2015年05月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2015年05月の記事

山車

山車の灯の泊つるホテルの前を過ぐ



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茶摘みを終えて浜松の凧揚げ会場へと向かった。家康の頃から続く勇壮な凧揚げである。3日間行われ、初日は初子の誕生を祝う「初凧」が揚げられ、残り2日は町内競い合っての「糸切り合戦」が行われるという。天気は上々、まさに凧日和であった。
会場に向かう車で夕食の話になった。
「ウナギは食べたから、あとはノレソレだなぁ」
「ああ、随分前に食べたことがあったわねぇ」
「浜松なら、きっとあるよ、浜名湖が近いんだから」
ということで、これもまたスマホで料理屋を調べてみることにした。本当に便利な代物である。いろいろ検索したあとで、ようやく見つかったようである。
「あった!駅から徒歩2分。ノレソレもある。炙り料理の店だって」
「近くていいね。炙りって、炙りカツオの炙り?」
「そう、藁に火を点けていろんなものを炙るみたい」
「よし、そこにしよう。久し振りだなぁ、ノレソレ」

そんな会話をしながら、凧揚げ会場に着いたのであった。凄い人出である。法被姿の人がたくさんいる。しかも、いろいろな法被がある。パンフレットを見ると、174町内がそれぞれで法被を持っているそうで、浜松っ子の祭好きが分かろうというものである。また、ラッパが凄まじい。子供から大人まで隊列をなして行進しラッパを吹いている。聞くと進軍ラッパのようにも聞こえる。戦争を彷彿とさせるラッパであるが、あまりにあちこちで吹いているので徐々に違和感がなくなり、しまいには「これぞ浜松まつり」と思えてくるから不思議である。人々の熱気に打たれつつ、悠々と舞う凧を見ながら会場を後にした。
ホテルで少し休んだあと、最上階にある展望ラウンジに上ってみた。45階のパノラマで浜松市内が一望出来る。遠くに富士山や南アルプスを望み、天竜川、遠州灘が見える。浜松城がとても小さい。ガラスに近づいて下を見ると、ビルの間にこれから繰り出される御殿屋台が何基も並んでいるのが見える。法被姿が米粒のようである。
6時半にお練りが始まるので、それに合わせてホテルを出た。目の前に屋台が並んでいる。勇ましいラッパの音と共に祭囃子の笛太鼓が聞こえてくる。次々と繰り出される見事な装飾の屋台を眺めながら夕食へと向かうことにした。
「ノレソレはこの近く?」
「待って、スマホで見てみる」
そのあとに起こったことを書くのはつらい。
「文明の利器に頼り過ぎてはいけない」という教訓を、旅の終わりにして知らされることになるのである。「浜松駅前」と検索して、何と東京の「浜松町駅前」を探し出していたのだから。
                                 (平成27年作)



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茶摘女

茶摘女のほどけし姉さ被りかな



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2日目は茶摘みをしてみたいと思った。調べてみると浜松から少し離れた茶畑で体験出来るとある。ただし「要予約」である。ホテルの朝食を終え部屋に戻った8時に電話してみることにした。「10時からだから早過ぎない?」と妻は言うが、要予約なので電話してみないことには始まらない。男性が出た。
「今日の予約をしたいのですが……」
「申し訳ないのですが、今日はもう一杯です」
即座に断られた。
「凄いですね。ゴールデンウィークだから、みんな詰めかけてるんだ。予約したお客さんの横でちょっと摘むだけでいいんですけど……」
「どちらからですか?」
「浜松です」
「じゃ、10時開始なので、その前に来られますか?9時半とか」
「はい、大丈夫です。すぐに行きます」
何事も簡単に諦めてはいけないということである。

