植物 - ひこばえ
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日向 亮司

Author:日向 亮司
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ひこばえ


植物 カテゴリーの記事

新樹光

奥入瀬のゆるき流れや新樹光



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今回のこのブログが通算999回目の「ひこばえ」となる。
平成25年6月からスタートして丸7年。「よくもここまで続いて来たものだなぁ」と我ながら感心している。初めの頃は月に5~6回のペースでアップしていたが、いつの頃からか2日に1度のペースに変わり、今ではすっかり私のライフワークとなっている。「よく書くことが無くならないものですね」と時々言われるが日記と同じである。書くことに困ったことはない。書き溜めて1ヵ月先の分まで出来上がっていることも珍しくはなく、毎日アップしようかと考えたこともあったくらいである(笑)。
スタート時のことを書いておこう。「ブログでもやってみたいなぁ」と呟いたかどうかは分からないが、パソコン音痴の私がその類いのことを始めようとするとまずは妻に手伝ってもらうしかない。電源の入れ方も分からないようなレベルなのだから、おそらくそのようにして始まったに違いない。かと言って他人のブログも見たことのないような私にブログのイメージがあった訳でもないだろう。どんなことになるかも分からず妻が作ってくれたものに向き合ったはずである。最初の頃のものを見ると今のものと何も変わっていないことに驚く。俳句の位置、分類、写真の貼り方、文章、句作年月など、全くと言っていいほど何も変わっていない。すなわち成長していないのである。それはなぜか。変え方が分からないからである(笑)。
始めようとした時のことを覚えている。折角作ってくれたブログだったが開始するのに1、2か月掛かってしまった。気に入ったテンプレートが見つからなかったからである。たくさんあるテンプレートの中から「どれでもいいから選んで」と言われたが、どれもこれも気に入ることはなくスタートが切れずにいたのである。どこをどう探しまくったかは忘れてしまったが、ようやく「奥入瀬」(写真)というテンプレートに出会い「これだ!」と思った。水が流れ、葉っぱが戦ぎ、恰も奥入瀬渓谷にいるような清涼感が感じられて、一瞬で気に入ったのである。そして第1作目の「ひこばえ」となる。あれから999回目である。「よく続いて来たものだなぁ」と同じ言葉を呟いてしまう。
ここ1ヵ月ほどのことだが、その「奥入瀬」が画面上に映らなくなってしまった。「パソコンの具合でも悪くなったのかなぁ……」と思っていたが、妻は「違う」と言う。
妻「おそらく配給元が配給を止めたんじゃない?」
私「それじゃまた、他のものを探さなくちゃならないか」
妻「別にいいんじゃない。背景が黒くなって却って文章が引き立って見えるわよ」
私「そうか……」
1000回目を前にしての大いなる変化である。意図した変化ではないが、妻がそう言うのだから、それもいいだろうと受け入れることにした。
                                 (令和2年作)




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風知草

風知草人の出入りのかたはらに



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当社ではお客様のご要望に合わせて様々な製品を作り出している。
<このような仕様の製品を作って欲しい……>という問い合わせも多い。
ある日、東京の原宿にあるデザイン会社から電話があった。オシャレな家具を作って欲しいという。早速、その会社の担当者が工場にやって来た。女性である。
<おお、メッチャ美人だなぁ>
いろいろなお客様が来社するけれど、こんな美人は初めてである。
<さすが原宿あたりの女性は違うなぁ>と田舎者丸出しで感心したものである。
「どんなことでも言ってください。必ずご期待に応えられるよう頑張ります」
挨拶だけ済ませて、あとは担当者に任せた。
それから相当に長い時間を打ち合わせていたようである。彼女が帰ってからの会話である。
私「随分と打ち合わせが長かったなぁ。美人だからといって無駄話してたんじゃないだろうなぁ(笑)」
担当者「違いますよ。結構こだわった仕様を考えているようで、まずは1台、試作してみることになりました」
私「独身だな、指輪はしてなかったぞ」
担当者「社長もいろいろ見てますね(笑)」
私「まぁ面倒見てやれよ。頼んだぞ」
担当者「社長、それもいいんですが、一つ頼みがあります」
私「なんだ?」
担当者「結構、話が長引きましたので、彼女、途中でトイレに行ったんですよ」
私「フンフン」
担当者「トイレはどちらですかって言うから、1階のトイレに案内したんですけど、格好悪いですよ、あれじゃ」
私「何が?」
担当者「もう和式の便器を使っている所はないですよ。参っちゃいましたよ」
私「バカヤロウ。今はどうか分からないけど、畏れ多くも皇后陛下だって和式の便所にしゃがんでいた時があったはずだぞ。何も恥ずかしがることはないじゃないか」
担当者「でも社長、相手は原宿ですよ。生まれてこの方、跨いで使う便所は見たこともないんじゃないですか。戻ってきた時、恥かしくて顔も見られませんでしたよ」
私「原宿かぁ……」

