人事 - ひこばえ
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ひこばえ


人事 カテゴリーの記事

浴衣

適量を超えし晩酌宿浴衣



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とても広い部屋だった。女中さんが案内してくれたのが一部屋に風呂が3つ、トイレが3つである。ビールサーバーも冷蔵庫の中も飲み放題である。説明を終えて女中さんが出て行ったあと、二人で大笑いしてしまった。
「何だろ、凄すぎるジャン。使い切れないよ」
「3つあった部屋を1つにまとめたって感じね。とてもいいんじゃない」
「気に入った?」
「気に入った(笑)」
それからすぐに大浴場に行き、戻って生ビールを一杯飲み、外に出て散歩を楽しんだ。
夕食は豪勢だった。イワナの刺身にタケノコ、山菜と出て、キジと牛肉のしゃぶしゃぶ、天ぷら、揚げ物、蕎麦などと続き、最後はキジの釜飯。食べきれないほどの量である。日本酒もすすんだ。底上げされた二合徳利が二本、すぐにまた追加で二本、最後に締めであと一本といつになく調子がいい。
テレビでは懐かしの昭和歌謡が流れていた。
「おっ、城みちるじゃないか。イルカに乗った少年だろ。もう、少年って感じじゃないよなぁ。俺より年下だよなぁ」
「貴方より4つ下。私の1つ上だから」
「よく知ってるなぁ。なになに、禁断の恋だって。誰だっけ、隣の女性は?」
「伊藤咲子でしょ。ひまわり娘の……」
「そうかぁ、あのひまわり娘かぁ。年取ったなぁ」
「人のこと、言えないけどね。でもいいんじゃない、何十年経っても、こうしてテレビに出ていられるんだから」
「そうだよなぁ、だけど禁断の恋なんてテレビで流しちゃまずいんじゃないか?」
「どうして?もう知らない人がいないくらい有名な話だよ。知らないのは貴方くらいなものよ」
「そうなのか。知らなかった。過ぎてしまえば何でも許されるんだよなぁ」
たわいない話を続けていた。その時に撮った写真である。テレビの横に座っていたので正面からの写真になっていない。こだわり派の自分にしてはとてもいい加減な写真になっている。相当に酔っていることがこの一枚からも分かる。
                                 (平成30年作)




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大君の汗し腰掛石に座す



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生品神社のあとに回ったのは矢太神湧水地である。小説「新田義貞」の冒頭部分が水争いだったので見ておきたかったのである。そのあと反町館跡と言われる照明寺に回った。義貞の旧居跡とも言われている寺である。義貞が軍議を開いた時、あまりに蛙の声がうるさかったので一喝したところ蛙が鳴かなくなり、以来「鳴かずの池」と呼ばれているというので見に行ったのだが、どういうわけか池は干上がっていた。これでは鳴くわけがない(笑)。昼食後、向かったのが金山城跡である。1469年築城で1590年廃城なので義貞には関係ないのだが、その山頂付近にある新田神社だけは見ておきたいと思ったのである。この神社も義貞の頃にはなかったのだが、義貞直系という人が起こし、明治政府が許可したというのだから認められた神社である。車を中腹の駐車場に停め歩き始めた。ゴールデンウィーク初日ということもあり、家族連れのハイキング客で一杯である。立派な石垣や見晴台がありハイキングには格好のコースのようである。
神社は頂上にあった。樹齢800年という大ケヤキがあり、幅の広い石段が格調の高さを思わせた。お参りをして境内を回ってみると写真の御腰掛石が4つ並んでいた。それぞれに看板が立てられている。右から
明治25年10月17日 大正天皇
明治42年11月 7日 秩父宮殿下
明治42年11月 7日 昭和天皇
大正 4年11月 7日 高松宮殿下
大正14年10月26日 三笠宮殿下
大正天皇ご一家全員である。すぐに1つ足りないと思った。5人で4つである。別に全員が一緒に登ってきた訳ではないのだから5つ用意する必要もないのだが、なぜかそう思ってしまった。汗して登って来たご一家が笑いながらこの石に腰掛けている様子が目に浮かぶ。
それにしてもなぜこうして天皇ご一家が揃って登って来たのだろう。あとから調べて、なるほど皇室とのゆかりの深さが分かってきた。金山城主だった横瀬氏というのが新田義貞直系である。また義貞の裔孫という新田俊純という人が明治6年に神社創立の許可を得て、明治8年には社殿を建築し、現社号の神社を創建したとある。明治9年に県社に列せられ、明治18年と19年には明治天皇の皇后が参拝されたとある。社殿そのものには傷みも見えたが、由緒正しき神社であることに有難味を感じた。
                                 (平成30年作)




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糸引く

糸引きし明治を今に毛野国



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旅行を終えた翌日の話を先にしておこう。知り合いの女性と会う機会があった。彼女は富岡の出身である。
「昨日、富岡製糸場に行ってきました」
「あらっ、どうでした?良かったですか?」
「すごく良かったです。あのすぐ側にお住まいだったんですよね」
「そうです。家は5年ほど前に処分しましたけど、おそらくその前をバスで通ったと思います。高校もすぐ側の富岡東高に通っていました」
「のんびりした感じの町でしたが、世界遺産に登録されてから変わったんじゃないですか?」
「町は何も変わりませんよ。人が来るようになっても変わりようがないですよ。恩恵を受けたのは『峠の釜めし』だけじゃないですか(笑)」
「野麦峠の女工哀史の世界かと思っていましたが、全く違っていましたね」
「そうですよ。あそこは立派な家の女性ばかりが働いていたんですよ。うちの母も働いていました。うちがそうだったという訳ではないですが……」
「えっ、お母さんが……」
「そうです。女工をしていました。とても待遇が良かったと聞いています。良い話ばかりしていましたよ。天皇陛下がお見えになった時、母の後ろを通ったそうなんですけど、糸を引く手が震えったっていつも話していました」
「天皇陛下って昭和天皇?明治天皇じゃないですよね」
「そうです。明治天皇の訳がないじゃないですか(笑)」
「ハハハ、スミマセン。明治の話ばかり聞いてきましたので(笑)」