早速ホテルを出た。途中、椎の花の写真を撮ったりしたので遅くなったが、それでも9時には到着していた。9時半には少し早い。茶摘み体験だけならすぐにでも入っていくところだが、茶摘女(ちゃつみめ)の写真を1枚撮りたいという隠れた目的があるので、我々夫婦だけで行っても意味がないのである。茶園の駐車場でしばらく待つことにした。
すると、そこに車が1台入ってきて女性が何人か降り立った。この時間なので茶園の関係者だろうと見ていると、中に入って茶摘みの衣裳を着ているではないか。
「行くぞ!」妻に声を掛けて飛び込んでいった。中に先程の電話の男性がいた。
「いやぁ、早かったですね」と男性。
「無理言って申し訳なかったですね。前の女性達と一緒で構いませんのでお願いします」
妻も勢いで着替えている。二人だけなら「私は着ない」と言いそうなところである(笑)。
前の女性達はご家族だった。ご主人と奥様とお嬢さん2人である。とてもいいご家族である。それぞれの進学の関係で離れて暮らしているので、久し振りに家族で集まって休日を過ごしているのだという。自分の家族の15年ほど前の姿と重ね合わせていた。
「ブログに載せたいので、写真を1枚撮らせてもらっていいですか」
「はい、いいですよ」
「ありがとうございます。あっ、ご主人は結構です(笑)」
「(笑)」
その時の笑顔である。こんなに美しい写真があるだろうか。私の畢生の1枚になりそうである。
                                 (平成27年作)


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椎の花

山路行く我も旅人椎の花



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行きの新東名高速道路を走っていた時のことである。静岡県に入った辺りからだろうか、左右の山々に見慣れぬ木々が目立つようになってきた。杉などの常緑樹の間に薄黄色の木々がこんもりと茂っていて、山全体を席巻しようとしているように見えるのである。「何という木だろう」と言い出したところから妻との会話が始まった。
「何か外来種じゃないの?気持ち悪いわね」と妻。
「いやぁ、これだけあって外来種なら社会問題になっているはずだよ」
「台湾のビンロウみたいに?」
「そう、あれはやり過ぎだよ」
「黄色いのは花かしら?」
「晩春か初夏だから、栗の花か何かじゃないかなぁ」
「ちょっと待って、スマホで見てみる」
最近は重い図鑑や辞書を持たなくても出掛けられる便利な時代である。私はスマホを持っていないので調べてもらうしかないのだが、隣に持っている人がいれば最高である。
「色は似ているけど、花の形が違うみたい」
「遠くから見たら、形なんかは分からないんじゃないか?」
ということで、次の休憩所に立ち寄って車を出て確かめることにした。しかし、駐車場からでは遠すぎてはっきりとは確認できない。また車を走らせた。
「似ているとは思うけど、椎の花は違うかなぁ?」
「待って、見てみる。ああ、本当に似ている。花は栗の花に似ているようだけど、木全体の様子はこっちが正解みたい……これだぁ!」
ということで、ようやく椎の花に辿りついたわけである。

そのあとの会話にならなかった会話である。
妻「松尾芭蕉に『旅人の心にも似よ椎の花』って句があるみたいだけれど、知らなかったの?」
私「………」
                                 (平成27年作)


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松の芯

天守より天下を望む松の芯



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長篠を出て浜松へと向かった。途中、三方ヶ原に寄って古戦場跡を見ようと思った。小豆餅、銭取の逸話もあるので、カーナビで古戦場跡と検索してみたのである。しかし、いくら探してもここぞという場所が出てこない。途中で諦めて犀ヶ崖資料館を目指すことにした。山岡荘八の小説には「三方ヶ原は浜松城の北にある。二俣街道の左につづいた犀ヶ崖の上の高原で、たて三里、よこ二里にわたって灌木の生えるに任せた荒蕪の地」と書かれている。
その資料館で三方ヶ原の場所について聞いてみたが、ここでもやはりはっきりとは特定されていないとの答えであった。資料館の横にはこの戦いで家康の身代わりになって切死した夏目吉信の碑や、息子に家康を守れと言い残して死んだ本多忠真の碑が建てられていた。
約束のウナギを食べた後、いよいよ浜松城へと向かった。浜松城といえば、やはり元亀3年(1572)12月、「三方ヶ原の戦い」で敗れ、這々の体で逃げ帰った場面を思い浮かべる。ここも山岡荘八の文章を記しておこう。

