2013年06月の記事 - ひこばえ
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ひこばえ


2013年06月の記事

半夏生草

慶喜公ゆかりの庭の半夏生草



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JR静岡駅北口から徒歩五分の場所にある料亭「浮月楼」。
十五代将軍徳川慶喜公(1837-1913)が、明治2年からおよそ20年間を過ごした屋敷跡である。
地元の取引先の社長の案内で訪ねてみたが、名園の名に相応しい趣を今に伝えていた。

江戸幕府最後の将軍として、大政奉還、新政府への江戸開城など、
歴史の表舞台に立ったのは公が三十才前後のこと。
大正2年、七十七才で亡くなるまでの、その後の半生は実に長い。
明治になることをもっとも拒んだはずの人が、皮肉にも明治45年間すべてを生き抜いたのだ。
文字通り、明治の人なのである。
どのような思いで、後半生を過ごされたのだろうか。胸中察するに余りあるものがある。

半夏生草。別名、片白草。梅雨時の水辺に咲く。
俳句では、一部しか変色しないところから、「思いなかば」のような詠まれ方をする。
店の支配人に案内されて一回りした庭園にひっそりと咲いているその姿を見つけた時、
慶喜公の数奇な生涯と重ね合わせずにはいられなかった。

(注)俳句では七十二候の一つ「半夏生」と区別するため、植物の「半夏生」には「草」をつけて、
「半夏生草」と表記し、読み方はそのまま「はんげしょう」と五音にする習いがある。
                                        (平成25年作)



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昼寝

医食同源路地に太りし昼寝猫




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この句は道川先生に一蹴された句である。
句会に出したものの点数も入らず、先生のコメントも
「こんな言葉(医食同源)を俳句に使っちゃ駄目だ。誰にでも判るように作ってこその俳句だ」
と言われた句である。
すなわち、この句は俳句としては失敗の句のようである。

ところが、私にとっては、どうしても捨てることの出来ない句なのである。
平成12年夏、初めて家族で香港へ旅行した時、中国の素晴らしい食文化に触れ、
思わず口を衝いて出た言葉が、この「医食同源」だったのである。
俳句は自分史であることを標榜する私としては、たとえ先生に駄句と言われようとも、
簡単には捨てることの出来ない句もあるのである。
                                   (平成12年作)



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天草干す

天草干す蜑の戸口の守り札



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道川先生指導の「浜風句会」(結社「海」)に入会したのが平成9年1月。
この句は、その年の7月にみんなで三浦海岸に行き、吟行した時のものである。
漁師の家の前に干されている天草を見て、「天草を干して戸口の守り札」と作ったのが原句。
これを先生が、その場で添削してくれた。

『これじゃ、まだ俳句になっていない。「天草を干して」という言い方がモタモタしている。
ここは「天草干す(てぐさほす)」と五音にして、上五に据えた方がいい。
それに、戸口だけじゃ、どこの戸口か判らない。「蜑(あま)の戸口」とはっきり言った方がいい。
何ィ!蜑を知らない?!漁師のことを蜑と言うんだ。それ位、知らなくちゃ。
夫や息子を漁に出して、その無事の帰りを待つ。その守り札だ。
漁師の家の切なる思いが伝わる、いい句になったじゃないか(笑)。
俳句は短いんだから、言葉をたくさん覚えて、しっかり使いこなさないといい句は出来ないぞ』

当意即妙。指導とは、こうあるべきものなのだと知らされた瞬間であった。
思い出の一句である。  
                                    (平成9年作)


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夏来る

白き水脈白き一帆夏来る



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私の師は道川虹洋先生である。
昨年2月、87才で亡くなられるまで、15年間、師事してきた。
日本郵船の船長として、世界中の海を航海してこられ、
退職後も東京湾の水先案内人を勤め、文字通り海一筋で生きてこられた方である。
先生のことを書くのであれば、まずは海の句と思い、この句を掲げた。

亡くなられてから日を追うごとに、先生のことを思い出すことが多くなったように思う。
「この句を先生は良しとするだろうか」「先生ならどう詠むだろうか」などと考えるのである。
そのたびに先生の声が聞こえてくる。
「季語は効いてるか」「句に動きはあるか」「漢字で書いてみろ」「一度聞いたら忘れるな」
いつまでも、先生は私の中に生きていてくれる。
                              (平成25年作)



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青嵐

青嵐睨む木鼻の獅子と象



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木鼻とは社寺建築で頭貫(かしらぬき)や虹梁(こうりょう)などの端が
柱の外側に突き出した部分のこと。彫刻が施されている。
左甚五郎の名を出すまでもなく、神社仏閣の彫刻には見事なものが多い。

横須賀市秋谷の秋谷明神社。
由緒書によれば、御祭神は天照大神ほか五神。
元弘元年(1331年)に祭神を奉戴し、村の守護神となったとある。
現在の社殿は天保7年(1836年)の建造とあるので、180年ほど前の彫刻か。
遠く相模湾を望み、凛とした顔つきで富士山を睥睨している。
                         (平成25年作)


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まひまひ

まひまひや隠せぬものに泣きぼくろ



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まいまいとは水すましのことである。
ここ数日、その写真を撮ろうと早朝から近くの公園に出掛けているのだが、
見かけるのはアメンボばかりで、肝心の水すましの姿は見つからない。
横浜に水すましは居なくなってしまったのだろうかと思ってしまう。

北海道歌志内市が私のふるさと。
子供の頃は家のまわりのいたる所に水溜まりがあり、
水すましが輪を描いて泳いでいるのをよく見かけたものだ。
この句は、帰郷の折、ふるさとを題材にして作ったいくつかの句の中の一句。
私に泣きぼくろはないが、心の奥底に涙しやすい一面があることを私自身一番よく知っている。
                              (平成13年作)


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