ガイド付きで一通り見て回った。ガイドさんの声がイヤホンから入って来るので少し離れていても聞き漏らさずに聞くことが出来たのは嬉しかった。東置繭所の外観を巡り、繰糸所の中を見学し、首長館や診療所を外から見て戻るというコースである。実際に繭から糸を取り出したり、機械が回る様子などが見られなかったのは残念である。昔、上海に行った時だったと思うが、目の前で繭から糸を取り出すのを見せてもらったことがあったので、今回も見せてもらえるのかと思っていた。少々物足りなさを感じたのはそんなことからだろう。見学したあと、上海の土産店で絹のスカーフやパジャマを買ったことを思い出していた。
「そういえば、あの時お土産に買ったパジャマ、もう着ているのを見たことがない……」
(注)群馬県、栃木県南部あたりを「毛野国」と言った。「けのくに」とも「けぬのくに」とも読む。
                                 (平成30年作)




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春炬燵

それぞれに用を持ち寄り春炬燵



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ニトリに座椅子を見に行った。いつも使っていたものが壊れたからである。コーナーに行くといろいろな座椅子が並んでいた。座ってみて選んだのがこの商品である(写真)。中にクッションが入っていて座り心地が良いように思えた。妻は店では買わずにインターネットで買うという。その方が手続きが楽なのだそうだ。数日後、商品が届いた。妻が座ってみて気に入っている。「あなたも使うなら買うけど?」と聞かれて「お願いします」と答えた。きっとクッションがいいのだろう。しばらくして家に2台の座椅子が並んだ。座ってみて思ったのが「少し高いなぁ」である。厚みが15㎝ほどあるので、床に座るというより一段上に座った感じがする。炬燵に足を入れても床に足が付かないので、暖かさを感じるのは踵ばかりである。床に足を付けて全体を暖めるためには座椅子を降りて足を伸ばさなければならない。その15㎝の厚み部分が背凭れになるという不思議な使い方である。良かれと思って買ったので文句も言えないが、少々座りにくいと思った。「そのうち暖かくなれば、この座椅子の良さも分かってくるだろう」と思うことにした。

日曜日の午後、この座椅子に座りながら本を読んでいた。そしていつの間にか居眠りをしてしまった。背凭れのリクライニング機能を使えば良かったのだが、考える間もなく寝てしまったので不自然な姿勢を長時間続けていたようである。寝て起きた時はそれほどでもなかったが、翌日身体のあちこちが痛いことに気付いた。右肩から肩甲骨、右の背中が痛い。首も痛い。何だろう?懸命に腕を回して見たり、首を回したりしたものである。背中の痛みを何とか和らげようと机の角やドアノブに押し当てたりもした。家では風呂に入った後、湿布やマッサージチェアに掛かったりして人知れず苦労をしていたのである。その時はまだ「寝違え」とは気付いていなかった。
                                 (平成30年作)




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春眠

うなされもして春眠も半ばなり



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楽しみにしていたバスケットボールの試合だが直前になってキャンセルのメールが入った。
「おーちゃん、25日の話なんだけど……練習を休んでビーコルに行こうと思ってたんだけど、どうやら新年度のキャプテンが決まる大事な日になるみたいで練習を休めなくなってしまいそう。申し訳ないんだけど、ドタキャンしてもいいかな?ごめんなさい」
夜中のメールだったので開いたのは朝である。すぐに返事をした。
「昨夜は悪夢にうなされました。シュートが決まらず焦っている夢でした。頑張って一人で行ってきます」
「おーちゃん、ごめんね……」

当日、試合は午後2時からと書かれていたので、昼過ぎに車で出掛けた。もちろん一人である。チケットを送ってくれた友人に「行かなかった」とも言えなかったので、ちょっと覗いてくる感覚である。駐車場はいくつかあるようで満車の表示も出ていた。結構混んでいるようである。1時半に到着した。<席はどこか>と尋ねると<自由席だからどこでもどうぞ>と言われる。てっきり指定席かと思っていたので少し拍子抜けした。それにしても立派な体育館である。前の方の席に座って練習風景などを見ていたが、すぐにビールが飲みたくなった。売店に買いに行った。ビールはもちろんだがいろいろなグッズが売られている。写真を撮って席に戻って、また娘にメールした。
「いろんな物が売ってるよ。何か要らないの?」
「おー!ほんとに行ったの!凄い行動力!Tシャツ欲しいけどSサイズでもまだ大きいんだよね。タオルが欲しいかな」
「オッケー」
「おーちゃん、試合の見方、分かるの?」
「加点は2点ずつみたいだなぁ」
「(大笑)遠くからシュートが決まったら3点」
「えっ!遠くって曖昧だなぁ」
「線は決まってるよ。外側の大きな半円だよ」
「まぁ大丈夫だよ。細かいことは気にしないタイプだから(笑)」
「サイズないだろうから、要らないよ」
「オッケー、気が向いたら買っていくよ」
夕方のメールである。
「おーちゃん、今日はビーコルをドタキャンしてごめんね。今日の練習で今年のソサエティ女子のキャプテンになつが選ばれました。4番を背負って1年間頑張ります。応援に来てね。本当にごめんね」
                                 (平成30年作)




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