人事 - ひこばえ
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ひこばえ


人事 カテゴリーの記事

風船

キユツキユツと風船の首絞める音



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「ジーコ」こと遠見さんに15年振りにお会いした。昔参加していた集まりに私が行かなくなってから、お会いする機会もなく時間が過ぎてしまっていたのである。
私「いやぁ、久し振りですねぇ。お元気そうで……」
遠見さん「日向さんも元気そうで。少し太ったね(笑)」
私「少しだけです(笑)。まだ、お勤めですよね?」
遠見さん「定年は過ぎたけど、まだ置いてもらっています(笑)」
名刺交換をした。社長になった私の名刺を持っていないという。遠見さんの名刺が振るっていた。
私「ジーコ?これは何ですか?パントマイムですか?」
遠見さん「そう、今これが忙しくてね。あちこち飛び回っているんだよ」
私「昔からやっていましたっけ?」
遠見さん「もう15年になるかなぁ。いろんな場所でやっているので、日向さんの会社でも何かあったら声を掛けてくださいよ」
これが今年2月の出来事である。

倫理法人会で新入会員の歓迎会を行うことになり、何か出し物はないかという話になった。遠見さんを思い出した。
「もしもし、遠見さんですか。日向です。実はお願いしたいことがあります」
二つ返事で了解してくれた。打ち合わせに会社まで来てくれた。
当日は大きな荷物を抱えて、始まる1時間半も前に会場に来てくれた。会場はライブハウスである。控室で着替えをし、化粧をするのに40分も掛かるという。衣装も本格的である。50人ほどの会員が集まり歓迎会が始まった。遠見さんの出番がやってきて、司会者からマイクを渡され、私が遠見さんの紹介をした。
「今日は私の20年来の友人であります遠見さんに来てもらいました。パントマイムを行っていただきます。これを始めたキッカケというのがお孫さんの誕生だったそうです。可愛らしい女の子のおじいちゃんになった時に『女の子は男親を嫌う傾向がある。父親が嫌われるのであれば、おじいちゃんは尚更のこと』そう思った遠見さんは大きくなってからもお孫さんに喜んでもらえるような技を何か身に付けたいと思ったそうです。そこでパントマイムに出会い練習を始めたそうです。先日、私が電話をした時もちょうど野毛の大道芸に出ていた時で芸は本格的なものです。しかも今日は出演料なしでやってくれると言っています。これだけのことをお願いしてお金は要らないと言われて困りました。『それでは』ということで皆さんには投げ銭をお願いすることに致しました。先程、楽屋でそれに使う入れ物はないかと遠見さんに聞きましたところ『あるある』と言ってとても大きな入れ物を預かりました(笑)。ほんの気持ちで結構です。お回しいたしますので、よろしくお願いします」
とても素晴らしいパントマイムを見せていただいた。皿回しやボール、風船などを使った芸もあり客席の心を一瞬でワシ掴みである。時間はたったの10分間だったが、最高の盛り上がりを見せてくれた。
最後にマイクを向けてお孫さんのことを聞いてみた。このゴールデンウィークにも高校生になったお孫さんと二人で東北に出掛け、パントマイムでボランティアをして来るとのこと。お孫さんの心もワシ掴みにして遠見さんの作戦は大成功だったようである。芸名の「ジーコ」はもしかしてお孫さんにそう呼ばせるための名前だったかも知れないと勝手に考えたが、当らずとも遠からずであろう。今度、聞いてみようと思っている。
                                 (平成29年作)

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花人

花人となりて東夷の地を訪はむ



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吉川英治の「平の将門」を読んだのは何時頃だっただろう。もう20年も前のことだったかも知れない。戦国物ばかり読んでいた時に、そのもっともっと遥か昔にそういう人がいたということを覚えておこうと読んだような気がする。それがここに来てひょんなことから俄然興味を持つことになった。雑誌で将門の故郷のような記事があり、読んでいると何と常総市の豊田という場所が書かれていた。豊田ってどこだろうと思い、調べてみると何と何と私がいつも行っている得意先のすぐ近くなのである。岡村製作所のつくば事業所、住所はつくば市緑ヶ原であるが、将門の本拠地だった豊田のすぐ近くである。
「ひぇー」
いつもその傍を車で走りながら、全く気が付かなかったというのだからウッカリな話である。このつくば事業所には私が社長になる前から何度も何度も挨拶に出掛けている。「よし、しっかり調べてみよう」と思ったのがつい最近のことである。吉川英治を読み直し、アマゾンで海音寺潮五郎の「平将門(上中下)」を取り寄せ、ゆかりの場所をあれこれと調べておいたのである。4月8日(土)は花祭りである。桜も満開である。その日に訪ねてみようと心に決めた。剥離骨折ぐらいで中止するわけにはいかないのである。

