2014年04月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2014年04月の記事

暖かし

飴舐めて喧嘩うやむや暖かし



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先日、我が家に遊びに来ていた時のなっちゃん(小2)みやちゃん(年長)。
おやつにグミが出てきた。ひとりに一つ、袋ごと渡すのだが「どれがいい?」と聞くと、2人ともグレープ味を選んだ。どちらも、美味しいものは分かっているようだ。
すぐに食べ始めたが、2人の食べ方は全く違っている。なっちゃんは1粒ずつゆっくり時間を掛けて食べている。それに対し、みやちゃんは口に入れるとすぐに飲み込んでしまうようで、食べ方は相当に速い。なっちゃん1粒に対し、みやちゃん4~5粒といった感じである。「もっと、ゆっくり食べればいいのに」と言うと「いいでしょ」と、にべもない。そこで事件が起こった。なっちゃんが置いた袋の横にみやちゃんも置いたので、どっちの袋か分からなくなってしまったのだ。

なつ「みや!横に置いたから分からなくなったでしょ!」
みや「みやのこっち」
なつ「違う、みやのはこっち」
みや「違うよ、こっちだよ」
なつ「ねぇねぇ、おーちゃん見てみて。こっちの方が多いでしょ。多い方がなつのだよ」
みや「あっ!なっちゃん、多い方を取った!」
なつ「だって、みやの方がたくさん食べてたでしょ」
みや「いーけないんだ、いけないんだ。なっちゃん馬鹿にしてる、みやのこと」

結局は2人とも袋の中を覗いて「これ、なつ」「これ、みや」と各々いい方を選んで事なきを得たのだが、そもそもこの争いはみやちゃんの負けん気の強さに起因しているように見える。袋の中を確かめる訳でもなく、なっちゃんの選んだ方を多い方と決めてかかるあたりは、3人姉妹の真ん中に生まれたみやちゃんの生き抜く知恵のようにも見えた。
                                 (平成26年作)



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行く春

行く春や愛切々と韓の唄



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日曜日の朝の楽しみは「トンイ」である。土曜日のBS放送を録画しておき、日曜日に観るのが、この一年の過ごし方であった。その「トンイ」が、そろそろ終わろうとしている。少し寂しい。

10年ほど前、取引先の社長から「韓国ドラマが面白い」と勧められたが、その時は全く興味を示さなかった。それが、ちょうど1年ほど前、たまたま点けっぱなしにしていたテレビで流れていた「トンイ」を観て、すっかり虜になってしまった。先頃、その社長に言ったものである。「やはり、人の話は素直に聞いておくべきでした」と。

1月、孫の誕生日会が開かれた。なっちゃん以外の3人の孫が、1月22日、23日、24日と連続しているので、1回で済ませる誕生日会である。その時、孫達のもう一人の祖母(すなわち娘婿のお母さん)との会話で、お互い韓国ドラマのファンであることが分かった。
「まさか、日向さんが韓流ファンとは思わなかった」
ということで、いつになく話が盛り上がる。
「次は『イサン』がお勧め。観る時は日本語吹き替えではなく、字幕で観た方がいい。韓国に行く前に新大久保は必見」
いろいろと韓流ファンとしての心構えを教わる。
今度、みんなでカラオケに行った時は「サランヘ(愛してます)」でも歌おうかと思っている。
                                 (平成26年作)



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風に背を向けて古老の凧談義



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3月23日(日)、会社近くの金沢海の公園で「日本の凧の会」横浜支部主催の凧揚げ大会があった。大凧が揚がるというので出掛けてみた。朝10時からなので15分前には到着し、どんな凧だろうと楽しみにしていた。誘ってくれた人はまだ到着していない。
法被姿の人たちが受付のテーブルを出したり、凧用品の無料配布のための準備などをしている。10時を回っても一向に始まる様子はない。皆さん、顔見知りのようで楽しそうに話をしながら作業している。
何人かが砂浜で凧を揚げ始めたが大凧ではない。私の勝手な思い込みで、人を乗せるほどの大きな凧が揚がるものと期待していたのだから、近くにいる人を掴まえては、あれこれ聞いてみたことはもちろんである。
10時15分頃、知り合いが到着。「随分、早いですねぇ」と言われる。なるほど、10時開始といっても所詮遊びである。きっちり始めなければならないものでもない。会の会長さんを紹介され「楽しんでいって下さい」と労われる。それからしばらくして開会式が始まり、表彰式、記念撮影と続き、ようやく大凧が浜に出されたのが11時近くであった。