命からがらという言葉が、そのままあてはまる惨敗だった。
家康はいちど浜松の八幡社の前の大楠の前に馬を休めてそれから城へ生色もなく辿りついた。
疾走する力もなくなった馬。
運命をかけて惨敗した大将。
高木九助だけがひっそりと閉ざされた闇の中で大声に叫んでいた。
「敵の大将信玄が首、高木九助が討ち取ったり。お館さまのご帰城ぞ。開門開門!」
吹雪はそうした悲劇の城をまっ白につつんでいた。

中に入ったが、連休中でもあり、人でごった返していた。さまざまな展示品があったが見るところではない。人の間を縫うようにして、ようやく天守まで登った。高い建物に遮られて家康の頃とは全く違った眺望であろうが、ここから天下を取りに行ったことを思い、得も言われぬ感慨を覚えたものである。
                                 (平成27年作)


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蛙鳴く

蛙鳴く雨の長篠古戦場



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長篠城址から設楽ヶ原へと車を走らせた。また雨が降り出して山々が霞んで見えた。馬防柵はすぐに見つかった。遠くから眺めると、そこに居並ぶ織田軍2万、徳川軍8千の軍勢が見えるようである。きっとその奥に黒い鎧を纏った信長がいて、家康がいたのである。
車を道の途中に止め、馬防柵まで歩いてみた。武田信玄という動かぬ山を失った武田軍が、はやる勝頼に率いられ決戦に臨んだのである。武田の騎馬隊が走り来たであろう方角を見やり、息を潜めて待つ鉄砲隊の心を思った。蛙がしきりに鳴いていた。馬防柵の前での最初の戦いの様子を山岡荘八は次のように記している。

と、その時だった。
柵の前に密集してしまった騎馬武者二千の上へ、信長の伏せてあった千挺の鉄砲が、いちどにダダダーンと天地をゆすって射ち出されたのは……
一瞬あたりはシーンとした。
一発一人を必ず倒すと言われた片眼をつぶって狙う信長の新式鉄砲。
それが千挺、一度にかたまった人垣を見舞ったのだ。
硝煙のゆるく西に流れ去ったあとの柵前には、主人を失った馬だけが、キョトンと取り残されて、人の数は数えるほどしか残っていなかった。

その後に訪ねた資料館の横に「信玄塚」というものがあった。両軍合わせて1万6千もの戦死者があったと言われ、戦場の片付けに従事した村人がねんごろに葬り、2つの塚を築いて弔ったものである。武田軍の死者を弔う「大塚」、織田・徳川の死者を弔う「小塚」。この2つの塚に当時すでに亡かった信玄の名を冠したというところが面白い。
                                 (平成27年作)


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樟落葉

磔刑に散りし玉の緒樟落葉



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山岡荘八著「徳川家康」26巻を読書中の私がゴールデンウィークの旅先に選んだのは浜松城。浜松に宿を取り、長篠・設楽ヶ原、三方ヶ原を見て、凧揚げや御殿屋台で有名な「浜松まつり」を楽しんでこようというのである。ちょうど八十八夜なので茶摘みも見てみたいと欲張った計画を立て、5月4日(月)の夜中に出発することにした。
昨年、上田城を訪ねた時の「2時起床、走行250㎞、6時到着」を参考に今回は「2時半起床、走行270㎞、7時到着」を計画した。妻には「早過ぎるよぉ」と言われたが、昼のウナギで何とか話をまとめることに成功した(笑)。
天気は生憎の曇り空。途中ずっと持ち堪えていたものの新東名の浜松いなさインターを降りた途端に降り出した。「わぁ、雨の馬防柵になりそう。火縄銃なので合戦当日は雨ではなかったはず」などと考えたりしていた。
最初の目的地の長篠城址に到着したのは6時半。あれほど降っていた雨が上がり、早朝ということもあって駐車場には私達の車1台だけ。翌日行われる「長篠合戦のぼりまつり」の幟が立っているだけで誰もいなかった。

