行くと、弁当とお茶と短冊が渡された。開始時間までに食事をし、短冊に2句書いて投句しなければならない。まずはどこで食べようかと見てみると、4人掛けのテーブルの2席が空いていたので相席で座らせてもらうことにした。一緒に吟行して回ったおじいちゃんも一緒である。この方は埼玉から朝一番で出てきたという人で、しかも俳句は初めてだという。向かいに座っていた二人も初心者で年も私より上である。一人は東京の練馬から来たといい、もう一人は湯河原の方で、さっき藤棚の下で饅頭を食べていた人である(写真左)。弁当を食べながら4人で話が始まった。

練馬「毎日が日曜日で朝から一杯飲んでしまうので、何かやらなきゃいけないと思い俳句を始めたが、句会に行っても集まるとただ飲むだけだから一向に上手くならない(笑)」
私「朝から飲むというのは景気がいいですねぇ。今日はいい句が出来たのですか?」
練馬「出来る訳ないよ。今日は温泉に入りに来ただけだよ」
埼玉「今日はやたらと蝉が多かったので、蝉時雨で作ってみたけど、みんなも同じだろうね」
私「蝉時雨は夏だから駄目ですよ。詠むんだったら秋の蝉にしなくちゃ」
饅頭「えっ、蝉は駄目?だって、まだ夏だろ」
私「もう立秋を過ぎたので、とっくに秋ですよ」
饅頭「いやぁ、もう書いて出しちゃったよ。2句とも蝉の声だよ」
私「さっき、藤棚の下でお茶を飲んでいた人ですよね」
埼玉「藤の実たわわというのは、どうだろう?あそこに随分とぶら下がっていたけど……」
私「たわわなんて言葉は使わないほうがいいですよ。初心者が使いたがる言葉だから。第一、あの藤の実はたわわなんかじゃなかったし」
埼玉「藤の実あまたは?」
私「それも同じですよ」
饅頭「じゃ、ああいうのはどう詠めばいいんだ?」
私「藤の実の説明はしない方がいいんですよ。藤の実はもうそれだけでみんな分かりますから。藤の実から少し離れて、腰掛けていたベンチが軋んだとかやった方がいい。『藤の実の下に木椅子の軋みをり』とかね。ギィーと椅子の軋む音がいかにも秋らしいじゃないですか」
3人「おー!」
                                 (平成27年作)


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白芙蓉

白芙蓉愛しさゆえに触れられず



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黛まどかさんは関係者の運転するワゴン車で到着した。白と黒をコーディネートしたノースリーブという出で立ちである。BCG接種の痕まで見える。しかもハイヒールを履いている。事前に公園を歩いてきた私にはハイヒールでの散策はありえないことが分かる。きっと始まる前に靴に履き替えるのだろうと思った。(どうも詰まらないところに目が行くものだと我ながら呆れる)マイクを持っての挨拶のあと、ボランティアガイドの人達が紹介され、5組に分かれて散策するという。「えっ!まどかさんと一緒じゃないの?」世の中はそんなに甘くないようである(笑)。

みんな、それぞれのガイドさんに分かれて吟行を始めた。まどかさんはどうするのかと見ていると、なんと公園の方に向かって歩き始めるではないか。ハイヒールのままである。公園入口の階段の手前で私の前を横切ろうとした。
「結構、蚊がいますから喰われますよ」と声を掛けた。
「えっ!そうですか。ちょっとぉ、蚊避けのスプレーを持ってきて」と付き添いの人に声を掛けている。すぐにスプレーが用意された。準備の良さには驚かされた。付き添いも大変である。私は一人のガイドさんのチームに入って、まどかさんと一緒の道を歩いていった。滝が流れていて涼しい。蝉の声も聞こえる。木の葉が少し赤くなっている。
「あら、もう葉っぱの先が紅葉していますよ。初紅葉ですね」とまどかさん。どれどれ、どうでもいいような葉っぱでも、彼女が言えば覗いてみたくもなる。
まどかさんが茶室の方に行き、ガイドが違う方向へ行こうとするので「茶室の方に行きましょう。茶室のガイドをお願いします」と言うと「そうしますか」と言ってくれた。とてもいい人である。まどかさんは茶室の中でお茶を頼んだようで出て来そうにない。中は狭く満席状態である。しかたなく、ガイドさんと他を回ることにした。
その時すでに茶室の前の藤棚に腰を掛けてお茶を啜りながら饅頭を食べている男性がいた。吟行に参加した人ではないなぁと思って見ていた。なぜなら吟行が始まってまだ10分と経っていないのだから、俳句そっちのけで饅頭を食べる人はいないだろうと思ったのである。しかし、それが私の勝手な思い込みであることが、のちに分かることになる。
                                 (平成27年作)


