地理 - ひこばえ
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ひこばえ


地理 カテゴリーの記事

秋山路

人ごゑの絶えてこれより秋山路



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神社を出てしばらく進むと、山歩きの姿をした人達が屯する休憩所に到着した。いよいよ登山コースの入口のようである。ケーブルカー駅に置いていた簡単な地図しか持っていなかったので、まずはコースの書かれた看板の前に行ってみた(写真)。何も計画していなかったので歩き方が分からない。無難で安全なコースはどこだろうという目で眺めていた。鍋割山という名前が書かれていた。まさかあの鍋割山ではないだろう。1年前の遭難一歩手前のことが脳裏を過ぎった(平成28年12月16日、ひこばえ「冬近し」)。名前が名前だけにそのコースは大変なような気がした。距離もある。前回の山歩きと違い、今回は準備を一切していない。ハードなコースは避けるべきである。このコースは真っ先に除外された。
残るは「綾広ノ滝」へ進むコースと「岩石園」もしくは「七代ノ滝」のコースである。よく眺めてみると「綾広ノ滝」と書かれたそのすぐ上に「上り1時間50分、下り1時間20分」の表示がある。「えっ、この距離でそんなに時間が掛かるの!」まずはこの地図の縮尺を疑った。いやいや縮尺ではない、急斜面かどうかである。見ると緑色に塗られた部分に濃淡がある。緑色の濃さで難所かどうかが想像出来る。
「おー、ヤバイ、ヤバイ、凄いコースを選んでしまうところだった」
地図の上ではそれほどの距離に見えなくても、這い上るようにして進むコースもあるのだ。緑の濃いコースとはおそらくそのようなコースだろう。「綾広ノ滝」コースはそんな理由で除外された。そうなると「岩石園」と「七代ノ滝」を右に回るか左に回るかの選択である。
昔一人で大菩薩峠を歩いたことがあった。今から11年前のことである。会社に山登りの好きな人がいて、初心者向きだからと勧められたのだった。スポーツ用品店で山登りの道具一式を買い込んで準備万端整えた。行く前に言われたのが右回りと左回りのコースがあることである。右回りは最初に急坂を上り、あとはゆっくりと下りて来るコース。左回りはゆっくりと上って行き、最後に急坂を下ってくるコース。最初に苦しむか、ダラダラと苦しむかの違いのように聞こえた。私は最初に苦しむコースを選んだ。嫌なことは早く終わらせてしまいたい方である。現地に着いてすぐに上り始めた。初めての山登りである。いきなり崖面である。すぐに息が切れて想像以上の難所の前にたじろいだ。そこに雨が降ってきた。天気予報では晴れだったのだが、いきなりの雨である。買ったばかりの雨具を着たが、急坂ではそれが暑苦しい。崖を上る苦しさの前では雨具は着ても着なくても一緒である。泣きそうになりながらもようやく頂上に到達したのだった。
看板の前であの時のことを思い出していた。今回は左回りを選ぶことにした。
「よし、決めたよ。滝までゆっくりと降りていくコースだよ」
                                 (平成29年作)

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夏山

夏山に来て笠売りに囲まるる



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ホアルーに到着した。気温は37度を超えている。「帽子と水分補給だけはお願いします」とハンさん。30分ほど歩くという。全員、帽子を持っていると思ったが、一人だけ持っていない人がいた。男性である。この時点ではまだ名前も知らない。自己紹介、挨拶をするタイミングがないのだ。バスを降りるとすぐに帽子売りが寄ってきた。帽子というより笠である。帽子を被っている私にも寄ってくる。「ある、ある」と言って帽子を指さしてみても何とか買ってもらおうと必死である。男性の所へは二人掛かり三人掛かりで取り囲んでくる。それでも男性はいらないと言っている。しかし、ここは買っておいた方が良さそうな気がした。凄い日差しなのである。本当に日射病にもなりかねない。しかし男性は振り切った。日本から持ってきたと思われる小さな団扇を懸命に煽いで寺院の方へと向かったのである。
この場所には中国からの支配を脱し、初めてベトナム王朝を建国した初代皇帝と二代目皇帝が眠っていた。小さな霊廟だったが、ベトナム観光には欠かせない場所のようである。入り口に門柱が建っていた。龍の造形が施されていて立派なものである。
「龍は繁栄を意味します。この国の繁栄を願ってくれています。そのほか鳳凰は幸、亀は長寿、獅子は力を意味します。中国から来たものでしょう。長い間ベトナムは中国の支配を受けていました。柱には漢字が書かれています。しかし今のベトナムの人は勉強をしません。漢字を読める人はあまりいません。残念なことです」とハンさん。
中をお参りしてまた同じ道を戻ってきた。待っているのはまたまた笠売りである。この笠、ノンラーというらしい。ラタニアという木の葉で出来ていてベトナムの象徴のような存在である。よく映像で見たベトコン(南ベトナム解放民族戦線)はこのノンラーと黒い農民服を着ている。
今度は男性、いきなり買う様子である。この暑さに相当に参ったようである。なにせ、これからチャンアンクルーズが待っている。帽子無し笠無しでは耐えられるものではない。写真は交渉の結果、紙幣が受け渡される瞬間である。
「いくらで買いましたか?」
「1ドル」
「あれっ、さっきよりも安い。さっきの人は30,000ドンと言っていた。やりますねぇ(笑)」
10,000ドンが日本円50円である。30,000ドンなので約150円のところを1ドル100円で買った訳である。大幅なプライスダウンだが、30分を無帽で歩く辛さを考えれば、やはり早く買っておくべきだったような気がする。笠売りの商売がここでは成り立つことを目の当たりにした。
                                 (平成29年作)