天正3年(1575)5月の「長篠の戦い」は「長篠城での籠城戦」と「設楽ヶ原での攻防」に分けることが出来る。元々武田側に属していた長篠城であるが天正元年、武田信玄の死によって徳川家康に落とされ、家康の娘婿・奥平貞昌が城主となっていた。そこに巻き返しを図る武田勝頼が1万5千の兵を率いて包囲したのである。守る城側は寡兵500。籠城の上、家康の援軍を待つほかはない。幾たびかの攻撃を受け、本丸、二の丸を残すだけとなった時点で、城の実情を伝え、援軍を請う役割を担い、城を脱出することを命じられたのが鳥居強右衛門(すねえもん)であった。闇夜に紛れ川を下り、脱出成功の狼煙を上げ、信長、家康のいる岡崎へと走ったのである。みごとに役目を果たしたのも束の間、籠城する仲間をそのままに自分だけがここに留まることは出来ないと、すぐさま長篠城へと取って返し、その途中、武田軍に捕まることになる。武田軍は強右衛門に「城に向かって援軍は来ないと言え。言えば命を助け、恩賞を与える」といい、城門の前に引き出していく。しかし強右衛門が城の兵が見守る中、発した言葉は次のようなものであった。以下、山岡荘八の文章をそのまま紹介する。

「城内の方々に物申す……」
岩の上へのぼると強右衛門は落付きはらった声で言った。
「鳥居強右衛門、城へ戻ろうとして、かく捕らえられました」
その声で城内へはふしぎな緊張とざわめきが高まってゆく。
「しかし、少しも悔いては居りませぬ。織田、徳川両大将は……」
そこでちょっと言葉を切って、
「よいかの、すでに四万の大軍を率いて岡崎を発しました。両三日のうちにはきっと御運は開けまする。城を堅固にお守りなされや」

怒った勝頼によって磔刑に処せられた強右衛門であるが、その辞世の歌が今に伝えられている。
「我が君の命に代わる玉の緒を何いとひけむもののふの道」
玉の緒とは命のことである。
                                 (平成27年作)


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行く春

行く春や懐紙につつむ菓子の粉



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白雲邸に着くと受付の人から「日向さん、ちょうどいい所に来た。急いで、急いで」と言われ、慌ただしく奥の待合に案内された。15人1組の最後の1席が空いていたようで、それを逃すと1時間待ちになるという。本当にいい所だったのかも知れない。見ると知った顔もあり、まずはひと安心。これから濃茶席が始まるという。正座して待つことにした。途中、一人が正座では足が痺れると言い出して胡座をかいた。それはまずいだろうと見ていたが、特に咎め立てする人もいない。
10分ほどして係の人がお菓子を運んできた。胡座の人も座り直した。縁高(ふちだか)と呼ばれる重箱のような菓子器が運ばれ、一人の女性の前に「どうぞ」と言って置いて行った。女性は上の蓋を取り、3つ入っているお菓子のうちの1つを楊枝に刺して自分の懐紙に取った。次の人も真似て取ろうとする。すると、向かいに座っていた女性が縁高は下から取っていくものだと言い始めた。「早く言ってよぉ」という感じである。初めに取った女性が慌ててお菓子を戻そうとするものだから、ややこしくなる。横で見ていて、少し笑ってしまった。
教訓その1「知らない人は先頭の位置には座らない方が良いようである」