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水の秋

朱の橋の朱をちりばめて水の秋



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黛まどかさんの話を2回書いたあと、ブログは黒部ダムへと移ったので「湯河原での話はないのですか」と聞かれてしまった。結果が結果だっただけに、妙に筆が重い(笑)。しかし、あれだけ宣伝してしまったので書かないという訳にもいかない。「敗軍の将、兵を語る」の巻である。

当日は会社を休んで参加したので、会社の中には何をしに出掛けるのか知りたいという人もいた。俳句に興味のない人に「吟行」といったところで分かるはずもない。
「万葉公園という場所に集まり、みんなで一斉に俳句を作り、一人2句提出する。80名の参加なので160句の中からまどかさんが選者となって良いと思う句を選び優勝者を決める」と説明する。よせばいいのに「行く限りは優勝だ」などと話を盛り上げるので、最後は自分の首を絞めることになる(笑)。
「それじゃ、事前にいい句を用意して行けばいいんじゃないですか?」と聞いてくる人もいる。
「なるほど、そう思いがちだが、その場で作ってこその吟行なんだ」と説明する。
「事前に作っておいた句というのは読むと分かるものなんだよ。温泉地だから「湯の町」とか「下駄の音」とかで作りやすいが、実際に行ってみると全く違ったものが見えてくる。頭で考えた句は昔誰かが詠んだような月並みで面白味のない句になりがちなんだ。実際にその場で見た物、感じた物を詠まないと感動は伝わらない。もちろん、そんな句はまどかさんが見逃すはずもない」「それじゃ、一発勝負ですね」「そう、その一発勝負が腕の見せ所なんだよ」と腕の力瘤を叩いてみせる。

朝早く出掛けた。到着一番乗りである。車を駐車場に入れ、早速公園を歩いてみた。早く着いて先に作っておくという作戦である。意外にすぐに出来たが、いい句という訳ではない。いかにも事前に作ってきたというような句ばかりである。「んーん、……」唸り始めた。
                                 (平成27年作)


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香水

香水の瓶のいびつを愛でにけり



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倫理法人会には「万人幸福の栞」という小さな冊子があり、幸福になるための行動指針が示されている。その第5条「夫婦は一対の反射鏡」には夫婦のあるべき姿が記されている。
「結婚当時はうまくいくが、次第に離れて全く反対の方向にさえ行ってしまうことがある。そうなると家のことはチグハグになって仕事も商売もうまくいかなくなる。それがこれまでは仕事の方ならば夫のせいにし、また子供のことなどは妻の責任にした。これが実は大間違いである。全てが夫婦の心の一致しているかいないかに掛かっているのである」
どこにでもありがちな夫婦の心の在りようが語られ、上手くいかなくなる姿が捉えられている。そして夫婦の「一致和合」こそが幸福の元であることが説かれている。
「どうしたら完全な一致が出来るであろうか。これまでは妻は夫を改めさせようとし、夫は妻をやかましく言った。それが大間違いであった。夫婦は互いに向かい合った反射鏡である。夫が親愛の情に燃えてやさしくすれば、妻は尊敬信頼して世の中に夫よりほかに男性はないと、ただ一途に夫を頼る。この時、夫はまた世に妻よりほかに良き女性はないと愛情を傾ける。そして明朗愛和、常に春のような和やかな家庭が作られる。反対に夫が威張りすぎ、封建思想を振りかざすと妻は小さくなって内に籠もって亀のように強情になる。妻が出しゃばり高ぶってやってのけると、夫は猫のように弱々しく優柔不断になり、どこへ行っても馬鹿にされる」
そして結論として「夫婦が互いに相手を直したいと思うのは逆である。ただ自分を磨けばよい。その時、相手は必ず自然に改まる」と書かれている。

