動物 - ひこばえ
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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ひこばえ


動物 カテゴリーの記事

蚊を憎む

玄関に寝床移して蚊を憎む



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その夜、1時に目が覚めた。痒いのである。右手の中指のつけ根あたりが痒くて左手で掻いたりしている。<どうしたのだろう?>寝惚けた状態でも何が起きたのかを必死に考えている。部屋は真っ暗でトイレの電気が少し洩れて来るくらいである。しばらく考えていた。<蚊かな?>と思った。この痒みは蚊に刺された時のものである。<どうして指なんかが食われたのだろう?>いろいろ考えている。その時である。
「ブ~ン」
<ヤバッ!蚊だ>耳元に近づいてきて、またどこかを狙っている。腕を布団に潜らせて、一瞬頭も布団の中に入れた。蚊を驚かせるためである。そのあとしばらくはジッとしていた。<殺すしかない!>殺意が芽生えるが殺す手段が思いつかない。<フマキラーなどないはずだ><電気を点けて探し出そうか。きっとカーテンの上の方にいるはずだ><しかし妻を起こすことになる><寝ているのに起こすのは申し訳ない>いろいろと考えていると、また「ブ~ン」と近づいてきた。ガバッと布団を被って攻撃を躱した。しばらくは潜っていたが、暑い。苦しい。息苦しい。<どうしよう、こんなことを朝まで繰り返してはいられない……>
私が取った行動は<部屋から出る>であった。部屋は襖で仕切られている。玄関と上がり框の上の辺りに布団を移して襖を閉めてしまおうと思ったのである。薄暗い中を起き上がって、ぼんやりと見える布団を畳んで持ち上げた。その時である。
妻「どうしたの?おねしょでもしたの?」
私「する訳ないだろ。蚊だよ。蚊。蚊がいて寝られない」
廊下に布団を敷いた(写真)。幅が狭い。狭くて布団がUの字のようになっている。それでも横にはなれる。しっかりと襖を閉めて横になった。<蚊の対策は出来た>と思ったが、蚊がいる場所に妻を残して来たことを少々後ろめたく思っていた。<今度はあいつが刺される番だろう><申し訳ない……>そんなことを考えてウトウトして寝に落ちようとした時である。今度は枕元にある冷蔵庫のスイッチが入った。
「グゥゥゥ~ン」
<何だろ?><何で電気が入ったのだろ?><すぐに切れるのだろうか?><ウルサイ……>
そう思っているところで寝に落ちたようである。あとの記憶がない。
                                 (令和元年作)




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海月浮く

一海を渡る千余里海月浮く



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日経新聞の連載小説「ワカタケル」に壱岐について書かれた部分があった。大王となったワカタケルが渡来人の李先生に「そもそもの初め、いつ誰が海彼から渡来して行き来が始まったのですか?」と聞くシーンである。海彼(かいひ)とは海の向こう、外国のことである。
「この島々にはあまたの民草が居た。すでにその中に渡来の者が混じっていたかもしれない。人は海を渡るものだ」
鳥は飛び、人は漕ぎ出す。「任那から対馬が見える。対馬から壱岐が見え、壱岐からは筑紫の山々が見える。見えれば渡ることを考える」

翌朝7時50分ロビー集合である。フェリーの時刻があるので朝食会場の開始時刻7時からはそれほど時間の余裕がない。慌てて食べて荷物を取り纏めバスに乗り込んだ。取り纏めたといっても全ては妻任せなのだから偉そうなことは言えたものではない(笑)。10分ほど前に下りて行くとほとんどの人はすでにバスに乗り込んでいた。年寄りはさすがに朝が早い。前日の夕食の店の前を再び通って唐津湾のフェリー乗り場に到着した。1時間45分の船旅である。いよいよ海を渡る。嬉しい。
妻「どの辺りに座る?」
私「進行方向左側の椅子席にしよう」
妻「おっ、迷いがない(笑)」
こんなに天気の良い日はそうそうあるものではない。東松浦半島の眺めを目に焼き付けておきたいと思ったのである。魏の使者たちが眺めた光景に違いないからである。
私「ちょっと待って。ビールを買って来る。船の中には売っていないと書いてあった」
妻「そういうところにだけは目が行くのよね(笑)」
乗船後10分程して船は静かに動き出した。波はない。転舵して向きを変え半島が間近に見える(写真)。湾の外に出ても波はない。ベタ凪の状態である。蒙古来襲を防いだ暴風雨のことを挙げるまでもない。一年中でこのように波のない日が幾日あるだろうか。僥倖という他はない。半島を離れるまでビールを飲みながら眺めていた。眺めに倦み始めた頃、再び「邪馬台国の秘密」を読み始めた。
「また南に一海を渡ること千余里、命(なづ)けて瀚海(かんかい)と曰う。一大國(いきこく)に至る」
10時25分、予定通り壱岐の印通寺港に到着した。
                                 (令和元年作)




