時候 - ひこばえ
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ひこばえ


時候 カテゴリーの記事

梅雨明け

梅雨明けて筆勢更に小気味よし



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月2回の書道塾には欠かさず出掛けている。4回ある土曜日のどの日に行ってもいいことになっていて、しかも午後3時以降どの時間帯でもいいので通いやすいのである。昨年の5月に入会して1年2ヵ月が経過したが、あまり負担にもならずにいい感じで続けている。
3月頃のことである。先生から言われた。
「日向さん、今月もまた上がっているよ」
「えっ、また昇級ですか!間違いじゃないですか」
「いや、間違ってないよ。ちゃんと丸が付いているよ(笑)」
5級からスタートした階位が毎月のように上がり、都合5回上がって準初段となったのである。
「調子いいなぁ。やる気が出ますよ」
「上がれるうちに上がっておいた方がいいよ。そのうち、なかなか上がらなくなる時が来るんだから(笑)」

その会話をしてから3か月間、急に昇級が止まった。
「???」
どうしたんだろう?原因はすぐに「あれだ!」と思い当たった。実は私は筆に墨が付きすぎるのを嫌って穂先の途中を糸で縛って書いていたのである。それが先生に見つかった。私としては力一杯に書けて良かったのだが、習字本来の姿ではないので止めるようにと言われてしまったのである。糸を外すと穂先に墨がたっぷりと付き、その穂先が根元まで曲がるようになる。力一杯に書くととても太い字になる。そのため加減して書くようになり筆に勢いがなくなってしまうのである。勢いのない字は弱々しい。書いていても爽快感がない。少し悩んでいた所だったが、7月の初めにようやく初段に昇級したのである。
「やったー!」
ほっとすると同時に、俄然やる気が出た。よし、もう一段上がってやろう。穂先は縛らずに上手く書けるようになってしまおう。一つ上がっただけでこうも前向きになれるものかと我ながら呆れてしまうほどである。
(注)今月の手本「妙言無古今」(妙言に古今無し)。「世の中がどのように変化しても、人が進むべき方向は真理に基づくべきで、理屈や目先の損得で心動かされてはならない」という意味だという。
                                 (平成29年作)

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三伏

三伏や油滴る手羽料理



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いつものカラオケ仲間4名の内の一人Oさん(不動産会社、営業部長、67才)が入院した。聞いた時には退院していて、大事なく済んだということだったので電話をしてみた。
「いやぁ、大変でしたよ。死ぬかと思いました」
急に腹を病んで駆け込んだ病院で即手術となり、術後2週間も入院していたという。
「もう大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
「それでは久し振りに一杯やりましょうか。快気祝いということで」
「いいですねぇ。よろしくお願いします」
お酒が飲める位なので大丈夫なのだろう。その旨をすぐにMさん(生命保険会社、営業所長、57才)に連絡した。
「分かりました。それでは場所などはこちらで手配します」
こういうことは決まるのが早い。全員オッケーである。3日後の木曜日の夕方6時半に横浜駅西口の焼き鳥屋ということに決まった。

当日、会社を出て横浜駅に到着し、店に向かって歩いていた時にMさんからメールが入った。
「申し訳ありません。少し遅れます。席を取っておいてください」
「えっ!予約してないの?」
「予約が取れなかったので、I君(保険代理店経営、41才)に席を押さえてくれるように頼んでおきました」
運動会の席取りでもあるまいし、星の数ほどある居酒屋の中から予約が取れない店をどうして選んだのだろう。幹事役の選定を誤ったかと思った。それにしても、平日に予約が取れない店とはどんな店だろう。飲食店ばかりが入っているビルの6階である。すでにOさんとI君は到着していて、席を確保しておいてくれた。
「今日の主役が一番乗りとは申し訳ありません。しかも場所取りまでお願いして」
「もう満席状態です。一応、席のキープはお願いしてあります」
「それにしても肝心な人が遅刻とは……さすがに大物です。今日もトリを取るつもりなのでしょう。焼き鳥屋だけに……(笑)」
以前のブログ(平成28年6月29日「光秀忌」)にも書いたのだが、4人の中で最高得点91点を叩き出しているカラオケ得意男Mさんなのである。その日もやる気満々で張り切って来るに違いない。「トリ」の到着前ではあるが、ビールと枝豆を注文して早々に3人で乾杯した。Oさんはさすがに病み上がりとあって少しやつれてはいたが、変わらぬ笑顔で復調をアピールしていた。一安心である。
                                 (平成29年作)

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梅雨寒

梅雨寒や男が啜るカップ麺



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会社は「優申会」に所属している。税務署が認めた優良申告法人で構成された会である。そのメンバーで年1回親睦のバス旅行を行なう。今年は横浜の神奈川芸術劇場で行われている劇団四季のミュージカル「オペラ座の怪人」の観劇である。新杉田駅前で大型バスに乗り込み、最初に向かったのがみなとみらいにある日清食品のカップヌードルミュージアムである。
「こんなに近くなら別にバスでなくても良かったのに……」
そんな声も聞かれたが、「バス旅行」と銘打っているので現地集合はない。行先がたまたま近場だったというだけのことである。所詮、オペラ座までの時間つぶしだが、40名の移動なのでバスは絶対に必要なのである。ちょうど梅雨入りしたばかりなので傘持参で集合した。
館内は修学旅行の学生で溢れていた。どこから来たものだか、さまざまな制服が見られた。
「わざわざ修学旅行で来る場所だろうか?」
「我々と同じでどこかに行くまでの時間つぶしなのかも」
「学生は入場料無料となっています」
「なるほど、時間つぶしにはちょうどいい」
完全に時間つぶしと決め付けている会話である(笑)。我々は一人500円の入場料を払っての見学である。最初に入った場所にインスタントラーメンの歴史が綴られていた。壁面一杯に実物のラーメンが貼り付けられていた。1958年の即席チキンラーメンがスタートである。
「ああ、懐かしいなぁ。食べた、食べた」
「あれから60年かぁ」
「俺はまだ生まれていなかった(笑)」
「なに言ってるの、戦中派でしょ(笑)」
創業者の安藤百福氏の足跡を辿るシアターも用意されていた。14分間の映像である。インスタントラーメン開発に賭けた熱き思いを次の6つのキーワードに沿って説明していた。
① まだ無いものを見つける
② なんでもヒントにする
③ アイデアを育てる
④ タテ・ヨコ・ナナメから見る
⑤ 常識にとらわれない
⑥ あきらめない
館内に発明家の写真が飾られていた(写真)。その真ん中に安藤氏がいて、なるほどインスタントラーメンが世界中の食文化に与えた影響の大きさをアピールしている。
                                 (平成29年作)

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春惜しむ

産土に神鈴振りて春惜しむ



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白旗神社へは10時を回って到着した。少し焦っていた。道寸祭りの始まりが11時だからといって焦っていたのではない。その日1日だけ一般公開される東京大学の敷地内にある荒井城跡の見学が午前中だけなので、それに遅れたくないと焦っていたのである。1年に一度だけと言われれば、何としても見たいと思う野次馬根性、スケベ根性である。
鳥居の横に自転車を停めて50段の石段(写真)を一気に上った。この神社は弘長3年(1262年)和田に住む村人たちが和田義盛の善政を偲んで建てたもので、義盛の銅製の肖像をご神体としているという。上るとすぐ目の前に本殿があるという狭い神社である。和田義盛について触れておこう。以下は中村豊郎著「砕けて後は、もとの土くれ(三浦一族鎮魂譜)」によるものである。

祖父義明は多くの子供や孫の中で特に義盛を寵愛し、武将としての教育を直々に授けた。弓の名手として高名で、竹を割ったようなさっぱりとした性格が気に入っていた。
「義盛はわしの若い頃にそっくりじゃ、将来が楽しみだ」
それが義明の口癖であった。義盛を三浦一族の後継者として嘱望していたのである。その期待に応えて平家追討や奥州討伐などで活躍し、幕府創立後は初代侍所の別当に就任した。建久元年(1190年)頼朝の上洛に際しては先陣の栄を賜り、頼朝の推挙により勲功の賞として左衛門尉に任じられている。これは頼朝の義盛への信頼の深さを如実に示すものである。
これほどの義盛が頼朝の死後、北条との争いに敗れていく。建保元年(1213年)義盛は兵150騎を率いて北条義時と重臣大江広元の屋敷を急襲し、鎌倉で2日間に及ぶ市街戦を行うが、将軍源実朝の名による「御教書」で反幕府軍とされ大敗を喫することとなる。享年67才。「建保の乱」「和田合戦」などと呼ばれるが、ここに和田一族は滅亡する。

大急ぎでお参りし、すぐに交差点「和田」の近くにある和田義盛旧里碑へと向かった。そこは義盛の館があった場所である。本拠地だった場所だが今は小さな公園のようになっていて当時の面影は何もない。そこも大急ぎで見て「引橋」へと向かった。時間があまりない。電動自転車にはだいぶ慣れてきたが、車道の脇の白線の細さには一向に慣れない。大型のバスやダンプカーが横を走ると生きた心地がしない。渋滞しがちな車の列を追い越しながら「引橋」に到達した時はホッとしたものだが、時間はすでに11時になろうとしていた。
                                 (平成29年作)

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短夜

愛憎の果て短夜を血に染めて



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「鐙摺山」を調べていると向かいにある「日影茶屋」が出てきて、すぐに「日蔭茶屋事件」に行き当った。事件と名が付けば覗いてみたくなるのが人情である。「どれどれ……」と調べてみると、大正5年11月9日に起きた殺傷事件のことが書かれている。当時旅館業を営んでいた日蔭茶屋で、宿泊した女が連れの男を刃物で刺したのである。しかもその男というのがあの大杉栄である。「えっ、大杉栄?あのアナキスト?」社会主義者、労働運動家、作家、翻訳家、明治の思想家と思い浮かべ、そこで血まみれになっている姿を思い浮かべた。
「へーっ、そんなことがあったんだ……」
瀬戸内寂聴の小説「美は乱調にあり」がその事件をテーマにしたものであると書かれていたので早速、妻にアマゾンで注文してもらうことにした。
妻「昔、読んだよ」
私「えっ、家に本があるの?」
妻「実家にいた時だよ。高校生の時の話」
私「そうなんだ」
妻「続編も出たはずだよ。私は読んでいないけれど……」
私「まずは一冊お願いします」
日曜日の朝から読み始めた。昼前に妻が「〇〇へ連れて行ってよ」と言い始めた。読んでいる最中である。
「ちょっと待って」……その「ちょっと」が3時間になった。

主人公の伊藤野枝という女性がいい。封建的な明治時代において「新しい女」を標榜する。親が決めた結婚を破約し、28才の教師と17才で同棲を始め、子供を産みながらも平塚らいてうの雑誌「青鞜」に参加したりして社会主義に染まって行く。不倫を語り、結婚制度否定の論文も書く。大杉栄と出会い、夫を捨て、そのもとへ走る。
大杉栄もいい。発行する雑誌、新聞等が次々と発禁処分を受けながらも社会主義運動を牽引していく。居候中に堺利彦の義妹を強姦し結婚するも、新聞記者だった神迎市子を愛人とし、すぐさま伊藤野枝も愛人とする。不倫理そのものである。フリーラブを主張するが、女心は微妙である。日蔭茶屋での刃傷事件へと発展していく。

ようやく読み終えた。「よし、行こうか」と言いつつも妻の用事に付き合うというよりは、続編「諧調は偽りなり」を買いに行ったという方が正しかったようである。
                                 (平成29年作)

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