妻の誕生日が来た。ささやかなプレゼントを用意し、メッセージを添えた。
「こんな男と36年も一緒にいてくれたかと思うと申し訳ないような気持ちで一杯です。
これからは精々楽しんでもらおうと思っていますので、健康にだけは心してください。
物には心を寄せて
心には物を添えて
誕生日おめでとう」
                                 (平成27年作)


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螻蛄鳴く

螻蛄鳴くや宴たけなはといふ言葉



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最近「締めの日向」と言われている。所属する倫理法人会の暑気払いの会で締めの役を任され、思った以上に上手く話せたようで、それ以来ことあるたびに締めを指名されるようになってしまった。堅苦しいこともなく、和気藹々の会なので、それも良しとしてこなしているが、その切っ掛けとなったその時の私の挨拶をここに記しておこう。酔っているので、声の大きさだけは迫力ものだったと自負している。

「只今ご紹介を頂きました日向と申します。諸先輩方が大勢いらっしゃる中で甚だ僭越ではございますが、ご指名でございますので締めの音頭を取らせていただきます。少しお時間を頂き、話をさせていただこうと思いますので、一度ご着席をお願いいたします。
今、司会者からご紹介ありましたように来期から副会長を仰せつかることになりました。会社では社長になるまで20年掛かりましたが、この会では入会1年で副会長ですので、誰よりも私自身が驚いております。(会場、笑い)欠席した会合で決まったようで、会長からは「はい」か「イエス」かの返答しかないと言われ、お受けすることになりました。「何もしなくてもいい」ということで安心してお受けしましたが、まずはこの締めの役が回ってまいりました。(会場、笑い)おそらく、この1年の朝6時からのモーニングセミナーの出席率が良かったからであり、これからも出てこいという意味と勝手に受け止めております。

今日は冒頭に新入会員10名の歓迎会が行われ、壇上で紹介がありました。このような立派なホテルでの歓迎ですので、とても羨ましく拝見しておりました。と申しますのは、昨年、私達入会組にも同様の歓迎会があったのですが、場所は関内のとある地下を降りた場末の居酒屋といったような所でした。(会場、笑い)入る年を間違えてしまったかと思いました。来年もあろうかと思いますが、またアングラ居酒屋に戻らないように皆さんで会のレベルを上げていきたいと思います。(会場、拍手)

また今日は傘寿のお祝いということで3名の先輩方がお祝いされました。誠におめでとうございます。88才とは見えないほどに若々しく……(会場から80才との掛け声)(会場、笑い)失礼いたしました。80才でした。どなたも素晴らしい風格を備えて見えましたので、飛んだ勘違いをしてしまいました。ともかくも我々にとっては羨ましい限りの人生の先輩達であります。常にバイタリティーに溢れ、現役を貫かれている姿は我々の目指す所でもあります。これからもご指導ご鞭撻をお願いいたします。

それから、今日は新旧会長の交代をお祝いする会でもありました。入会以来、私に取りましては会長はずっと○○さんでしたので、安心して付いてまいりましたが、それは偏に会長のお人柄によるところが大きかったかと思います。このように安心して付いていける人柄とは何なのだろうと考え……ここは間違えてはいけない所ですので、酔っぱらいながらもメモしてまいりました。(会場、笑い)(メモを見ながら)○○会長の素晴らしいところは「誰に対しても分け隔て無く平等に接してくれる暖かさ」ではないかと感じております。(会場、拍手)次期会長に於かれましても、この点はしっかり引き継いでいただき、会員全員を暖かく平等に引っ張って行ってもらいたいと考えます。

