ひこばえ
FC2ブログ
background movie
HOME プロフィール

日向 亮司

Author:日向 亮司
FC2ブログへようこそ!

最新記事 最新コメント
最新トラックバック 月別アーカイブ カテゴリ カレンダー
02 | 2021/03 | 04
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

春寒

春寒や切れて静かに置く受話器



20210127_convert_20210127221622.jpg



鎌倉の十二所に大江広元を祀った「大江稲荷」という神社がある。蕎麦屋「鎌倉峰本」のすぐ側だが、先日出掛けた時には気付かずに素通りしてしまった。調べてみると、2月初めにそこで「初午祭」が行われるようである。今年は2月3日(水)がその日に当たる。どんなことをするのか一度見てみたいものである。あれこれと書かれたものを読む限り、明王院の住職が読経をするとあり、またご本尊の大江広元木像も明王院で預かっているらしい。まずは明王院に電話してみることにした。
私「もしもし、初めて電話をさせていただきます。日向と申します」
女性「あ、はい」
私「大江広元に興味がありまして、いろいろと調べているんですが、来週、大江稲荷で初午祭が行われると聞きましたので教えていただこうと思って電話をしてみました」
女性「ああ、今年はコロナのこともありまして、どうするのか、まだ決まっていないようなんですが……」
私「えっ、でも、来週の水曜日ですよね」
女性「はい、いつもは食事をするんですけど、今年はどうするのか、申し訳ないんですが私では分かりません……」
私「ああ、お祭りが終わったあと、そちらで食事をするんですか?」
女性「いえいえ、こちらでは行いません。行うのは個人宅で、そちらに十二所の方々が集まって食事をするんですけど、今年はどうするのか……」
どうも歯切れが悪い。本当に決まっていないのか、このご時世で一般客を避けているのか、いまいち分かりづらい。
私「詳しいことを聞くにはどこに問い合わせればいいんでしょうか?」
女性「それは個人の方がやっていますので、こちらでは何とも……」
私「ああ、お寺ではなくて、個人の方がやってるんですか。でもご住職はお経を上げられるんですよね」
女性「はい、それは……」
私「お祭りは何時から行われるんでしょうか?」
女性「10時からだったと思います……」
私「10時にお稲荷さんの方に行けば、ご住職がお経を上げたりするのが見られるんですね」
女性「はい、でも今年は……」
電話を切った後で考えた。毎年ワンサカ人が集まって困っているのかも知れない。コロナのこともあり、今年は静かに執り行いたいと思っているのかも知れない。カメラマンや見物客が大勢集まる様子が想像できる。なるほどなぁ……。
一つ、聞き忘れたことがあった。木像を見せてもらえるのかどうかである。もう一度電話して聞いてみようかとも思ったが、おそらく「ノー」と言われるような気がしてやめておいた。まずは当日、行ってみるしかないようである。行けば歯切れの悪かった理由が分かるかも知れないと思った。
                                 (令和3年作)




