植物 - ひこばえ
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ひこばえ


植物 カテゴリーの記事

冬の草

祈るよりほかなき聖地冬の草



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旅行を終えて家に帰ってからのことである。すぐにアマゾンでチビチリガマに関する本を取り寄せてみた。読み進むうちにチビチリガマでの出来事だけではなく、その後に起こる「平和の像破壊事件」や「日の丸焼き捨て事件」などに行き当ってしまった。戦後の沖縄が抱えた幾多の問題をそこに見るような気がした。
まずチビチリガマでの「集団自決」と呼ばれる出来事である。あまりにも悲惨な出来事で、ここに記せるような内容ではない。集団自決などというととても潔い言葉にも聞こえてくるが、実際には死ぬべきか生きるべきかの壮絶なやり取りがあり、一部の熱狂的愛国者による呼び掛けが引き金となり「いやだ」という一言が言えずに死んでいった多くの人がいたのである。また死者の半数以上が子供であり、親の道連れとされたことが分かる。事件の後、そのことについて誰一人語ろうとせずに38年という月日が過ぎ去って行くのである。長い年月を経てようやく調査が始まり事件が明るみに出てくる。生き残った人達の証言は凄まじく、事件から42年経った昭和62年4月2日にようやく「平和の碑」が建立され、除幕式が行われたのである。しかし、その年の11月8日に像は原形を留めないまでに破壊される。現場には「国旗燃ヤス村ニ平和ワ早スギル天誅ヲ下ス」との犯行文が残され、日の丸が立てられていたという。これはその直前の10月6日に地元で開催された沖縄国体のソフトボール会場で球場に掲揚されていた日章旗を知花昌一さん(当時39才)という人が焼き捨てたことに対する右翼による報復行為だったのである。なぜ知花さんは日の丸を焼くなどという行為に出たのだろうか。沖縄が本土復帰したのは昭和47年5月15日である。それまでの日章旗は米軍による占領支配からの解放の象徴だったが、復帰後も変わらず米軍基地は存在し、その不満が日本政府に対する反発となり、そのような行為へと繋がっていったようである。

このような文章では到底書ききれるような内容ではない。腰を庇いながらも出掛けた読谷村で導かれるようにして出会った沖縄の歴史である。本を読みながら本当に重い気持ちになっていった。まだまだ知らなければならないことがあるのだろうが、ひとまずこの2つのガマのことを胸に刻んだ。これから沖縄のニュースを見るたびに思い出すことになるのだろう重い出来事である。
                                 (平成29年作)

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枯芝

枯芝の座喜味城址や今昔



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腰が痛くて起き上がれない状態であっても、どこかを見ておきたいと思う気持ちは抑えられない。ホテルは本島中央部に位置する恩納村にあったのでその周辺の観光地を探し、隣村の読谷村にある座喜味城跡へと出掛けてみることにした。ホテルから15分ほどでカーナビを使えば迷うこともない。スマホで知るのだが、読谷村は「日本一人口の多い村」だそうである。平成28年10月1日現在の人口38206人とある。私の出身地北海道歌志内市は「日本一人口の少ない市」で平成28年9月30日現在4390人である。村も町も市も基準がどうなっているのかは分からないが、やはり人は多いに越したことはない。羨ましさを覚える。おっと、今はそんなことはどうでもよい、城跡を見てこよう。
到着。車を降りようと少し身体を捻っただけで痛みが走る。イテテテテ……まだあの本に出会う前の話である。あいにく資料館は休館で、その前にある高倉やサトウキビ絞りの臼、厨子甕という骨を納める壺などを見た後ゆっくりと城跡へと歩いて行った。少し上り坂である。アベックや家族連れ、外国人が多い。みんな普通に歩いている。それが何とも羨ましい。腰を痛めてようやく腰が普通に機能している時の有難味を知る。どうしたら治るのか、旅行の間じゅう苦しまなければならないのだろうか。何と不幸なわが身であることかと悔やんだりもする。折角の世界遺産に来て腰のことばかり考えているのだから情けない。意識を城跡に集中しようとするが痛いものは痛い。城は首里城や今帰仁城跡よりも小規模のようである。さほどの距離でもないので、なんとか一番頂上まで辿り着くことが出来た。石垣の上に立ち眺めてみる。美しい。石垣の曲線も美しいが、その向こうに見える青い海も美しい。何も調べずに来てしまったので、この城が外国の敵を相手にしたものか、島の中での争いのためのものなのかも分かっていない。スマホで調べてみる。
14世紀、沖縄本島には中山、北山、南山という3つの小国があり、中山(浦添、首里城を拠点)の尚巴志が1416年に北山(今帰仁城を拠点)を攻略、1429年には南山を攻め滅ぼし、統一国家である琉球国を誕生させる。その後、不安定だった北面の守りを固めるため北山攻めにも参加した護佐丸に命じ、この座喜味城を構築させたとある。なるほど、琉球王国の礎的存在である。石垣に壊れたような箇所がない。よく戦争を潜り抜けたものだと思ったが、やはり沖縄戦の前には日本軍の砲台が置かれ、戦後には米軍のレーダー基地が置かれて一部の石垣が破壊されたとあり、のちに修復されたと書かれている。
一時間もいただろうか。ゆっくりと下りてきた。ようやく下まで降り、お茶を買って一休み。資料館は閉まっていたがそこに近隣の案内図が掲示されていた。順番に読んでいくと、城跡からすぐの場所に「チビチリガマ」「シムクガマ」があることが分かった。腰が痛いなどと言ってはいられない。是非に見ておかなければならない場所である。沖縄戦に向けてすぐに出発である。
                                 (平成29年作)

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蝮草の実

蝮草山の日陰に実となりぬ



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坂道は少しの休みもなく上へ向かっていた。もちろんゆっくりと登って行ったが、延々と続くのには閉口させられた。途中、妻との会話である。
「ストックは必要だよ」と妻。
「そぉ?」
「ストックがあるのとないのとでは随分足の負担が違うよ」
「まぁなぁ……」
「一度経験しているのだから、学習しても良さそうなものだけど」
「あれは長いから邪魔になる時があるんじゃないかと思って……」
「何言っているの。折り畳み式でしょ。今度来るときは絶対に2本持ってくる!」
相当にストックに惚れ込んだようで、道中4回くらいは語っていたものである。確かに急な階段が続くと手摺がないので足の力だけで上がることになる。すぐに足がパンパンになってくる。ストックがあれば両手両足に力を分散することが出来るのかも知れない。
「休もうよ」
「そうね」
ここだけは意見が合う(笑)。行けども行けども頂上は見えてこない。朝、コンビニでおにぎりを買ったが食べないで来ている。
「おにぎり、食べようかな」
「どうぞ」
時々、道端で見掛ける赤い実を付けた植物の名前はまだ知らない。「蝮草(まむしぐさ)の実」(写真)だと分かるのは山を下りてからのことである。その実の横に腰を下ろしておにぎりを食べていると、あとから来た中年男性に声を掛けられた。
「おっ、おにぎり、美味しそうだなぁ!」
「鍋焼きうどんまで待っていられません。山小屋まで遠過ぎます(笑)」
「俺も食べようかなぁ。鍋焼きよりおにぎりの方が美味そうに見えてきた(笑)」
山で出会うとみんな友達である。冗談を言うと必ず笑いが返ってくる。
                                 (平成28年作)

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毒茸

毒茸のかくあらざるを得ず生える



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日向山、稲荷山、金沢山といういずれも100mに満たない称名寺の裏山三山。小説「帰来草」の中で鎌倉時代にタイムスリップした魔利伽という女の子が隠れ潜んだと思われる場所である。今の世までその姿を留めていてくれたのは嬉しい限りである。17才の高校生の魔利伽は茶髪。タイムスリップした先で「赤髪の天狗」と噂されることとなる。山道を歩きながら魔利伽に因んだ物はないかと探していたが、これといった物も見当たらない。ただ、このキノコだけは目を惹いた(写真)。猿の腰掛だろうか。それにしては倒木に生えている。倒れていては腰掛にはならないだろうとどうでもいいことが頭に浮かぶ。家に帰って調べてみたが何のキノコか判定が出来ない。昔の人は図鑑もないのに、よく食べる食べられないの判定をしたものだと、これまた詰まらないことばかりが気にかかる。
北条実時の墓所や八角堂やらを見て下りてきた。主人公魔利伽が気を失った金沢文庫へのトンネルをくぐり、称名寺とゆかりの深い「忍性上人生誕800年展」を見学してきた。中の展示物を見ながら「よし、今度は古文書の読み方を勉強しよう」などと考えるのだから、私の向学心も衰えていない。外に出てもう一度庭園を回り、妻に「これからボランティアガイドを頼んでもいいかなぁ」と聞いてみたが、案の定「それなら私は帰る」であった。鰻屋の「隅田川」までは距離があるので、来るときにアケビを見た向かいの蕎麦屋に入ることにした。店の名前「ふみくら茶屋」は「文庫」の読みである。なかなかセンスがいいと思った。それぞれ天丼とせいろを注文しビールで乾杯した。
「今日は楽しかったよ。ありがとう。次は本格的な山歩きをしようよ」
「いいけど、それには登山靴が必要」
「いいよ、すぐ買いに行こうよ」
「リュックもいるなぁ」
「それがあるじゃん」
「これは私のじゃない。借り物」
「結構、高く付きそうだなぁ……(笑)」

書店の社長にいただいた「帰来草」のお陰で山歩きという夫婦共通の趣味を見つけたようである。その一週間後に丹沢の「鍋割山」に登り、あやうく遭難ということになるのだが、その時点ではまだその恐ろしさを体験していない。まずはきっかけを作ってくれた社長に感謝したい。
                                 (平成28年作)

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通草

参詣の客の行き来や通草棚



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称名寺に専用の駐車場はないということなので少し離れた場所に車を停めた。生憎の曇り空である。少し肌寒さを感じながら赤門通りを歩いた。下着は正解だったようである。赤門をくぐった所に紫色の実(写真)が生っているのを見つけた。何だろうと思い、柵を跨いで近づいてみた。私が立ち止まったので、妻も近づいてくる。
「何なの、それ?」と妻。
「ムベかなぁ」と私。
「ムベ?」
「確か、ムベと言ったと思うんだよなぁ」
「聞いたことない……」
「自信はない……」
「スマホで見てみたら?」
「あっ、そうだな……」
写真を見ると、そっくりである。
「ほら、ムベだろ?」
「ホントだ。私はアケビかと思った。アケビの写真も見てみてよ」
「アケビ?……」
写真をみると、そっくりである。
「あっ!アケビだ。どっちも似ている。ムベかな?アケビかな?どっちだろう?」
向かいの蕎麦屋の女将さんのような人が、こちらを見ている。開店準備のようである。チラッ、チラッとこちらを見ている。何をしているのだろうと不審に思っているのかも知れない。
「アケビだ。口の割れたのがぶら下がっている。ムベは割れないと書いてある」
「割れた中身が写真とそっくり。アケビだったね。分かって良かったね」
塀の向こう側にぶら下がっている実に手を伸ばして触ったりしていたが、あくまでも確認のためであり、決してアケビ泥棒ではないことを女将さんには分かってもらいたかったのですが(笑)。
                                 (平成28年作)

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