最後になりますが、私がこの会に入会させていただきました時、○○さんから「この会には必ず上着、ネクタイを着用のこと」と言われ、ずっと守ってまいりました。しかし、今日初めて、そのことを守らず、上着もネクタイもなしで参加してしまいました。これは今日、このような素晴らしい会場とは考えず、昨年同様のアングラ風居酒屋での飲み会をイメージして来たからでございます。ましてや、このような大役が待っていようとは知らず、壇上に上がってしまいました。このことにつきましては、今日の一番の目的が「暑気払い」であるということに免じてお許しいただきたいと思います。(会場、拍手)

それでは前振りが少々長くなってしまいましたが、ここで締めさせていただきます。全員、お立ちいただきたいと思います。
横浜市倫理法人会の益々の発展と、今日ここにご参集の皆様のご健康、またご事業のご発展を祈念いたしまして、3本で締めさせていただきます。ヨー、……有難うございました」
                                 (平成27年作)

(注)螻蛄(けら)には「飛ぶ」「泳ぐ」「走る」「土を掘る」「木に登る」の五芸があるが、いずれの芸も稚拙である。多芸だが拙い人を「螻蛄の芸」といって蔑むことがある。


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そぞろ寒

そぞろ寒そつと鼠に毒を盛る



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黒部峡谷「ねずみ返しの岩壁」のブログにコメントをいただいた時、随分昔のことになるが「ねずみホイホイ」という商品があったことを思い出した。
もう35年も前のことになる。当時勤めていた会社の関連会社に三富士電工という会社があり、そこで「ねずみホイホイ」を扱っていたのである。商品名が「ねずみホイホイ」だったかどうかは定かではないが、ネズミの嫌いな超音波を出して駆除するという装置であった。倉庫や飲食店などが主なお客だったと思う。
一時は結構な売り上げがあったようだが、いろいろなクレームが続き、その頃にはほとんど販売を止めていた。当時、私はそこを管轄する本部会社にいたので、そこの社長に親しく話を聞く機会があったのである。
「設置はしたものの、ネズミがいなくならないんだから参ったよ」と笑いながら話していた。
「製品の性能に問題があったかも知れないが、特許申請なんかしていたので信じて売っていたよ。ところが設置したあと、一匹でもネズミが出るとお客はインチキ商品だと言い始める。そりゃ、ネズミの中にも一匹二匹はツンボのネズミだっているさ。お客の所に行っていろいろ説明するものの、ネズミがいなくならないと納得してくれない。代金がもらえないと大変なので、天井に上がってボリュームを目一杯に上げたりしてやってみたが、それでもいなくならない。最後の手段で、鳥もちを仕掛けておいたこともあった」などと話すので「さすがにそれは駄目だろう」と笑いながら聞いていたものである。
今、ネットなどで見てみると同様の商品が売られているようだが、月日も流れ、性能も上がったはずなので、あの頃のものとは似て非なるものなのだろうが、商品の出始めにはそのような苦労もあったことも想像に難くない。あの社長、生きていれば疾うに80才は越えていようが、冗談交じりに面白おかしく話してくれた顔を懐かしく思い出す。
                                 (平成27年作)


