時候 - ひこばえ
background movie

ひこばえ


時候 カテゴリーの記事

寝言とも春呼ぶ神のお告げとも



IMG_5811_convert_20180203174339.jpg



会社に横浜金沢観光協会から「よこかな」というパンフレットが届いた。何気なく見ていると「ボランティアガイド養成講座受講生募集中」の文字が目に留まった(写真)。「面白そうだぁ」と思った。
主催するのは「横濱金澤シティガイド協会」というNPO法人である。この会の催すウォーキングには何度となく出掛けている。これに参加者側ではなくガイドとして参加するというのである。興味をそそられた。
家に帰って家族にこう言い放った。娘二人がたまたま家にいた。
私「会社を辞めて次にやることを見つけた!」
娘1「なに、なに、急に何を言ってるの?冗談でしょ!」
私「いやいや、本気(笑)」
娘2「一体、何をやるというの?教えてよ」
私「以前、行ったことがある金沢区の名所旧跡巡りのウォーキング。あれのボランティアガイドを募集していた。これは面白いぞ。結構、覚えることも多そうだし、歴史にも詳しくなければならない。『えー、皆さん、こちらをご覧ください』ってやるんだよ」
娘1「ハハハハ……無理、無理、おーちゃんには絶対に向かない。何を言い出すかと思った(笑)」
娘2「そんなの一回でいやになっちゃうよ。<こんなお金にもならないこと、やってられない>って言うに決まってるよ。無理、無理、驚かさないでよ(笑)」
娘1「第一、余計な話が長すぎて合格出来ないんじゃない?長く話せばいいってもんじゃないからねぇ(笑)」
妻「冗談言ってないで、早くお風呂に入ってきて。こっちはやること一杯で忙しいんだから」

ひとまず、申込期限は過ぎていたが1月28日の「初不動に行ってみよう」に申し込んでみた。家のすぐ近所にある不動尊2ヶ所を巡るのだが、どのようにガイドするかを見て来ることにした。
                                 (平成30年作)




にほんブログ村

スポンサーサイト

石垣は何も語らず冬の城



IMG_5522_convert_20180117204900.jpg



関ヶ原から次の目的地「彦根城」まで高速道路に乗った。右手に雪で真っ白になった伊吹山が見えた。関ケ原の戦いのあと石田三成が敗走した山である。山岡荘八著「徳川家康」18巻「関ヶ原の巻」の文章である。
「十五日の夜、三成が伊吹山に逃げ込んだおりには、まだ従う者は二十人を超えていた。
すでに記したように十五日の夜の雨は、この敗戦の主従を間断なく打ちのめした。
ようやく止んだと思うと、又以前に数倍するはげしさで、用捨なく具足の奥の肌にせまる。従者の一人が、三成のためにどこかの百姓家から蓑笠を見つけて来て着けさせたが、そうしたもので凌げるほど安易な雨ではなかった。
十六日の夜の白みそめる頃まで、一行は山中を雨に向ってさまよい続けた。むろん正確に方角や道を知っての彷徨ではない。とにかく発見されまいとしての無目的にひとしい戦場離脱であった」

彦根城に到着した。凄いお城である。江戸時代、多くの大老を輩出した井伊家14代の居城である。その荘厳さは見事というしかない。お堀があり庭園があり様々な櫓が残されている。関ケ原の軍功により石田三成の居城だった佐和山城に入城した井伊直政が、中世的縄張りや三成の居城であったことを嫌い、慶長8年(1603)に彦根城の築城を開始する。天守閣は国宝である。登るとすぐ目の前に佐和山が見える。もちろん城はない。彦根城の完成により佐和山城は廃城となり、徹底的に破壊されたという。敗れた者の宿命ではあろうが一抹の寂しさを禁じ得ない。
お城のどこかで「ひこにゃん」に会えるかと思っていたが会えなかった。登場する場所と時間が決まっているらしい。「ゆるキャラ」とはいうものの著作権問題で揉めたことがあったように記憶している。私でさえ知っているくらいなので揉め事は長引いたのかも知れない。誰と誰が争って、どっちが勝ったのかは知らないが、片方が徹底的に潰されるのだけは良くないように思えたのは佐和山を見たからかも知れない。
                                 (平成30年作)