と言うことで工場のトイレを全面改修した。もちろん全て洋式便器である。昭和57年の建設以来なので38年振りの改修である。花などを飾って原宿でも青山でも大丈夫なようにした。
                                 (令和2年作)




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桜葉となる

正門の桜葉となり賑はへり



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4月の半ばに塗料メーカーの部長が来社した。コロナ騒動となってからメッキリと訪問客が減ったので久し振りの来客である。
私「マスクしたままで失礼しますよ(笑)」
部長「お互い、コロナに罹ると重症化しそうな年齢ですからね(笑)」
私「部長の場合、コロナに罹ったくらいで死ぬような顔には見えないけどなぁ(笑)」
部長「こう見えても繊細に出来てるんです。社長とは違いますよ(笑)」
私「今回は長引きそうだから体力勝負だなぁ。どう、世の中の情勢は?」
業界の情報通である。様々な企業に入り込んでいるので教えてもらうことが多い。30分ほど話し込んで取引先、得意先の情報をいろいろと教えてもらった。そして帰り際である。
部長「社長のところに来るのに看板がないので、お隣さんの大きな看板を目標に来るんです」
私「何言ってるの。もう何十回も何百回も来てるくせに、今更……」
部長「いえいえ、今日は若いのに運転させて来ましたので道案内するのに困った訳ですよ(笑)」
私「カーナビの時代に部長が道案内するようじゃ、迷わなくてもいい道も迷ってしまうに決まってるよ(笑)」

部長が帰ったあとで考えた。
<やっぱり、看板は必要かなぁ……>
会社の看板は十数年前に外している。以前はプラスチック製のものが建っていた(写真)。看板と鉄柱の間が腐食してグラグラするようになり、春に降った雪の重みで傾いたのを機に外したのである。その後何度か新しいものを考えたのだが気に入ったものが思い付かずそのままになっていたのである。新たに作るとなるといろいろと条件が見えてくる。デザイン性、耐久性、風格、見栄え。センスが問われる話である。
<石で作るか。デザイン性は兎も角、耐久性、風格には石よりいいものは見つからない>
すぐにパソコンで検索して正門に石碑を置いている会社の画像を並べてみた。会社の入口に立っておおよその大きさもイメージしてみた。関係者を集めた。
私「よし、看板を立てることにした。会社設立70年の記念碑ということにしよう。俺のイメージはこれだ。石で作る。大きさは横2メートル、高さ1.5メートル。小さなものだったら貧弱なので一定の大きさは必要だ。すぐに石屋に当ってくれ」
                                 (令和2年作)




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山桜

山ざくら伊豆の旅籠の二階より



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平成7年4月12日(水)「教祖」
2日目は主役が替わる。旅行2日目に何かが起こるという悪いパターンは今回も繰り返された。早目に宿を出て、松崎のなまこ壁、長八記念館、波勝崎の野猿苑と見て回り、2日目のメイン「一条竹の子村」に到着した。予想以上の人出で、着くや否やゴム長靴を履かされ、マイクロバスで竹藪まで案内された。今年は竹の子の成長が悪い上、イノシシが荒らしてしまったとかで、通常1000円の入場料はなく掘った分だけ目方売りするという。係員に探し方や掘り方を教わってすぐにスタートした。運よく一つ見つけた。感動である。鍬を振り上げ、初体験の一個を手にする。その後あちこちと探して回ったが結局は見付からず、最初の一個だけとなる。みんなも一つは手にしたようだが好川さんだけは最後まで見つけられなかったようである。マイクロに乗り込む時もブツブツ言っていたが、今思えばあの時がその日の悪夢の出発点だったかも知れない。竹の子定食に竹の子の刺身を注文すると、彼は迷わずビール3本を注文した。車の中にダイエー100円ビールがワンサカとあるのに、そこで飲まずにいられなかった竹の子一個の怨み。1日目の出発以来、車中での話題は専らオウム真理教(写真)。新聞の一面を連日賑わしている渦中の事件であるだけに話は面白い。そのオウムを参考に自分も新興宗教を作ると言い出した好川さんの教団の名前は「ライク・リバー教」。ライクが「好」でリバーが「川」である。
これには大いに笑わせてもらった。本人も相当に気に入っていたようで執拗にその名を連呼していた。まさにライク・リバー教教祖誕生を広く印象づけようとした彼の戦術だったかも知れない。
竹の子村を出発し一路帰路に着くと、すぐに渋滞に嵌まってしまった。教祖たるべき好川さんが徐々に変貌し、狂祖の様相を呈していくのは、その渋滞を利用した悪魔の導きだったのかも知れない。しゃべり出すと止まらない。英語交じりの意味不明な日本語が切りもなく続く。水を飲むように酒を煽る。笑ったり怒ったり、おどけてみたり燥いだり。
変わって行く彼の姿を見ながら、私は宗教なるものについて思いを巡らしていた。
民衆の貧困、病気、苦しみ、悩み、おののきなどに対し、手を差し伸べ、心を掴み、救いへと導いた者が教祖となるのだろう。好川さんの場合はどうだろう。民衆に手を差し伸ばすべき男が誰かに支えられなければ歩けなくなるほど酩酊してしまうのはどうしたことだろう。神の力を得るべき男が酒の力しか借りられないとはどうしたことか。民衆の心を摑まえなければならない男が誰からも見向きもされないでいるのは何故だろう。絡まれるとややこしい。狭い車内が更に狭くなる。
私はふと朝訪ねた波勝崎の野猿苑でもらったパンフレットを取り出してみた。そこにはこう書かれていた。
──サルを観察する時の注意──
① サルに近寄らない
② サルに触らない
③ サルの目を覗き込まない
④ 菓子や果物を見せない
⑤ 手荷物は要注意
夜9時、440キロの旅を終えて無事到着した。「大丈夫、大丈夫」と言いながら杉田商店街の中にふらふらと消えて行く好川さんの後ろ姿を見ながら、教祖となり切れなかった男の淋しさを思ったものである。
                                 (平成7年作)




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山葵田

山葵田に影さす雲の早さかな



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庄司さんと好川さんに纏わる話をもう一つずつ書いておこう。

平成7年4月10日(月)「笹熊」
呑兵衛会7名の1泊2日の伊豆の旅。天候にも恵まれ、絶好の行楽日和を満喫できたようだった──たった一人の男を除いて。
庄司さんはその前日の親交会幹事引継会で日頃食べ慣れぬフランス料理を口にして腹の調子を壊したようである。朝、車に乗り込んだ時から本調子ではないようで、アルコールも進まず、口数も少なく、ごくごく普通の人に成り果てていた。西湘バイパスの途中で軽食を摂ったものの、熱海錦ヶ浦では他の6名が記念写真を撮っている間も公衆便所に入ったまま出て来ない。「大丈夫か?」と聞くと「大丈夫、大丈夫」と連発するが顔はすでに限界に近づいたような白さである。初日の最初の目的地「城ケ崎」に到着するや、車を降りてすぐに吐いたようである。人出でごった返す景勝地の入口で前日の日本酒を後悔した訳である。昼はラーメン屋に入った。彼も食べるだろうかと見ているとニンニクまで入れてタレも残さず完食したものだ。会費1万7000円の元を取る決意と見えた。その後、車は渋滞し、ようやく第二の目的地「修善寺」に到着した。少し持ち直したようで「独鈷の湯」に入るという。一人では入りづらいが全員なら怖いものなしである。大勢の観光客に見られながらの入浴となった(写真)。第三の目的地「浄蓮の滝」では下まで降りた。庄司さんも随分と調子が良くなったようで売店でわさび入りソフトクリームなど食べている。観光地で美味いものを食べずして何が旅行ぞ。
車はいよいよ宿泊地である「安良里」を目指して山越えとなった。伊豆の尾根を越える細い道である。ウネウネと曲りながら登っていく。出会う車とてない快適なドライブと思ったその瞬間、不幸が始まった。庄司さんの異常な様子に車を停めるといきなり飛び出して地に伏してラーメンとソフトクリームに別れを告げた。汚れた衣服を洗おうとする間、誰もいない山地にゾロゾロと男7名が車から降りたのだから、見ていたお婆さんが慌てて家に飛び込み助けを求めたようである。農夫と見られる数名が現れて遠巻きにされたので怪しい者ではないことを説明する。オウム真理教と間違えられたようである。片手にビニール袋を持たせ、助手席に座らせて再びスタートした。長い長い登りを終えて峠で小休止した。6名は夕日に向かって立小便。伊豆の海が美しい。「こんなに美しい光景があるだろうか」と感動していると誰かが「庄司がいない」という。確かにさっきまで蹲っていた場所に姿はない。「庄司ィ~、庄司ィ~」と呼ぶが、笹薮を吹く風の音しか聞こえない。妙な静けさの中、ガサガサと笹が動く音。「笹熊だ!」と誰かが叫んだ。「笹熊?」「何だろう、そんな熊いるの?」私は知らなかったが居るらしい。猫よりも少し大きく、手足も太くゴロンとした感じらしい。それらしい説明を聞いていると本当に居そうに思えるから不思議なものである。誰かが小石を拾って笹薮に放った。何の音もしない。もう一つ放ると「プー」という音がして「危ないから投げてよこすな」と庄司の声。我々が夕照の美しさに心奪われていた時に笹薮の中で野糞を垂れていた訳だ。「来年、あのあたりの笹だけが大きく伸びているだろう」と皆で笑いながら宿へ向かった。
旅館「宝来屋」で一人7000円の料理に10000円の豪華舟盛りを追加しての夕食である。女将ちづるの心づくしのサービスを満喫しつつ、一日目の成功を祝って乾杯。随分と回復してきた庄司さんだがやはり本調子ではない。刺身を少し摘まんで、お酒はやはり飲めないようだった。
翌朝は完全復活である。「チクショー、チクショー」と言いながらアジの干物を丸ごと食べて、人の残したアジの頭まで食べた時には会費返還の道を残しておくべきだったかと考えた次第である。
                                 (平成7年作)




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