植物 - ひこばえ
FC2ブログ
background movie
HOME プロフィール

日向 亮司

Author:日向 亮司
FC2ブログへようこそ!

最新記事 最新コメント
最新トラックバック 月別アーカイブ カテゴリ カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

ひこばえ


植物 カテゴリーの記事

芽吹く

芽吹くものあり成長の兆しあり



IMG_3671_convert_20200220213952.jpg



日経新聞の「ミチクサ先生」の連載が2月20日を以って終了した。158回目での中断であり、最後に「今回で休載します」と書かれていた。初回から楽しく読んでいただけに残念である。伊集院静さんの病状が快方に向かうことを願うばかりである。本文は漱石先生が松山の学校から熊本へ転勤するところで終わっている。「学問であろうが、芸術であろうが、人一倍苦労せねば出来るものではない」と卒業生に向かって言葉を送っている。120年以上も前の言葉が胸に沁みる。

ちょうどその日、社内でトヨタ式の研修会の中間発表が行われた。発表が終わり最後に私の挨拶の順番が回ってきた。
「たくさんの中小企業がありますが、大きく2つに分けることが出来ます。成長している会社と成長していない会社です。当社はどちらに入るでしょうか。先日、隣の会社の〇〇部長が私にこう言ってきました。「ナカゴメさんは凄い。これだけの設備投資をしてやり方を変え、大きく会社を成長させている」と。部長は当社がこの場所に進出した昭和57年からずっと横で見てきた人です。確かにここ10数年で15億円の投資をしてやり方を変えてきました。しかし傍からは成長するように見られていても、私にはこの会社が成長しているようには見えません。なぜか。それは成長する会社のイメージと今の会社の実情が大きく乖離しているからです。私の思う成長している会社とは、様々な問題に従業員が自ら気付き、取組み、解決している会社のことです。今のナカゴメは毎日の仕事をただ淡々とこなしているだけの会社にしか見えません。問題がたくさんあるにも拘らずその問題に気付かず、また気付いても取り組もうともせず、同じやり方を延々と続けている会社です。これでは駄目だなぁと思い、今回トヨタ式の指導をお願いしました。
会社の中には様々な問題があります。運搬のムダ、動作のムダ、手待ちのムダ、不良を作るムダなどトヨタでいう「7つのムダ」などは最たるものです。そこに気付いて、考えて、話し合って、真剣に取り組んでいるでしょうか。不良を作ってもただ手直しをして済ませるだけ。なぜ不良が起こったかを考えず、再発の対策にも取り組んでいない。何の問題意識もなく目の前の仕事を淡々とこなしているだけでは会社は変わっていきません。問題に気付き、それに向かって従業員が本気で取り組んでいる会社を私は成長する会社と考えます。そうありたいと願っています。今回、トヨタ式の指導を受けて8人のメンバーが勉強してくれています。しかし、折角勉強したことも職場の全員が理解し、参加して行かなければ一時的なことで終わってしまいます。
会社を取り巻く環境は大きく変化しています。会社が変わり、成長していかなければ存在することさえ厳しくなる時代です。全員がそのことに気付き、本気で取り組むことが大切です。8人がやろうとしていることを理解し協力して会社のレベルを上げて行こうではありませんか。成長していく会社に変わって行くことを期待しています」
                                 (令和2年作)
(注)写真は画家福山小夜氏による「ミチクサ先生」最終回の挿絵である。




にほんブログ村

スポンサーサイト



草萌ゆる

変はるもの変はるべきもの草萌ゆる



IMG_3472_convert_20200202124007.jpg



2月1日(土)横須賀のホテルで開かれた「かながわ信用金庫」の賀詞交歓会に出掛けてきた(写真)。10時半受付開始で11時開宴だったので10時40分には到着していた。定刻に始まり、理事長の挨拶のあと10人近くの来賓の挨拶が長々と続き、ようやく乾杯に辿り着いたのが11時55分である。長い。1時間15分、立ちっぱなしである。話は右から左であるが、一人だけ心に残る挨拶をされた方がいた。どこのどなた様かは分からないがアグネスチャンの話をされていた。
「ある番組で司会者から『幸せとは何だと思いますか?』と質問されたアグネスチャン。しばらく考えたあと『家族が笑顔でいられることですかね』と答えた。司会者は『とても平凡な答えですね』と言ったそうである。家に帰ってもその質問のことが忘れられず、当時3才だった息子に『幸せって何だろうね』と問い掛けたりもしてみた。もちろん返答があるはずもないのだが、その息子が寝る時になって『ママ、嬉しいことがあるとここがキュッとするよね』と言って胸の辺りを押さえたそうである。『アッ!』と思ったアグネス。胸がキュッとする瞬間がまさに幸せの瞬間ではないだろうか……」
話の前段をいい加減に聴いていたので正しく聴けていたかどうかは分からないが、胸がキュッとする瞬間を幸せと言うのであれば今まさに自分がそうでないだろうかと思って聴いていたのである。