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秋の蝶

黄から黄へ舞ひてまた黄へ秋の蝶



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最終日の上高地は天気上々である。前日たくさんの乗り物に揺られ少し疲れてはいたが、初めての大正池であり河童橋である。どんな所かと張り切ったことは言うまでもない。大正池でバスを降りて約3時間の自由時間があった。簡単な地図を見ながら河童橋を目指して歩き始めた。初めはあれこれと写真を撮ったりしていたが、そのうちガイドに連れられてぞろぞろと歩いている一団と出会った。その中に紛れ込んで説明を聞いていると、昔の吟行を思い出した。ガイドの言葉をメモしながらその後ろを歩き、ガイドが立ち止まると私も止まる。その一団がどんなグループなのかは知らないが、最前列で説明を聞いているのでガイドも私の方を見て話すようになる。質問までする。最高にいい感じである。一帯に生える木々の説明、草花はもちろん鳥の声まで教えてくれる。やはりガイドは最高である。どんどんガイドに付いて進んでいったので、途中妻を見失ってしまった。慌てて探すと、少々お怒り顔で後から歩いてくる。
「はぐれたかと思ったよ」と私。
「食事をするいい場所があったのに、一人でどんどん行くんだから。川のほとりが涼しそうで好かったのに……」

一団と別れたあと、木陰で弁当を食べてゆっくりと河童橋へと向かった。道の両側に黄色い花が咲いていて蝶々が飛び交っていた。その写真を一枚撮りたいと思った。蝶々は花に止まるとすぐに飛び立つ。何回写しても私のデジカメではよく撮れない。しかし諦めずに写していると、妻が「これは蝶ではない」と言い始めた。
「えっ!蝶じゃない?」と私。
「だって蝶は羽根が4枚だよ。これは2枚だから蛾だよ」と言う。
「蝶と蛾の違いって羽根の枚数なの?」
「そうだよ。知らなかったの?」
一昨夜の「猫又」の一件があるので、妙に説得力がある。私には蝶と蛾の見分け方などという知識はない。蛾は夜に飛び、昼に飛ぶのは蝶だぐらいにしか思っていない。なるほど蛾と言われるとそのようにも思えてくるし、何となく気味悪くも見えてくる。

帰りの電車の中で妻のスマホを借りて調べてみて、やはり蝶であることがわかった。蝶の名前はウラギンヒョウモン、花の名前はハンゴンソウである。
それにしても間違っていたとはいえ、妻の自信に溢れた言い方は只者ではないと思った。人を説得しようとする時の迫力には凄いものがある。やはり妖怪かも知れないと思い横顔を覗いてみると、さすがに疲れているようで座席に深く凭れて寝ているのだが、寝入った顔はなるほど猫のようにも見えてくる。
                                 (平成27年作)


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滴り

堰き止めてなほ滴りの治まらず



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さて、いよいよ「黒部の太陽」最大の山場「破砕帯」を通過するトロリーバスに乗り込む時が来た。4台のバスが連なって走るので、出発時間までには200人位の人が列を作って待っている。改札が開くと同時にどんどん乗り込んでいき、我々が乗り込もうとする時にはどのバスも満席のようになっていた。椅子は空いていなかったので一番前まで進み、運転手のすぐ側に立つことにした。トンネルを進んでいく一部始終を見ることが出来、あとで考えてみるとこれが一番の特等席であった。
バスは出発してすぐに右に左に幾曲がりしスピードを落とした。対向するバスと擦れ違うエリアに差し掛かったようである。対向のバス全てが右側へ寄ってから、ゆっくりと前に進んだ。エリアを過ぎた所に「貫通点」と書かれた赤い標示が見えた。映画の最後に両側から掘り進み貫通する場面があるが、その場所のようである。
そしてまたしばらく行くと「長野県」と書かれた黄色い標示が現れた。県境ということになる。トンネルのちょうど中程に当たるかもしれない。そしてそのすぐ先に青い標示の「破砕帯」の文字が現れた。80メートルと言われるその部分は青く照らされている。通過するのにどれ位かかるか、自分の時計で測ってみることにした。どれだけの人が同じことをしただろう。「通過、わずか8秒!」と妻に言うと「大きな声を出すのはやめて」と叱られた。

全長5.4キロの関電トンネルは、昭和31年10月に本坑掘削を開始し、当初1年で掘り終える予定だった。しかし32年5月に大町側から2.6キロ掘り進んだ所で破砕帯に遭遇し、工事は困難を極めることになる。通常なら10日で抜ける距離に7ヶ月を要することになるのである。破砕帯とは岩盤の中の岩が細かく砕け、その隙間に地下水を大量に含んだ軟弱な地層のことである。掘っても掘っても天井が崩れ、前に進めない状態に陥ったのである。しかも地下水は4℃と冷たく、毎秒660リットルという勢いで飛び出してくる。映画の中のハイライトともいうべき難所である。