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夏川

夏川を越え農道にペダル漕ぐ



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来福寺を出て白旗神社へ向かった。ここも和田義盛を祀る神社である。一応地図は持っていたがそれほど詳しいものではない。地図よりも頼りになるのが「三浦半島の史跡みち」という本である。作者の手書きの地図が書かれていて説明文もあるので今回の旅ではとても役に立ったのである。しかし、来福寺を出て走った道は畑の中である。右にも左にも行ける道ばかりで、目指す白旗神社へは近づいているのかどうかさえ分からなくなってしまった。途中、畑仕事をしている人がいたので聞いてみることにした。
「すみません、ちょっと道を教えてもらいたいのですが……」
「……」
「白旗神社に行きたいのですが……」
「……」
最初、何も言わないで近づいてくるので声を掛けたことに怒っているのかと思った。70才位の男性である。ムッとしているようにも見えたが、そうでもないらしい。地図を見て、どう説明しようか迷っているようである。ようやく行く方向を指で差し示してくれたが、どこをどう曲るかとなると口では言いづらいらしい。
「あぁ……うぅ……」
唸りながら私の地図の上に指を置いたが、その瞬間ボタボタとその上に顔の汗を落とした。慌てて拭おうとするが、手が汚れているので却って酷いことになる。
「大丈夫です。自転車屋でもらってきた地図ですから気にしないでください……」
三浦の人は口が重いのかも知れない。分かったような分からないような道案内にお礼を言いながらも、その人が言った「大き目の碑が立った曲がり角を曲る」を目指して自転車を進めることにした。スマホでナビが使えるはずだが、使い方を知らないのでこういうことになるのである。今度、教えてもらうことにしよう。
結局は男性に教えてもらった通りの道を走り、迷うことなく白旗神社に辿り着いたのだから感謝するばかりである。それにしても農道というのは分かりづらい。
                                 (平成29年作)

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夏潮

夏潮の底を浚ひて地引網



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5月14日(日)辻堂海岸で行われた地引網に参加してきた。主催は倫理法人会である。当然連れていったのは魚博士のカズ君(4才)であるが、地引網というものを知らないので一向に盛り上がって来ない。そこでスマホで動画を見せたところ食いついてきた。
「スゲー、たくさん入っている。あっ、シマダイだ。サメもいる。タコもいる。ウツボもいるかも知れない……」
一気にヒートアップした。こんなに期待させて大丈夫だろうかと思うほどの盛り上がりである。私自身がやったことがないので、本当に獲れるものなのかどうか分からない。当日の天候は晴れ。絶好の行楽日和である。バケツ、熊手、サンダル、着替えと準備万端で出発した。
海岸に着くと大きなテントがいくつも張られていて知った顔がたくさん集まっていた。家族連れが多い。奥さんや子供さんが大勢来ている。受付を済ませるとすぐにビールである。いやはや、これは楽しい。毎年恒例になっているという意味がよく分かった。天気はいいが波が荒いようである。午前に2回、船を出す予定だったが1回目は中止となった。「えー!こんなに天気が良いのに……」
地引網は漁船が底引き網で漁に出て、その網を砂浜から引き揚げるのだという。なるほど、ようやく仕組みが分かった。それなら大漁もあるだろう。思わぬ魚も入っているかも知れない。待つこと2時間、ようやく船が出た。波打ち際で舳先を天に向けるほどの荒波である。沖に漕ぎ出せばそれほどでもないのだが、荒波に漕ぎ出す漁師とは大変な仕事である。しばらくして船が戻ってきた。いよいよ地引網スタートである。2本の綱を手繰り寄せていく(写真)。カズ君も一生懸命である。あんなに働く姿を見たことがない。やる気満々である。しかし、引き揚げた結果はサッパリで、見るべきもの無しという結果である。あちこちで溜め息が漏れるが、これだけは誰かを責めるという訳にもいかない。
途中に抽選会があった。受付でもらった番号札のクジ引きである。こちらは缶ビール1ケースが当りカズ君も大喜びである。しばらくして予定していなかった2回目の船が出た。今度は大漁である。様々な魚が獲れていて網を囲んで子供たちは大はしゃぎである。イワシが山のように獲れていた。子供たちが手掴みでもらってくる。カズ君も山盛りにもらってきてバケツに入れた。
「よし、フライだ。帰ったらフライにして食うぞー」
いやぁー、その揚げ立ての美味いこと。カズ君も食うわ、食うわ。「まるでウツボの如し」とは少し前のブログに書いたばかりだが、ここでもまたそう書かずにはいられないほどの食欲である(笑)。
                                 (平成29年作)