お菓子を食べ終えてしばらくすると、隣の茶室に案内された。炉の釜から湯気が上がっている。主人が現れた。見てびっくりした。私のよく見知った社長が澄まして入ってきたのである。
「えっ!社長がこの茶会の主人なの!?」
もちろんお茶をやっているとは聞いていたが、まさか主人役とは思わなかったのである。実はこの茶会に誘ってくれたのも社長で、配られた会記を見るとなるほど席主の名が社長の号のようにも見える。詳しく聞かなかった私もどうかしているが、ひと言も言ってくれない社長も社長である。「そうだったのかぁ」と分かって、それから緊張が和らいだ。席主である社長の点てるお茶を戴き、話を聞き「何か質問はありませんか」と言われたので「写真を撮ってもいいですか」と聞いた。すると社長が厳めしく「どうぞ」と答えたので「ぷっ」と吹き出しそうになってしまった。それ以降、薄茶も何もすべてスムーズにいったようである。
教訓その2「緊張しないということが、上手くいく極意のようである」

それにしても社長の揃えたお茶道具には驚かされた。「1600年、慶長5年、黒田長政が……」などと話していたので、今度じっくり聞いてみようかと思っている。茶道歴50年と言っていたので、もしかして凄い人なのかも知れないと、あれ以来少し見方が変わっている。
                                 (平成27年作)


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利休の忌

「常楽」が銘なる茶杓利休の忌



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さて、初めての茶会である。作法などを調べる前にまずは歳時記を開いてみた。これまで無縁なものとして調べることもしなかった季語が四季にわたって散りばめられている。なんと多いことか。一つずつ拾い出し、意味を調べてみることから始めてみた。

「炉開き」(冬)お茶の1年は11月から始まるようである。茶室の畳を替え、障子を張り替え、庭には「敷松葉」を行うなどする。半年塞いでいた炉を開く。
「口切」(冬)茶壺に入れておいたその年の新茶の封を切るのである。1年間使うことになる大切なお茶である。
「夜咄茶事」(冬)冬の夕方から催される茶会である。露地に行燈を置き、待合を暖かくして客を迎える。茶会は手燭などのほの暗さの中で行われ、燈火の風情、幽玄の世界を味わう。
「初釜」(新年)新年初めての茶会である。床の掛け軸や道具には新年に相応しいものを用いる。
「釣釜」(春)炉から五徳を取り除き、天井から下げた自在鉤に釜を掛ける。炉の終わりの近いことを感じるという。
「炉塞」「炉の名残」(春)炉を塞いで風炉に替える。
「風炉茶」「風炉手前」(夏)半年使った炉を塞ぎ、湯を沸かす道具「風炉」を使い始める。
「夏点前」「朝茶の湯」(夏)夏の茶会は朝の涼しいうちに催す。ただただ涼しさを演出する。
「風炉名残」「名残の茶」(秋)秋風の立つ頃には床に野の花を生け、わびさびを味わう。風炉に名残を惜しむ。
こうして1年が巡り、また「炉開き」へと続いていくのである。

DVD付き入門書を買い、作法の概略を調べてみたものの所詮一夜漬けである。身に付いたものなど何もない。
坐禅の二の舞にならないよう時間に少し余裕をみて、会場である三渓園・白雲邸へ出掛けることにした。
(注)写真は当日、薄茶席で使用された茶碗・茶杓(ちゃしゃく)・棗である。茶杓の銘は「常楽」であった。
                                 (平成27年作)


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山笑ふ

一日に悟る坐禅や山笑ふ



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所属する倫理法人会が催すお茶会に誘われた。「不調法者なので」と断ったが、何度も誘われて断り切れなくなり出掛けることにした。パンフレットには「茶室という静かな空間で心を落ち着かせ、自分自身を見直し、精神を高めます」などと書かれている。読みながら昔一度だけ行った坐禅のことを思い出していた。まずはその坐禅のことを書いておこう。もう16年も前のことである。