好天である。風も程良く吹いていた。法被姿の会のメンバーが見事に大凧を揚げた。私の期待していたものより幾分小さめであったが、近くで見るとなるほど大凧である。絵柄に「五郎」とある。仇討ちの曽我五郎かと思う。風に抗う「五郎」を押さえて法被姿の足元は覚束ない。たまらず手を離すと、一瞬にして高空へと舞い上がった。
日本の伝統文化は素晴らしい。凧の面白さが少し分かったような気がした。今度、浜松の凧揚げ大会にでも行ってみようかと思った。
                                 (平成26年作)



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花見酒

無骨なる手のわなわなと花見酒



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もう一人が元石輝夫さん(仮名)71才、昭和17年生まれである。
平成15年、前の会社を定年退職し、すぐに当社に入社。2年前に辞めるまで9年間勤めていただいた。
面接の時の話である。
「今まで勤めていた会社に『旅行サークル』があり、退職後も一緒に行かないかと誘われています。仕事は一生懸命にやりますので、その時だけは休みをもらいたいのですが…」
年に数回、休みの申請があり、もちろん許可してきた。お陰で、いつも旅行先から私の自宅に土産物が届くようになった。段ボール箱に饅頭や煎餅の類が一つ二つどころでなく入っている。
「こんなことしてもらっても困るので、もう送らないで下さい」と言っても「忙しい時に休みをもらって悪いねぇ」と言うばかりで、一向に止めようとしない。お返しに私はお酒を渡すことになる。とにかくお酒が大好きな人で、その飲みっぷりの良さは見ているだけでも楽しくなるほどである。また、話が面白い。大笑いしながら、次から次へと面白い話が飛び出す。とても陽気なお酒である。
数年前から足の具合が悪く時折病院通いをしていたが、とうとう限界という時が来てしまった。
「このあたりが限界みたいだわ。あんまり無理して働いても、旅行にも行けなくなったら大変なんで辞めさせてもらいます。いっつも美味しい酒を飲ませてもらって、却って悪かったねぇ」
北海道なまりが少し残っていた。平成24年9月、69才で退職された。
元石さんには義理堅く生きることの大切さを教えていただいた。
                                 (平成19年作)



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花見唄

長老が花見唄とて立ち上がる



花見



当社には60才を超えて働いている人がたくさんいる。定年を迎え、そのまま勤めてくれている人もいるが、新たに入社してくる人もいる。総じて皆元気である。

花見の頃になると思い出す2人がいる。1人は上原好明さん(仮名)80才、昭和8年生まれである。
平成7年、63才の時に入社し、今から3年前に辞めるまで15年間働いていただいた。徳島県の出身で、東京の印刷会社を定年退職後、しばらくして当社に入社した。とても明るい性格で、会社の行事の時などは必ず盛り上げ役を買って出てくれた。鬼怒川温泉での忘年会は忘れられない思い出となっている。私が安来節を唄い、上原さんが泥鰌すくいを踊った。従業員からはヤンヤの歓声で、お捻りも飛んだ。芸妓衆からも褒められるほどの出来栄えであった。
本人はまだまだ元気であったが、奥様の体調が思わしくないということで退職となった。
「社長、長い間、本当に有難うございました。こんなに長く働かせてもらっただけでも有難いのに、海外旅行にも4回、その他あちこち連れてってもらい、人生で一番いい思いをこの会社でさせていただきました。感謝、感謝です」
平成22年11月、77才で退職された。人生は常に前向きでなければならないことを教えられた。
                                 (平成19年作)



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忙中に花待つ心ありにけり



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当社には年2回の繁忙期がある。
スーパーなどの店舗が年末商戦に向けて什器の入れ替えを行う11月と、年度末の3月である。
この時期はいつも大量の仕事を抱え、残業や休日出勤などで対応を図ることになる。
平成23年の3月も仕事を山積みにして忙しい毎日を送っていた。そこにあの震災が起こったのである。
工場全体が大きく揺れた。建物や製品に被害はなかったものの、工場中が騒然となった。東北地方を中心に大きな被害が発生したことを知りつつも、その日も仕事を終わらせるため、全員、残業をしてから帰宅したのである。
家でテレビを観て言葉を失った。流れている映像が現実のものと理解するまでに相当の時間を要した。
翌日から様々な対応に追われた。取引先の罹災、部品の未着、注文の取り消し等々。しかし、実際に罹災された地域の人々に比べれば、物の数ではないことは言うまでもない。

この句は4月の句会に出して、先生から特選をいただいた句である。3月の忙しさを詠むと同時に、あの震災のただ中で作った句であるだけに忘れられない句となっている。
                                 (平成23年作)



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