人事 - ひこばえ
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ひこばえ


人事 カテゴリーの記事

新酒汲む

肩組みて杯高々と新酒汲む



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日本一の名古屋市中川区倫理法人会を参考に会を変えてみようと思った。いろいろと気付かされたが、まずは「チーム制」だと思った。会の150名を7チームに分け、リーダー、サブリーダーを決め、動かしてみようというのである。案をまとめた。燃えてくれそうな14名を選び、チーム名まで考えた。すぐに説明会を開くことにした。20名位を予定したが、集まってくれたのは12名である。それぞれに予定があり、なかなか思うようには集まってくれない。それでもまずは皆がどう反応するかが見たかったのでそれでよしとした。残りの人にはその後で話せばいい。
夕方、会議室で話を始めた。「何を」「どうやって」「なぜするのか」と考えるタイプの私である。話もその順序でしか表現出来ない。本当にパターン化されていると思った。名古屋に行って来た話、そこで見たもの、感じたこと、こうありたい、こうあらねばならないと順を追って話していった。「この方法を取ればきっと会が変わり、全員が幸せになれる」と熱弁を振るった。話している間、全員シーンとして聞いているので伝わっていないのかと心配したが、話し終って全員賛同してくれたことが分かった。
終っての中華料理屋での盛り上がり方といったらなかった。凄いものだった。こんなに熱い人達だったのかと目を疑うほどだったのである。
「いいですね、やりましょう!」
「みんなで頑張りましょう!」
「どうせやるなら、日本一を目指しましょう!」
あまりの盛り上がりに仕掛け人の私としては少し不安を感じたものだった。この熱を冷まさないようにしなければならない。まだまだ先は長い。しっかり土台を作らなければならない。いい見本があるとは言っても同じように出来るかどうかは分からない。すぐに私は篠田さんと相談して彼の有料セミナーに申し込むことにした。「乗り掛かった船」である。折角なのでそのノウハウを詳しく知っておこうと思ったのである。なんでも実際に体験しておきたいと思う性格である。このノウハウをマスターし、倫理の会を変えることはもちろん、会社にも取り入れてみたいと思ったのである。会社のレベルをもう一段アップさせるチャンスかも知れない。上手く行くかどうかは別の話である。まずはやってみることが大切と思う人間である。
                                 (平成29年作)

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豊の秋

日の本を統べし尾張や豊の秋



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そもそもは日本一の単会「名古屋市中川区倫理法人会」のモーニングセミナーを見学しに行った所から始まった。横浜市倫理法人会の会長となり1年の方針を立て勢いよく進み始めたはずだが、何せ初めてのことである。自分が立てた方針が良いものなのかどうかイマイチ自信がない。まずはやってみることだと心に決めてはみたものの、根拠がアヤフヤなのだから迫力がない。このままでいいのだろうか。もっと違う方法があるのではないだろうか。そんなことを考えている時に声を掛けてもらったのが当会会員の篠田さんである。この方は凄い方でその中川区を日本一に導いた立役者なのである。横浜に住んでいて名古屋の単会を日本一にしたというのも分からない話だが、まずは話を聞いてみることにした。喫茶店で1時間程、一緒にお茶を飲んだ。
「2年前の中川区は今の横浜市と同じようなものでした。普通に朝礼を行ない、普通にモーニングセミナーをやっていただけの会です。それが急に変わって行きます。キチンと目標を定め、全員が出来ると信じ、全員が本気で燃える集団に変わって行きました。組織を活性化する方法を取り入れたからです。横浜でも出来ますよ。全然難しくありません。簡単です。やってみてください。大丈夫です」
その3日後に私は名古屋にいた。百聞は一見に如かず。まずはこの目で確かめるしかないと思ったのである。前日の夕方に到着し、ホテルにチェックイン。午後6時に篠田さんが連絡しておいてくれた会の役員の女性とロビーで待ち合わせ話を聞かせてもらうことにした。食事をしながらの3時間。とても熱く語ってくれた。会の在り方、考え方、組織を大きくする方法、そもそも何のための倫理か、伸びる理由、伸びない理由、会社の業績が伸びない理由も全く同じとまで言い切った。熱弁3時間でその会の素晴らしさを語ってもらったのである。
翌朝5時20分に会場入りするとすでに30名が集まっていた。会長に挨拶などして見ているとどんどん人が入ってくる。5時40分、モーニングセミナーのリハーサルが始まる。その時点で70名に溢れている。何列にも並び、真剣に練習が行われる。本番のモーニングセミナーの参加者数は122名。会場に立ち見が出来ている。圧倒的人数、素晴らしい熱気、真剣な学びの場。初めての見学で驚きを通り越して、感動、夢見心地の気分である。
今、私が会長をしている横浜市の会をこう変えなければならない。あれを作るのに僅か2年だったという。その組織作りを指導したのが篠田さんだというのだ。
「本物だ!凄い人だ!俺もやってみよう!」
                                 (平成29年作)

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登高

虎朱印見むと天守へ登高す



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朝食を終えて外に出ると雨は少し強くなっていた。駐車場に戻り車に乗り込もうとした時、ちょうど傍に係員がいたので聞いてみた。
「小田原城までは歩いてどれくらい掛かりますか?」
「5分くらいで行けますよ」
「そんなに近いんですか?どっちに行くんですか?」
「正面から入るのでしたらこっちですけど少し遠くなります。天守閣までの近道はこっちです」
9時開門とのことなので、ちょうど良い時間である。ちょっと見て来ることにした。少し歩くとすぐ目に前に天守閣が見えてきた。「北入口」から入り、本当に5分程で到着した。難攻不落の城にしては随分と簡単な道だなぁと思った。開門まで15分ほどあったので、雨の中ではあるが周囲を歩いてみた。菊花展を行なうための小屋だろう、雨の中で作業をしている人がいた。土産物屋が店開きの準備中である。その横に大きな檻がありニホンザルが飼われていた。傘を差してそれを見ている人がいる。この雨の中、開門前から何をしているのだろうと自分のことは棚に上げて眺めていた。
開門を待って城の下に集まったのは4人である。猿を眺めていた女性2人と外人の男性1人と私である。外人と目が合ったので、いきなり「アメリカン?」と聞いてみた。その前の朝食会でアメリカンコーヒーを注文したのでついつい口を衝いて出てしまったのかも知れない。「ノーノー、スウェ〇×※」と聞こえた。よく聞き取れない。意味不明である。スウェーデンだろうか。もしスウェーデン人だとしても次の会話が成り立つ訳がない。英語がままならない私である。何で声を掛けてしまったのだろうと後悔しかけた時、ゆっくりと城入り口から降りて来た警備員が門を開けてくれた。きっちり9時である。お役目とはいえ雨の中で待たされるお客からすると「もう少し早く」と言いたかったところだが、外人との妙な関係を抱えた私には救いの神にも見えたのだった(笑)。
城の中は完全に展示室と化していた。新装したばかりの真新しさである。狭いスペースではあるが様々なものを展示し、ぐるぐる回しながら2階、3階と導いていく。途中、ビデオ放映のコーナーなどがあり、北条5代や小田原城開城のことなどを伝えている。一人で腰掛けて見ていると先程の外人が私の横に座った。ちょっと黙礼をしたあとは知らんふりするしかない。ビデオでは「虎朱印」の説明をしていた。2代目の北条氏綱が使用した文書が初見だという。以降、氏康、氏政、氏直と代々受け継がれてきた北条氏の権威の象徴である。印には「祿壽應穩(禄寿応穏)」と彫られ、その上に虎が描かれている。「禄(財産)と寿(生命)が応(まさ)に穏やかであるように」と、人民の平和な暮らしを願う北条5代の善政を示す印だという。コンクリート造りではあるが、昔の城主になったようなつもりで天守から雨の小田原を見下ろして帰って来た。
                                 (平成29年作)

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屏風

祝宴の舞台へ屏風運ばるる



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知人の会社の創立記念パーティーに招かれた。場所は横浜コンチネンタルホテルである。300名程を集めて、歌あり踊りありの豪勢な祝賀会だった。丸テーブルで私の隣に座ったのが小田原で会社を経営している会長さんである。今は弟さんに社長を譲って悠々自適といったところだが、年の割には元気でまだまだ引っ込んでいるような様子はない。年齢は73才と聞いた。
私「今日は小田原からですか。遠くからご苦労様です」
会長「えっ、小田原が遠い?全然、遠くないよ。新幹線で15分だよ。いやだねぇ、こういう人は。神奈川県から出たこと、ないんじゃないの?(笑)」
名刺交換した時の一言である。妙に人なつこい、親近感を覚えさせる人物である。
私「あれっ、小田原って神奈川県でしたっけ?たしか、静岡県でしたよね(笑)」
会長「まいった、まいった。上手がいるなぁ。一本取られたなぁ(笑)」
私「大体、名刺に神奈川県小田原市と書かなければいけないところが遠い感じがするんですよ。私の名刺は横浜市から始まっていますよね。神奈川県横浜市と書く必要がない(笑)」
会長「おっ、そうだな。そう言われればそうだ。なるほど……」
私「来週、小田原にお邪魔します」
会長「おっ、仕事で?」
私「いえいえ、倫理法人会です」
会長「ああ、倫理の人か。このテーブルはみんな倫理なんだ(笑)。俺もかれこれ35年もやって来たよ。お陰で会社は大きくなったし、潰さないで来られた。しかし、さすがに疲れたよ、朝が早いからなぁ(笑)」
私「35年とは凄いですね。草創期からですね」
会長「そう、今は弟に任せて出ていないけど(笑)……。何をしに小田原に来るの?」
私「講師です」
会長「おお、そうか。そりゃあ、聞きに行かなきゃまずいな(笑)」
私「いえいえ、大丈夫ですよ。会長さんのような凄い人生を歩いてきた訳ではないですから、大した話じゃないですよ(笑)」
会長「ホテルはどこに泊まるの?」
私「オレンジホテルと聞いています」
会長「おお、小田原で一番豪華なホテルだよ。このコンチネンタルほどではないけどなぁ……(笑)」
豪快肌の人である。しかもよく笑う。笑顔が素晴らしい。約3時間の祝賀会もその会長さんのお陰でとても楽しく過ごすことが出来た。感謝、感謝である。
                                 (平成29年作)

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添水

ダヴィンチの手になる添水かと思ふ



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模型はとても素晴らしいものだった。ダヴィンチが実際に作ったかどうかは分からないが、時代を先取りしたその発想力と実現性、緻密さ、こだわり、そして何と言ってもあらゆる分野にまたがる多才ぶりには驚かされたものである。
歯車があり、滑車があり、関節の動くロボットやトレーニングマシーンまである。組み立て式の橋などは実用的にも見える。変速ギアがあり、ボールベアリング装置があり、バネで動く自動車もある。ライト兄弟が人類初の飛行機を飛ばしたのは1903年だが、その400年も前に羽ばたき飛行機やグライダー、ヘリコプター、落下傘を設計している。戦車や艦載砲など軍事用のものも多い。写真の馬車には敵の馬を近づけないための回転刃が付けられている。水に係わる物もいくつかあり、水力のこぎり、潜水装置、水上歩行器、ボート、救命浮き袋、水を上に誘導する装置などがあり、日本の「添水」などは訳もなく作ったに違いないと思ったものである。一人の人間がここまで考えられるものだろうかと驚くしかない。まさに天才の仕業である。
模型を飾ったブースのあとにはその手稿が展示されていた。これまた膨大な量である。ここは撮影不可なので見入るしかなかったが、人体図や解剖図などのデッサンは見事なものである。実際に解剖した上でのデッサンであろう。今の人間が描いたのではないだろうかと思うほどに精緻なものであった。
出口の近くにテレビが置かれ、ダヴィンチについてのビデオが流されていた。パイプ椅子に腰を掛け20分ほど見ていたが、いかに創造的で天才的な人であったかを教えてくれていた。1時間もいただろうか、とてもいい時間を過ごした。やはり、芸術に触れるというのは素晴らしいものである。無聊を決め込んでいてはいけない。外に出ようと思った。

ダヴィンチの残した言葉に次のようなものがある。今の私を見透かしたような一言である。
「時々、機会を見つけて外出しなさい。
そして、リラックスしよう。
外から帰ってくると、
あなたの判断はより確かなものになります。
いつも仕事にへばりついていると、
あなたは、判断力を失ってしまいます」
                                 (平成29年作)

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