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日向 亮司

Author:日向 亮司
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動物 カテゴリーの記事

亀鳴く

亀鳴くや苦肉の計も破れたり



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新型コロナウイルスの感染拡大を受けて安倍首相が全国の小中高に向けて臨時休校の協力を呼び掛けた。
「いまからの2週間程度、国内の感染拡大を防止するため、あらゆる手を尽くすべきだと判断した」
時期は卒業式直前でもあり、賛成する声ばかりではなく戸惑いの声も聞こえてくる。
「学年を共に過ごした友達との思い出を作るこの時期に学校を休みとする措置を講じるのは断腸の思いだ。責任ある立場として判断しなければならなかったとご理解いただきたい」
フムフム、難しい決断を迫られたようである。
中学1年生のなっちゃんも休みに入ったようである。母親である長女からメールが送られてきた。最初に「臨時休業中の課題」と題されたプリントの写真が送られてきた。<???臨時休業?臨時休校じゃないの?>と思ったが、そこは気にするところではないようである。
① 一年国語「今に生きる言葉」
② 「ねらい」学習した故事成語が生活の中でどのように使われているかを確かめる。
③ 「課題」新聞記事や本や雑誌などの文章から「故事成語」が使われている部分を探し、切り抜き、またはコピーを貼る。また、その故事成語の意味を確かめる。
休み中もしっかりと勉強させる学校のようである。

長女「なつの宿題。故事成語が入った文章が載っている新聞や本のコピーを貼り付けるという宿題……」
透かさずメールを返した。
私「なっちゃん、三国志を読んでいたなぁ」
なっちゃん「三国志!読んで見る!」
私「『~してみる』の『みる』は補助動詞なので、『見る』は使いません。そこんとこ、よろしく!」
なっちゃん「間違えた(笑)」
私「泣いて馬肉を食う、というのもあったなぁ(笑)」
長女「なにそれ?本のタイトル?」
私「三国志。諸葛孔明のいいシーンだよ。泣いて食うほどの馬肉って美味しいだろうなぁ(笑)」
それからメールは途絶えた。娘が「泣いて馬謖を斬る」を知らないことは分かったが、「馬肉」と「馬謖」で話はいい方向に展開していくものと考えていた。しかしその思惑も外されてしまったようである。朝のメールが夕方になっても一向に進展してこないので私の方からメールしてみた。
私「なっちゃんは故事成語の入った文章を見つけることが出来たのだろうか?馬肉などを食べているのではないだろうか?大丈夫だろうか?」
娘「安倍首相の会見で『断腸の思い』というフレーズを聞いて、『これにする!』って言ってたよ」
私「三国志じゃないなぁ。三国志の故事成語が選ばれなかったことを受け入れるのは断腸の思いだよ」
(注)写真は昨年の夏、東京国立博物館で開催されていた「三国志展」を見に行った時に飾られていた関羽像である。「三国志」大好き人間の私である。
                                 (令和2年作)




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松葉蟹

目で愛でて手は不器用に松葉蟹



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年が明けても城崎温泉の旅は続いている。
6時に部屋を出て夕食会場に向かった。それぞれにお膳が用意されていて夫婦向かい合わせで座るようになっている。一番で到着したので仲居さんに熱燗をお願いした。その後すぐに他の人達もゾロゾロとやって来て席に着いた。お燗が届いた。それを見て隣の人も生ビールを注文し、お燗や冷や酒を頼む人もいた。隣に座ったのが後で知ることになるのだがIさんという。
私「伊根の舟屋や玄武洞(写真)では随分と熱心に写真を撮っていましたね(笑)」
Iさん「ああ、見られていましたか(笑)。写真で撮ったものを水彩画に描くんです」
私「水彩画!いや、それは奇遇だなぁ。実は私も最近ですが水彩画を始めたところなんです。3ヵ月です(笑)」
Iさん「そうですか。私は今年初めて高島屋で個展を開きました」
私「ヒャー、それは凄い。本格的ですね」
Iさん「もう始めて8年になります。定年を迎えて、たまたまセミナーに参加したのがキッカケでやってみようかなと思ってそのままその先生に付いて教えてもらいました。風景画を描いています。年間200枚描きます」
私「200枚!それじゃ、毎日描いているようなものじゃないですか」
Iさん「1000枚描いたら個展を開こうと決めていまして、今年思い切って開いてみました。思った以上に好評で何枚も買ってもらうことが出来ました」
熱燗2本を平らげて更に2本を追加する上機嫌振りである。「これからお風呂に行くのよ」と妻に注意されても話は止まるものではない。富弘美術館落選の話、似顔絵展の話、透明水彩・不透明水彩の話と止まるところを知らない。戸塚にお住まいで私の会社の近くの夏島にも最近スケッチに来ているという。
Iさん「来年早々、仲間で作品展を開きます。もしよかったら見に来てください」
私「もちろん、伺います。明日、名刺をお渡ししますので案内状をお願いします」
1時間程の夕食時間だったとは思うが、実に楽しく話したものである。しゃべりっぱなし笑いっぱなしである。
翌朝、タブレットで作品を見せてもらった。見てビックリである。想像していた以上に完成度の高いものだった。岩肌を流れ落ちる滝を描いたものだったが、写真を見るような正確な描写で対象を捉えていた。
<ムムム……>
冷汗が出るような思いである。相手かまわず、しゃべってしまったことをいきなり反省した。こんなにレベルの高い作品を描く人だったとは思わず、いい加減な話をしてしまったものである。語るに落ちるという言葉もあるが、それ以上に考えもせずにペラペラとやるのだから困ったものである。笑いながら付き合っていただいたIさんには本当に申し訳なく思うと同時に、<水彩画をやっている>という言葉は当分禁句にしようと反省したものである。
                                 (令和2年作)