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卯波

卯波寄す小舟の舫ふ和賀江島



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次に向かったのが材木座の光明寺である。治承4年(1180年)8月17日、源頼朝挙兵に駆けつけた三浦勢は台風の大水のため酒匂川の手前で撤退を余儀なくされる。頼朝が「石橋山の戦い」に敗退したとの報に接しつつ戻る途中、由比ヶ浜で敵方と出会ってしまう。小争いが始まり小坪峠に布陣、両者とも痛手を負うことになる。
「光明寺の裏山から小坪6丁目に抜ける道に小坪峠がある」と資料に書かれていたので行ってみることにした。光明寺はとても大きな寺だった。想像以上の大きさである。そこから裏山に抜ける道があるはずである。寺の右手に回ってみたが行き止まり。戻って左手に回り山を上って見たが、これも行き止まりである。「裏山から抜ける道」とはどこなのだろう。裏山に辿り着けない。探し切れずに諦めることにした。
次はすぐ傍の住吉城址である。カーナビに住吉城跡と入れても該当がないので、その近くにある正覚寺を入れてみた。すると「トンネル上に目的地を設定しますか?」と問うてきた。「はい」か「いいえ」である。「トンネルの上」の反対は「トンネルの中」しかないだろう。中に設定する人がいるだろうか。もちろん「はい」と答えた。道案内が表示されたので走り始めた。500メートルほどの距離である。トンネルの手前の道を指定してくる。しかし、そこには「この先、行き止まり」の札が立てられていた。「違うな」と思った。すなわち、曲らずにトンネル内に進み小坪マリーナの中に入ってしまった。「おかしいなぁ」と思った。車を停めて考えた。「トンネルの上」が駄目なのかも知れない。しかし、そもそも行きたい場所は正覚寺ではなく住吉城址である。近くにいた女性に聞いてみた。
「この山の上に城址があるはずなのですが、入口を知らないでしょうか?」
すると右手の道を指して、この先に入口があると教えてくれた。ナビより人に聞いた方が早い。トンネルの手前の空き地に停めて探すと「住吉城址」と書かれた小さな看板を見つけた。矢印に従って細い階段を上り始めた。すぐに次の看板が現れた。「ここは立入禁止(私有地)」「住吉隧道(トンネル)を下り公園上の白い建物付近一帯です」と書かれている。親切な看板だと思った。間違って私有地に入ってしまう人がいるに違いない。大助かりである。急坂を上り、隧道に到着、中を通って反対側に出た。しかし、あるはずの公園がない。白い建物も見当たらない。道を真っ直ぐに進み下りて行った。相模湾が見えるのでそのまま行くと海岸に着いてしまいそうである。城は山の上のはずなので間違っているようである。来た道を戻り、またトンネルの場所に戻った。左手に人の家のようだが広場のようにも見えるので入ってみることにした。朝なので誰もいない。上って行くと廃屋のような家があった。白い。これだろうか。この空き地を公園というのだろうか。写真はその空き地の崖っぷちから写した相模湾である。和賀江島が見える。
車に戻った。住吉城址は分からない。仕方がないので先程「行き止まり」と書かれた正覚寺の道に入ってみることにした。また元の道を戻る。道は細かった。擦りそうな場所もあった。突き当りに正覚寺があった。車を降りて寺の脇道を上り始めた。城は上にあるはずである。しばらくすると「あれっ?」と思った。見覚えのある場所なのである。
「あっ、さっきトンネルを出て下りてきた場所だ」
同じ山を違う方向から2回上ったことになる。しかも城址が見つからない。「フー」と大きく溜息を吐いた。
「今日は止めておこう。ここはまたの機会にしよう」
足がパンパンである。戻って車の中でしばらく休むことにした。
                                 (平成29年作)

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