にほんブログ村

スポンサーサイト



火鉢

御所奥の「艮の間」にある火鉢



20210119_convert_20210125220305.jpg



小説「虹の礎」は37才の大江広元が京を出て鎌倉へ向かうところから始まる。元々は朝廷に仕える下級貴族だが、京では日の目を見ていない。鎌倉下りを勧めたのは5才年上の義兄中原親能(ちかよし)である。親能は広元の生母が再嫁した中原家の先妻の子である。子供の頃に相模国足柄郡の波多野一族の養子となり、頼朝の勝ちを決定付けた富士川合戦にも参陣している。その後、頼朝より「そなたは京に潜伏し、朝廷および平氏の動きをつぶさに見聞し、知らせてくれるように」と依頼される。数年後、生家である京の広元屋敷に立ち寄り、広元の鎌倉下りを力説する。「鎌倉殿に院宣が下され、東国を沙汰することが認められた。されど鎌倉には武勇を誇る武士はあまた居れど、政務を捌き、政権を支える人物が居らぬ。租税の徴収一つにしても民政の根本が整備されておらず、いたずらに農民の反抗を招くばかり。訴訟も殺到している。朝廷や公卿との交渉も必要。その礎を築きうる人物を探せとのご下問があった」
すなわち、政治の実務者を渇望する頼朝の招きに応じての鎌倉行である。
頼朝との初めての接見の場には御家人衆はじめ北条時政、政子も揃っている。
頼朝「鎌倉も多少の雅(みやび)がなくては京に伍することはできまい。望むならば遣り水なども作り、蹴鞠など雅やかな行事を取り入れてもよいが」
広元「仰せではございますが、京の雅は無用、あるいは時期尚早かと存じまする」
一同「ほう」
広元「その訳はと申しますれば、京の昨今の腐敗と衰退は、一に施政の者が政事の本義を擲ち、栄耀栄華のみを求め、遊び興じたからに他なりませぬ。藤原一門しかり、平氏一門しかり。ごく少数の権力者の栄耀栄華は多くの民の苦しみの上に成り立っているのでございまする。豪壮なる御所や殿舎、優美なる庭園、飽食の宴会、重ねの色目を競う装束、雅の遊び、これらはすべて、民の汗と涙と、そして施政者への恨み、憎しみの上にあるのでございまする。お招きにより、わが身が先祖伝来の地でありまする京を捨て、非学浅才を省みず、ご当地へ参じましたるは、京での出世栄達に見切りをつけたからではございませぬ。ただただ、鎌倉殿の御許にて真実の万民が幸せとなる真実の政事の実現に微力を尽くしたいと念じたからにほかなりませぬ。栄耀栄華は望みませぬ。願わくば、わが身の微才をお生かし賜り、力の限り働く場をお与えくだされたく」
頼朝「よくぞ、申してくれた」
頼朝は目を潤ませていた。
頼朝「我は配流の歳月が長く、その後は戦場往来にて、世間知らず。短気短慮にして、横暴の嫌いあるも心得ておる。そなたが申す、万民が幸せとなる、真実の政事を実現できるか、どうか、心許ない。なれど、公家政事の腐敗と崩壊、民の苦しみと恨み、それらを身をもって知るそなたの存在は、こよなく、大きい。これからも、忌憚のない意見を申したててくれるよう、あらためて、願う」
その後、常に頼朝の側に仕え、政所別当の役職に就き、幕府の中心としての重職を担っていく。御所神殿の奥にある「艮(うしとら)の間」は頼朝と二人きりで酒の相伴をする場所である。頼朝の相談相手としての位置を占め、信頼を勝ち得ていく。広元が提言したという「守護地頭制度」についてもこの艮の間が舞台として描かれていた。
NHK大河ドラマでは写真の栗原英雄さんが演ずることになるのだが、果たして誰だっただろうかと調べてみると、平成28年の「真田丸」で草刈正雄演ずる真田昌幸の弟「真田信尹(のぶただ)」役を演じた人だったことが分かった。<どこかで見たことがあったなぁ……>とは思いつつ、<なるほど、信尹役だったとはなぁ……>と楽しかった「真田丸」のことを思い出していた。
                                 (令和3年作)




にほんブログ村

駒返る草

駒返る草よ鎌倉八百年



IMG_7872_convert_20210125221924.jpg



「鎌倉殿の13人」の2人目は「大江広元(おおえのひろもと)」(1148-1225)である。
大江は苗字ではなく本姓なので「の」を付けて読む。先日、梶原景時の「太刀洗水」を見に行った時に「大江廣元邸址」の碑を見ている。蕎麦屋「鎌倉峰本」のすぐ近くにあった。
碑には「大江氏は代々学匠として顕れ、匡房は源義家に兵法を授けた。広元は匡房の曽孫である」と書かれていて、「頼朝に招かれて鎌倉に来て、常に帷幄に侍し、機密に参画す」とある。「幕府創定の功、広元の力多き」として、その恩賞として相模毛利荘を与えられ、のちの毛利氏の祖となっている旨、碑文の半分を費やして記されていた。

