人事 - ひこばえ
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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ひこばえ


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厄落し

絵馬の字の「厄」は逆さま厄落し



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昔の話になるが当社の社長が立て続けに不幸に見舞われ、どうしたものかと悩んだことがあった。平成6年に2代目社長が55才で亡くなり、5年後の平成11年に3代目が59才で亡くなり、その3年後の平成14年に4代目が60才で亡くなった。急遽、社長は5代目へと変わり、手続きや挨拶回りなどでドタバタとしていた頃のことである。あまりに良くないことが続くので一度正式に占い師に診てもらおうということになった。占いに正式があるかどうかは分からないがこの流れをどうにか止めたかったのである。いつもお参りに行く成田山の茶店の女将さんに頼んで一番当たるという占い師の店で「何が悪いのかを診てもらいたい」とお願いしたのである。5代目社長と当時常務だった私の生年月日はもちろん、お互いの女房の生年月日も知らせ、会社の敷地や建物の図面なども送った。その時に書いた手紙が残っている。
『ようやく暑さも一段落といった所ですが、皆様にはお変わりなくお過ごしのことを思います。先日お送りした挨拶状の通り、社長が〇〇さんに交代し、こちらもようやく一段落といった所です。〇〇前社長は療養中ですが、あまりいい状態ではありません。トップばかりに災難が起こるのを我々下にいる者は不安な気持ちで見ています。昭和57年に現在地に移転してきたことが悪いのか、平成元年に行なった増築が悪いのか、玄関やら水回りやら、どこか建物の方角に問題があるのか、素人があれこれ憶測したところで始まるものではありません。一度専門家に診てもらい、正すべきところは正そうと考えています。言われた資料は同封いたしました。お手数ですがよろしくお願いいたします』
結果はすぐに出た。電話があり「何の問題もなし」とのことだった。
「何の問題もなし……?」
「問題なし」は喜ぶべきところではあるが、あまりに簡単なので拍子抜けしたものである。9月に成田山に行った際に、念のためにその占いの店にも出掛けて直接話を聞き、建物にもお互いの相性にも問題はないとの太鼓判をもらったのであった。ただしその時、最後に言われたのが「八方除け」についてである。
「こうも不幸が続いていては心配するのも当たり前。会社の近くに寒川神社があり、関東の一ノ宮となっているのでそこにお参りして八方除けのお祓いをしてもらうのがいい」とのことであった。「なるほど」と思った。「それで断ち切れるのであれば一度行ってこよう」ということになり、二人で出掛けたのであった。それ以来のこととなる。一度という訳にもいかず、毎年、暮れになると出掛けてお祓いをしてもらっている。昨年の暮れにも一年のご加護をお願いしてきた。18回目のお参りとなる。
                                 (令和2年作)




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藪巻

藪巻の松の橋立渡りけり



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翌日が最終日である。いよいよ天橋立を見学する。宿を出てまずはコウノトリの飛来地を見学し、10時半に丹後一ノ宮「籠(この)神社」側にある食堂に到着した。早目の昼食を摂った後、籠神社をお参りし、それぞれの方法で天橋立の見学に向かうことになった。見学は4つのコースから選ぶことになっていた。
①飛龍観コース(ビューランドからの「股のぞき」)②絶景ウォーキングコース(天橋立を歩いて渡る)③遊覧船コース(海から眺める)④ジェットボートコース(傘松公園を見てボートに乗る)の4つである。
もっとも人気があったのは①の「股のぞき」のようだったが、私たちは②の「歩いて渡るコース」を選んだ。「股のぞき」は写真などで見ているので、実際の白砂青松を歩いてみようと思ったのである。3.8km、およそ50分のコースである。天気は上々である。
歩き始めは同じバスの6、7名が一緒だったが、なぜか遅れがちになりズンズンと離されてしまった。おそらく前を行く人達は50分の時間を考えて先を急ぐことを優先したのだと思うが、我々は急ぐこともなくノンビリと歩くことにした。まず思ったのはこの細長い砂州にしっかりと根を降ろし、年輪を重ねている松の逞しさである。おそらく台風の時などは海水を浴びたり、風に煽られたりしたはずなのに何百年に亘って耐えているのである。8000本とも言われる松の逞しさを思った。
途中、海鳴りを聞いたような気がした。ドドドドド~ンと聞こえるのである。内海を阿蘇海といい、外海を宮津湾というが、海鳴りは宮津湾から聞こえてくる。道を逸れて浜に出てみると、打ち寄せる波が音を立てている。波もなさそうな穏やかな浜辺だが、構造はただの砂浜でないように思った。その場に立ってみないと気付かない発見である。
「大江山生野の道の遠ければまだ文も見ず天の橋立」
小式部内侍の歌である。母親は有名な和泉式部である。年少ながらあまりに歌が上手なのでいつも母親に代作してもらっているのではと疑惑が掛けられている。その母がたまたま丹後国に出掛けている時に歌会が開かれた。
「お母さんが丹後に出掛けていて、この歌会での歌はどうするのですか。お母さんの元へ手紙は出しましたか。返事は返ってきましたか」
代作疑惑を皮肉って聞く人がいたが、その時に即興で詠んだのがこの歌である。あまりの見事さに彼女の本当の実力を知ったという言い伝えの残る歌である。
子供の頃、家でやっていた百人一首で覚えた歌である。50年以上経った今、その天橋立を妻と歩いていることに感慨を覚えずにはいられなかった。ゆっくりと1時間ほど掛けて歩き、智恩寺にお参りしてバスに乗り込んだ。
これでほとんどの旅程を終了したことになる。降り立った時と同じ岐阜羽島駅から新幹線に乗り込み、夜11時近くになって帰宅した。
                                 (令和2年作)