にほんブログ村

冬の日

さるぼぼを飾りて冬の日の匂ふ



IMG_5387_convert_20180101165805.jpg



城を見たあと、工場長が推奨していた金華山レストランに入ってみた。さすがにウナギを食べた後なので味噌カツには手が出なかったが、長良川を眼下に濃尾平野を一望にする眺めには感服するよりなかった。その時ちょうど工場長からメールが届いた。先程、私が送った問い合わせへの返答である。
「信長のさるぼぼ。吸盤で車のガラスに貼れる小さいやつ」
妻に話すと下の売店で売っていたという。<いやに安い物を言ってきたなぁ>が私の印象である。
ロープウェーで下に降りるとすぐに売店である。
「これでしょ!」
妻が手に取って渡してくれた。<これじゃ、マズイなぁ。何でこんな物が欲しいんだろう?>
500円位のものである。さすがにこれではお土産にも何もなったものではない。
その時、目に入ったのが棚の一番上に飾られていた大きなさるぼぼである。前掛けに「信長」の文字も書かれている。
「こっちがいいよ」
この一言にすぐさま妻が反論してきた。
「やめなさいよ、そんな物を誰が欲しがるというの!」
一瞬たじろいだが、500円のさるぼぼを買うくらいなら、こっちの方が余程いいと思った。
「ちょっと待って。本人に聞いてみよう」
妻に持ってもらい、大きさが分かるように手を翳してもらった(写真)。それをメールした。すぐに返ってきた。
「デカ過ぎます(笑)」
この(笑)のマークを見て確信した。満更でもないらしい。妻は呆れ顔である。
売店の女性とのやり取りである。
私「これ、どれくらい売れますか?1年に1個、それとも1ヶ月に30個」
女性「ハハハハ……」
私「そうそう。人があまり買わない位な方が希少価値があってよろしい(笑)」
(注)説明書きには次のように書かれていた。『さるぼぼとは「幸運の猿の赤ん坊」という意味です。昔、母親が「娘や孫が元気に育つように」と願って作った人形です。あなたも「さるぼぼ」で幸せになりませんか?』
                                 (平成30年作)




にほんブログ村

師走空

噛み砕く半助苦し師走空



IMG_5309_convert_20180101065956.jpg



犬山城を出て11時である。ウナギ屋を探すか岐阜城へと向かうかの選択だが、走りながら探そうということになった。中途半端な選択である(笑)。木曽川を渡ってしばらく走ったところで妻が見つけた。
「あった!うなぎって書いてある」
「どこどこ?」
「正面!」
「おお、大き過ぎて目に入らなかった(笑)」
川魚料理<うな神>が目の前にあった。大きな駐車場でいかにも繁盛していそうな店構えである。店内も椅子席や座敷席と充分な広さがあり、我々のほかにすでに1組が入っていた。妻は「ひつまぶし(上)うなぎ一匹分」というのを注文した。
「うなぎ一匹分とわざわざ書いてあるところが凄いね(笑)」
妻、ご満悦である。私は「うな重定食(並)」(写真)を頼んだ。空腹を満たすには充分な量と味であったことは言うまでもない。美味しく頂いて店を出た。
車の中での会話である。
私「さっき食べた中に頭のようなものがあった」
妻「うそ!頭なんてないでしょ。尻尾じゃないの?」
私「いや、最初に食べたんだけどカリカリしていて尻尾という感じじゃなかった。あれは絶対に頭だよ、間違いない」
妻「ウナギの頭を食べるなんて聞いたことない」
すぐさまスマホで調べた。
妻「あった!本当にウナギの頭だ。関西では当たり前に食べているみたい。半助って言うんだって。関東では焼く前に頭を落とすんだけど、関西では1匹丸ごと火に掛けて、焼き上がってから頭を落とすんだって」
撮った写真を見てみると「うな重」の隅に確かにその半助が写っている。旅してこその発見である。
                                 (平成30年作)





にほんブログ村

数へ日

数へ日をとまれかくまれ城を見に



IMG_5195_convert_20171230195626.jpg



岐阜に行くと決めて最初にしたのが司馬遼太郎の「国盗り物語」を読むことである。随分前のことだったので懐かしく読み返した。油売りの身から一国の主へと駆け上がっていく斉藤道三とその娘婿となる織田信長。全4巻を一気に読み終えた。
次が「ブラタモリ岐阜編」を見ることである。ちょうど12月2日放映だったのでビデオに録画しておき、出掛ける前に見ておいた。金華山の地形、城のありよう、「戦わずして勝つ平和な城」岐阜城。いずれも興味深い内容だった。
その次にしたのが車のチェーンの購入である(写真)。昔、新幹線の中から関ケ原の辺りの雪景色を見たことがあった。浜松でも名古屋でも降らない雪が関ケ原では真っ白に積もっていたのを覚えている。その辺りだけに高い山がないのかも知れない。日本海からの寒気がその一帯に雪を降らせるようなのだ。
「雪が降ったら俺の車じゃマズイだろう?」
「スタットにするかチェーンを付けるかですね」
会社での会話である。一番安いチェーンを一つ買ってきてもらった。中に装着方法を説明したDVDが入っていた。一度見てみたが私には無理だと思った。覚えられない。出来そうにない。買ってきてくれた社員との会話は続く。
「ガソリンスタンドでやってくれるだろう?」
「やってくれます。もし、スタンドがない時はJAFを呼べば大丈夫です」
挨拶回りの車の中でもチェーンの話になる。営業マンが私に教えてくれた雪道での注意事項である。
「雪道を運転する時は気を付けてください。一番気を付けなければならないのがスタートする時と曲る時、それから止まる時です」
「スタートして曲って止まる?それじゃ、全部じゃないか!」

当日、朝3時に妻に起こしてもらった。前日一杯やっている。深酒はしていないが自分では起きられなかったようである。そそくさと着替えを済ませてすぐに出発である。3時半。もちろん辺りは真っ暗である。目的地を「桶狭間古戦場跡」と入れた。岐阜に行くには少し遠回りであるが、信長出発の地である。見たことがないので最初の訪問地とした。天気は良さそうである。2泊3日の旅。
「いざ、桶狭間!」
いざ鎌倉ならぬ、桶狭間へ向けて出発したのであった。
                                 (平成30年作)




にほんブログ村


検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア