時候 - ひこばえ
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ひこばえ


時候 カテゴリーの記事

明易し

落武者となりし夢見て明易し



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会社に三浦半島の外れに住んでいる女性がいる。私が車で行くことを話すと「休日の道路はすごく混みますよ」と教えてくれた。家の前の道路が渋滞で動かなくなるという。そういう場合の彼女は家の裏側から地元の人しか知らない道を通って駅まで送ってもらうのだそうである。
「いろいろ回るのでしたら、車より自転車がお勧めです」
「なるほど、その手があったか」
ヘルメットを被って自転車で走っている人がいたことを思い出した。すぐにレンタルサイクルを探した。鎌倉にも逗子にもあった。「いいことを思い付いた」と思った。出掛ける前日の話である。結構、行き当りばったりなのである。
家に帰って、そのことを話すと家族から反対する意見が噴出した。
「危ないんじゃない?大丈夫?道も狭そうだし……」
「借りた場所にまた戻って行かなければならないというのも大変だよ」
「結構、上り下りがあるんじゃない?相当に体力を使うよ」
「それなりの準備も必要でしょ。着るものとか持ち物とか……」
急に自信がなくなってくる。言われると何でもそう思えてくる。
「自転車にはカーナビがないので、目的地を探すのにも苦労するんじゃない?」
決定的な一言となった。確かにお寺一つ探すのにも苦労しそうである。

結論は布団に入った時に思い付いた。
「よし、明日の朝、渋滞しないうちに車で全部回ってしまおう!」
スマホで日ノ出の時刻を確認した。4時48分とある。
「その時刻には三浦一族の墓の前にいるようにしよう!」
目覚ましを3時半に合わせて速攻寝た。寝起きもいいが寝付きもいいのである。
                                 (平成29年作)

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初夏

山越えていざ鎌倉へ初夏の旅



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いつものゴールデンウィークならとっくに計画を立てて旅館の手配も済ませているところだが、今回はなぜかボンヤリしていた。気が付いた時には宿に空きがないという状態である。
「これから探してどこか行くところがあるだろうか」
はじめは平将門を訪ねる旅を考えたのだが、性格がせっかちでゴールデンウィークまで待てずに出掛けてしまったのだから仕方ない。そこで考えたのが自宅から出掛けられる三浦半島探訪の旅である。三浦一族の歴史を調べ、ゆかりの場所を訪ねてみようと思ったのである。1ヵ月ほど掛けていろいろな本を読み、一族の歴史の概略を頭に入れて計画を立ててみた。読んだ本は次の通りである。永井路子「執念の家譜」中村豊郎「砕けて後は、もとの土くれ」伊東潤「疾き雲のごとく」司馬遼太郎「街道をゆく(三浦半島記)」等々。

三浦一族の始まりは平安時代中期に遡る。元々は桓武天皇のひ孫「高望王」を祖とする桓武平氏の武士であった。永承6年(1051年)奥州に起きた「前九年の役」で源頼義に従い参陣した平為通がその論功行賞で相模国三浦の地を与えられ、その時三浦為通と三浦姓を名乗ったのが始まりである。為通は衣笠城を築きそこを居城とした。以後一貫して源氏の郎党となり、やがて三浦義明の代となり勢力を拡大する。「保元平治の乱」や頼朝挙兵、平家追討、義経追討、そして奥州合戦には義明の子や孫達が参戦し鎌倉幕府樹立に貢献していく。鎌倉に近いという地の利を活かして頼朝の信頼厚く幕府に重きを成していく。源氏三代の時に一族は絶頂期を迎える。しかしその後、北条氏による有力御家人粛清の対象とされ、次々と一族が滅ぼされていく。宝治元年(1247年)の「宝治合戦」では一族全てが北条氏との戦いで滅ぼされる。一族の歴史はそこで一旦途絶えたかに見えたが、分家の佐原盛時だけが生き残る。一族でありながら北条側に加勢し、合戦ののち三浦介の名を継ぐことを許され三浦半島南部を領有したのである。鎌倉末期、南北朝、室町時代を足利、上杉などの郎党となりながら命脈を保ち、やがて三浦時高の代になり勢力を回復し三浦氏を再興する。しかし時高はその子道寸に討たれる。そして最後の戦いに臨む。永正13年(1516年)三浦一族最後の当主道寸は新井城に於いて北条早雲との最後の戦いに臨み一族は完全に滅亡する。宝治合戦より270年の後の出来事である。長い長い歴史を年譜にしながら、まずは鎌倉にある一族の墓を訪ねるところから始めることにした。
                                 (平成29年作)

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花冷

花冷や麺に秘伝のタレ少し



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当日朝9時には会社を出た。途中、手土産を買わなくてはならないし、高速道路がどれだけ渋滞しているのかも分からない。昼飯の時間も必要だからと少し早めに出発したのだった。道は所々で渋滞していたものの順調に進み、11時には目的地の近くまで到達した。
「随分と早く着いてしまったなぁ。早いけど、メシでも食うか」
「そうですね」
ということで、ラーメン屋に入ることになった。
「たっぷり時間があるので、ゆっくり食べようや」
席に着いてラーメンを注文した。店員が「タレはどうしますか?」と聞いてきたので「普通でいいです」と答えた。そのあと、スマホで「平将門、埼玉」と検索してみた。今、将門の本を読んでいて、そのうち茨城県の坂東市にでも行ってみようと思っていた所なのである。もしかして埼玉県にも将門ゆかりの場所があるかも知れないと思ったのである。するとすぐに「将門の首塚」がヒットした。「首塚かぁ、将門の首塚はどこにでもあるからなぁ」などと思いながら読んでみると、なんと俵藤太(藤原秀郷)との戦いに敗れた将門の首がその愛馬によって当地まで運ばれ、そこに埋められたと書かれているのである。
「ほんとかよ!」
浄誓寺、幸手市神明内1469と書かれている。ラーメン屋の女性に聞いてみた。
「ここから幸手市というのは遠いの?」
「そんなに遠くはないですよ」
「車でどれ位?」
「どれ位ですかねぇ」
曖昧である。すぐに住所をメモし、営業にカーナビで所要時間を見て来るように頼んだ。戻って来て彼が言う。
「ここから片道34分で行けます」
「何ィ!本当か。それじゃ10分間で首塚を見ていたとしても1時間半もあれば戻って来られるじゃないか。よし、行くぞ!早くラーメン食ってしまえ。ゆっくり汁なんか飲んでいる場合じゃないぞ」
その店の特製のタレというのが少々辛く出来ていた。「ゆっくり食え」が急に「急いで食え」に変わり、慌てて啜ったタレが辛いときている。「いやに唐辛子が効いていますねぇ」などと言うのを「いいから早く早く」と急き立て、5分後には店を出ていた。急いで乗り込み、車を急発進させたことは言うまでもない。
                                 (平成29年作)

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のどけし

のどけしや雲か煙か桜島



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旅行を終えての後日談である。倫理法人会の集まりがあり、何人かで一杯飲んでいた。
「日向さん、先週お休みでしたが、どちらかへ出掛けられたのですか?」
「鹿児島です。銀行の付き合いで出掛けてきました」
この会話を隣で聞いていたのが後藤さんという女性社長である。
「あらっ、日向さん、それって、もしかしたら信用金庫主催の旅行ですか?」
「そうです」
「あら偶然ね。その旅行に私の妹夫婦も参加していたんですよ」
「えっ、どなたですか?」
「〇〇と言うんですけど……」
「ああ、分かります。運送会社を経営している方ですよね」
「そうです」
世間は狭いというが本当である。旅行を終えて1週間も経っていない。しかも過去一度も私の横に座ったことのない後藤さんがたまたま隣に座っていたのである。分からないものである。その後藤さんがこんなことを話し始めた。
旅行から帰った妹さんがお土産を持って遊びに来た。開口一番、話し始めたのがカラオケの話だという。「いや、驚いたの何の……」と言いながら、妹さんは指宿の白水館での二次会のことを話し始めたそうである。私も安藤夫妻も岩橋夫妻も行ったその中に妹さん夫婦もいたのである。確かに私達とは少し離れた場所だったが座っていたのを覚えている。妹さんが驚いたというのが最初にマイクを持った岩橋さんの奥さんの歌である。トップバッターで登場し、みんなが注目する中で歌ったその唄の卑猥さに度胆を抜かれたのである。
「ああ、あれですね。知っています。本当に凄い替え歌でした。男の私が聞いても驚きましたから、女性の方は相当に驚いたと思います」
「ああ見えて妹はとても純情なんです。旦那さんの方は遊んでいるようですけど、妹は全く慣れていませんので本当にビックリしたようでした」
「いやぁ、あれは妹さんだけでなく、誰が聞いてもショックを受けたと思います(笑)」
岩橋さんの奥さんはあの替え歌をどこで覚えたのだろう。いきなり前触れもなく歌い出したので全員唖然とするしかなかったのである。純情なご婦人には刺激が強すぎる歌であった。鹿児島の観光地の土産話よりもその替え歌の話をしに来たというのだから、聞いている後藤さんも驚いたに違いない。
「今度、本人に会ったら言っておきます。あの歌は強烈すぎるので、せめて先頭バッターは避けて、二番手以降でお願いしますと(笑)」
元歌を思い出そうとしたのだが、私も相当に酔っていたようで今なお何という曲だったのか思い出せないでいる。
                                 (平成29年作)

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暖かし

払ひたがる人ばかりゐてあたたかし



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霧島温泉の宿は前回夫婦で来た時に泊まった宿である。指宿の「白水館」に比べると相当に見劣りする。建物も古く、廊下や部屋も使い込まれた感じがして、各所に劣化が目立つ。温泉の蛇口を捻っても勢いの弱いお湯しか出てこない。しかし、料理は思いのほか豪勢で信用金庫の奮発具合が伝わってきた。
食事のあと、前日と同じようにカラオケに行くことになった。私と安藤夫妻と岩橋社長夫妻(写真)の5人である。妻は歌いたくないという。岩橋夫妻とは前回の金沢でも一緒だったので羽田空港で会った時から親しく話をさせてもらっている。このご夫婦もカラオケが大好きである。フロントに申込みに行くと予約が入っていて1時間半待ちだという。「それじゃ、卓球でもやって待っていよう」ということになり、何年振りかでラケットを握った。「中学校では卓球部だった」と安藤夫人。「それ以上に上手い」と安藤社長。「本当かいな(笑)」といいながらお相手をした。言うほどのこともなく、ほぼドングリの背比べ。サーブの小技が出来る分、少し安藤社長が上といったところか。
時間になりカラオケルームに入った。1人が歌っている間に次々と予約を入れていくので、歌い終わるとすぐに選曲が待っているという状態である。全員、本当に上手い。飲み物は止めておいた。ウーロン茶も注文せずに水だけである。「1時間だけだから水でいいよ」の誰かの一声に従った。1人5曲位ずつ歌っただろうか、気が付くと1時間半が経過していた。「フロントから電話がなかったねぇ」などと言いながら終了し、売店などに出掛けていった。

翌朝のことである。バスに乗り込んでの会話である。
安藤社長「カラオケ代、誰が立て替えてくれたの?日向さん?」
私「私の分は支払いましたよ。伝票に入っていました」
安藤社長「一人いくら?割ってくださいね」
私「いや、私は自分の分しか払っていませんよ。それぞれ部屋に付いているんじゃないですか?」
岩橋社長「いや、ウチは払っていませんよ。日向さん、いくら支払ったのですか?」
私「1800円。消費税込みで1944円。これって1人分ですよね。前日の白水館では1人3800円だったので、随分と安いなぁと思ったのですが」
全員「???」

結果的には、カラオケルーム1部屋1時間1800円ということが分かった。申込に行った私の部屋に付けられていたのだが、それにしても安い。追加の30分の料金も加算されていない。それを知っていれば飲み物もつまみも注文しておいたに違いない。随分ケチなお客と思われたことだろう。卓球代はいくらかと聞くと1000円だという。お湯の出が悪いくらいで文句を言っていては申し訳ない。
                                 (平成29年作)

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