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まぎれなく鰤は丹後の誉れなり



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2日目はホテルから1時間程の場所にある「伊根の舟屋」の見学からスタートである。専門のガイドさんが案内をしてくれた。天気は最高である。
こういう時はガイドさんの近くにいて話を聞き漏らさないようにした方がよい。俳句の吟行と同じである。先生が教えてくれることを聞くか聞かないかは大きな違いとなってくる。私の俳句の師匠道川虹洋先生の句に「しんがりに居て笹鳴をききもらす」がある。聞き漏らしてはいけないと最前列に位置を占める。
ガイドさん「この1階部分が舟を格納する場所になっており、2階が居間になっています」
私「フムフム」
ガイドさん「この建物には釘が使われておりません。木に切り込みを入れて楔を打って行く工法です。台風などで波が押し寄せても、錆びたりしないように出来ています」
私「フムフム、なるほど」
話は舟屋の造りから、地形、漁法、獲れる魚の話と広がってくる。
ガイドさん「ここでは昔から鯨を獲っていました。1年に2~3頭、湾に入ってきたところを逃さず、入口を塞いで出られないようにして捕獲します。それぞれに役割が決まっていて鯨が入って来ると夜中であっても舟を出して取り囲みます。そしてモリで突いて弱らせていきます。獲れた鯨は全所帯に分配されます。助け合って生きて来た町なんです」
私「鯨漁はいつ頃までやっていたのですか?」
ガイドさん「昭和35年を最後にやめております」
鯨の話のあとにイルカを獲る話になった。<イルカはさすがにマズイでしょう>とは思ったが、捕鯨問題を語るような場所ではない。<以前日本の漁村でイルカを捕獲して外国人と揉めたようなことがあったけど、ここがそうだったのだろうか>などと思ったが、そんな問題を抱えているような雰囲気はない。すぐに話は鰤(ブリ)に移った。
ガイドさん「日本三大ブリ市場というのがありまして、氷見のブリと五島列島のブリとここの伊根のブリということになっています。このブリ漁は昔から行われておりまして、江戸時代の<×××>に<丹後のブリを以って××となす>と記載されております」
<ヒャー、聞き逃してしまった>
イルカのことを考えていたので、ブリを称える肝心な個所を聞き漏らしてしまったのである。話の途中で質問を挟むような無粋なことはしない。場所を移してゾロゾロと道を歩いている時に質問した。
私「さきほど、聞き逃したのですが<丹後のブリを以って何となす>って言ったのでしょうか?」
ガイドさん「<上品となす>です。最上級ということです」
私「何という書物に書かれていたのでしょうか?」
ガイドさん「本朝食鑑です。カガミというのは金を書いて……」
私「大丈夫です。これですよね」
ガイドさん「そうそう、その字です」
<丹後のブリを以って上品となす>
遊覧船で伊根湾を一周し、バスに乗り込んでからも<上品となす>が頭から離れなかった。
                                 (令和元年作)




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鴛鴦

ひとところ日の差してをり鴛鴦の池



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3日目の土曜日は新宿から戻り書道塾に行き、夕方6時から長女の旦那の妹さんの結婚祝賀会に出席するため横浜中華街に出掛けてきた。家族全員が勢揃いである。いつもは行き当りばったりの挨拶で済ませるところだが、お祝いの席でもあり読み上げる文章を事前に用意しておいた。名前はプライバシー保護のこともあり私以外は全員「吾輩は猫である」の登場人物に置き換えることにした。読みづらい名前があったとしたら漱石先生に文句を言ってもらいたい(笑)。
私が読み上げる横で花嫁である雪江ちゃんが号泣してくれたことはもちろんである。

