天文 - ひこばえ
background movie

ひこばえ


天文 カテゴリーの記事

露の世にひときは光る刹那あり



IMG_4475_convert_20170906051946.jpg



この9月、横浜市倫理法人会の会長に就任した。会員150人を要する大所帯である。俳句の話でもするのであれば気が楽だが基本は「倫理」である。「なんでこの私が……」と思いながらも会員の皆さんの推挙により受けることになった。「頼まれごとは試されごと」という。自分を成長させるチャンスと捉え、人の上に立つ訓練を重ねてみることにした。

3年前、知人に勧められて入会した。活力朝礼を会社に導入するためである。毎週土曜日の朝6時半の勉強会なので長く続く訳がないと思っていた。まずは朝礼を会社に取り込むまでと決めて通い始めたが、どういう訳か止めずにここまで来てしまった。なぜ続いたのだろう。それは本物の教えのようだと気付いたからである。ある講師の話を聴く。泣かされる。感動する。「やばい、やばい」と思いつつも涙が流れて仕方がない。また別の講師の話を聴く。「朝っぱらから泣いてどうする」と思いながらも泣けてくる。何に泣かされるのだろう。自分の弱い所に触れられるのである。自分の来し方が思い浮かんできて泣けてくるのである。親のこと、妻のこと、子供のこと、社員のこと、争ってきた人達のこと……。話を聴きながらたくさんの人に迷惑を掛けてきたことを思い出して泣けてくるのである。
「あなたにとって一番大切なものは何ですか?」と問われ「それは自分自身ですよ」と教えられる。「そして自分自身と同じように大切にすべきは家族ですよ」と教えられる。「たった一度の人生を大切に生きていますか?」と言われ「今を大切にしない人は幸せになれませんよ」と教えられる。今までは気付きもせず、気付いても逃げてばかりいた出来事に対峙させられ、やってみると上手くいくという体験をさせられる。いかに上辺だけの人生を歩んできた来たかを知らされ、自分勝手な生き方ばかりしてきたことに気付かされる。本当の意味で従業員を大切にして来なかった経営者であったことを知らされる。他人を変えるのではなく自分を変えることを教えられる。
すぐに止めるだろうと思っていた私に会長職が回ってきた。最も倫理に遠い男と思っていた私に会を引っ張って行けという。考えようによっては有難いことかも知れない。この役目をきちんと果たした暁には少しはまともな男になっているかも知れないと考えた。与えてくれたチャンスに感謝することにした。たった一度の人生だから幸せになるために努力しようと決意した。9月2日(土)会長として所信表明に臨んだ。
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

梅雨晴間

かりそめの拍手を浴びて梅雨晴間



IMG_3764_convert_20170629051540.jpg



その店の「骨付き丸ごと手羽」が美味しくて、是非とも皆さんに食べてもらおうとMさんは選んだそうである。店の名前を「一鶴」といい四国の丸亀に本店があり、四国の営業所長だった時代に知ったそうである。なるほど、味も良く、柔らかく、予約が取れないというのも分かるような気がしたものである。
いい加減、飲み食いした後は、お待ちかねのカラオケである。ほろ酔いでビルを出て、向かいのビルに入った。最初にジャンケンで歌う順番を決めた。Oさんがトップバッターである。
「おっ、いいぞ!夜明けのブルース!」
持ち歌である。五木ひろしよりも上手いのではないかと思うほどの歌いっぷりである。声援が飛び交う。
「待ってました!」
「いいぞ、最高!」
「2番町、女殺し!」
本人も自信満々の曲なのでノリノリである。ヤンヤの拍手喝采である。嬉しそうである。病み上がりの男には見えない。歌をこよなく愛するOさんなのである。最初に歌うと注目度は最高である。何でもNO1がいいのである。
次は私である。いつもなら「上海の花売り娘」を歌うところだが、同じ上海でもその日は「上海だより」を歌うことにした。「聴いたことないねぇ」と言われる。そう、その言葉が欲しかったのである。聞いたことが無い、すなわち注目してくれることを期待したのである。歌い出すと案の定「古いねぇ」などと言って反応してくれる。そういうものなのである。大体が2曲目以降というものは人の歌など聴かなくなる。3番手のMさんが何を歌ったかを覚えていないのは当然なのである。曲の1番と2番の間の切れ目に拍手をすることは忘れないが、所詮聴いていないのだから心が入らない。お座なりな拍手はパラパラとしか聞こえない。4番手のI君の番になると他の3人は次の自分の曲の選曲に忙しく、届いたばかりの乾き物のポップコーンなどを頬張って声も出ない。曲の最後の辺りに大いなる拍手をしてお茶を濁すというのがせめてもの気遣いなのである。
その点、ママさんのいる店は違う。拍手はもちろん、「いい歌ですねぇ」などと愛想の一つも言ってくれる。やはり、そちらに足が向くのは当たり前である。