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冬座敷

番頭が湯町を語る冬座敷



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宿に着いたのが4時である。表のガラス戸を開くと狭い玄関と高い上り框である。「つたや旅館」の別館のようなので新しい建物を想像していたが、築年数の相当に経った建物である。番頭さん、女中さんが出迎えてくれた。
番頭さん「いらっしゃいませ。靴はそのままにしてお上がりください。初めに簡単に館内の説明をさせていただきますので狭いですがロビーでそのままお待ちください。その後でそれぞれのお部屋にご案内いたします」
元気の良い声である。ロビーに立たされたまま説明を受けた。そしてすぐに部屋に向かうことになった。
番頭さん「お客様はどちらのお部屋ですか?」
私「絹巻という部屋です」
番頭さん「ああ、それではこちらになります。どうぞ、どうぞ」
とても愛想がいい。鍵を渡されて1階の突き当りの部屋に案内された。ドアを開け、スリッパを脱ぎ、襖を開けて座敷に入った。
私「オー、広いなぁ」
妻「あらっ、本当だ。随分と広いわねぇ(笑)」
私「何なのだろう、この広さは。広縁まである。火鉢も置いてある。手あぶりもある。衝立まである。庭にも降りられる。これは凄いよ」
妻「どの部屋もこれと同じということはないでしょうね」
私「さすがにこんな部屋ばかりということはないだろう」
写真の部屋が主室とすればその手前に同じ大きさの前室があるというただっ広さである。まずはテーブルに座ってお茶でも飲もうかと思ったが落ち着かない。
私「湯巡りはどうする?行ってみる?」
妻「この時間だからねぇ」
4時15分になっていた。夕食の時間が6時である。食べてから出掛けることにして浴衣に着替えることにした。サイズが「中」のものしか置いていない。試しに来てみるとツンツルテンである。内線電話でフロントに「大」をお願いした。1分と経たずに番頭さんが「大」を持って来てくれた。
私「随分と大きな部屋だね、ここは」
番頭さん「お客様は運がいいですね。この部屋はここで一番広い部屋となっております。他の部屋は大体8畳ですが、ここは25畳あります。私が知っている限り城崎温泉で一番の部屋だと思います」
私「そうなんだ。そりゃ嬉しいね(笑)」
番頭さん「ここにはいろんな人が泊まっています。大物政治家の先生とかはいつもここです。司馬遼太郎が『竜馬がゆく』を書いたのもこの部屋です」
私「いやいやいや、凄いね。あとで追加料金が来るんじゃないだろうね(笑)」
番頭さん「そう願いたいところではありますが、大丈夫です(笑)」
                                 (令和元年作)




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差し入れの餅食ふにはか似顔絵師



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1組目が終ってすぐに2組目である。休んでいる暇がない。おばぁちゃんと一緒に遊びに来た女の子が1組目と同様に揃って前に座った。またまた2人である。
その日描いたのは女の子2人、女の子2人、女の子と赤ちゃん、女の子とお母さん、女の子とお父さんとお母さん、最後に女の子1人の6組12人である。いずれも失敗はなかったようである。お父さんまで入ってきた時には<おいおい、いい加減にしてくれよ>と言いたいところだったが、「大丈夫です、大丈夫です」と笑って言っている自分がいて<おそらく上手く描けるだろう>と思っていたのだからたくましい成長である(笑)。赤ちゃんまでお願いされた時は<どう描くのだろう?>と一瞬迷ったが、難なく描けたのだから自分でも驚くしかない。
描いている間のお母さん達との会話も楽しい。こちらは夢中なので口数は少な目だが周囲がいろいろと話をする。それも娘達の絵が出来上がって行く過程でのことなので期待に胸を膨らませての明るさがある。
最後の一人は終了時間の2時になって会場の片付けが始まり、私がトイレに行って戻ってきてから始まった。女の子が座って待っているのである。お母さんから「もう、駄目ですか?」と言われ「終わりです」などと言えるはずもない。その日、初めての一人描きで中央に堂々と描けた時は<やっぱり、一人の方が伸び伸びと描けるなぁ>などと余裕さえ感じていた。案ずるより産むが易し。何事もやってみるものである。