その日の宿は大町温泉であった。食前酒に「破砕ロック」という飲み物が出てきた。一口で飲み干せる量であるが、なかなか美味しい。「黒部ダム建設当時作業員に愛された飲み物で、焼酎と葡萄酒を合わせたものです」という説明書が添えられていた。大町の人達だけが作れる涙のお酒のように思えた。
                                 (平成27年作)


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秋の虹

慰霊碑にダム湖の綺羅と秋の虹



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室堂からトロリーバスに乗り、ロープウエイ、ケーブルカーと乗り継いで黒部ダムへと下りていった。大観峰駅に着いた時には晴れ間が見えて、眼下に雲があり、その切れ間からダムの姿が見えた。何と変わりやすい天気であることか。室堂の霧が嘘のように思えた。
初めての黒部ダムである。長さ492メートルの堰堤を歩き、飛沫を舞い上げる大放水を眺めた。折りよく虹も架かり、絶好のダム日和である。たくさんの観光客が写真を撮ったり、覗き込んだりして楽しんでいた。これだけのものを僅か7年の歳月で作り上げたのである。今では動き出したら止まらない公共工事の代表格のように言われるダム工事であるが、戦後間もない時期にこれだけのものを作ったのである。見事というよりほかはない。映画の最後に三船敏郎が歩き、石原裕次郎が歩き、宇野重吉が歩いた堰堤である。ゆっくりと噛みしめるようにして歩いてみた。

ダムのはずれに慰霊碑が飾られていた。「尊きみはしらに捧ぐ」(写真)である。171人の殉職者の名が記された文字盤もあり、花が供えられていた。NHKのプロジェクトX「黒部ダム」を見ていた時、その中に葬儀に参列する男たちの写真が一枚映し出されていた。遺族の顔や僧侶の姿はなかったが、黒い喪章を付けて正座している男たちが並んでいた。171人にはそれぞれの家族がある。懸命に働いていると思っていたある日、変わり果てた姿で家族のもとへ戻ってくるのである。帰りを信じて待っていた妻はある日突然未亡人となり、子供たちは遺児となる。大切に育ててきた息子を亡くした親達がいる。会社側からは僅かな弔慰金が届けられ、葬儀が執り行われ、会社のために殉じてくれたと慰めの言葉が掛けられる。しかし、葬儀を終えた家族にはその後、癒えることのない悲しみと困難な生活が待ち受けているのである。
前人未踏の大工事に取り組み、成し遂げた男達の素晴らしさがある一方で、決して忘れてはならない犠牲者達とその家族があったことを碑は伝えている。
                                 (平成27年作)


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山霧

山霧の霽るるを待たず発ちにけり



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翌朝はバスに乗り込むと同時に降り出した。ガイドさんが「山の天気は分かりません」とは言うものの本降りの様相を呈してきた。立山駅で降り、いよいよこれから立山黒部アルペンルートという時になっても止まない。美女平までケーブルカーで登り、そこからバスで室堂まで登るのである。天気予報がいよいよ当たってしまったという感じである。
ダム建設ではここからこの3000メートル級の山々を資材や食料を運び、ブルドーザーまで運んでいったのである。大町側からのトンネルの貫通を持っていると少なくとも1年は待たなければならない。それでは工期に間に合わない。400人の強力(ごうりき)を集め、食料や燃料、宿舎の建設資材などを運ぶ。しかし最も肝心な重機などの建設機械が運べない。そこで考え出されたのが、ブルドーザーを標高2700メートルの立山の尾根まで運び、雪を待って橇に載せ、一気に黒部まで滑り降りるという作戦である。バスで室堂に到着した私はその無謀とも言える運搬作業のことを考えていた。途轍もない人たちがいたものである。