先日ある人から聞いた話だが、ある時Mさんが私のことをこう言っていたそうである。
「日向さんという人は結構、自己中心的なタイプなんです。人が歌っている時はほとんど聴いていない。曲が終わった時の拍手だけがいやに大きいんですが、あれは終わって良かったという拍手なんです(笑)」
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

五月闇

緞帳の上がりてよりの五月闇



IMG_3679_convert_20170609195656.jpg



「オペラ座の怪人」―――聞いたことはあっても内容までは知らない。折角の観劇なので事前にあらすじを読んでおいた。19世紀のパリ、オペラ座の地下に住む怪人が美貌のクリスティーヌに恋をする。彼女を攫い自分を愛するようになることを望む。しかしクリスティーヌに仮面を外されて醜悪な人相を見られてしまう。自分への信頼を裏切らないことを条件に彼女を解放する。しかし……。大体の筋を頭に入れて劇場に入った。席は2階席だが、3階とも4階とも思えるほどに高い場所にある(写真)。
「遠いなぁ」
全員の第一声である。ガランとした席は徐々に埋まっていき、開演間際には満席となっていた。いよいよ開演である。期待に胸は膨らむ。照明が落とされオークションの場面から始まった。私が読んだあらすじにはない場面である。
「ん?何だろう……何をやっているのだろう」
音響は抜群である。よく聞こえる。色彩もいい。登場人物の衣装もいい。舞台に置かれた大きなシャンデリアが上に引き上げられて一瞬で配置が変わる。早業である。凄い。凄い。大仕掛けである。さすが劇団四季である。感動のオープニングである。
しかし、初っ端から意味が分からない。「???」の連続である。上演時間2時間40分。途中休憩時間を30分挟んでいる。前半を終わり、後ろの通路からゾロゾロと全員がロビーに出てきた。
「いやぁ、参ったなぁ。全然、意味が分からないよ」
「やたら人が出てきて誰が誰なのか分からない」
「分からないのは俺だけかと思って焦ったよ」
「音声ガイドでもないと付いて行けないなぁ」
「難しすぎるよ。水戸黄門のように分かり易くしてもらわないと(笑)」
「あと半分もあるの?ロビーでビールでも飲んでいようかなぁ」
いやぁ、本当に難解だった。あらすじを読んできた私がよく分からないのだから、他の人のボヤキも分かろうというものである。休憩を終えて、再び中へ戻ろうとする姿が心なしかうなだれて見えたのは気のせいだっただろうか。

観劇を終えて夕食会での会の会長さんの挨拶である。
「私も何度か劇団四季の舞台は観に行っております。『ライオンキング』なんかは見ているだけで分かりました。しかし、今日の『オペラ座の怪人』は私の理解力を遥かに超えていたようです。よく分かったという人がいましたら教えてください。私はその人を尊敬します(笑)」
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