当日は雨だった。ちょっと迷ったが、花祭りは動かせないので行くことにした。早朝の勉強会を終え、関内を出発したのは9時少し前である。車内でスーツをジャージに着替え、革靴をウォーキングシューズに履き替えた。カーナビの目的地を坂東市岩井の「國王神社」と入れて出発した。車は渋滞もなく常磐自動車道を走り、柏インターで下りるようにアナウンスされた。
「柏インター?谷和原インターじゃないの?まだ利根川も渡ってないのに。えっ、どうしよう」
慌てることなく柏で降りれば良かったのだが、いつも営業が運転する車が谷和原で降りていたので不安に思ったのである。カーナビに逆らって谷和原まで進むことにした。随分前から計画していたにも拘らず、道順も確認していない私なのである。
インターを出ていつもの道を走り、小絹という洒落た名前の交差点を曲がり一路目的地に向かった。途中、一言主神社の看板が現れた。目的地までにはまだ随分と距離を残しているのだが、一言主神社はすぐそこだという。
「えっ、おかしいなぁ。國王神社と一言主神社とは歩いても行ける距離だと書かれているのに………」
私が手元に置いていたのは坂東市がウォーキングコースとして紹介していた國王神社周辺の地図である(写真)。そこに徒歩90分の3.5キロコースとして書かれているのである。
「一言主神社がどうして、ここにあるのだろう?」
疑問に思ったが、まぁ、寄ってみるしかない。境内へと入って行くことにした。
                                 (平成29年作)

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接木

接木して縄の余りを断ちにけり



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工場内を歩いている時に右足を躓いた。何かにぶつかったというのではなく、ただ歩いている時に躓いただけである。「ちょっと痛いなぁ」という感じはしたが、「それほどのことでもないだろう」と簡単に考えた。しかし、階段の上がり降りの際の痛みは少し気になった。
翌朝、足の指が紫色になり腫れていた(写真)。特に痛くて歩けないというほどでもないが、色を見て驚いた。「突き指かなぁ」そう考えた。
夕方、やはり痛みが気になったので、念のため整形外科で診てもらうことにして家の近くの医院に立ち寄った。
先生は一目見て言った。
「これだけ色が変わっていれば、大概は骨まで行っていますねぇ。まずはレントゲンを撮ってみましょう」
2方向から撮影した結果、見立ては剥離骨折ということだった。先生から簡単な説明があった。腱や靭帯との付着部分の骨が剥がれたという。先生を信じていない訳ではないが、大写しされた足の骨の写真のどこが剥がれているのか聞いてみた。
「この写真には写らないんだよ。剥離骨折の場合、レントゲンで撮れないものが大半だから」
「えっ、折れているかどうかハッキリしないんですか?」
「いや、これだけ色が変わっていれば、剥離骨折と考えて間違いないんだよ。まずは動かないようにテーピングしておこう」
「治るのにどれ位掛かりますか?」
「3週間だなぁ」
「えっ、3週間も!」

ビッコを引きながら家に帰った。いまいち、信じていない自分がいる。親指との間に何かを挟んでしっかりテーピングしていたが、とても違和感があり、寝る前に外すことにした。
「ぶつけないようにすれば大丈夫!」
先生の見立てより、自分の見立てを信じることにした。
しかもこの足を以ってして、週末に茨城県の坂東市に平将門ゆかりの地を訪ねようというのである。我が風狂、止まるところを知らない。
                                 (平成29年作)

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四月馬鹿

空手形切つて溜め息四月馬鹿



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借りた日の土曜日は会社があり、習字があり、家族で食事に出掛ける予定があったりしたので読む暇はなかったが、翌日曜日は目が覚めるとすぐに読み始めていた。プロローグでいきなり強姦シーンである。「相変わらずだなぁ、田中さん」と思いながらもストーリーの展開の速さに引き込まれていく。途中、用事があって出掛けたりしながらも夜中には一巻読み終えていた。
月曜日は祭日だったので火曜日に田中さんにメールを送った。
「お早うございます。このたびはまたまた面白い本をご紹介くださいまして有難うございました。早速読んでみましたが『さすが、船戸与一!』でした。息もつかさぬ面白さで一気に読み終えました。すぐに次が読めないじれったさを味わっております。次回お会いするまでが長そうです」
折り返しメールが返ってきた。
「日向さんは私にとって大切な書友(読書を共にする友人)です。まずは船戸与一の男のロマンの世界を共有しましょう。ありがとう」

1週空けて4月1日(土)、田中さんはやってきた。
「面白かったでしょう。いやぁ、日向さんは最高だよ。日向さんと本の面白さを共有できるというのはこの上ない喜びだよ。ありがとう、ありがとう。重くて全部は持ってこられなかったけど、まずは4冊。あの4兄弟に自分を重ね合わせて読んでいると、まさに歴史のど真中にいるような錯覚に捉われるよ。これぞ血沸き肉躍る世界っていう感じだよね。返さなくていいからね。読み終えたら次に日向さんがいいと思う人に譲ってあげてよ。きっとその人も喜ぶに違いないから(笑)」
朝からテンションが高い。しかも笑顔が素晴らしい。豊かな人生を送っている人であることが分かる。一緒にいてとても心地良い。私もこういう人物になりたいと心の底から思う。
それにしてもあと8巻……フーと溜め息を付きつつ、満州は遠いなぁとも思う(笑)。
                                 (平成29年作)

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田楽

田楽のたちまち串の山と化し



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この旅の目的はもちろん友人から依頼された講演である。しかし、こうして文章を書いてみると、講演に費やした労力よりも芭蕉に費やした方が大きかったことが分かる。「芭蕉紀行文集」を繙き、服部土芳を調べ、「三冊子」など取り寄せた分には講演で話した40分より遥かに多くの時間を費やしている。芭蕉を「風狂人」という。広辞苑で「風狂」を引いてみると「風雅に徹したこと」と書かれているが、もう一つ「気ちがい。狂気」とも書かれている。芭蕉はもちろん前者であるが、私の場合は後者に近いものがあるようで、何事も程ほどにしておかなければ「紙一重」と言われることとなりそうである。

「蓑虫庵」を後にして友人の会社を訪問し工場見学などをさせてもらった。ホテルにチェックインし、すぐさま夕食会場へと向かった。私は友人と一緒に今回主催の倫理法人会の幹部の人達と会食することとなった。創業200年の店で伊賀の郷土料理だという豆腐田楽をいただいた。串に差された田楽の数16個。豆腐好きでもない者には少し多すぎるようにも見えたが、伊賀の人達は当たり前のように平らげていく。私一人が食べ残すわけにもいかないので全て食べ切ったが、その味噌の甘かったこと。一年分の豆腐を食べたような気がしたものである。あとで聞くとその店は会のメンバーの方のお店だという。翌朝、その女将さんにご挨拶しお礼を申し上げたことは言うまでもない。片や我が工場長は友人の会社の幹部の方々と一緒に伊賀牛の焼肉を食べに出掛けたとか。芭蕉翁が田楽で、門人曽良が伊賀牛である。
「そらー、違い過ぎだろ!」などと洒落てみた所で詮無いことである。食べた田楽で一句詠んでみた。
講演は無事に終わった。聞きに来ていただいた50名ほどの皆さんには喜んでもらえたようで、友人からもお礼を言われ役目を果すことが出来た。伊賀まで行った甲斐があったというものである。

後日談がある。会社に伊賀市の隣の名張市出身の男性がいるので話を聞いてみた。
「伊賀牛ですか?とんでもありません。あんな高級な物、食べたこともありません。まさに高嶺の花ですよ。一度は食べてみたいものです。豆腐田楽ですか?聞いたことはあります。昔からの物ではないと思います。最近、忍者ブームで賑わっていますから、それに便乗して昔風の豆腐を売り出しているのだと思います。大したものじゃないと思います」
                                 (平成29年作)

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