時候 - ひこばえ
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ひこばえ


時候 カテゴリーの記事

竜天に登る

雲を呼び海を逆巻き竜天に



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5月14日の日本経済新聞に「両陛下が横山大観展を鑑賞」という記事が載っていた。前日の13日に天皇皇后両陛下が東京国立近代美術館で開催されている「生誕150年──横山大観展」を鑑賞されたという記事である。<40メートル超の水墨の絵巻「生々流転」など作品約90点を鑑賞。陛下は木炭で描かれた絵の前で「いろいろな試みを当時したのでしょうね」と感想を述べるなど、約20分にわたり皇后さまと熱心に見て回られた。>と書かれていた。
「20分とはいやに早いなぁ」と思った。

私達が見に行ったのがゴールデンウィーク後半の5月4日である。開館時間10時を目指し8時半には家を出て、電車を乗り継いで10時ちょうどに到着したのだがすでに会場は満員状態になっていた。「10時の開館というのは間違いだったようだなぁ」と独りごちた。入場した途端に人が溢れていて作品の前に進めない。人の流れに身を任せるようにしながら作品に近づいて行くようである。しかもじっくりと見たいと思っても後ろが押されるので先に進むしかない。ゆっくりと押し出される<ところてん>のような感じで見ていった。全ての作品を見終わって出てきたのは11時半である。大きく溜め息を吐いたのは作品の素晴らしさに圧倒されたばかりではないようである。話題の「生々流転」もところてんのようにして見た。見始めから終わりまで15分掛かったので、両陛下の全てで20分というのが如何にも早く思えたものである。人のいない会場を専門家のガイド付きで回れば、そのくらいのものかも知れないと考えていた。
それにしても素晴らしい作品ばかりであった。「生々流転」はもちろん、「富士の絵」や「華厳の滝」、「ナイヤガラの滝と万里の長城」の一対の金屏風など、溜め息の出るような力作ばかりである。
外に出て飲み物とサンドウィッチを買い、テラスで休憩した(写真)。
「いやぁ、龍を見逃しちゃったかと思ったよ」と私。
「何の龍?」と妻。
「生々流転の最後に描かれていた龍だよ。海が荒れて雲が沸き、全体のトーンが黒ずんできたので、てっきり最後に大きな龍が描かれているだろうと思っていたので、見つけられずに終った時は慌てたよ。もう一度、列に割り込んで覗いてみたんだけど、龍は思ったよりも小さく描かれていて、なるほど、この描き方が大観先生の落とし所だったんだなぁと納得した次第。確かにあそこに健さんの彫り物のような龍が描かれていたとしたら漫画になっちゃうからね(笑)」
                                 (平成30年作)




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行く春

行く春を車中笑ひで締めくくる



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2日目は上田城と別所温泉の北向観音の見学である。NHK大河ドラマ「真田丸」に触発されて4年前の8月に妻と二人で訪ねた場所である。今回は季節が違うので見えるものも違うだろうと期待したが、やはり同じ場所なので真新しさには欠けていた。何となく見て、何となく終わった感じである。
昼食は近くのキノコ専門店で食べた。秋でもないのにと思ったが、今や季節は問わないらしい。大型の駐車場にバスを停め、シメジの養殖する部屋をガラス越しに見て、通された大食堂に鍋が据えられていた。コンニャクの刺身があり、ツマミがあり、ビールがどんどん運ばれてきた。生卵を割って鍋のキノコを摘まみながら、ぐいぐいと飲んでいった。二日目の最後とあって、皆さんペースがいい。
「キノコというのも似たようなものがいろいろあるので、毒があるのか無いのかは分かりづらいよなぁ」
「初めに誰かが食べて、これには毒があると分かった訳だから、最初に食べた人は気の毒だよなぁ(笑)」
「毒だけに気の毒(笑)」
「うまい、うまい(笑)」
皆さん、上機嫌である。食事を終えて目の前で売られている朝採りのキノコを土産に買って、バスに乗り込んだ途端にあちこちでイビキが始まった。軽井沢に戻り、その日ゴルフを楽しんだメンバーを拾ったところまでは覚えているが、高速に入ったあたりで私も寝てしまった。しばらくしてガイドさんのマイクの声に起こされた。
「これから渋滞が続きますのでトイレ休憩を取ります」
全員が起きたようである。朦朧としつつトイレに行き、席に戻り走り始めるとすぐに渋滞となった。
「ここから渋滞では相当に帰りが遅くなるなぁ」の声があちこちから聞こえる。
「渋滞の間、ビデオをお掛けしますのでお楽しみください。何を掛けたらいいかと迷いたい所なんですが、あいにく一本しかありません。でも面白いんです。ご覧になった方もいらっしゃるでしょうが、その方は我慢してお付き合いください。『家族はつらいよ2』をお掛けします」とガイドさん。
寝ぼけた頭で見始めたが、なかなか面白い。橋爪功の惚けた演技がいい。オーロラを見に行くという吉行和子もいい。
「はい、日向さん、寝起きの一杯」
前の方からまたビールが回ってきた。「もういいよ」と言いながらも一本いただくあたりは、私も嫌いではない。
                                 (平成30年作)




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春惜しむ

春惜しむ美酒は「チヤーリーチヤツプリン」



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ホテルでの夕食のあと、二次会ということになった。カラオケにでも行くのかと思って付いて行くと静かなバーに入ることになった。15人程がゾロゾロと集まった。ビールの人もいたが、カクテルなどを頼んで勝手に始まった。私の前に座った社長がバスの中の話を受けて話しかけてきた。ボヤいた社長とは別の人である。
「日向さんは会社に行きたくないなんて思ったこともないだろうね」
「なんでそう思うんですか?私だっていろいろありますよ(笑)」
「会社の調子がいいと聞いてるよ」
「それとこれは別ですよ。でも行きたくないと思っても、行かなかったということは一度もないですね」
「そうだろう。おたくの前の〇〇社長は行きたくなくて悩んでいたことがあったよ」
いきなり、私の会社の昔の社長の話になった。もう25年以上も前の話ということになる。その社長と当社の社長は生前とても仲良くしていたのである。
「〇〇社長が江の島に行った話、知ってる?」
「江の島ですか?知りません」
「会社に行きたくなくて、朝から江の島に行って海を眺めてきたというんだよ」
「それでどうしたんですか?」
「それでって、分かるだろうよ。いろいろ悩んでいたんだよ」
「そりゃ、分かりますけど、海を見たって何も変わらないじゃないですか」
「社長業は孤独なもんだよ。悩んだ時には海も見たくなるさ。分からない?」
「あのワンマンな社長には想像も付かないような話ですね。私だったら海には行きませんよ。行くんだったら休みの日に行ってもらいたいですよ。みんなが働いている時に一人だけ海に行ったっていい考えが浮かぶはずがない(笑)」
「強いなぁ(苦笑)」
その夜、いろいろな話をして楽しく過ごしたが社長から聞いたその「江の島」の話が妙に心に引っ掛かったものである。もしかして社長同士で悩みを打ち明け合ったといういい思い出だったのかも知れないと思った。それを「海になんか行ってどうするんですか」とやってしまったのである。飲んだお酒は「チャーリーチャップリン」。楽しさの中にも一抹の物悲しさを味わうことになってしまった。
                                 (平成30年作)