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烏賊

烏賊の目の潤みてをりぬ食ひにけり



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夕食会場はホテルからバスで10分程の場所にあるイカ料理の専門店だった。「呼子のイカ」である。事前にもらっているパンフレットには「お一人様イカ150g」と書かれていた。妻がそこのところを何度も言うのでてっきり150gとは食べられない程の贅沢な分量のことだと思っていたが、目の前に出されたイカは普通のヤリイカ1杯である(写真)。
「おお!活き作りじゃないか。一人1匹とは贅沢だなぁ」
「これなら150gと書かないで『お一人様イカ1杯』と書いた方が分かり良いんじゃないか?」
「とは言っても、1杯じゃ、沢山という意味にも受け取られかねないからなぁ(笑)」
ほとんど独り言である(笑)。
席は向かい合ってそれぞれの夫婦が並び、横に4人掛けである。少し窮屈である。添乗員さんが「飲み物はそれぞれで注文してください。お会計は銘々でお願いします」と言っている。<なるほど、なるほど>旅行中、飲み物はこのスタイルで行くようである。早速、生ビールを注文した。隣はと見れば、ビールの人もいれば冷酒の人もいたが、ほとんど9割の人はお酒を飲まずに食事を始めている。ポットに入ったお茶を注ぎながら、それぞれ向かい同士で黙々と食べている感じである。イカは刺身で食べられる以外は天婦羅に調理して出してくれた。お店の人が回収して天婦羅にして持って来てくれるのだが、要領よくやっているようで時間は掛からない。食事時間1時間を予定していたが、飲まない人は30分もすれば食べ終えてしまう。一人二人と席を立つ。私もビール1杯なのですぐに食べ終えてしまった。ビール代を払おうとレジに進むと「私たちはホテルまで歩いて帰りたい」と添乗員の女性に言っている人がいる。我が儘な人もいるものだなぁと思ったが「バスで来る時に見た唐津城に登ってみたい」と言っているのである。「おお、それなら私たちも登ってみたい」とすぐに便乗した。添乗員さんはカバンから書類を取り出した。なにやら、別行動となる場合の一筆らしい。
「こちらにフルネームでサインをお願いします。くれぐれもホテルまで気を付けてお帰りください」
改めて文書にサインさせられると無事に帰れるかどうかと心配にもなるのも不思議なものである(笑)。
夕暮れの城下町のそぞろ歩きである。ほとんど人がいない。高校の前を通る。早稲田佐賀高校である。「大隈重信が佐賀出身なのでここに早稲田がある」とバスの中で聞いていた。そしてその上に佐賀城の天守閣が見える。
<自分の学校の横に天守閣があるっていうのはどんな気持ちだろう。郷土愛を育む環境としてはこれ以上のものはないだろうなぁ>
お城の石段を上がり天守閣の入口まで登った。時間が過ぎていて中には入れなかったが唐津の町が一望出来た。雲一つない晴天である。日が西に傾き、徐々に暮れようとしている。ついさっきまで会社にいて仕事をしていたのに夕方には佐賀のお城にいるのだから旅とは愉快なものである。
                                 (令和元年作)




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鳥雲に

留置所の窓は小さし鳥雲に



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映画の中でトニーとドクターが二人揃って留置所に入れられるシーンがあった。
夜中、次のコンサート会場に向かって走っている途中に逮捕されたのである。当時、黒人の夜間外出を禁ずる法律があり、車を止められ白人警察官に職務質問を受けたのだが、土砂降りの中を外に出るように言われた上、イタリア系の名前ヴァレロンガを「お前も半分は黒人か」と侮辱されたトニーが警官を殴ってしまったのである。当分、留置所から出られないと言い渡された二人だが、弁護士に連絡する権利を申し出たドクターが許されて電話した先が当時の司法長官ロバート・ケネディだった。すぐさま二人は釈放され、喜ぶトニーと自らを恥じるドクターである。
私「あれって本当の話だろうか?」
妻「実話というんだから本当じゃないの」
私「弟の方だよなぁ、司法長官だから……」
久し振りにケネディの名前を聞いた。落合信彦の本を夢中で読んだのは25年も前の話である。
私「あの本はもうないよなぁ」
妻「ないよ。今の家に越してくる前のことだから」

すぐにアマゾンで取り寄せることにした。「2039年の真実」と「ケネディからの伝言」の2冊である(写真)。
届いてすぐに読み始め、あっという間に読み終わった。「ケネディからの伝言」の中にジョン・F・ケネディが大統領選の最中に黒人に対する姿勢を明確にするシーンが書かれていた。黒人の偉大な指導者であり、後にノーベル平和賞を授与されたキング牧師が逮捕され、刑務所の中で白人の服役者たちによってリンチされるか、看守によって殺されるか、いずれにしても生きて刑務所を出て来る確率はゼロと思われていた状況の中でケネディが行動を起こすのである。
「ケネディに躊躇はなかった。彼は遊説先のシカゴのホテルから直接キング牧師の妻コレッタ・キングに電話を入れ、事態を非常に憂慮しており、できる限りのことをすると約束した。このケネディ介入の話はたちまちのうちに黒人社会に広がった。翌日、ボビー・ケネディはキングに有罪判決を言い渡した判事に電話を入れ、キングを即刻釈放するよう説得。彼がどう説得したのかは今もって定かではないが、ボビーのことだからかなり強引な話し方をしたのは確かだ。即日キング牧師は釈放された。このケネディの介入が黒人たちの心を動かしたのは言うまでもない。(中略)北部や東部の黒人たちは雪崩を打ってケネディ支持にまわった」
                                 (平成31年作)




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羽抜鶏

羽抜鶏うなづくさまに彷徨へり



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翌朝の予定は6時から9時の間に朝食を摂り、9時にロビーに集合して研修生との面接会場に向かうというものだった。
5時に目が覚めた。何やらスピーカーでお祈りのような声が流れていた。ホテルの密封された部屋の中で聞こえるのだから相当な音量と思われる。イスラムのお祈りだと思った。顔を洗ってホテルの外に出てみることにした。薄暗い中を歩き始めたがすぐに明るくなった。ホテルの前に墓地が広がっている。その中からオートバイが次々と走って来るので中に入ってみることにした。裸足の人と擦れ違った。道端に蹲っている人もいる。鶏が放し飼いになっていて餌を探している(写真)。高層ビルが乱立するジャカルタの町にこのような一画が残っているのである。舗装もされていない道を二人乗りのオートバイが器用に走ってくる。ぶつからないようにしながら先へと進んでいった。細い道路に面して犇めくように建っている古い民家。開けっ放しの入口から中が丸見えの家もある。道には屋台が出ていて食事を摂っている人がいる。列を作ってパンを買っている人がいる。小学生が家から飛び出してきて父親のオートバイに飛び乗った。登校時間のようである。家々の前に鳥籠がぶら下がっている。文鳥のような鳥もいればインコや九官鳥のようなのもいる。鳥を飼う習慣があるようだ。少し豪華な家もあるが、そういう家は決まって頑丈そうな壁や門扉があり、門兵を立たせている家もある。車の進入を防ぐように手動式の遮断機を上げ下げしている家もある。1時間程、歩いて来て町の様子がなんとなく分かってきた。メイン通りの交通量は一段と増えていた。車もオートバイも引きも切らずに続いてくる。活気溢れるジャカルタの朝を垣間見たのだった。

ホテルに戻る路上でルームキーを失くしたことに気付いた。ズボンのポケットに入れておいたのだが、スマホを出し入れしているうちに落としてしまったようである。
<どうしよう。朝食会場で提示を求められるかも知れない>
ロビーに戻り、福永さんに電話を掛けてみた。名刺に書かれた番号に掛けると<インドネシア>と表示されるだけで何度やっても繋がらない。正しい電話の掛け方を聞いていなかったのである。部屋を訪ねようかと思ったが誰の部屋番号も聞いていない。誰かいるかも知れないと朝食会場に行ってみたが生憎と誰も居ない。
<どうしよう>
しばらく考えて結局はフロントに行くことにした。
「ルームキー、ロスト」
「???」
「ルーム、カード、ロスト」
「ルームナンバー?」
「エイト、オー、シックス」
「オッケー」
英語となると途端に小心者となる(笑)。
                                 (平成31年作)




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