『雪江ちゃん、ご結婚おめでとうございます。珍野家の皆様、本当におめでとうございます。
祝宴が始まります前に一言お祝いの言葉を述べさせていただきます。
平成16年4月11日、今から15年前になりますが高校生だった雪江ちゃんは中華街の「萬珍楼」に向かっておりました。
お兄様でいらっしゃいます珍野苦紗弥様のご結婚が決まり、そのお相手であります日向鏡子様のご家族との顔合わせの席に向かっていたのです。そこにはお兄様はもとより、お父様であります珍野虎蔵様、お母様であります珍野おさん様もいらっしゃいました。
日向家からはお父様であります日向亮司様、お母様であります日向鼻子様、それに妹御であります日向富子様が出席されておりました。
あの日から15年の月日が流れ、様々な出来事が珍野家、日向家に起こりました。
まずは平成18年7月16日、珍野とん子様が誕生されました。
そしてその2年半後の平成21年1月22日に珍野すん子様が誕生されました。
またその3年後の平成24年1月24日に珍野めん子様が誕生されました。
そしてその翌年、平成25年1月23日に日向三平様が誕生されました。
そして平成29年6月1日、珍野藤十郎様が誕生されました。
もちろんこの15年の間にはお祝い事ばかりではありませんでした。
本来ならこの席にいて一番喜んでいるはずのお父様珍野虎蔵様が平成23年8月にお亡くなりになっております。
おそらく今、空の彼方から幸せな雪江ちゃんに一番の祝福のエールを送っていることと思います。
あの日から15年が経ち、とても幸せな我々家族であります。
そして今日、令和元年11月16日、我々家族に新しい一員が加わることになりました。
古井武右衛門様でございます。
古井様には雪江ちゃんのご主人様として、また藤十郎君のお父様としてしっかりとお二人を支えていただくと同時に、このような家族ではございますが、珍野家、日向家とも、末永いお付き合いをお願いするところでございます。
どうかよろしくお願い致します。

話は長くなってはいけませんが、まだ3分の1を終えたばかりではございます。
大切な3つの袋の話もまだしておりません。
(ええっ………)という声も聞こえてまいりましたので、残りの3分の2につきましてはこの祝宴の席にて、ということにさせていただくことと致します。
限られた時間ではございますが、皆様で楽しくお過ごしいただきたいと思います。
本日は誠におめでとうございます』
                                 (令和元年作)




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穴深く熊はおそらく寝てをりぬ



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高田馬場の和食屋で日本酒を飲み、二次会の焼鳥屋でホッピーを飲み、新宿のカプセルホテルに辿り着いたのが11時半である。1階のカウンターで名前を言うとしっかりと予約されていたのでホッとした。料金を支払った後、いろいろと説明を受けたが酔っているようで頭に入って来ない。受け取る物を全て受け取ってまずはロッカールームに向かった。リストバンドに書かれている番号とロッカーの番号を合せるところまでは分かったが、着替えるべき着替えを受け取っていない。隣にいた人に「着替えはどこにありますか?」と聞き、ロッカールームの入口に置いてあることを知る。きっと説明があったはずだが完全に聞き漏らしている。<荷物はどこに置くのだろうか?寝る所まで持って行くのだろうか>「スミマセン。荷物は寝る所まで持っていきますか?」「ここに全部置いて行きます」<なるほど、なるほど……>
2階の風呂には階段で上った。裸になって身体を洗い、湯船に浸かった時には少し酔いが醒めて来たような気がしていた。<新宿のあの雑踏の中をよくここまで辿り着いたなぁ>と考えていたのである。振り返る能力も回復しつつあるようだった。歯を磨き、1階のロッカールームに戻ってスマホを取り出してリストバンドに書かれた6階までエレベータで上がった。ドアがあり何かが書かれていたが読みもせずに入った。開けると写真の光景である。
<オー、これがカプセルホテルかぁ。きれいだなぁ>
写真を撮りながら「回転島田」という言葉を思い出していた。養蚕のカイコを育てるための小さな部屋のことをそのように呼ぶように記憶していた。一つひとつの穴を当てがわれて、そこに納まるカイコの姿に重ねたのである。リストバンドの番号と同じ番号の部屋を探して潜り込んだ。キョロキョロしようにもそのスペースがない。枕と薄い掛布団を確認して、備え付けの水を一口飲んで電気を消した。おそらく1分後には寝ていたと思う。熟睡である。5時半頃に鳴った他人の目覚まし時計で目が覚めた。それからもう一寝入りして6時に起きた。風呂に行き、朝食会場に行き、おにぎりを2個食べた。休憩所でジュースを飲んで新聞を眺めてから帰ることにした。
「追加料金はございません。ありがとうございました」
<追加料金?ああ、そういえばマッサージなんかもあったなぁ。朝食会場に個室もあったなぁ>
初めてのカプセルホテルではあったが、寝るだけの場所と考えると案外使い易いかも知れないと思った。酔っていても何のトラブルもなく宿泊出来たこのシステム自体にも感心していた。白い繭の中のカイコになった気分である。間違いようがないところがいい。
ホテルを出て朝の新宿は物憂い雰囲気を漂わせていたが、それも束の間、駅に入るとすでに雑踏と化していて電車を待つ列に並んだ時には完全に普通の都会人に紛れていた。
                                 (令和元年作)




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