朝はごろぉさんと二人でスタートしたが途中からひろし君が仲間入りした(写真左下)。昨年に続き2回目だという。小学6年生である。どうやって描くのだろうと見ていると下書きもせずにそのまま水彩絵具で描いていく。水彩なので濡れているのだが、素早く布で拭きながら描くのである。しかもお客さんと会話をしながらである。自信を持っているのが分かる。絵も上手い。出来上がった作品を手にしたお客さんが一様に喜んでいるのだが、決してお上手を言っているような類のものではない。本当に喜んでいるのである。人物を描いた作品として立派に成り立っている。
<描いてすぐに拭き取るとはなぁ>手法と同時に思い切りの良さ、的確な構図の捉え方に驚いていた。
ごろぉさんの素晴らしさは言うべくもない。瞬時に特徴を捉え、瞬く間に芸術作品に昇華させていく(写真右下)。きっと額に入れて飾ると得も言われぬ存在感を示すことだろう。私もいつか作品を描いてもらいたいと思っている。
1号いくらの値段を付けられるかは分からないが、いずれの時にか是非にと願っている。
2時の予定が我々だけ2時半となり、最後の女の子を描き上げたところで終了となった。家に着いたのが3時半である。妻とその日の話で大笑いをしながらも、4時になると急に睡魔に襲われた。
「疲れたァ。ちょっと横にならせて。心地よい疲れという言葉があるけど、まさにそれかなぁ。非常に眠たい……」
                                 (令和元年作)




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手袋

手袋の手を取れば頬赤かりき



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スタートは9時半である。しかしお客さんは早くからやってくる。近くに住むお母さんが二人の娘さんを連れて9時前にやって来た。会場内をワァーと元気よく走り回っていきなり私の前の椅子に腰掛けた。
「ママ、これやりたい」
それに応えるように、お母さんが「もう、こちら、よろしいですか?」と聞いてくる。
<お母さん、私ではなく向こうにいる人がプロですから向こうの人に頼んでください。私の先生です。私にはまだ完成させた一枚の作品もありません。上手く描けたことすらありません。しかも、まだ開始時間の30分前じゃないですか。いい加減にしてください>
と言いたいところではあったが、心とは裏腹の言葉が口から飛び出す。
「大丈夫ですよ。ちょっと待ってください。すぐに準備しますから」
心を決めて色紙とペンを用意して<さて>と向き合ってみると、更に次の試練が待っていた。お嬢ちゃん二人が揃って私の方を見ているではないか。
<ワワワ!!!一人でも上手く描けたことがないというのに、二人いっしょに描いてくれっていうの???>
失敗する確率が倍になるということである。しかしこうなってはやるしかない。どうなるかは知ったものではない。「似てない似顔絵屋さん」とごろぉさんが書いてくれているので、最悪の場合はお金を受け取らなければいいだけのことである。描き出した。まずは輪郭である。鉛筆でおおよその位置と顔の輪郭を決めていく。目の位置、眉の位置、鼻の位置、口の位置を決めていく。これでよし。誰からも文句は出ていない。次にペン入れである。輪郭をなぞる。上のお姉ちゃんから描き出して目、鼻、口、前髪までを描き上げる。次は下の子である。なかなかのお転婆でジッとしていない。「こっちを向いて」と言うと向いてくれるが、すぐに横を向こうとする。それでも何とか描き上げた。色付けは水彩である。肌色の作り方は練習してきた。背景のハートや星は白いクレヨンで最初に描いておき、そこに黄色と緑を乗せるのである。最後に名前を聞いて完成させた。第1号である(写真左上)。
お母さん「ワ~、うれしい。上手く描いていただいてありがとうございます。本当にうれしいです」
正直、途中で手が震えた。緊張すると手が震えるというのはダグラスグラマン事件の海部さんを見て分かっていたが、まさか自分が体験するとは思っていなかった。
<あー、よかった。ホッとしたぁ>
終ってホッとしていると後ろから男性が声を掛けてきた。
男性「本当に初めて描いたの?嘘でしょ」
描いている途中にお母さんに初めての似顔絵描きであることを話していたのである。それを聞いていたようである。
私「本当です。2週間前に誘われて大急ぎで練習して、昨日初めて孫の絵を描きました。ぶっつけ本番の心臓バクバクです(笑)」
男性「いやぁ、上手いよ。初めてには見えない。凄いよ。驚いたなぁ」
男性は隣のブースで「お菓子釣りゲーム」を担当していた人だがお客の数の割にはスタッフが多過ぎたようで、いつもブラブラしていてその日私が描いた総勢12名を最初から最後まで全て見ていてくれたのである。最後に名刺交換すると上場企業の顧問をされている方で、描き終わるたびに声を掛けてくれたのには励まされたものである。
                                 (令和元年作)




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