話はその前日に遡る。知人の中小企業診断士Tさんと2年振りに会っていた。場所は会社の社長室。会談は私の方からお願いして来てもらっていた。塗装工場の日々の売上を把握しようとその算出方法を考えたのだが、果たして正しいものかどうかの自信が持てない。専門家に相談した方が良さそうに思い連絡したのだった。用件は事前に伝え、考えている算式や資料も事前に送っていた。それを踏まえてのやり取りである。
Tさん「職場に目標を与えるというのはいいんじゃないですか。数字が出れば一つの励みにはなるでしょうからね」
私「そうですか。でも一つの職場だけというのがどうも説得力に欠けるような気がして……」
Tさん「それよりも本当に売上でいいんでしょうか」
私「えっ、どういうことですか?」
Tさん「売上だけを示すと売上を上げることだけが目的になっちゃうんじゃないですか。極端な言い方をすると、どんなにムダなことをやっていても売上さえ上げればいいということになりませんか?」
私「なるほど、売上じゃないなぁ……」
Tさん「そうでしょ。売上でなくて利益ですよね。利益を意識させないとダメですよね」
私「そうだなぁ。そこでアメーバ経営か……」
Tさんからは事前にアメーバ経営についての資料が送られてきていた。
Tさん「おそらく日向さんの欲しい物を突き詰めていくと、そこに行き着くような気がしましたので簡単な資料を送らせてもらいました」
それからそのアメーバ経営の進め方や問題点などについて説明をしてくれたのだった。
その日、家に帰ってすぐに本棚から稲森和夫著「アメーバ経営」を引っ張り出して読み始め、朝早く起き出して読み、横須賀に向かう電車の中でも読んでいた。久々に胸が高鳴っていた。昔読んだ時には到底出来そうにないと放り投げていた本だが、あらためて読み直してみて今では出来るように思えていたのである。内容がスイスイ頭に入ってくる。
<もし、この方法を会社に取り入れることが出来たら……>
会社が変わり、従業員が変わる姿を思い浮かべた。
<出来そうだなぁ……>
そう思っていた時のアグネスチャンである。あまり飲まずに帰ってきて残りのページを最後まで読み終えて、2冊目の「実践アメーバ経営」に取り掛かっていた。
                                 (令和2年作)




にほんブログ村

シクラメン

シクラメン俯くがゆえ描き損ず



_convert_20200210215716.jpg



2月10日(月)から16日(日)までの1週間、川崎市宮前区にある東高根森林公園の管理事務所でかじがやごろぉさん主催の「スケッチブック展」が開かれている(写真)。いつも一緒にスケッチしているメンバーの作品も多数飾られていてとても見応えのあるものになっている。今回私も初めて出展させてもらうことになった。写真を見る限り正面中央に飾られているようで過分な扱いとなっている。感謝感謝である。お近くの方には是非とも立ち寄っていただきたい。ごろぉさんのスケッチブックなどは迫力そのものである。テーブルの上に何冊も並べられているので自由に見ることが出来る。必見である。

9日(日)の午後、メンバーが絵を描いているところに遅れて参加し、飾ってもらう絵を持ち込んだ。先日、描き上げた「駐車場及び住宅地」の絵である(令和2年2月6日、ひこばえ「春待つ」)。
私「遅れましてスミマセン。今日は用事があってスケッチは出来ませんが飾ってもらう絵は持参しました」
ごろぉさん「おっ、例の絵だね。奥さんにケチョンケチョンに言われて描いた絵だ(笑)」
私「あのシクラメンの絵は余りにひどかったんで何と言われても仕方なかったんですが、一発女房の鼻を明かしてやろうと思いましてこれを描きました(笑)」
ごろぉさん「額に入れてきてくれたんだ。それにしても上手く描いたねぇ」
ひろし君「ワァー、すごい。これ、本当にすごいですね。売れるレベルですよ」
私「いやいや、誰にでも描けるよ。ひろし君なら間違いなく描ける。俺よりも上手いんだから(笑)」
ひろし君「描けませんよ。冗談はやめてくださいよ。本当にいい絵ですね」
ごろぉさん「ヒナさんは水彩画を始めてまだ半年だよ。なかなかなもんだよ」
菅原さん「作風が出来てるもんね。いい感じだよ」
私「ごろぉさんにこの前、言われたんです。いろいろな描き方をしている内に自分の一番好きな描き方がきっと見つかるから、それまで飽きずに続けるしかないって」
菅原さん「それが半年じゃ早過ぎるよ(笑)。ごろぉさんなんて20年やっていてまだ見つけていないんだから(笑)」
ごろぉさん「そうそう(笑)。何年描いていてもこれでいいなんてことはない……」
私「ごろぉさんの描き方を真似ようと思っても全く絵にならないことが分かりました。同じように描きたいと思ってもそれは無理だって分かったんで、違うやり方であれこれやっていたんです」
菅原さん「ごろぉさんの絵は真似出来ないよ。それだけは間違いない(笑)」
ごろぉさん「ヨシヨシ、これはいい絵だ。絵の下に『大賞』の札を掲げておこう(笑)。ハハハ、ありがとう、飾らせてもらいます」
私「ありがとうございます。よろしくお願いします」
                                 (令和2年作)




にほんブログ村

落葉

思ひ出の落葉一枚小机に



IMG_3012_convert_20191231043544.jpg



翌朝ホテルで快晴の富士山を眺めながら朝食を済ませ、少しノンビリと過ごしてから横浜の小机に向かった。「小机城址」の見学である。太田道灌を廻る旅の締めくくりに寄ってみたかったのである。
文明10年(1478)、太田道灌率いる軍勢が丸子城と小机城に向かっていた。ようやく古河公方足利成氏と上杉顕定が和睦し、残る敵が成氏に味方していた長尾景春その一派だけとなっていた。丸子城に着くと敵は恐れをなして小机城に下がって集結していた。一気に攻め落とそうと進軍したが、道灌率いる足軽隊の数は百騎たらずである。対する小机城には数百人が籠城している。さすがに足軽隊の士気は上がらない。
「めずらしく足軽隊が敵を恐れています」
「ふむ」
馬上で道灌は考えた。やがて
「いま、おれは軍歌を作った。これをみんなで歌おう」
怪訝な顔をする部下の前で歌い始めた。
「小机はまず手習いの初めにて いろはにほへと ちりぢりになる」
聞いていた者が吹き出した。
「いや、おもしろい歌です。その歌を歌えば、足軽隊も一気に士気が盛り上がるでしょう」
足軽隊もゲラゲラと笑い出した。これから攻める「小机城」と子供が手習いを始める「小机」を引っ掛けたのである。ちりぢりになるとは敵がちりぢりになるということであり、こちら側の勝利を意味する。一斉に歌いながら攻め立てて難なく城を落としたことはもちろんである。童門冬二の「小説太田道灌」の第2章で面白おかしく書かれていたので一度見ておきたかったのである。
JR小机駅から歩いて10分ほどの駐車場に車を停めて歩いた。踏切を越えて民家の中を行くとすぐに城址の登り口となっていた。「小机城址市民の森」という公園になっていて階段や柵などが整備されている。竹林の中を進み、空堀や土塁の跡などを見て回った。本丸広場、二ノ丸跡、曲輪跡、櫓跡などがあり、第三京浜に分断された先には「富士仙元」と呼ばれた曲輪跡もあり日産スタジアムも近くに見えた。日曜日だというのに訪ねてくる人もなく、一人寒林の中で鳥の声を聞きながら500年もの昔に思いを馳せたのだった。
                                 (令和2年作)




にほんブログ村

枯山吹

山吹の枯れて回らぬ水車小屋



IMG_2936_convert_20191231164226.jpg



食べ終えてすぐに生越町にある「山吹の里」に向かった。車で1時間ほどである。築城した太田道灌については何も得るところのなかった「川越城本丸御殿」だったのでこの公園だけはと期待したのだが、ここもやはり何もないところだった。道沿いの駐車スペースに車はなく、たった一人の訪問客である。道路際に立派な石碑が建っていた。少し長くなるがそこに書かれていた山吹伝説のことを転記しておこう。
「鷹狩りの途中、にわか雨に遭った若き日の太田道灌は、蓑(みの)を借りに貧しい民家を訪ねた。すると、出てきた少女が何も言わずに一枝の山吹の花を差し出した。道灌は少女の謎掛けが解けなかったが、のちに山吹の花にちなんだ古歌『七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)一つだになきぞ悲しき』を教えられた。蓑がない悲しさを歌に託した少女の想いを知り、自分を恥じた道灌は歌道を志し文武両道の名将となった」という逸話である。
公園の入口に水車小屋があった。もちろん水車は回っていない。隣に店屋らしき建物があったが戸も閉まっていて人もいない様子である。「太田道灌を大河ドラマに!署名をお願いします」と書かれた幟が立っていてその横に署名用紙が置かれていたが記入した形跡もない。他に見るべきものもない。細い川に掛けられた橋を渡り、道は山の上へと続いている。折角なので上り始めると結構きつい傾斜になっていた。5分ほどで上り切ったが息が上がった。頂上には小さな広場がありベンチもあったので持参したお茶を飲みながらしばらく休んでいたが、ここが道灌とどのような縁があった場所なのかは知る由もない。振り返ると公園の裏手のもっと高い場所に民家が何軒も建っていて洗濯物などが干されていた。頂上でも何でもないようである。山吹の花が自生する場所というのが売りのようである。「山吹の里歴史公園」というネーミングがいいと言えばいいのかも知れないがもう少し工夫の欲しいところではある。
例のアプリで植物の写真を撮っていたがどれが山吹かはすぐに分かった。黄色い葉が少し残っているだけだったが、アプリは確実に山吹であることを教えてくれていた。写真手前に黄色く写っているのが山吹の花ならぬ「葉っぱ」であるが、すぐに散って枯枝となりそうである。
道川虹洋先生に三溪園で山吹の花を教わった時のことを思い出していた。
「実の一つだになきぞ悲しき……なにィ、知らない?なんだ、何にも知らないんだなァ。山吹の花といえば太田道灌。江戸城を造った人だよ。それくらい覚えておかなくっちゃ(笑)」
NHK大河ドラマに選ばれることを期待しよう。
                                 (令和2年作)




にほんブログ村

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア