天文 - ひこばえ
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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ひこばえ


天文 カテゴリーの記事

春一番

得も言えぬ男振りなり春一番



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(承前)2マス目の増設は出来ないという。それもそのはずである。2月5日(水)の開催日まで2週間しかない。いくら何でもコマ割りは終わっているだろう。
私「ブースの内寸を聞いてくれ。そこに納まるような陳列棚を考える。載せる什器も小さな物にするしかない」
ブースの詳細図が送られてきた。
私「幅1400、奥行990、高さ2100か。ミニチュアを作るようだなぁ(笑)」
営業や設計の担当者を呼んだ。
私「下にバーゲンテーブルを置くのでサークルなどを手配してくれ。その上に2段構えで什器を載せる。箱物になりそうだなぁ。高さ500位のものを4つ選んでくれ。何でもいい。目を引くもの。当社の特徴が出せるもの。見る人が見て、アッと思うもの。店舗什器を扱っている人が見て、オッと思ってくれれば拾い物だ」
設計「陳列棚はどんなものにしますか?」
私「棚はいらない。棚を載せると下のものが見えなくなる。バーを渡してくれ。横のパネルは猪鹿蝶にしてくれ」
設計「猪鹿蝶って何ですか?」
私「猪鹿蝶を知らないのか(笑)。花札だよ。鹿に紅葉。ボタンに蝶だよ。あれをレーザーで切ってサイドに貼ってくれ。カッコいいぞ(笑)」
設計「図柄はどうやって作りますか?」
私「どこかに載ってるだろう。ネットで探していいのを選んでくれ」
工場内を歩いて4つの什器を選んだ。
①劇毒保管庫──扉が二重になっていて鍵まで掛かっている。
②サーバーラック──パソコンを収納するものである。
③宅配ボックス──屋外に置くために雨仕舞いが凝っている。
④キャビネット──スーパーで使うもので今、大量に作っているもののミニチュア版である。
設計「社長、花札がありましたが、レーザーで切るようには繋がっていません」
私「よし、待ってろ。俺が見つけてやる。別に花札でなきゃ駄目だと言ってる訳じゃない」
選んだのが花柄である。
私「これでいい。これを切ってくれ。色は派手なのがいいぞ。全艶のグリーンでいこう」

運び込みの前日に完成した。その日、家に帰って考えた。会場に誰か説明係を立たせなければならないだろうか。もし立てるとしたらチラシの一枚も作らなければならないだろう。しかしチラシを作るといっても大変である。いいものが作れるとは思えない。
<ヨシ、本多竜太に配らせよう。あいつのことをブログに書いてチラシにすれば、間違いなくアチコチに配ってくれるだろう……>
                                 (令和2年作)




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冬の月

泣きながら帰る夜道や冬の月



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ホテルは飯能の駅前に取っていた。3時半に到着し9階にある部屋ですぐにうたた寝をしてしまった。夕方6時になって目が覚め食事に行こうと考えた。折角の旅なので美味しいものを食べようと「飯能、料亭」と検索すると川べりにある店が出たが、行った人のコメントに「店員の態度が良くない」などと書かれていたので二の足を踏んだ。
<昼間の鰻屋と同じように一人の膳はつまらないことになりそうだなぁ>
繁華街に出て居酒屋あたりで軽く一杯飲んでくることにした。通りに面してやっている居酒屋があったので中を覗くとカウンター席でタバコを吹かしながらホッピーなどを飲んでいる男性がいた。<この店に入るとあの男性の横に座らされることになりそうだなぁ。知らない酔っ払いの隣の席はいやだなぁ>そう思うとどこの店も同じように見えてくる。いつもは考えることもなく入って行く店の前で酔っ払いの中でポツンと座っている自分を想像してしまいなかなか入る気になれない。Uターンして駅ビルまで戻って来てしまった。<どこに入るにしても週刊誌くらいは持って行った方が良さそうだなぁ>と思いビルの中の本屋に入ってみた。別に読みたいものがある訳ではない。フラフラと店内を歩き、目に留まったのが「妻に捧げた1778話」という本である。ベストセラーのコーナーに置かれていた。「余命一年と宣告された妻のために毎日一篇の話を書き続けた」とある。新書なので読みやすそうでもあり、迷っている時間もない。買ってエレベーターに乗るとそのビルの中にある「山内農場」という店の広告が目に入った。入ったことはないが駅ビルの中でもあり、少しは高級感もあるように思えた。
「いらっしゃいませ」
足を踏み入れてすぐに後悔した。他の居酒屋と変わりがない。酔っ払いの声が飛び交っている。止めようかと思ったところへ「お一人様ですか?」と女の子が声を掛けてきた。咄嗟に聞いていた。「一人なんだけど個室はあるの?」「少々お待ちください」と言ってすぐに戻ってきた。「こちらにどうぞ」個室があるようである。付いていくと角部屋に案内された。本来3人掛けの部屋ではあるが使わせてくれるようである。<言ってみるものだなぁ>と思った。馬刺しや鳥ワサなどを注文して店員さんと冗談を言いながら気楽に始まった。ビールを飲んでしばらくしてから買った本を捲ってみた。著者眉村卓。作品に「なぞの転校生」「ねらわれた学園」などと書かれている。<ああ、あの人か>
──妻が退院して1ヶ月後、本好きの妻のために出来ることを考え「毎日1話ずつ短い話を書くけれど、読んでくれるか?」と聞くと「読む」と言う。始めて3ヶ月くらいして妻が「しんどかったら、止めてもいいよ」と言ってくれたが「お百度みたいなもんやからな」と言って続けた。その辺りから少しウルウルしてくる。「これほど長く一緒に暮らしているのに、自分には妻のことがろくに分かっていなかったのではないか──と、たびたび思い知らされた」とある。グッとくる。「妻が永眠した。最初の入院・手術の日から数えて五年に十五日足りない。私は遺体と共に家に帰り、『最終回』という話を書いた」──本文を読んでいないというのに涙が流れた。皿を下げに来た店員が私が泣いているのを見て「ど、どうかしましたか?」と聞いてきた。「ワサビが……」と応えるのがやっとだった。
ホテルの部屋に戻ってその夜のうちに全部読み終えたのはもちろんである。
<どうして一人で来てしまったのだろう。これからは必ず一緒に来よう>
妻のことをこうも恋しく思った夜はない。
                                 (令和2年作)




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冬日向

父と子と墓を並べて冬日向



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「山吹の里」の次に向かったのが太田道灌の墓がある「龍穏寺」である。車で30分ほど移動した。
文明18年(1486)、道灌が主君である上杉定正の不興を買い、謀殺されたのが神奈川県伊勢原市の相州糟屋の定正邸の中である。墓は伊勢原の大慈寺、洞昌院、鎌倉の英勝寺などにもあるようだがこの越生のお寺にも建てられている。幹線道路から山道に入り、辺りに何もなくなったような森閑とした場所にお寺があった。想像した以上に大きなお寺で境域が途轍もなく広い。というより周囲が山なのでどこからどこまでがお寺なのか分からないのである。のちに徳川家康が曹洞宗の関三刹(関東における曹洞宗の宗政を司る三個所の寺院)に指定したというほどの寺である。立派な山門を潜り、道灌の像の横を通り、本堂にお参りする。誰もいない。龍神伝説などとも書かれている。道灌の墓はすぐ左手の山を少し登った所にあった。父道真と共に祀られていて五輪塔や宝筥印塔など9体が横一列に並んでいた。あまり横幅がありすぎて写真に収まらないので登り口にあった立て札を載せておくことにした。ここにもやはり山吹の葉っぱが添えられている(写真)。
越生の父の庵で開かれた歌の会に主君定正を招き、後日そのお礼にと定正邸に招待される。重臣達の心配を余所に出掛けていく。上機嫌で迎える定正。「この間は非常に楽しかった。おまえの舞いも相当なものだった。おまえへの礼の宴は別館でやろうと思っている。どうだ、先に行って風呂でも浴びろ」勧められるまま別館に向かい風呂に入った。入浴を終わって戸口まで出ると、突然一人の武士が斬りかかってきた。
「おまえは何者だ?」
「曽我兵庫です。お許しをいただきます!」
わめきながら何度も太刀を浴びせてきた。道灌は風呂場に倒れた。曽我は止めを刺した。止めを刺される直前、道灌は大きく叫んだ。
「当方滅亡!」
自分がいなくなれば扇谷上杉家に未来はないという意味である。

道灌の最期については様々な言い伝えが残されている。
道灌が歌道に通じていることを知っていた暗殺者が次のように問う。
「かかる時 さこそ命の 惜しからめ」
(いざ死ぬとなると、いくら武勇で知られたあなたでも、さすがに命は惜しいでしょう)
それを受けて道灌は次の下句を詠んだという。
「かねて亡き身と 思い知らずば」
(常に死を覚悟していない者ならば、そうであろうよ)
新渡戸稲造が著書「武士道」の中で紹介し、武士のあるべき最期の姿として広く知られるようになったという。
                                 (令和2年作)




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冬晴れ

冬晴れの武蔵の国を縦断す



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28日(土)は帰省ラッシュとのことだったので朝6時には家を出ることにした。まだ辺りは真っ暗である。車の中で聴いていこうと選んだのが以前に買っておいた浪曲「紀伊国屋文左衛門──紀文の船出」である(写真)。高速に乗ってからボリュームを上げて聴き始めた。カーナビの目的地には「川越城本丸御殿」と入れた。首都高速を走るルートである。大井料金所を過ぎた辺りでルートを間違えた。ナビでは山手トンネルを指して左車線を進むようだったが、右側を行ってしまったのである。
<ああああ、間違えちゃった……まぁ、仕方ないか>
浪曲はちょうどいい所に差し掛かっていた。荒くれ男達を前に怒濤逆巻く嵐の海へ梵天丸を漕ぎ出すか漕ぎ出さないかを賽の目で決めようとする場面である。ピンが出れば文左衛門の勝ち、全員が船に乗り込み紀州ミカンを江戸に届けるという約束。ピン以外の2、3、4、5、6の数字が出れば手附の金を受け取るだけで船には乗り込まなくてもよく、全員が命拾いするというシーンである。6つに1つの大勝負である。
コースは美女木方面へと向かうクネクネと曲るルートである。ナビを見ながらの運転は頼りない。何度も間違えそうになる。
<おかしいなぁ、何度も走った道なのに今日はどういう訳か危なっかしい>
<浪曲なんかを聴きながら走っているからかなぁ……>
そしてとうとう板橋辺りに差し掛かったところで致命的な過ちを犯してしまった。本来の道と違う道に向かって走ってしまったのである。
<ヒャー、また、やってしまった……>
カーナビがどうにか新しいコースを検索するも、とうとう高速を降りることになってしまった。一般道に降りて道路脇に車を停めた。
<ここはどこだろう?>
<なんで今日はこんなに間違うのだろう?>
少し先にあったコンビニに入ってコーヒーを買い、席に戻って気が付いた。
<音声案内がないからだ!>
ここのところカーナビは付けていても音声は消している。普段の運転ではそれでいいのだが、高速道路を右だ左だと走るケースでは音声なしでは無理だったようである。現にいつもはやらない間違いを何度もやっている。すぐに音声案内に切り替えて再び高速へと戻った。
<それにしても6つに1つの勝負とは文左衛門、なかなかの男だなぁ>
感心している場合ではない。「紀文の船出」は上手くいったようだが、こちらの船出はイマイチとなってしまった。
                                 (令和2年作)




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冬雲

冬雲を映し湯の川暮れゆけり



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部屋の広さに気を良くして館内を探検してみることにした。廊下やロビーに大きな油絵が何枚も掛けられていた。
ロビーに行くとバスで一緒だったご夫婦が出掛ける用意をしてマイクロバスを待っているところだった。
私「お風呂ですか?」
男性「いえ、風呂は食事を済ませてから行くことにして、明るいうちに温泉街を歩いて来ようと思っています」
私「えっ、その手がありましたか。行きます、行きます。今、着替えてきます。ちょっと待っていてください。我々も連れてってください」
大慌てで部屋に戻って浴衣に着替えてお茶を飲んでいる妻に言った。
私「早く、早く、着替えて、着替えて。温泉街を歩いて来よう。バスが来てしまう。急いで、急いで」
「もう、いきなりなんだから……」と言いつつも大急ぎで着替えて、間一髪マイクロバスに間に合った。普段なら叱られそうなところだが、部屋の広さに気を良くしているのは妻も私と変わらない。とにかく、城崎温泉で一番の部屋と聞いた限りは少々のことでは腹も立たない(笑)。
マイクロバスで温泉街の一番奥にある城崎温泉駅まで届けてもらってブラブラ歩くことにした。目的地は本館の<つたや旅館>である。そこで頼めばマイクロバスで送迎してくれる。5時50分まで着けば大丈夫と決めて歩き始めた。さっきまで降っていた雨も止んで、枯柳の温泉街を下駄を鳴らしながら見て回ったのであった(写真)。志賀直哉の記念碑を訪ねるのを忘れてしまった。<城崎に来た限りは志賀直哉にまつわる場所を訪ねないと……>と思っていたが、時間がなかったのと5時50分が気になって先を急いでしまったのである。
つたや旅館に5時40分に到着すると辺りはもう暗くなりかけていた。冬の日は短い。フロントにバスをお願いして玄関先で待っているとロビーに掛け軸などが掛けられているのが見えた。<ああ、桂小五郎だなぁ>フロントに声を掛けて上がらせてもらった。桂小五郎の写真。奥様の松子(芸妓時代の名前幾松)の写真も飾られている。奥のガラス戸には小五郎の書と思われるものが3本掛けられていた。何と書いてあるのだろうと見始めたところでバスが来た。パチパチパチと大急ぎで写真を撮らせてもらってバスに乗り込んだ。
<あとで湯巡りに来た帰りにじっくりとみよう>
長く潜伏し逗留したようなことが何かに書かれていたので、これはというものがあるのかも知れない。<何でも見てやろう>は昔から変わらない。
                                 (令和元年作)




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