場所は鎌倉の報国寺。日曜日の一日体験坐禅である。特に悟りを開きたいなどという大それた目的があったわけではない。どんなものかと単なる興味本位で出掛けたのであった。着くやいなや、袴に着替えることになり、ズボンを脱げ、靴下も脱げと急き立てられた。そして座り方の手ほどきを受けた。足の組み方、目線の位置、手の印、呼吸の仕方などについて慌ただしく教わり、そしていざ、みんなのいる本堂へ。初めてなのは私だけのようで、ほかは全員経験者のように見えた。教わったばかりというのに座布団の折り方の前後を間違えたり、どう組み直しても足の痛みが取れなかったりと、一人だけアタフタしている。それでも言われるままに目を瞑り、まずは瞑想の世界へ。深呼吸しながら考えていた。「こんなに慌ただしいのは開始間際の到着だったからだろう。ほかの人達はもっと早く来て準備に余裕を持っていたに違いない。何事もそのあたりの心構えが肝心」
黙想は30分間。小鳥のさえずりや朝早い観光客の声などが聞こえてくる。「日常を離れ、いざ無の世界へ」と思った瞬間、すぐに足の痺れがやってきた。痺れたままにしておくべきか、組み直すべきか迷いが生じる。「たとえ鼻水が垂れ下がろうとも、体を動かしてはいけない」と初めに言われている。少し足をずらしてみたが変わるものでない。そのうち呼吸方法に気を取られてか、気管にツバが入ってしまい、噎せるやら苦しいやら。のどの奥に力を入れて、咳き込む事態だけは避けようと必死である。我慢していると、そのうち鼻水が垂れてきた。気になって仕方がない。テレビなどで坐禅する坊さんの姿を見ることがあるが、冬場はみんな鼻を垂らしているのだろうかなどと詰まらないことを考えたりしていた。
長い長い30分間が終わった。足が痺れて立つことも出来ず、そのまま思いっきり鼻をかんだ。心の落ち着きなどとは程遠い世界である。何事も一日で悟れるものなどはないということを悟った坐禅であった。
                                 (平成11年作)


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水温む

思ひ出し笑ひに水の温みけり



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みやちゃんの入学式が終わり、孫4人が揃って遊びに来た。
夕食を終えたところで、なっちゃんがお笑いコンビ「バンビーノ」の「ダンソン」の真似を始めた。詳しくは分からないがテレビで1・2回見たことはある。今、学校で流行っているらしい。
「さわちゃん、おいで、一緒にやろう」といって二人で踊り始めたが、すぐにカズ君も加わって三人でやり始めた。いつも一番に入ってくるはずのみやちゃんは、台所でお母さんの手伝いをしている。新一年生は心掛けが違う(笑)。
さわちゃんとカズ君は踊りにはなっていないが、とても盛り上がっている。
「ダンソン、フォーザキー、トゥーガテーサザコンサ!」などと意味不明な掛け声で踊るのだが、なっちゃんは全部覚えているようである。ひと踊りすると「ニーブラ」といって相手を捕まえる格好をする。動物を生け捕りにする仕草のようである。
さわちゃんもカズ君も大喜びである。これを十数回繰り返しただろうか。なっちゃんも全力でやっているので疲れてくるのだろう。「これが最後ね」といって踊るのだが、面白味を覚えてしまったカズ君が「もう一回」といって止めさせてくれない。発音は「……カイ!」だけなのだが、もう一回と言っているのが分かる。「じゃ、もう一回だけだよ。最後ね」と言ってやってあげるなっちゃん。終わると「……カイ!」と言われるので、それから20回は続けただろうか。さすがに疲れた様子である。
「お願い」と言われると断れないタイプのなっちゃん。人の良さが分かろうというものである。
なっちゃん3年生、さわちゃん3才、カズ君2才。後半に参加したみやちゃんは1年生。愛すべき孫たちである。
                                 (平成27年作)


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