13人が選ばれたそもそもの経緯を書いておこう。
建久10年(1199)、源頼朝の急死により、嫡子頼家が第二代鎌倉殿に就任する。18才にして武家の棟梁の地位に就いたのである。しかしその器ではなかった。気に入りの近習5人を指名し「この5人が、たとえ狼藉をいたすといえども、何人も手向かってはならぬ」と宣言する。生母の尼御台政子であっても、政所別当の広元であっても、後見の北条義時であっても若侍5人の誰かを通じなければ報告も進言も、ましてや諫言など出来なくなってしまった。そして無謀な命令を次々と発する。5人も乱暴狼藉のし放題である。所領の境界争いが持ち込まれた時には土地の絵図の中央に一気に直線を引き「これで解決じゃ。不服があれば断罪に処す」として、近親側に有利な判決を下す始末である。この有様を見て、亡き頼朝の岳父であり、政子、義時の父である北条時政が立ち上がった。幕府における大長老である。
「分別を欠く小童(こわっぱ)に、権力という玩具を持たせっぱなしにして何とする。者共(御家人衆)に不穏の兆し、無きにしもあらず。放っておけば、幕府崩壊に及ぶ」
時政は頼家の独断専行を直ちに停止させ、代わって重臣、功臣の合議による政道を提案、その座に連なるべき者の名を挙げた。大江広元、三善康信、中原親能、藤原(二階堂)行政、足立遠元という文吏5人。三浦義澄、和田義盛、梶原景時、安達盛長、八田知家という御家人の実力者5人。それに頼家の義父、比企能員、自分(時政)と嫡男北条義時の3人を加えた計13人である。世に言う「13人の合議制」である。小説などを読めば頼朝の旗揚げに参集した武士団、御家人などは随所に登場してくるが、文吏5人はあくまでも裏方の存在である。なかなか表には現れない。名前を聞いてもピンと来ない人たちである。ところがその果たした役割は途轍もなく大きい。特にこの大江広元に至っては「武家の世の礎を築いた智謀」とも言われ、頼朝をよく補佐し、鎌倉幕府の骨格を作り上げた立役者である。常に側近として活躍し、守護地頭の設置などを建議している。時に頼朝の心に寄り添い、意見を具申していく辺りは見物である。小説「虹の礎」(堀和久著)でもその辺りのシーンは面白く書かれていた(写真)。まさに「常に帷幄に侍し、機密に参画す」る働きをしている。
                                 (令和3年作)




にほんブログ村

頼朝忌

頼朝忌武士に歌鞠の道はなし



IMG_7827_convert_20210120213934.jpg



1月14日(木)の朝、出掛けの出来事である。
妻「今日、電気屋さんがコンセントの点検に来るので、部屋をちょっと片付けておいてよね」
私「えっ、急に言わないでよ、このタイミングで。家を出る10分前だよ。3日くらい前には言ってほしいなぁ(笑)」
妻「何言ってるのよ。5分もあれば終わることでしょ」
私「いやいや、そう簡単なことじゃない(笑)」
伏線がある。いつも肝心なことを言い忘れて、朝ドタバタしている時に思い出すということが度々あり、「何でそんなことを急に言うのよ!もっと前に言ってくれればいいのに」といつも妻にやられているのである。悪気はないのだが、思い出さないのだから仕方ない。いつもこのパターンでやられていたので、ここぞとばかりに仇(かたき)を取った形になっている。
1、2分でササッと机の上を片付けた。その時に出てきたのが「第73回実朝忌俳句大会のご案内」通知(写真)である。随分前に届いていたのだが、書類の中に紛れ込んでいたのである。
<あれっ、締め切り、いつだったっけ!>
見ると1月15日となっている。翌日である。
<ヒャ~!>
<間に合わないなぁ>と思いつつ、<出さなければもう通知は来なくなるなぁ>と考えていた。引越しをしたために旧住所に届いた郵便物の転送期間が1年間となっている。今年会場に行かなければ、郵便物は返送されてしまい、縁が切れてしまうことになる。
<よし、急いで2句作ろう>
大慌てで歳時記をくくり、ネットで源実朝「金塊和歌集」の和歌を調べる。思い浮かぶところを書き留めて、2、3句詠んでみる。実際にどこかへ出掛けて作った訳ではないので想像句となってしまうのは致し方ない。本歌取りの句を1句と手鞠の句を1句詠んだ。<手鞠は実朝でなくて頼家だろう>と言われそうだが、蹴鞠に夢中になった頼家も和歌に夢中になった実朝も父頼朝の目から見ると同じである。「歌鞠(かきく)」という言葉もあるようだ。推敲する時間がないので、一晩明けた15日の朝に読み返して良しとした。
会社に行ってまずは200字詰め原稿用紙をワープロで作った。作ったというより作ってもらったが正しい。これだけはお願いするしかない。応募要領がそうなっているのである。その雛型に郵便番号を入力しようとすると数字が縦書きでは上手く入らない。<どうやって入れるのだろう?>朝でバタバタしている時に<悪いけど……>などとやっている訳にはいかない。諦めて原紙を印刷して手書きで出すことにした。「ワープロで書くこと」とはなっていない。書き上げて郵便局に出掛け、定額小為替1000円を買い、同封して投函した。セーフ。「当日消印有効」と書かれている。ギリギリである。結果がどうあろうと案内書だけは来年も送られてくることだろう。大会開催予定は3月7日(日)である。
(注)その後、大会中止のお知らせが届いた。新型コロナウイルス感染拡大防止のためと書かれていた。但し、投句された作品の選はされるようである。結果は3月末までに知らされると書かれていた。
                                 (令和3年作)




にほんブログ村

春疾風

春疾風ベルトの上にあるロード



IMG_7948_convert_20210206120002.jpg



杖術について教えに来てくれたK社長にはランニングについてもアドバイスをもらった。
私「スポーツセンターに通って4か月、毎週いい汗を掻いています。ランニングマシンで20分走ったあとに腹筋30回を2セット。それから……」
K社長「日向社長、ランニングを20分で止めているんですか。それは勿体ないですよ。いいところまで行って途中で止めている状態です」
私「えっ、どういうこと?」
K社長「私もずっとランニングをしていたので分かってるんですが、脂肪の燃焼が始まるのが150キロカロリー走ったそのあとからなんです。150キロカロリーとは大体20分走ったあたりです。ランニングマシンにカロリー表示はありますよね」
私「注意して見たことはないけど、あったような気がする……」
K社長「まずはゆっくりと20分走って150キロカロリーまで持っていきます。それから10分、15分スピードを上げて走るというのが脂肪を燃焼させるいいトレーニング方法なんです。それをもっと走って40分を過ぎるとアドレナリンが出てゼイゼイしないで楽に走れるようになります。ランニングハイという段階に達して、気持ちよくいくらでも走られるということになりますから試してみてください」
私「ヘェ~、知らなかった。そういうものなのかぁ。道理でいくら腹筋しても一向に腹回りが減らないので、あと30回増やそうかと思っていたところだったよ(笑)」
教えてもらったその日はチヨちゃんがいろいろと杖道について調べてくれた日なので試すことは出来なかったが、確かに150キロカロリーに達したのは走り始めて19分後だった。20分間で一旦マシンが止まるようにセットされているので脂肪燃焼に貢献してくれたのは僅か1分間だけということになる。
<ヒャ~>
土曜日にやり方を変えてみた。いつもは時速7キロで10分走り、8キロで7分、最後の3分を9キロで走るということを繰り返してきたが、その日はまず20分を時速7キロでゆっくり走り、それから8キロで10分、9キロで5分、計35分走ってみた。暖かい日ということもあったが、最後の15分は物凄い汗を掻いた。拭いても拭いても流れ落ちる汗である。マスクも濡れてスケスケの状態である。
<おお、この汗は何だ!脂肪燃焼の汗か。これを続ければ腹回りもスッキリしてくるのだろうか。いいぞ、いいぞ!>
翌週、やってきたK社長にその話をすると、「それは良くありません」という。
私「えっ、なんで?」
K社長「時速7キロで20分はいいのですが、そのあとの8キロ、9キロは良くありません。必ず膝を痛めてしまいます。ランニングを始めた人が膝を痛めて途中で止めてしまうのはそのパターンです。20分のあとは0.2キロ上げて7.2キロで2分間走ってください。その後も2分毎に0.2キロずつ上げていきます。もっと走りたいと思う心を抑えて少しずつ上げて行ってください。それを10日間行なったら、更に良い方法をお教えします(笑)」
私「えっ、もっといい方法があるの?いろいろ、持ってるなぁ(笑)」
                                 (令和3年作)




にほんブログ村

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア