植物 - ひこばえ
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ひこばえ


植物 カテゴリーの記事

枯木

義元の駒を繋ぎし枯木かな



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雪は断続的に続き、積もることも覚悟したが桶狭間に着く頃には雨に変わっていた。
「ここが桶狭間かぁ……」
住宅地の中に最近出来たばかりの公園という感じだった。少々物足りなさを覚えたが、信長の時代そのままなどということもあり得ない。入り口に「桶狭間古戦場公園」と書かれた立派な石碑があり、写真の銅像2体も立派なものである。今川義元の「駿公墓碣」と刻まれた墓碑や「義元首洗い泉」「駒つなぎの社松(ねず)」などもあり、盛り沢山である。説明書きには平成22年の整備と記されていた。ほんの7年前である。歴史的に何か重要なものがあるとも見えなかったが相当にお金を掛けて造っただろうことは想像できる。傘を差しながら10分ほど見て回って車に戻った。
「たしか、もう1カ所同じような公園があったなぁ。行ってみるか……」
実は来る前にザックリ調べてみたのだが、この2カ所の関連性がよく分からないままだった。<行けば分かるだろう>と思ったが来てもよく分からないのでやはりもう1カ所にも行くしかないと思った。今度はカーナビに「桶狭間古戦場伝説地」と入れた。車で10分ほどの距離である。すぐに着いた。
こちらは少し古い感じがした。入り口に「史蹟桶狭間古戦場」の石柱が建っていて昭和16年10月の建立とある。太平洋戦争直前である。明らかにこちらの方が古い。中に義元の墓もあった。さっきは墓碑だったが、こちらは墓そのものである。その横にまたまた義元駒つなぎの「ねずの木」が立っている。
「何だか両方で競い合っているみたいだなぁ(苦笑)」
こちらも10分ほどで見て回った。桶狭間に陣取った今川勢の数2万5000を考えれば、どちらもその可能性は否定できないだろう。どこに陣を張り、どこで義元を討ち取ったのか。最初に行った公園が名古屋市緑区桶狭間。後に行った公園が豊明市。双方、譲れないところかも知れないと思いつつ、蝸牛角上の争いにしか思えない現代版「桶狭間の戦い」のようにも見えてくる。
                                 (平成30年作)




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芒野

芒野に亡き師と似たる後ろ影



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車はススキ原の手前の駐車場に停めた。離れていたので結構歩かされた。と言ってもマイケルでノリノリなので何ということはない。聴いたばかりのメロディーが歩調を速くしてくれる。スイスイと人を追い抜きながら歩いて行った。
記憶のある場所に到着した。ススキ原の入口である。
「あれから何年経っただろう?あれ以来、一度も来ていない」

あれからとは浜風句会の皆さんと吟行に出掛け、娘達とばったり出会ったあの時からである。「なっちゃんが今10才で、あの時は確か2才だったはずだから……」などと計算していた。平成20年10月の出来事なので9年前ということになる。道川虹洋先生と出掛けた吟行の一泊旅行。総勢17名。大涌谷を見学したあと、ケーブルカーで桃源台駅に行き、そこからバスに乗り込んでススキ原に向かっていた。片や、なっちゃんを連れての初旅行に出掛けた娘夫婦。箱根の森美術館で遊んだあと、ススキ原に向かっていた。期せずして同じ日に同じ箱根を選ぶことになったのだが、まさか広い箱根の中で出会えるとは思っていない。バスの中でメールを見ると「今、ススキ原に着いたよ」の文字。
<おお、こんなことがあるのだろうか>
神様が仕組んだイタズラかと思った。ススキ原の真ん中の広場になったような場所で出会った。
「えっ!なっちゃん?」
「どうしてここにいるの?」
「2年前のあの句会の時に生まれたなっちゃん?」
句会の皆さんに囲まれて、なっちゃんは天使のように華やかだった。とても感動的な瞬間だったことを昨日のことのように思い出す。あの時と同じ道を歩きながら思い出していた。
あれから9年経ち、先生も亡くなり、句会も辞めてしまった。「失って気付く大切な物」という言い方があるが、本当に道川先生に師事した15年間は私にとって大切な時間だったのである。
<もっと真剣に勉強しておくのだった>
<もっとたくさん教えてもらうのだった>
<もっとたくさん話をしておくのだった>
道を歩きながら涙が溢れてくるのをどうすることも出来なかった。マイケルでノリノリだった私が、その30分後にはススキ原の中で泣いているのだから情緒不安定と言われても仕方ない(笑)。
(注)前回の記事は平成25年11月2日、ひこばえ「芒」に書かれている。
                                 (平成29年作)

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鈴懸の実

訃に接し来て鈴懸の実を拾ふ



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はしだのりひことシューベルツの「風」の思い出は高校時代に遡る。北海道歌志内市中村の実家から一人で旅に出た。一人旅といっても大袈裟なものではなく、歌志内、赤平、滝川、砂川を一回り歩いてみようとしただけのことである。しかも全てを歩ける距離でもなく、途中でバスに乗ることになるだろうと小銭を持って出掛けたのだった。記憶は定かではなく、滝川まで歩いてそこからバスで帰ってきたと思う。赤平からの道の途中に滝川の町が一望できる峠のような場所があった。50年近く経とうというのに、その時に見た光景がいまだ忘れられないでいる。その時に口ずさんでいたのが「風」である。あれ以来、この曲を聴くたびにあの滝川の町の風景が目に浮かび、高校時代を思い出すのである。

カズ君がプラタナスの実を拾ったのは富岡総合公園だという。日曜日で天気も良かったので車で出掛けてみることにした。家から10分も掛からない距離である。公園の横の道を下ると大きなプラタナスの木が見えてきた。犬を遊ばせている人がいたが、すぐにどこかへ行ってくれた。犬の放し飼いは苦手である。木の下に行き、青空に伸びる枝の写真を撮ってみたがイマイチ気に入らない。実が小さすぎてプラタナスの木だとよく分からないのだ。それではと落ちている実を探したが、カズ君が持ってきたような枝付きのものなどは見当たらない。あの日は台風のような大風の日のあとだったので枝ごと落ちていたのである。実を一つずつ拾い集めて枯葉と共に写してみた(写真)。「風」を口ずさみながら、はしだのりひこさんの死を思い、公園を少し歩いてみた。まだまだと思いながらも、確実に年を取っている自分がいた。
(注)そのあとそのすぐ傍にある直木三十五の旧居を訪ねてみたのだが、そのことは後日書くことにしよう。
箱根に出掛けてきた時の記事が出来ているのでそれを先に載せることにする。
                                 (平成29年作)

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赤まんま

豊受の神の御前赤まんま



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何百段あるか数え切れなかった石段の先に、絢爛豪華な唐破風作りの社殿が見えてきた。
「おー、立派だなぁ!」
最後の石段の手前で、ベンチに腰を掛けお茶を飲みながら見上げていた。
紀元前91年というから創建2100年以上の神社である。どうしてこんなに立派なのだろう。講碑といい改修工事といい財政の豊かさ、神社の隆盛が分かる。御利益間違いなしという神社のようである。脇に宝物殿があり国宝の鎧などが展示されているようだったが、そこには入らずに外観を眺めるだけにした。
犬を連れた人を何人も見かけた。以前、筑波山に登った時も「こんな山の上まで犬コロを連れて来て」という会話があったが、この神社も意外と犬連れが多いようである。犬に纏わる謂れもあるのだが、まだその時点では分かってはいない。
「菊の御紋」のあしらわれた賽銭箱を前に、「御嶽山」の扁額を掲げた立派な拝殿にお参りした。「なぜ、ここに菊の御紋?」調べてみると明治に入り皇居の西の守り神と認められ、使用が許されたとある。その横を抜けて本殿のほうへと向かった。本殿は塀越しに仰ぐだけだったが、その先には夥しい数の摂社、末社が並んでいた。八幡社、八雲社、月乃社、八神社、春日社、座摩社、國造社と切りがない。その奥に天照大御神と豊受大御神を祀った神明社があった。また、菅原道真公を祀った北野社もあり、まさにオンパレードである。大口真神社というのが一番奥にあった。立看板に謂れが書かれていた。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の際、御岳山の山中にて狼に難を救われ、その際「この山に留まり、地を守れ」と命じたとのこと。以来「おいぬさま」と崇められ、病魔、盗難、火難除けなどの神として関東一円の信仰を集めているとのこと。「狼ジャン。犬じゃないジャン」と言いたいところだが、調べている余裕はない。その他にも徳川家康公を祀った東照社やイザナギ、イザナミを祀った二柱社などもあり、その多さには驚かされたものである。御岳山山頂929メートルから奥宮を遥拝してから戻ってきた。
神符授与所で「御嶽菅笠」という絵入りの草紙が売られていた(写真)。500円。面白そうなので買ってみた。江戸も後期の天保4年(1833年)、四ツ谷から御岳山までの参拝の様子を綴った道中記である。家に帰って読んでみたのだが、なかなか面白い。五七調で書かれているのが楽しい。「御嶽(みたけ)のみちの行程(ゆくほど)は、娘盛りの十六里、時得て咲(さく)や江戸の花」といった具合である。崩し字の練習にもなろうかと休みのたびに眺めているが、挿絵も面白く、200年前をのんびりと旅しているような気分である。
                                 (平成29年作)

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蓮華升麻

師を恋へば蓮華升麻の花盛り



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翌朝、早めに宿を出て御岳山の上り口のケーブルカー乗り場へ向かった。駐車場が心配だったが空いていた。靴を登山靴に履き替えて、リュックを背負った。
「あれっ、俺のストックは?」
「いらないと言ったでしょ。家に置いて来たわよ」
「え~、いらないなんて言ったっけ?」
「自分の発言には責任を持ってください」
「……」
ケーブルカーで上り、まずは群生しているというレンゲショウマを観に行くことにした。一緒にケーブルカーを降りた人達は違う方向に歩いて行くが、きっと花に興味がないのだろう。駅でもらったパンフレットに書かれている群生地の方へ向かって歩いて行った。いきなり上りである。本当に間違いないのだろうかと思ったが、少し上り始めるとレンゲショウマが見えてきた。
「おお、これがレンゲショウマか。道川先生が一度は見ておけと言っていた花なのだ。可憐な花だなぁ」
斜面一杯に咲いている。今週で終わりと書いていた情報は間違いだったようである。今を盛りのように咲いていた。花を見ながら上がって行くとリフト乗り場が見えてきた。券を買う時にこのリフト代もセットになった料金を支払っていたのである。
「みんな違う方向に歩いて行ったのは、このリフトに乗るためだったのだ。いやぁ、乗り損ねたなぁ」
「帰りに乗ればいいじゃない。登山の後は足が疲れているから、きっと楽チンだよ」
「そうするか」
レンゲショウマを見終わったあと、すぐ傍にあった源頼朝の創建によるという「産安社」なるお社にお参りし夫婦杉などを渡ってみた。二叉に分かれた杉の間を手をつないで抜けると夫婦円満になるという(写真)。何年振りかで手をつないだ。妙に嬉しい。これからも仲良しでいたいと思った。その先にあった展望台で関東方面を見下ろしながら一休みして、武蔵御嶽神社に向かうことにした。標高929mの御岳山山頂に鎮座している神社である。
                                 (平成29年作)

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