室堂では散策の時間がたっぷり取られていた。もちろん専用のガイドさんも待っていてくれて、本来ならば「みくりが池」を巡り、高山植物を見て、あわよくば雷鳥にも会えるという場面なのである。しかし、到着と同時に諦めていた。雨は降ったり止んだりであったが、雲なのか霧なのかが立ち込めて視界を阻み、合羽と方位計がないと歩けない状態なのである。傘をさして外に出てツアー全員が集合したところで中止が決定された。
すなわち、大量な時間を休憩所で過ごすことになってしまったのである。中には人が溢れていて食事をする場所もない。たくさんの人が階段に座り込んで弁当を開けていた。
「さて、どこで食べようか?」が差し当たっての問題であった。
中をうろうろしていると気圧が低いためか少し息苦しさを感じてきた。雷鳥どころの騒ぎではない。外気を吸いに外に出てみると、この霧の中を歩いていく人がいる。きっと晴れるという確信があるのだろう。いや、是が非でも進まなければならない事情があるのかも知れない。なるほど山登りには経験と根性が必要である。これ位でバテてしまうようでは、到底山登りには向かないと思った。結局、我々も階段に腰を掛けて、冷たい弁当を食べることになってしまった。
                                 (平成27年作)


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猫じやらし

猫じやらし揺らし「猫又駅」通過



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黒部峡谷鉄道の終点は「欅平駅」であるが、時間の都合上「鐘釣駅」で折り返した。1時間ほど時間があったので、ぶらぶらと散策して回った。奥に河原露天風呂というものがあったが、午後4時過ぎには入れないということなので仕方なく手前の足湯に浸かることにした。妻と向かい合って入っていると虻のような虫が纏わりついてくる。徐々に多くなり、妻も閉口し始めたので早々に出て、隣の茶店で休むことにした。店の人に尋ねると「おろろ」という虫だという。川の砂地にいるらしく、この時期にだけ出てきて人を刺すという。ことの序でに私がその小母さんと話し込んでいると、妻はその建物の裏側に回って中を覗いて来たらしい。集合時間が迫ってきたので帰ろうとすると、中に妖怪伝説のことが書かれていたと妻が言う。
「えっ、狡いよ。一人だけで見て……」
大急ぎで中に入って覗いてきたが、時間がないので写真に収めてくるのが精一杯だった。
帰りも同じトロッコ電車で「宇奈月温泉駅」まで戻ってきた。
途中、「猫又駅」を通過したところで、左手に険しい崖が見えてきた。「ねずみ返しの岩壁」である。車内アナウンスの説明があった。ねずみが登ることもできないほどに切り立った岩壁。それを追いかけてきた猫もまた登れない。「猫もまた」から「猫また」、それが駅名の謂われだという。

その日の旅館での夕食でのことである。
私「あの車内アナウンスの猫又の説明はないよなぁ。まだ読んでないけど、あの建物に書かれていた妖怪伝説の方が正しいんじゃないかな?そこからきた駅名だろう」
妻「何を言っているの。猫又を知らないの?」
私「えっ?」
妻「ポピュラーな妖怪だよ。猫が年老いてくると尻尾が二つに割れて妖怪になるんだよ。猫が人の死体を跨ぐと猫又になるとも言われている。私が妖怪に詳しいことは知ってるでしょ」
私「……」
妻「百物語のこともブログに書いていたけど、てっきり知っているかと思った。あれは怪異を起こさないために百までは話さないで九十九で止めるのが作法だよ」
私「……」
そういえば、昔二人で出雲大社に行った時、わざわざ車で遠出して境港まで行ったことがあったっけ。水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」を見にいったのである。ねずみ男と砂掛け婆の間に挟まれてご満悦で写真に納まっている妻の写真が今も我が家に飾られている。
猫又の話ではグーの音も出なかっただけに、食事が終わって立ち上がった妻のお尻に尻尾が付いていないかどうか確かめることだけは忘れなかった私である。
                                 (平成27年作)


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