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花冷え

花冷えの小町通りに鈴を買ふ



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食事を終えて、娘が行きたいという北欧の小物の店まで歩くことにした。日曜日である。小町通りは混んでいた。ぶらぶらと歩きながら昔「浜風句会」で一緒だった小林真弓さんのことを思い出していた。とても美人で上品で俳句も上手だったので句会にはなくてはならない存在だったが、茨城県に引っ越すことになり途中で退会してしまった。その彼女が作った句「小町通りに鈴を買ふ」を思い出していたのである。今から18年前の平成12年1月に道川虹洋先生と一緒に鎌倉を吟行している。瑞泉寺や寿福寺などを回り小町通りも歩いている。その時に真弓さんが詠んだ句である。しかし上五が思い出せない。
「真弓さんは上五を何と詠んだのだろう?」
家に戻ってから真弓さんの句を調べてみた。彼女の句集「真珠雲」で確認したがこの句は載っていなかった。「浜風句会」を辞めたあと他の句会に移ったのでそちらで作った句を優先したようである。それではと「浜風句会」で作った合同句集を調べてみた。しかしこちらにも載っていなかった。
「???」
どうしたのだろう。私にとっては真弓さんの代表句のようにさえ思っている句なのに、どこにも残されていないというのはどういうことだろう。世の中に存在しない句ということになってしまう。それはないだろう、私が18年も覚えていたというのに……。
そこであの日吟行に持って行った私の手帳を調べてみた。そこにはあの時のメモがたくさん書かれている。途中で開いた句会での句も書かれていた。全員が3句ずつ出句していて、真弓さんも3句出句していた。しかしその中に「鈴を買ふ」の句はなかったのである。
「???」
こんなことがあるのだろうか。絶対に真弓さんがあの時に詠んだはずである。どうしたのだろう。と、思ったその時ようやくメモの中に「小町通りに土鈴買ふ」を見つけたのである。その日のメモの最後の一行である。上五はない。しかも鈴ではなく土鈴となっていた。吟行の最後、電車の中か居酒屋あたりで真弓さんが出した句かも知れない。それを私が勝手にメモしたようである。いいフレーズだなぁと思ってメモをしそれが頭の中に残っていたようである。今度お会いした時に聞いてみようと思う。どうして句集に載せなかったのか、上五は何と詠んだのか。本当に鈴を買ったのか。
そのままにもしておけないので、真弓さんの句ではあるが私だったらどう詠むかと考えて「花冷え」を置いてみた。小町通りに「花冷え」はよく似合うと思った。
                                 (平成30年作)




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日永

いしぶみに読めぬ字を読む日永かな



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九品寺は新田義貞が建立した寺である。戦いが終わった3年後の建武3年(1336年)に義貞は戦没将士の霊を慰めるために本陣を置いたその場所に寺を建てたのである。入口にある山門の扁額「内裏山」と本堂に掲げられた「九品寺」の額は義貞の筆と伝えられている。
車は朝比奈峠を下り、鎌倉霊園を過ぎ、「岐れ道」の交差点の辺りまで来ていた。
「突き当りを左折して、そのまま真っ直ぐね」
「オッケー」
「九品寺は海の近くだから、どんどん進んで大丈夫だよ。寺のすぐ手前に『乱れ橋』という橋があるからそこで一枚写真を撮らせて」
「オッケー」
走りながら隣の妻に話をする。
「橋の名前がいいんだよ。稲村ケ崎から鎌倉に突入した義貞軍は海岸の砂浜に陣を構えるんだ。守る北条軍は丘の上に防御線を布いている。朝方、義貞軍が急襲すると北条軍は崩れていく。北条軍の陣が乱れたあたりなので『乱れ橋』と名付けたというんだ。いい名前だよねぇ」
「そう?それほどの名前にも思えないけど……」
「いや、いい名前だよ。橋だけではなくてその辺り一帯の地名にもなっていたそうなんだ。『乱れ橋1丁目』なんて何とも味わいのある名前だよなぁ」
そんな話をしているうちに九品寺が近づいてきて、いきなり通り越してしまった。
「あれっ?過ぎちゃった。寺の入口の横に駐車場が見えたよ。Uターン、Uターン。橋も通り越してしまったなぁ」
「橋なんてなかったと思うけど」
ひとまず戻って駐車場に入れ、私だけがお参りしてくることになった。山門になるほど立派な扁額が掛かっている。小さなお寺だが格式の高さが窺える。10分程見てお参りしてから車に戻り、引き返すことにした。
「今度は見逃さないでね」
「本当にあったかなぁ?」
戻ってみるとやはり橋はなく、道路沿いに少し傾いた碑が建っているだけだった(写真)。川もなかったが、向かいに細い水路のようなものがあり、それが川の名残りかと思った。
                                 (平成30年作)




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