天文 - ひこばえ
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ひこばえ


天文 カテゴリーの記事

春の雲

悠々とどこへ行くのか春の雲



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5月の連休が来て、新田義貞と足利尊氏の太田市、足利市を訪ねる時が来た。どこに泊まろうかから始まった。
インターネットで「新田義貞ゆかりの湯」と検索し、太田市にある「藪塚温泉」を見つけた。その中でもいい宿をと探して気に入った宿を一軒見つけた。しかし連休は予約が一杯で、僅かに4月28日(土)だけが空いている状態だった。連休の初日である。早過ぎるとは思ったが、最初にやるべきことをやるのだからそれも良いと思った。妻に連絡して申し込んでもらうことにした。こういう手続きは任せた方がよい(笑)。「本当にここでいいの?」と確認があったが、「オッケー、オッケー」と軽く返事をして次の作業に移ることにした。次の作業とは行程表の作成である。宿が決まればあとは楽なものである。すぐに妻から<宿の予約完了>の連絡が入った。

当日は朝3時半に起きて4時には家を出た。いつもの朝駆けである。コースは先日の軽井沢に行く時に教えてもらった東京の山手トンネルを通るコースである。初めて自分の運転で走る道だがナビがあるので簡単である。全て順調に進んで行った。途中、車の中では音楽を聴いて行った。たまたま取り出したのが井上陽水である。我々が10代20代の頃の曲なので、懐かしさはこの上ない。何曲目かに「人生が二度あれば」が流れた。
<父は今年二月で六十五……>
「いやぁ、65かよ。自分がこの曲の父親と同じ年になるとは思わなかったなぁ」
「そうよねぇ、あっという間よねぇ」
<湯呑みに写る自分の顔をじっと見ている……>
「いや、俺は湯呑みの中を覗き込むなんてことはしたことがない(笑)」
「そもそも、顔が写るとは思えない(笑)」
最初の目的地は高崎の実家の墓参りである。
「『おうい雲よ』の山村暮鳥って高崎出身なんだよね」
「えっ、そうなの、知らなかった。あの『どこに行くんだい、馬鹿に呑気そうじゃないか』という詩でしょ」
「そうそう。さっきから雲を探しているんだけど今日は一つもない。本当の快晴だ」
向かうお寺の名前が「向雲寺」である。写真はそのお寺の墓地にある六地蔵。奥に聳えるのが高崎市庁舎である。

おうい雲よ
ゆうゆうと馬鹿にのんきそうじゃないか
どこまで行くんだ
ずっと磐城平の方までゆくんか
                                 (平成30年作)




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春光

春光や混み合ふ古都のカフエテラス



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見終わって10時になっていた。朝は食べていない。
「よし、小町通りに行って何か食べよう」
「オー!」
「例のステーキ屋はやっているのか?」
「ステーキ屋じゃないよ。ブランチキッチンと言ってオシャレなカフェだよ。もうお店はやってると思うけど、別にそこでなくてもいいよ」
「俺もどこでもいいよ。ただ、あの餃子屋はいやだな」
「そうだね、あそこはちょっとね(笑)」
2、3年前のことである。同じように鎌倉に行きブランチキッチンに入ろうと訪ねたのだが長蛇の列が出来ていた。並ぶのを嫌ってその向かいにある餃子屋に入ったのである。鎌倉まで来て餃子はないだろうと思ったが普通の中華料理屋とは違ってオシャレな店である。餃子もこだわりがあるようなことが書かれていたので、ちょっと迷ったが入ってみた。まだ開店して日が浅いようで注文を取るのにも慣れていないような感じだった。お勧めの餃子もいいが、餃子ばかりでは物足りないので他のものも注文しようとしたが餃子以外は置いていないという。今はどうか知らないが、なにか貧しい食事をしたようなイメージが残っている。<あそこはちょっとね>の意味はその体験から来ている。
他の店を探そうとしても大体が11時開店である。小町通りを進むうちにすぐにブランチキッチンに到着した。
「空いてるね。人が並んでない」
「やってるのか?」
「大丈夫、9時からって書いてあった」
店に入るとすぐに店員が近づいてきて奥に案内してくれた。すでに何組かのお客が入っていた。オシャレな雰囲気である。案内された席が室内だったので<外でもいいのか>と聞くと喫煙席だという。なるほど、上手く区分されている。その席に座り渡されたメニューを開いた。いろいろな品物があるがどう選んでいいか分からない。モーニングの定番のようなものが並んでいる。こういうことは考えるより任せた方がいい。これとあれとそれと言うようにして妻が頼んでいたが、注文を終えた後に気付いた。<パンかライスか、聞かれなかったなぁ?>あえて聞かなかった。二人とも分かっているようである。どっちかが出てくるのだろう。出てきたものを食べればいい。出てきたのはパンだった。
<パンかよぉ。ライスの方が良かったなぁ>しかしここは諦めるしかない。<まぁいいか>取り敢えず食べてみよう。パンに手をやった瞬間である。妻に言われた。
「手で食べるものじゃないわよ。熱いから気を付けて」
「あちちちち……」
<二人はすでにここに来たことがあるに違いない>とその時、思った。
                                 (平成30年作)




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淡雪

淡雪や行き来途絶えし化粧坂



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日野俊基のお墓を見て卿を祀る葛原が岡神社に参拝したあと「化粧坂」へと向かった。雪は激しくなっていたが、車の運転に支障が出るほどではないようである。神社からどれ位歩くか分からなかったが、車での移動は止めておいた。上って来た道を戻り、看板の矢印に従って歩いて行った。下りきった場所に公園管理棟のような小屋があり化粧坂まであと数メートルの表示があった。
「えっ!ここ?」
下に降りて行く急坂である。しかも細い。人ひとり、すれ違うのもどうかと思えるような坂である。私のイメージしていた「切通し」は稲村ケ崎から来るときに通った「極楽寺坂」のイメージである。新田義貞が本陣を構え、鎌倉突入を試みた場所である。巨大な軍勢がいたはずである。「太平記」には義貞軍50万7000余騎と書かれているが、これはさすがに誇張したものだろう。しかし、それにしてもである。これでは軍勢が攻め立てるというような場所ではない。何かの間違いではないだろうかと思った。まずは降りてみることにした。足元に気を付けなければならない。雪も一層激しくなっている。少し行った所に「通行止め」の看板が立てられていた。工事中のようである。そこから下を見ると民家の屋根が見えた。すごく近い。
「えっ!これだけ?馬も通れないじゃん」
狐に摘ままれるとはこのことである。想像とあまりに掛け離れていた。雪が激しくなってきたのでそそくさと写真だけは撮って戻ることにして帰ってから調べようと思った。どういうことだろう。安部龍太郎の「義貞の旗」には義貞軍は総勢10万ちかくと書かれていた。横浜スタジアムの収容人数が3万人である。その何倍もの人数が源氏山公園の辺りに集合し鎌倉に入ろうとするのに、あの坂道から入るなどということがあるだろうか。歴史はこれだから面白いと思った。
駐車場に戻り、次の目的地「腹切りやぐら」に向かうことにしたが、どうしようかと迷っていた。何のために来たかを考えれば当然見ておきたいところではあるが、何もこの雪の中で見る必要もない。日を改めて出直したほうが良いような気がした。車を走らせながら、途中「腹切りやぐら」を指す看板の前を通ったが、それどころではないほどの雪になっていた。
                                 (平成30年作)    




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春の雨

鎌倉を掘れば人骨春の雨



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次に向かったのが「化粧坂(けわいざか)」である。新田義貞が弟脇屋義助と共に鎌倉攻めを試みた切通しである。源氏山公園の傍にあるというのでカーナビにセットして出発した。車を走らせてすぐに「十一人塚」の碑の前を通った。細い道ではあったが車を停めた。骨董品屋のような店があったのでその前に車を寄せて道幅を確保した。江ノ電の線路のすぐ手前である。「十一人塚」は極楽寺坂を攻めた新田軍の武将大館宗氏らを埋葬して建てたものである。碑の後ろに墓があったのでお参りした。その横に「十一人塚」とは別の説明文が書かれていた。「鎌倉時代の出土人骨の埋葬について」である。
「昭和34年晩秋、極楽寺橋付近の造成現場で、鎌倉時代末期の武士のものと見られる多数の人骨が発見されました。発掘調査の後、鎌倉時代の人々を知るための貴重な研究資料として、その多くは東京大学人類学教室に運ばれました。一部は、地域の人によって左手の丸い石の下に埋葬されたことが、当時を知る人から伝えられ、その経過を記録として残すために本記録板を建てました」というものである。なるほど、鎌倉で人骨が発見された話は何度か聞いたことがあったが、これだけの戦いをしていれば人骨が出土されたとしても不思議ではない。今でもあちこちに埋まっているかも知れない。そんなことを思っている時に車のクラクションが鳴らされた。
「俺の車か?」
すぐに見に行くと案の定、私の車の前で2台の車が向き合い、踏切を越えてきた車がその後ろに付いている。私の車と同じ方向を向いた車が強引に進入したらしい。しかも若い女性である。戻れずに止まったままになっていた。運転席の女性に声を掛けた。
「私の車を少し前に出しますので、後ろに戻れますか?」
「はい、お願いします。済みません」
無理に侵入した女性が悪いのか、停めた私が悪いのか。覚束ない運転の女性がバックして事なきを得た。片足は裸足だし、クラクションは鳴らされるし、朝からあまりいいことがない。
市内に入りコンビニで靴下を買った。どれでもいいやと思って選んだのだが、よく見ると女性用となっていた。妙に薄手で履いた気がしなかったが濡れているよりは余程いい。コンビニの女性も教えてくれたらよかったのにと思ったが、男用女用には気が付かなかったかも知れない。フロントガラスの雨が雪に変わった。<まさか、鎌倉で雪とはなぁ>と思いながらも、化粧坂へ向かって車を動かした。
                                 (平成30年作)




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朧夜

朧夜や墓場の陰にがしゃどくろ



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家での会話である。
私「今度の日曜日に鎌倉に行こうよ」
妻「いやだなぁ、貴方と行く日はいつも土日だから。わざわざ一番混んでいる日を選んで出掛けるみたい(笑)」
私「大丈夫だよ、日曜日でも人の行かない所に行くんだから(笑)」
娘「どこどこ?」
私「腹切りやぐらだよ」
妻「なんでそんな所に行かなくちゃならないの?」
私「新田義貞だよ。今、鎌倉幕府滅亡のあたりを読んでいるから(笑)」
娘「腹切りやぐらって、誰が切腹したの?」
私「北条高時、鎌倉幕府最後の執権だよ。その他北条一族283名ほか家臣合せて総勢870名」
娘「凄い!」
私「誰も行かないようなひっそりとした場所にあるみたいだよ」

そのあとの私の話を二人とも黙って聞いてくれていたのには感謝するばかりである。
私「腹切りやぐらを調べていたら、あるブログを見つけたんだけど、それが凄いんだよ。新婚旅行でそこを訪ねたご夫婦の話なんだけど、ご主人の方は何でもないんだけど、奥さんの方がやぐらの前で異様な体験をしてしまうんだ。ほんの数分いただけなのに不気味なものを感じたようで『気味が悪いので早く帰ろうよ』と言っている傍から近くにカシャカシャという甲冑の音が聞こえてきた。その音が奥さんの方に近づいてきたという。『早く逃げなければ』と思った瞬間、草ヤブの中に動くものを見つける。何人もの傷ついた武士達が苦しそうな表情でこちらを見ているではないか。『キャー!』逃げようとして振り向くと目に前に血まみれの武将が立っていた。『ヒィー!』恐怖のあまり走り出した。やぐらの前から一目散に逃げ出したそうだ。ご主人は奥さんの名を呼びながら追いかけてきたという。
ホテルまで辿り着いてようやく『助かった……』と胸を撫で下ろしたが、話はそこで終わらない。ホッとしてベッドで横になり疲れて寝てしまったそうなんだけど、しばらくして目が覚めると何者かが上に乗っているような感じがする。金縛りに掛かったようで声も出ない。何者かが両足を掴んでベッドの端に引っ張っていこうとしている。見るとさっきの武将が物凄い形相で自分を引き摺り込もうとしている。『なぜ、お前だけが生きているんだ』と言っているという。たくさんの武士達もベッドの周りを取り囲んで睨んでいるという。恐怖のあまり気を失ってしまう。朝が来て目が覚めて『あれは夢だったんだろうか』と思ったがそれは夢ではなかった。その証拠に掴まれた足に人の手の形をした痣が残っていたというんだ。こんな話なんだけど……」
娘「私は行かない(笑)」
                                 (平成30年作)




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