天文 - ひこばえ
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ひこばえ


天文 カテゴリーの記事

春風

春風に四股踏む真似の泥着かな



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外に出て9時40分。中にいたのは正味10分程度である。これではカズ君が相撲嫌いになってしまう、そう直感した私は慌ててもう一つの荒汐部屋を訪ねてみることにした。こちらはガラス越しの見学なので睨まれることはない。車を走らせ大急ぎで駆けつけると、部屋の回りに力士達が出ていて自転車に乗ったりして帰るところであった。稽古が終わったようである。ちょうど10時になっていた。残念とは思ったが、部屋の側まで行ってみることにした。何人かの見物客が力士と写真を撮ったりしている。カズ君の様子を見ると娘にしがみ付いて離れようとしない。力士の姿を見ただけで怖がっているようである。写真どころではないように見えた。仕方ないと思ったその時に声が聞こえた。
「写真を撮りたがっているんじゃないか。撮ってやれよ」
兄弟子が若い者に指示するような言い方だった。私達の姿を見て、そう思ってくれたようである。
「写真、撮りましょうか」
一人の力士が近づいてきてくれて部屋の看板を背に記念写真を撮ってくれた。カズ君の表情は少し緊張気味に写っていたが、そのあと別の力士が来て抱き上げて宙に放ったりしてくれたので最後はご満悦になっていた(写真)。
「とても感じが良かったね。荒汐部屋、サイコー」とは娘である。
「あまり東関部屋を悪く言うなよ。稽古中はどこもあんなものかも知れないよ」と私。
「そうだろうか。稽古が終わって急に荒汐部屋のように優しくなれるんだろうか。考えられない」と娘。相当に印象が悪かったようである。

その後、浅草の蔵前神社にお参りし鰻を食べスカイツリーに上って来たのだが、家に帰ってカズ君と相撲を取ろうとしても一向にその気にはならないらしい。いくら私が「ハッケヨイ」と言っても知らぬ顔を決め込んでいる(苦笑)。
(注)泥着(どろぎ)とは稽古場などで廻しを付けた力士が羽織る浴衣のことである。
                                 (平成29年作)

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寒晴れ

寒晴れの富士へと俄か行者かな



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泊まり掛けの研修は何年振りだろう。30才の頃、BEC(ベーシック、エンカウンター)という箱根の山奥で行ったものに参加したことがあったが、それ以来である。あの時は「自分自身との出会い」がテーマだったように記憶している。少人数のグループが編成され、集団の中でどうあるべきかを考えながら自分自身と向き合っていくというもので、随分ときつかったことを覚えている。今回もそれに似たようなものかも知れないと思いながら参加した。今回の主催は倫理法人会である。
出掛ける前にいろいろな人から話を聞いていた。雪道を裸足で歩く、砂利の上に正座して座禅をする、声を限りに挨拶の練習を行なう、水に打たれる滝行もある。人の道を学ぶだけではなく、何やら人を極限状態に追い込んで修行のようなことをさせるらしい。しかも寝る時間、起きる時間が決められ、テレビも新聞もないという。お酒はもちろん駄目で2泊3日、相当に品行方正な生活を強いられるようである。「大丈夫かなぁ、付いて行けるかぁ」少々不安が残る。
事前に「受講申込用紙」が送られてきた。記入する内容は本人確認欄のほか家族構成、体調、受講目標、セミナーで学びたいことなどである。資料の中には「このセミナーで学んでいただきたいこと」という文章も入っていた。「実践力」「生命感覚」「純粋倫理の探究」「真のチームワーク」の4つを学んで欲しいという。滝行についての資料も入っていたが、これは過去にセミナーに参加したことのある経験者に限定していて、私の場合は初参加なので対象外のようである。残念でもあるが、気が楽といえば楽である。当会で参加するのは会長と私だけである。会長に話したところ、滝行は絶対にやるべきだという。
会長「絶対にやってください。滝行は最高です」
私「初回の人は駄目だと資料に書いていましたよ」
会長「大丈夫、大丈夫。去年も参加しましたけど、初参加でもやらしてくれました。頼めばやらしてくれますよ。ただし、血圧の高い人は計測があるので引っかかるかも……」
私「血圧は大丈夫です。しかし、フンドシが無い」
会長「フンドシだけは買っておいてください。無ければ出来ませんから」
ということで、体験出来るかどうかは疑問だったが万が一の場合を考えてフンドシを用意することにした。アマゾンで648円というものが売っていた。「いやに安いなぁ」と思いながらも買うことにした。届いた品物を見てみると、やはり薄い。水に濡れると透け透けになりそうである。「まぁ、いいか。風呂に入ると思えばいいや」
それにしても問題はこの頃の私のアマゾンでの購入履歴である。暮れの忘年会で使用するためサンタクロースの衣装を買ったのだが、普通の服の下に着込んでおいて突然全員の前で服を脱ぐという趣向だったので、薄手のものを頼んだ。「サンタクロース衣装、女性用フリーサイズ」というものだった。しかし、小さすぎて着られるものではない。仕方なく背中を割って紐で縛って使ったのだった。その一週間後の「フンドシ」である。アマゾンに履歴を担当する人がいるかどうかは知らないが、もしいたとしたら女性用コスチュームのあとのフンドシである。どう思われるか分かったものではない(笑)。
                                 (平成29年作)

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木枯し

木枯しや彼女にはある咽喉仏



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ソファに腰掛けると、すぐに女性がやって来た。いや女性ではない。ゲイのお姉さんである。ママとは馴染みのようで「この間はどうも」などとやっている。店はそれほど広い訳ではない。奥にカウンターがあって、そこにオーナーだという初老の男性がいるばかりである。
「あらっ、社長さんなの?それはそれはご苦労様でございます(笑)。こちらは工場長様?お酒を飲まない?ウーロン茶?人は見掛けに寄らないという言葉はこの方のためにあるんじゃないかしら(笑)」
お酒を作りながらも話は最初からノリノリである。確かに話術は見事である。初対面でありながら居心地の悪さを感じさせない。楽しい。派手な付け睫毛も口紅もだんだん自然に見えてくる。いい感じである。名前はレミちゃん。年の頃40代半ばと見た。途中からもう一人、背の高いのが横に座ってきた。少し若い。名前はミチコさん。しかし、これがさっぱり気が利かない。ただ、座っているだけである。レミちゃんのそつのなさとは好対照である。横に座ったかと思えば私の膝に手を置いてくる。その手の大きいこと。私の手より相当に大きい。そして何もしゃべらず笑っているばかり。ついつい、からかってみたくなる。
「会社に一人いるんだよなぁ、似ているのが……。仕事は抜群で、いい腕をしているんだけど、人と話すのが苦手で一日中誰ともしゃべらないでいるんだよなぁ。〇〇というんだけど、もしかして貴方の本名、〇〇って言うんじゃないだろうね?(笑)」
2時間位いただろうか。私の初ゲイバー体験である。
「また、来るよ」
「絶対よ。本当にまた来てね。忘れないでね」
暮れの寒風が吹きつける中で肩を出したレミちゃんが表通りまで出て見送ってくれた。
(注)写真は当社の工場長とレミちゃんである。お二人には写真掲載の許可を貰っている(笑)。
                                 (平成29年作)

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冬日

描きかけの画布に溢れし冬日かな



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初めて東京北区のあっちゃんの家を訪問した。あっちゃんの顔は忘れている。見たら思い出すだろうとは思いつつも、自分の記憶力の悪さを知っているので会うまで自信がない。実に43年振りである。呼び鈴を押すと、すぐにドアが開き「いらっしゃい、すぐに分かりましたか?どうぞ、どうぞ、入ってください」と迎え入れてくれた。電話の声と同様、とても気さくな人である。顔を見てもすぐには思い出さなかった。あっちゃんは会社のホームページなどで私の写真や動画を見ているので「あの頃と変わらない」などと言ってくれるのだが、なにせ43年である。20才の私が63才なのだから浦島太郎の騒ぎどころではない。あっちゃんも25才が68才である。しかも、ビール箱を並べた部屋で「まずい所を見られたなぁ」と思いながら会っていたのだから、正しく記憶にインプットされていたとは考えにくい。部屋に通されて「なるほど、この人だったなぁ」と思い、ご仏壇にお参りし、この度のお礼と母がお世話になっていることへの感謝を申し述べ、お茶が出される辺りでようやく記憶が蘇ってきた。
「40年前とはいえ、とんでもなく散らかっていたでしょうね」
「いえ、いえ、きれいにしていましたよ。伺う前に連絡しておきましたから」
あっ、そうか、来ることが分かっていたのか。抜き打ちではなかったのか。そうだよなぁ、そんな失礼なことをこの人がする訳はないよなぁ。よかった。それにしても40年前のことがなぜにこんなに気になるのだろう。自分に記憶がないので「ああ、こんなことがありましたよねぇ」とやられるのが少々怖いのである。あの時代の自分に全く自信がない(笑)。今も基本は同じなのだが……。

部屋は油絵で一杯だった(写真)。見なかったが隣の部屋も作品で一杯だそうである。油絵を始めた経緯を聞いた。東京で一人暮らしを始めた頃、たまたま自分の住まいのすぐ上に油絵の先生が住んでいて「一緒に描きましょうよ」と誘われ、絵の手ほどきを受けたそうである。初期の作品にその先生の作風が現れているという。日本画風のタッチで繊細に描かれている。その先生の息子さんが茨城に家を建て「アトリエも作ってくれるので一緒に住むことになった」と言って引っ越していったのは、その10か月後だったという。
「あの時は目の前が真っ暗になりました。ずっと一緒に描いていけると喜んでいたのですから、急にいなくなってしまい、その後、何年も描くことから離れてしまいました。何年かしてまた始めたのですが、あの時のショックは今も忘れられません」
その後、展覧会に出品するようになり、賞などももらい、今では絵を描いていない自分は考えられないという。
「年明けに必ず絵を見に来てくださいね。いい感じで飾られていますから」
会社に訪ねて来てくれるようお願いして、お暇させてもらった。あっという間の2時間半。43年という年月を一跨ぎしたような気がしていた。
                                 (平成29年作)

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淑気満つ

薔薇の絵を飾りし客間淑気満つ



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年末の運送業者の忙しさもあってか、絵が届いたのは電話してから2週間の後のことである。その間の待ち遠しかったこと。飾る場所は決めていたのだが、壁が弱そうなので天井のボードを外して梁の鉄骨から鎖を垂らすことにした。人が入られない天井の更にその1メートル上の梁に鎖を掛けるのだから大変である。大人4、5人掛かっての大仕事となってしまった。額縁は懇意にしている額縁屋の社長がいるので、届いたその日のうちに運び込んで作ってもらった。「お急ぎですか」と聞くので「特急でお願いします」と言い、3日ほどで仕上げてもらった。
完成して社長室に飾られた時、自分のイメージしていたものと寸分違わぬ出来栄えとなっていた。事務所の20名には勿論のこと、来る人ごとに案内したことは勿論である。知り合いの社長に「是非見に来てください」と連絡するほどの入れ込みようである。大きさといい、色合いといい、部屋にピッタリの作品となり「これからは社長室と呼ばず、薔薇の部屋と呼ぼう」などと言い出した時には、急にみんな一斉に事務所に戻り仕事に取り掛かったものである(笑)。
取引業者の担当者が来た時のことである。
「おお、いい絵ですねぇ。誰の絵ですか?」と聞いてきた。
当然の質問である。
「いやぁ、実は……」
それからどれ位の時間を話しただろう。私の40年前の話から始まり、上野の美術展の話、油絵の話、好きな画家の話、あっちゃんの話……。
「いや、今日お伺いしましたのは……」
相手が頃合いを見ながらようやく要件を切り出してくるまで私の話は止まる所を知らない。
                                 (平成29年作)

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