梅雨

梅雨は憂し拭ひてもなほ曇る窓



IMG_3734_convert_20170620052857.jpg



ミュージアムを出て昼食会場に向かった。桜木町駅前のワシントンホテルでのバイキングである。ここで腹一杯に食べてしまうとミュージカルで居眠りをすることになる。もちろん、アルコールは抜きである。我々40名のために個室が用意されていたが、食べ物はバイキングなので面倒でもトレイを持って取りに行かなければならない。ちょうど同じ時間に小学生の集団が来ていて大わらわである。
「小学生がホテルでバイキングなんて贅沢だよねぇ」
「食べ放題だから先生も楽なんだろう」
「茨城から来た6年生ですって」
「みんな、大盛りで凄いよ」
「カレーライスが人気で、今ご飯が無くなったって騒いでいたよ」
「今から米を研いでいるようじゃ大変だ(笑)」
コーヒーを取りに行ったついでに小学生に声を掛けてみた。
「ホテルの料理はうまかっぺよォ」
先日覚えたばかりの茨城弁「いがっぺよ」の変形バージョン「うまかっぺよ」を使ってみた。そういう言葉遣いがあるかどうかは分からないが、少なくとも何らかの反応があるだろうと期待したが全くの空振りに終わった。茨城県人には見えなかったようである。

バスに乗り込んでいよいよ劇場に向かった。前の席に座っていたご婦人が4回目の「オペラ座の怪人」観劇だという。
「へぇー、4回目ですか。凄いですねぇ。そんなに面白いんですか?」
「何度観ても、その時その時で感動が違います」
「いやぁ、楽しみだなぁ」
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

青嵐

青あらし神事の前の馬騒ぐ



IMG_3605_convert_20170528172538.jpg



馬が6頭もいた。それぞれ鞍を付け、派手な房のようなものをぶら下げている。美しい。係の人に聞いてみた。
「立派な馬飾りですね。結構するのでしょうね?」
「一式70~80万円と聞いています」
「そんなにするんですか!一番高いのは鞍ですか?房ですか?」
「いやぁ、そこまでは分かりません」
「この馬達は笠懸とか流鏑馬とかがない時には何をやっているのですか?」
「???」
「これ専門ですか?」
「そうです」
もう少しまともな質問をすれば良かったものを、その後もどうでもいいようなことばかり聞いていたので煩がられてしまったようである。その人はすぐに馬から離れて行ってしまった。働いている人に飲みながらの質問は無礼千万、失礼も甚だしい。しかもほとんど知識のないことを聞くのでピントが外れている。

「道寸祭り」とは言うものの三浦道寸の命日ではない。道寸が新井城で自害したのは永生13年(1516年)7月11日(陽暦8月19日)である。三浦一族最後の当主として3年に亘る籠城戦を戦い抜き、いよいよ最期の時を迎える。
「武士の散り際は義明殿のように潔く死にたい。三年間の籠城の間、多くの苦難によく耐えてくれた。厚く礼を申す。落ちようと思う者あれば落ちよ。死せんと思う者は討ち死にして後世に名を留めよ。わしはたとえ一人ででも、この城で生涯を全うする覚悟だ。来世で又会おうぞ」
残った兵たちに最後の決意を語った道寸だが、ただの一人も逃げることなく全員が切腹して果てたという事実は道寸の人望が如何に高かったかを伝える話である。道寸65才、相対する北条早雲その時85才。生き長らえた方が勝つと信じての籠城戦だったが、叶わぬ夢となった。辞世の句を詠んでいる。
「討つ者も討たるる者も土器(かわらけ)よ砕けて後はもとの塊(つちくれ)」
道寸の無常観がさらりと表現されている。絶えず死と隣り合わせの武将の死生観が窺えると「砕けて後は、もとの土くれ」の作者は書いている。

笠懸を見学した。疾駆する馬上から小さな的を射抜いていく。見事なものである。そのあと観潮荘の露天風呂に入り、マグロ丼を食べて帰ってきた。レンタサイクルのムッシュかまやつに迎えられ自転車を返却したのが午後4時である。
「如何でしたか、初めての電動は?」
「最高でした。三浦半島の山坂も電動に掛かれば何ということもなかったですね」
「道寸祭りはどうでした?」
「良かったですよ。郷土の誇りです。もっともっと広くアピールしてもらいたいと思いました」
                                 (平成29年作)

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア